悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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閑話 怪しい薬には裏がある

怪しい薬には裏がある 5

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「帰ります」
怖くなって席を立つと、すぐに手を引かれ、レイモンドの腕に絡め取られる。
――怖。手慣れすぎでしょ!
彼の膝に腰かける格好になり、背中側から抱きしめられて、
「行くな。……どうした?今日のお姫様はご機嫌斜めだな」
と耳元で囁かれた。息が耳にかかりくすぐったい。
「困ります。レイモンド様」
「俺にこうされるのは嫌いか?……以前は好きだと言っていたが」
囁く唇が軽く耳に触れる。
「うひゃあ」
アリッサはレイモンドの全てが好きなのだろうが、今日はやめてほしい。尋常じゃない色気が心臓に悪すぎる。
「お願いですから、ふざけるのは……」
「ふざけてなどいない。……これは、お仕置きだ」
レイモンドは耳から首筋へと唇を這わせる。とてもじゃないが二歳年下の少女にする悪戯にしては酷すぎる。
――変態男が図に乗って!魔法も使えないし、こうなったら……。
アリッサ(エミリー)は、一瞬頭を前に倒し、首を回すようにしながら思い切り後ろに反らした。
ガツ。
鈍い音がし、後頭部が痛い。抱きしめていたレイモンドの腕が解ける。
――やった!
「痛っ……アリッサ、何故……」
呻く彼を置き去りにして、アリッサ(エミリー)は一目散に閲覧室を出ていった。

   ◆◆◆

エミリー(アリッサ)は書棚の陰から二人の様子を見ていたが、アリッサ(エミリー)がレイモンドに抱きしめられた辺りからは、はらはらしっぱなしだった。
「エミリーちゃん、すっごく嫌そう……」
彼からは見えないが、アリッサ(エミリー)はまずい薬でも飲んだような顔で口角を下げている。時折吐きそうに口を開けてウエーッとジェスチャーをした。
――私に気づいてる……?
しかし、レイモンドに頭突きを食らわした後は、エミリー(アリッサ)がいる書棚には目もくれずに脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、あ、エミリーちゃんが行っちゃう!……でも、レイ様も痛そう」
閲覧室の出口と机に向かうレイモンドを見比べる。どちらに行くべきか。
――迷った時は、両方よ!
エミリー(アリッサ)は、ショートブーツをカツカツ鳴らしてレイモンドに近づく。
額を押さえて顔を顰めている彼に
「……痛みを取ってあげます」
――ごめんなさい!レイ様!
無表情で指先から闇魔法を発動させた。怪我が治ったり痛みの原因がなくなるものではなく、あくまで痛くないと錯覚させる効果があるものだ。
「君は……」
歪めていた顔が元に戻り、レイモンドはまじまじとエミリー(アリッサ)を見た。恋人のアリッサによく似ているが、愛らしさのかけらもなく、表情はない。
「……痛くなくなりました?」
「ああ。助かった。髪飾りが刺さったようだな」
額を押さえていたハンカチを見ると、少し血がついている。
――エミリーちゃんたら、なんてことを!レイ様、ごめんなさい。ごめんなさい!
と心の中で妹の行状を詫び、エミリー(アリッサ)はやっと彼女のことを思い出した。
「さ、さようならっ!」
灰色のドレスを翻し、エミリー(アリッサ)は勢いよく階段を駆け下りていった。

   ◆◆◆

ヴィルソード侯爵邸の庭では、腰に手を当てて仁王立ちになったジュリア(マリナ)が、椅子に座って項垂れているアレックスを上から見下ろしていた。
「触られるのが嫌な人だっているんだ。どうして君は、考えなしにあんなことを?」
「ごめん、ジュリアン。俺……」
「謝ればいいとでも?」
「う……うん。父上の部下の騎士達が、いつもああやって腹筋を比べていたから、つい」
「つい?」
紫色の瞳が冷たい光を放つ。アレックスは背筋を伸ばし、握りこぶしを作って膝の上に置いた。
「出来心だと?」
「いや、……できごこ?じゃなくて、騎士の真似をしたくて」
「ふうん?騎士でも剣士でもない、ただの剣術小僧のあなたが?」
ジュリア(マリナ)は、自分が妹の身体になっていることをすっかり忘れていた。ハーリオン侯爵夫人譲りの威圧系説教モードを全開にして、半べそ状態のアレックスを追い詰めていた。
「お前だって、剣術小僧じゃないか!」
伏せていた金色の瞳を上げた。
「お黙りなさい!」
ビクッとアレックスの身体が揺れる。赤い髪がふわりと流れた。
「その服装も何なの?だらしなくシャツの前を開けて」
「暑くて」
「ボタンは全部留め、裾はしまいなさい!騎士は身だしなみも大切でしょう?」
『騎士』の単語に反応したアレックスが慌ててボタンを留めはじめる。椅子から立ち上がってシャツの裾を入れるのを腕組みしながら見つめ、ジュリア(マリナ)は満足げに頷いた。
「終わった」
「よろしい。次にあんな振る舞いをしたら、分かっているな?」
「……うん」
何で親友に叱られているのだろうとアレックスは疑問だったが、どうやらジュリアンは腹を触られたのがかなり嫌だったらしいと結論付けた。
「悪かったよ、ジュリアン」
「……」
「ジュリアン?」
声をかけると、立っていたジュリア(マリナ)は頭を押さえた。
「頭が痛いのか?」
ふらっと眩暈を起こし、倒れかけたジュリア(マリナ)をアレックスが支え、椅子に座らせた。
「少し休めよ。俺が枕じゃ、固すぎるかもしれないけどな」
「……ありがとう」
酷いことを言ったのに、アレックスはジュリア(マリナ)を撫でて、自分の膝に頭が乗るようにしてくれた。無邪気で優しいところが彼の長所なのだろうと思う。定まらない視線で下から見上げていると、一瞬目が合い、遮るように顔の上にマメだらけの手がかざされた。
「……あんまり見るなよ」
ジュリア(マリナ)はくすっと笑うと、次第に意識が遠のいていった。
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