悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 4 歓迎会は波乱の予兆

88 悪役令嬢と恋愛指南役

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二時間目の後、剣技科三年の教室へ向かったマリナだったが、レイモンドが司会に相応しいと言っていた人物・グロリアに会うことができなかった。ここ数日、彼女は学院から出かけているという。病気がちだった姉が危篤状態に陥ったとのこと。少なくとも明日戻ってくる保証はなかった。

マリナは鉄下駄でも履いているかのように重い足取りで、普通科三年一組へ向かった。このクラスも次は教室を移動するらしく、何人か生徒が出てきている。移動に時間がかかるハロルドは、先に出てしまったかもしれないと思い、辺りを見回すが姿はない。思い切ってドアを開け中を覗くと、レイモンドが着席したハロルドと何やら話しているようだった。
――レイモンドが直接交渉すればいいのに!
とは思うものの、一旦怒りを収めてから二人を見つめて声をかけた。
「失礼いたします」
背筋を伸ばし、堂々と入ってきたマリナを、教室に残っていた生徒達が避けていく。オーラに圧倒されたようだ。
「ああ、やっと来たか」
「来たか、ではありませんわ。お兄様への出演交渉は、同級生のあなたがなさればよろしいのではなくて。レイモンド様?」
「司会者への交渉は、君の役割だろう?」
「グロリアさんは留守でしたわ。ご家族のお見舞いだそうです」
「ほう、そうだったか」
レイモンドが眼鏡の奥の瞳を細めて薄く笑った。
――コイツ、絶対知ってて言い出したわね!
マリナがアルカイックスマイルを浮かべて睨み付けたが、彼は怯む様子もなく
「それでは、司会は君とハロルドに決まりだな」
と言ってのけた。さらに
「俺は職員室に用がある。後は任せたぞ」
とマリナを残して教室を出て行ってしまった。

「司会、とは?私は何をさせられるのです?」
ハロルドの青緑の瞳が不安に揺れている。マリナは少し気の毒になった。断られても仕方がない。自分が一人で司会をするだけだ。
「アスタシフォン王国の王子が、今日から男子寮に入寮するのはご存知ですか」
「ええ。王太子殿下の隣の部屋だそうですね」
「予定とは大幅にずれてしまいましたが、明日、リオネル王子の歓迎会を開催することになりました。今日の放課後と明日の午前中で準備をしなければなりません」
「急なお話ですね。では、その司会を私が務めるのですか?」
「はい。アスタシフォン語ができて、王子の前でも堂々としていられる……」
そこまで言いかけて、ハロルドの様子を見ると、彼は視線を落として考え込んでいるようだった。
「私に務まるでしょうか」
「無理にとは申しませんわ。私が一人で司会をいたしますから」
「……あなたが、一人で?」
視線が突き刺さる。
「王子はグランディア語もお上手でしたし、私のたどたどしいアスタシフォン語でも何とか……」
「……お上手、『でした』?」
青緑色の瞳が昏く輝いた。
――あ、これは、よくない予感だわ。
「いつ、リオネル王子にお会いしたのです?まさか、親しくお話を?」
「ええと……」
マリナは言葉を濁した。王子が何故か自分を知っていて、彼に見せつけるためにセドリックがキスをしてきたなどと言ったら、嫉妬深い義兄のヤンデレメーターが振り切れてしまうかもしれない。
「ば、晩餐会の予行で、お見かけした程度です」
「そうですか。……実は先日、義父上から手紙が届きましてね。『アスタシフォンの王子は我が国に花嫁を探しに来る』と書いてありました。公爵家には適齢期のご令嬢がいらっしゃらず、家格からいけばハーリオン侯爵令嬢が有力候補だとも。かの国は広大な国土と大勢の軍隊を持つ強国です。武力攻撃をほのめかして強く迫られれば、王太子妃候補であろうともあなたを差し出すかもしれません」
――そんな馬鹿な!
マリナは青ざめた。国家間取引の駒にされるとは聞いていない。
「私は心配なのです。あなたが、手の届かないところへ行ってしまうのではないかと」
指先がマリナの頬に触れそうになり、はっとハロルドは我に返った。
「……司会は、お引き受けいたします」
「ありがとうございます、お兄様」
「あくまでも私は、リオネル王子を歓待などいたしませんよ。誤解なさいませんように」
美しい微笑みを向け、義兄はマリナの手を取った。
「……え?」
――司会者にあるまじき発言が聞こえた気が……。
「あなたを攫おうとする者には容赦しません。学院祭を待たずとも、早々に尻尾を巻いてご帰国なされますように、全力で後押しさせていただきます」

   ◆◆◆

ハロルドとの交渉を終え、ダンスホールにマリナが到着した時、既に生徒の大半が講堂へ向けて移動を始めたところだった。すぐにアリッサとフローラの姿を見つけて声をかける。
「どうしたの、これは」
「あ、マリナちゃん、間に合ってよかった!」
「講堂へ移動するんですって。今日のダンスの授業は、三年生と合同だそうですわよ」
――三年生と!?
マリナの顔がひきつった。ダンスのパートナーを変えながら踊る、実践的な練習なのだ。当然ハロルドやレイモンドとも踊ることになるだろう。ふと隣を見れば、アリッサは泣きそうな顔をしている。
「アリッサ、大丈夫?」
「うん……今朝、レイ様といろいろあって……顔、合わせにくいだけだから」
レイモンドにべったりのアリッサがここまで落ち込むなんて、余程のことなのだ。
「授業中には喧嘩になりようがないもの。普通にしていたらいいわ」
「普通、ってなあに?私、レイ様に普通に接したことなんてないもん」

「……アリッサ様」
泣きべそモードに入ったアリッサの背中を、再びフローラの手が叩いた。
「いつまでいじけてらっしゃるつもりですの?ここで喧嘩の主導権を握らなくてどうしますの」
「喧嘩はしてないもん」
「レイモンド様は、アリッサ様とマクシミリアン様の仲を疑っておいでなのでしょう?」
「うん」
「疑われているの?」
マリナが聞き返した。
「身分の低い男が好きなのかって言われたわ。そういうお話の本は読んでいたけど、私が好きなのはレイ様なの。嫌われたくないわ」
「婚約してしまうと、どうもマンネリになるのよね、とうちの姉は申しておりましたわ。レイモンド様は婚約者の地位に胡坐をかいて、アリッサ様をいつでも引き留めておけると思ってらっしゃるのでは?」
「そう、なの?」
「時にはスパイスが必要でしてよ?……そうですわねえ……他の男の影をちらつかせてレイモンド様の狩猟本能を呼び起こすのです。レイ様レイ様と自分を慕ってきていたアリッサ様に、急につれなくされたら……躍起になって振り向かせようとなさるはずですもの」
「そんなにうまくいくかしら?レイモンドはプライドの塊のような人よ」
自分から追いかけるタイプではないような気がする、とマリナは思った。
「いいえ、マリナ様!わたくしの姉二人はこの作戦で見事恋人を射止めましたのよ!……このわたくしの姉ですから、二人とも容姿は中の中ですけれど、恋愛テクニックにかけては右に出る者がおりませんの。わたくしは入学前に姉達から必勝法をじっくり学んできたのです!」
両手を握りしめてガッツポーズをするフローラに、二人は何も言い返せなかった。
「……行きましょう、講堂へ」
マリナは休み時間なのにどっと疲れた気がして、移動する生徒達の背中を追った。
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