悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!

172 男子寮の夜は更けて

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演劇の練習は、通し稽古が行われた。
レイモンドの堂々とした台詞回しは、いびられているマデリベルが全く可哀想に見えないという不思議な空間を生み出していた。
「マデリベルがいじめられてるのに、何だか、アレックスのやってる兄の方が、三人に囲まれていじめられてるみたいに見える……」
ジュリアは正直な感想を述べた。
「本当に。セドリック様の高飛車な兄、ハリーお兄様の陰険な兄は、想像以上にはまり役だわ。アレックスがふんぞり返っているだけで……こう言っては何だけど、道化にしか見えないわ」
「どうけ?……って何?」
「知らない方がいいと思うな、ジュリアちゃんは」
アリッサが苦笑いをする。
「ね、あれ」
ジュリアが手招きをして、二人が顔を近づける。
「今日も見てるじゃん、ヒロイン」
「エミリーが来ないって気づいたかしら」
「王女役は狙えないのにね。いくらなんでも、私達全員が出られないってことはないもん」
舞台を見つめるアイリーンは、何やら呟きながら不敵な笑いを浮かべている。
「怖い……」
漠然とした不安に囚われ、アリッサはマリナの制服の袖を掴んだ。

   ◆◆◆

男子寮のセドリックの部屋に集まったのは、劇に出演する男子生徒達だった。
主役のレイモンド、意地悪な兄役のアレックス、セドリック、ハロルドと、義父役のリオネルだ。リオネルが夕食時にレイモンドに目くばせをして、セドリックの部屋に集まるようにアレックス達に伝えたのだ。
集合場所をセドリックの部屋にしたのは理由がある。寮の中で最も警備が万全なところだからだ。セドリックの許可がないと、一般の生徒が入って来られないようになっている。

「さて。呼び出した理由を教えてもらうとするかな」
セドリックは腕組みをしてリオネルを見た。
未だにマリナを取られるのではと警戒しているのか、リオネルへの態度は硬いままだ。
「明日の劇のことさ。僕達出演者に何かがあったら、どうするか決めておこうと思って」
「何か、か。まあ、あり得るだろうな。不測の事態はいつでも起こりうる」
レイモンドが深く頷いた。
「僕が言いたいのは、『何か』が起こるのが僕らじゃなく、彼女達なんじゃないかってことだよ」
「マリナに何か?ねえ、何か不穏な動きがあるの?」
セドリックの瞳に焦りの色が浮かぶ。豪奢な肘掛椅子から身を乗り出して、長椅子に座るリオネルに詰め寄る。
「僕が調べた範囲では、マリナに何かが起こる気配はなかったよ。ただ、生徒会役員だから、学院祭の実施が危ぶまれる事態になれば、彼女は劇に出ている暇はないさ」
「それを言うなら、僕達だって同じだよ。ね、レイ?」
「いや。少なくとも、他の催事で混乱があっても、お前は劇に出なければならないぞ、セドリック。明日は国王陛下や主だった貴族が劇を見に来るんだ。アスタシフォンの要人もな。出演を予定していた王太子が本番でいなくなったとなれば、国賓をもてなしている国王夫妻は苦しい立場に立たされる。最悪、俺達全員が劇に出られなかったとしても、お前は舞台に立つべきだ」
「……私も、殿下は舞台に立つべきだと考えます。妹達に何かが起こったら、私が彼女達を助けに行きます。意地悪な兄が一人いなくなっても、物語には支障がありませんし」
「お、俺も助けに行くよ!」
アレックスが立ち上がり、一人だけやる気を見せた。
レイモンドとリオネルが、同時に首を横に振り、目を瞑った。
「アレックスは剣技科の出し物で忙しいだろう?抜けて来られるだけでも御の字だ」
「そうだよ、アレックス。少なくとも、物語には主人公のマデリベルと兄一人、王女は必要なんだ。魔法使いはいなくても魔法が発動するように、コーノック先生が仕掛けてくれた。母と義父は殆ど台詞がないし、いなくてもいいと思っている。台詞を覚えていなくても、君は残るべきだよアレックス」
ふるふると赤い髪を揺らしてアレックスは首を振った。
「ジュリアに『何か』があったら、俺、劇なんかやっていられないと思う……」
「あ、それ、僕もだよ。マリナが心配で、台詞が飛んじゃうかもね」
「こら。恐ろしいことを言うな二人とも。主役の俺が全員分話すわけにいかないだろうが」

   ◆◆◆

夜が更けた男子寮の裏手、鬱蒼とした木々の陰で、月明かりを避けるように一組の男女が語らっていた。
「本当に、そんなことでいいのか?簡単じゃねえか」
「そう?でも、私には難しくて……ね、ジェレミーくぅん、お・ね・が・い」
アイリーンの白い指先が、ジェレミーの団子鼻を押した。
「……っ!」
「剣技科の人達って、強いんでしょう?やっぱり、一年生だからジェレミー君には無理かなあ?無理ならいいの。他の人に頼んで……」
横を向いて去って行こうとするアイリーンの腕を掴む。
「きゃ」
「やる!俺、やるから!見てろ!な!」
誰かに見咎められたらどうするのかと、アイリーンは気が気ではなかった。慌ててジェレミーの口を塞ぎ、塞ぐのはよくないと指先で唇を撫でるだけにした。
「本当?嬉しい!ジェレミー君って頼りになるのね」
「お、おう!何でも頼ってくれよ」
アイリーンの作り物の笑顔に騙され、ジェレミーは鼻息を荒くし真っ赤になった。
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