悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 7 学院祭、当日

179 悪役令嬢と主不在の医務室

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満員の観客の前で、アレックスは次々と青組の生徒達を負かしていく。最前列には、騎士団長のヴィルソード侯爵が、二人分の幅を取って座っている。
「よくやった!いいぞ!アレックス!」
一人倒す度に大声で息子を褒め、大きな手で拍手をしている。周囲の人々が遠巻きにして見ているのに気づいていないようだ。
「アレックスのお父さん、一人で盛り上がってるなあ」
「さっきの三年生、ヴィルソード騎士団長にいいところを見せたかったんだろうね。相手が悪かったよ。アレックスの奴、空気を読まないから本気でやっちゃったもんな。俺、後で代わりにしごかれそうだよ……」
レナードが溜息をつく。どうやら負けた三年生は、普段レナードが一緒に練習をしている生徒のようだ。

十人勝ち抜いたところで、一度アレックスが休憩を取った。ジュリアがタオルを渡し、アレックスは袖のない上着を脱いだ。
「ちょっと待った。これも脱ぐの?」
「暑い。……脱いだらダメか?」
「着てても半分脱いでるみたいなもんでしょうが。あんまり……皆に見られてほしくないの」
ジュリアが視線を落として口ごもると、アレックスは小さく「そうか」と呟いた。

「劇の本番まで、時間がなくなってきたよ。調子にのって勝ち続けるのもいいけど、そろそろ切り上げて」
レナードが時計を見ながら忠告する。
「アレックスは体力があるって分かってる。それでも本番でへばったらどうしようもないよ」
「分かった。……次の相手は?」
青組の出場選手一覧を眺めて、ジュリアが「あ」と声を上げた。
「次はグロリアだよ!」
「アレックスが本気で戦っても勝てるかな?」
レナードがにやりと笑い、ベシッとアレックスの肩を叩いた。

「挑戦者!青組!」
リオネルの声が会場に響く。
「輝く不死鳥!グロリア・フォイア!」
青緑色の鳥をイメージした衣装に身を包み、グロリアが練習場の中央へ進んだ。肩やスカートの裾はふわふわと風に靡く素材で、ゴージャスな金髪と相まって美しい。ミニスカートから覗く鍛えられた脚が観客の視線を集める。
「うぉおおおお!」
「グロリアさん、美しすぎます!」
応援に回っている剣技科生徒達からも雄叫びのような歓声が上がる。
「一度手合わせしたいと思ってたんだ。よろしくね」
と金髪を掻き上げ、グロリアはアレックスに微笑んだ。

   ◆◆◆

セドリックが魔法の仕掛けを発動させた後、準備ができている生徒から順に演奏会が始まった。予定より早まったものの、皆順調に演奏を終えていく。
マリナとセドリックは舞台下手から演奏会の進行を見守っていた。
「一時はどうなることかと思いましたけれど、よかったですわね」
「うん。魔法でキラキラした時はどうしようかと思ったよ」
「後でコーノック先生にお願いしなければいけませんわ。ヒロインが魔法使い役を買って出ないように」
「ヒロイン……?」
――しまった!つい。
「ずっと気になっていたんだけどさ、君達姉妹と彼女、何か因縁でもあるの?」
ドキン。
マリナの心臓が大きく跳ねた。
「魔力測定でエミリーと何かあったから、っていう問題じゃないよね。もっと根深いところで、アイリーン・シェリンズはハーリオン姉妹に負の感情を持っているように見える」
「……仰る通りですわ。でも、学院に入学するまで、会ったこともございませんし」
「短期間で嫌われたってこと?」
「私達からは何も……嫌われるようなことはしていなくて」
毎回喧嘩を売られているが、マリナ達から仕掛けたことはない。嫌がらせのレベルを超えて、次第に悪質になってきているのだ。
「そう……何か、僕に言えない秘密があるんだね」
――いきなりどうしたのかしら?こんなこと、聞いて来なかったのに。

「あと二人で演奏会は終了ですわ。次は、絵画の展示へご案内するのですよね」
「レイが、アリッサが頑張ってくれて、準備はできていると言っていたよ。……それにしても、皆が作った作品を壊すなんて、酷いことをする人間がいるんだね」
「どなたかのものが狙われたのですか?」
「どれも壊されたり、切られたりしていたようだから、誰かのを特別に狙ってはいない。学院祭に対する嫌がらせだろうって、レイは言っていたよ。僕は……」
「セドリック様は、違うと?」
「別な狙いがあるように思うんだ。僕らの目を展示に向けさせて、何か得することがあるのかもしれない」
レイモンドは警備の責任者と掛け合い、人員を普通科の教室と国賓がいる講堂に集めた。絵を切り刻んだ犯人は刃物を持っている。国王夫妻に万が一のことがあってはいけないと。
「宝物でも盗むつもりでしょうか」
「過去の学院祭の経験から、価値が高いものは置かないようにしているんだよ。何を盗むんだろう?」
二人は首を捻った。

   ◆◆◆

マシューに連れられて転移した先は、ロンの仕事場である医務室だった。
「主は不在だが」
ベッドが並ぶ横を抜け、マシューが壁に手を当て、光魔法を放つ。
魔力が吸いこまれて、壁が音を立てて動いていく。
「ここって……」
先日、ロンに呼ばれて訪ねた部屋だ。エミリーが来た時には、壁は開いていて奥の部屋へ入ることができたのだ。奥には一つだけベッドがあり、周りにカーテンが張られていた。
「普段は魔法を鍵にして閉めてある」
「私には開けられない?」
「そうだな。治癒魔法だからな……スタンリー?入るぞ」
マシューはカーテンの向こうに呼びかけた。返事はない。
「まだ意識が戻らないのね」
「ああ。今朝様子を見に来た時も……」
バサリ。
カーテンを開けたマシューとエミリーは、瞠目して言葉を失った。
「なっ……」
「いない?どうして?」
「意識が戻っても、すぐには起き上がれないはずだ。部屋から出ることもままならない」
ベッドに近づいたエミリーの足元に、ぬるりとした液体が落ちている。
「まさか……血!?」
「連れ去られたのか。……スタンリーの命が危険だ」
眉間の皺を深くして、マシューは苦しげな表情でベッドを見つめた。
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