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学院編 7 学院祭、当日
190 悪役令嬢と切られたドレス
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「失礼しま……あれ?」
女子更衣室に入ったアリッサは、更衣室付きの侍女がいないことに気が付いた。
「誰も、いない?おかしいなあ」
劇の王女役が着替えに来ると言ってあったはずだ。他の仕事が入ってしまったのかもしれない。
「私がマリナちゃんの支度を手伝えばいいよね」
ドレスが吊るせるクローゼットを開ける。ドレスは一枚もない。
「あ、そうか……後夜祭の」
後夜祭は『みすこん』上位五名が踊ることになり、必然的にドレス着用になった。ドレスが準備できない者は、学院に備え付けのドレスを借りている。先日全て貸し出されたと聞いた。
「こっちかなあ」
次々とクローゼットの扉を開けていくが、アリッサが探しているマリナのドレスはどこにもなかった。
「リリーが忘れちゃったのかなあ」
あのハイスペック侍女が忘れるはずはないのだけれど。
バン!
ドアが勢いよく開いた音がして、アリッサは振り向いた。
「ジュリアちゃん?」
呼ばれたことに気づかず、ジュリアは一緒に来た女子生徒と何やら深刻な顔で話している。
「ここで、制服に着替えて……その間に縫える?すぐに戻りたいの」
「はい。任せてください、簡単ですよ」
アリッサの知らない女子生徒がきりりとした表情で答えた。
「ビヴァリーだけが頼みの綱だよ」
ジュリアはビヴァリーの前でミニ丈のドレスに手をかけた。
「ジュリアちゃん、その服……」
「アリッサ……見たことなかった?仮装の衣装だよ。妖精なの。……破かれちゃったけどね」
胸元が縦に大きく破れている。
「危なかったね」
「うん。可愛いドレスだったのに、ジェレミーの馬鹿が力任せに引っ張るからさー。ま、破れても見える谷間なんかないけど」
自嘲気味にケラケラと笑う。ビヴァリーに手伝ってもらい、ドレスを脱いだジュリアは、扉が全開になっているクローゼットを見た。
「あっれー?ここにかけてた私の制服知らない?」
「知らないよぉ。マリナちゃんのドレスもないの」
個人所有のドレスを置いておく場合には、ハンガーに紋章か名札をつけることになっている。ドレスどころか、ハーリオン家の紋章やマリナの名がついたハンガーもなくなっていた。
「ええー?どうすんの?これから本番でしょ?」
「マリナちゃんも見つからないし、私、どうしたらいいのか……ぐすっ」
アリッサはレイモンド共に聞いた噂を話した。ジュリアは椅子に腰かけて腕組みをし、難しい顔をした。
「そっか……マリナは来られないかもってこと?」
「うん。ここに来るまでに会えなくて……」
「マリナがいないときは、アリッサが出るのもありだったんだけどな。ほら、主役はレイ様だし?」
にやりと笑って妹を見る。眉を八の字にしてアリッサが俯く。
「失敗できないもん。……私、人前に出るのは怖いの。マックス先輩はまた意地悪なこと言うし」
またあいつか、とジュリアは舌打ちした。
「ああいう面倒くさそうな奴、嫌いなんだよね。可愛い妹を困らせて……いつか絶対シメてやる」
「ジュリアちゃん……」
アリッサは潤んだ瞳で姉を見つめた。こんな顔を男子が見たら勘違いしそうだとジュリアは思った。
「ドレスがないのはどうしようもないよね。今から私が走って戻っても間に合わない。っつか、ドレスを持って走って戻って来られないもん」
「エミリーちゃんがいたら、魔法で取ってきてもらえるのに……」
「はあー。参ったなあ」
◆◆◆
第一幕が終わり、拍手喝采の中緞帳が下がった。
キースが光魔法で派手に辺りを煌めかせ、レイモンドの眼鏡が激しく輝いたところで終わった。写真撮影のフラッシュを反射して眼鏡が光ってしまうあの現象と同じである。
「あれでよかったでしょうか?やりすぎましたかね」
「少しな」
レイモンドが眉間に皺を寄せて、中指で眼鏡を押し上げた。
「あれぐらいやんないと、お客さんは喜ばないと思うぜ。すっげえカッコよかったよ、キース」
「あ、う、ありがとう、アレックス」
金の瞳をきらきらさせて、アレックスは「すっげー」を連呼している。語彙の少なさにキースが閉口した。名前で呼び合うほど親しくなったつもりもないのだ。
セドリックはそわそわして舞台袖から階段下を覗いた。
「ねえ、マリナはまだ?王宮に行くシーンで王女がいないと……」
「付近にはいないようだが」
「アリッサさんもジュリアさんも来ていないみたいですね。どうするんですか、レイモンドさん」
キースがおろおろとレイモンドに問いかける。
「フローラは母役で出ちゃったしなあ。今のところ、台詞なしで役に立っていないアレックスに王女役をやらせる?」
「冗談はやめてくださいよ、リオネル殿下」
アレックスがリオネルを小突き、割と本気で痛かったのかリオネルが睨んだ。皆もアレックスの筋骨隆々王女など見たくはなかった。
「マデリベルと家族は、終幕まで欠けることはできない。誰か、女子更衣室に……」
レイモンドが女子の実行委員に声をかけた時、後ろから衣擦れの音とともに高い声がした。
「その必要はありませんわ、レイモンド様!」
皆が振り返った視線の先にいたのは、ピンク色のドレスを着て瞳をぎらつかせながら微笑む『とわばら』のヒロイン、アイリーン・シェリンズだった。
女子更衣室に入ったアリッサは、更衣室付きの侍女がいないことに気が付いた。
「誰も、いない?おかしいなあ」
劇の王女役が着替えに来ると言ってあったはずだ。他の仕事が入ってしまったのかもしれない。
「私がマリナちゃんの支度を手伝えばいいよね」
ドレスが吊るせるクローゼットを開ける。ドレスは一枚もない。
「あ、そうか……後夜祭の」
後夜祭は『みすこん』上位五名が踊ることになり、必然的にドレス着用になった。ドレスが準備できない者は、学院に備え付けのドレスを借りている。先日全て貸し出されたと聞いた。
「こっちかなあ」
次々とクローゼットの扉を開けていくが、アリッサが探しているマリナのドレスはどこにもなかった。
「リリーが忘れちゃったのかなあ」
あのハイスペック侍女が忘れるはずはないのだけれど。
バン!
ドアが勢いよく開いた音がして、アリッサは振り向いた。
「ジュリアちゃん?」
呼ばれたことに気づかず、ジュリアは一緒に来た女子生徒と何やら深刻な顔で話している。
「ここで、制服に着替えて……その間に縫える?すぐに戻りたいの」
「はい。任せてください、簡単ですよ」
アリッサの知らない女子生徒がきりりとした表情で答えた。
「ビヴァリーだけが頼みの綱だよ」
ジュリアはビヴァリーの前でミニ丈のドレスに手をかけた。
「ジュリアちゃん、その服……」
「アリッサ……見たことなかった?仮装の衣装だよ。妖精なの。……破かれちゃったけどね」
胸元が縦に大きく破れている。
「危なかったね」
「うん。可愛いドレスだったのに、ジェレミーの馬鹿が力任せに引っ張るからさー。ま、破れても見える谷間なんかないけど」
自嘲気味にケラケラと笑う。ビヴァリーに手伝ってもらい、ドレスを脱いだジュリアは、扉が全開になっているクローゼットを見た。
「あっれー?ここにかけてた私の制服知らない?」
「知らないよぉ。マリナちゃんのドレスもないの」
個人所有のドレスを置いておく場合には、ハンガーに紋章か名札をつけることになっている。ドレスどころか、ハーリオン家の紋章やマリナの名がついたハンガーもなくなっていた。
「ええー?どうすんの?これから本番でしょ?」
「マリナちゃんも見つからないし、私、どうしたらいいのか……ぐすっ」
アリッサはレイモンド共に聞いた噂を話した。ジュリアは椅子に腰かけて腕組みをし、難しい顔をした。
「そっか……マリナは来られないかもってこと?」
「うん。ここに来るまでに会えなくて……」
「マリナがいないときは、アリッサが出るのもありだったんだけどな。ほら、主役はレイ様だし?」
にやりと笑って妹を見る。眉を八の字にしてアリッサが俯く。
「失敗できないもん。……私、人前に出るのは怖いの。マックス先輩はまた意地悪なこと言うし」
またあいつか、とジュリアは舌打ちした。
「ああいう面倒くさそうな奴、嫌いなんだよね。可愛い妹を困らせて……いつか絶対シメてやる」
「ジュリアちゃん……」
アリッサは潤んだ瞳で姉を見つめた。こんな顔を男子が見たら勘違いしそうだとジュリアは思った。
「ドレスがないのはどうしようもないよね。今から私が走って戻っても間に合わない。っつか、ドレスを持って走って戻って来られないもん」
「エミリーちゃんがいたら、魔法で取ってきてもらえるのに……」
「はあー。参ったなあ」
◆◆◆
第一幕が終わり、拍手喝采の中緞帳が下がった。
キースが光魔法で派手に辺りを煌めかせ、レイモンドの眼鏡が激しく輝いたところで終わった。写真撮影のフラッシュを反射して眼鏡が光ってしまうあの現象と同じである。
「あれでよかったでしょうか?やりすぎましたかね」
「少しな」
レイモンドが眉間に皺を寄せて、中指で眼鏡を押し上げた。
「あれぐらいやんないと、お客さんは喜ばないと思うぜ。すっげえカッコよかったよ、キース」
「あ、う、ありがとう、アレックス」
金の瞳をきらきらさせて、アレックスは「すっげー」を連呼している。語彙の少なさにキースが閉口した。名前で呼び合うほど親しくなったつもりもないのだ。
セドリックはそわそわして舞台袖から階段下を覗いた。
「ねえ、マリナはまだ?王宮に行くシーンで王女がいないと……」
「付近にはいないようだが」
「アリッサさんもジュリアさんも来ていないみたいですね。どうするんですか、レイモンドさん」
キースがおろおろとレイモンドに問いかける。
「フローラは母役で出ちゃったしなあ。今のところ、台詞なしで役に立っていないアレックスに王女役をやらせる?」
「冗談はやめてくださいよ、リオネル殿下」
アレックスがリオネルを小突き、割と本気で痛かったのかリオネルが睨んだ。皆もアレックスの筋骨隆々王女など見たくはなかった。
「マデリベルと家族は、終幕まで欠けることはできない。誰か、女子更衣室に……」
レイモンドが女子の実行委員に声をかけた時、後ろから衣擦れの音とともに高い声がした。
「その必要はありませんわ、レイモンド様!」
皆が振り返った視線の先にいたのは、ピンク色のドレスを着て瞳をぎらつかせながら微笑む『とわばら』のヒロイン、アイリーン・シェリンズだった。
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