悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

文字の大きさ
354 / 794
学院編 7 学院祭、当日

198 悪役令嬢と不眠の男

しおりを挟む
学院祭二日目は、講堂を使った発表と『みすこん』の日である。
「マリナ!アリッサ!起きて!」
四姉妹の朝は、ジュリアの腹式呼吸による発声で始まった。
「……ジュリア、まだ早いわよ。外が暗いじゃない」
「眠いよぉ……」
二人が眠い目を擦る。ジュリアは腰に手を当てている。服装も髪型も登校時のそれである。
「学院祭だって思ったら、目が冴えちゃってさ」
「寝つきはあなたが早かったわよ」
「一番先にぐっすりだったよ?」
「そう?……ほら、二人とも準備しなきゃ。今日は『みすこん』だよ」
ベッドに起き上がったマリナの背中をぽんぽんと叩く。
「気乗りはしないわ」
「アイリーンが後夜祭で殿下と踊ってもいいの?殿下の気持ちはどうでも、『踊った』って事実が殿下のルートのフラグかもよ」
「……そうよね。私達にとっての破滅フラグね」
「レイ様と同じ順位を取って、ファーストダンスを踊るんだから!ヒロインには渡さないもん!……でも、レイ様のダンスの相手が、マリナちゃんやジュリアちゃんだったら、……仕方ないかなあって感じ」
「アリッサが先に脱落したらあり得るもんね。アイリーンとリオネル様をうまく組ませられるように頑張ろう」
一人意気込んでいるジュリアに不安を覚えたマリナは、エミリーのベッドへ近づいて横たわる妹を揺さぶった。
「エミリー。魔力が回復していないところで悪いけど、起きて」
「……」
「起きて、エミリー」
「……」
「エミリーちゃんは起きないと思うよ」
「『みすこん』にも出る気ないって言ってたからね。劇も終わったし」
「エミリーも学院祭実行委員なのよ。堂々とサボるなんていけないわ」
もぞもぞと寝具が動く。
「……いけなくない」
「一緒に登校しましょうよ。ね?」
「エミリーは皆勤賞狙ってないしさ、別に起こさなくても」

寝室のドアが叩かれた。
「お嬢様方、起きていらっしゃいますか」
リリーの声だ。ジュリアの支度を手伝い、朝の仕事に取りかかっていたのだ。
「起きているわ。どうしたの?」
「エミリー様に至急お話があると、先生がいらっしゃって……」
「先生?誰かなあ?」
「決まってんじゃん、アリッサ。ここに来るなんてエミリーの彼氏じゃないの?」
ジュリアがにやりと笑った。リリーは肯定も否定もせず、
「魔法科のコーノック先生です」
と言った。

   ◆◆◆

ネグリジェから制服に着替えていないマリナとアリッサは、マシューの前に出るわけにいかず、皆を代表してジュリアが居間に出た。
「おはようございます」
「……おはよう」
とりあえず挨拶はしたものの、全く会話が続きそうになかった。
「先生のご用は何ですか」
「エミリーが起きてきたら話す」
「私達も知りたいな、なんて……」
にっこり。
作り笑顔全開だ。
「エミリーに話があるんだ。君にはない」

「ジュリアちゃんでも会話が続かないなんて……」
ドアをほんの少し開けて様子を見ていたアリッサが驚愕した。
「恐るべし魔王。ゲームでも最初はああなんでしょう?」
「そう。リセットするたびにエミリーちゃんがブチ切れてたよね」
「ああー。何回やっても魔王エンドで絶叫していたわね」
二人の後ろから、張り切ったリリーの声がする。
「さあ、今日は『みすこん』でしたね。お嬢様方を最高に美しく仕立ててみせますよ」
「……私、出ないし」
「いいえ、私が昨晩仕入れた情報では、一人棄権なさって」
「だから、それが私」
「出場されるのは当家自慢の四人のお嬢様と、男爵令嬢だとか」
「……は?」
自分が辞退して、ジュリアが出場することになったのではなかったか。
エミリーは耳を疑った。

「今日はいい天気ですね」
「……曇っているようだな」
「マシュ……コーノック先生は早起きなんですね。まだ外が薄暗いですよ」
「昨日から寝ていないからな」
――完徹かよ!
ジュリアはツッコミそうになった。黒髪で隠れている顔が見えず、やつれているのかすら分からない。
「何かあったんですか」
「……エミリーが来たら話す」
――またそれか。
早く支度を終えてきてほしいとジュリアが寝室のドアを見た時、銀髪を完璧にセットして制服を着たエミリーが無言で入ってきた。
「エミリー!」
叫んだのはジュリアではなかった。
隣の無表情男が立ち上がって駆け寄ったのをジュリアは口をあんぐり開けて見ていた。

「マシュー……ぶ」
背が高い黒いローブの魔導士がエミリーを抱きしめる。
「うわっ……」
「きゃっ……」
アリッサが頬に手を当てて真っ赤になっている。
「よかった……影響はないな」
マシューはエミリーの頬に掌を滑らせ、瞳を覗き込む。黒い瞳がふっと細められ、眉が下がる。
「昨日はすまなかった。行けなくて」
ぎゅ。
「……別に」
「治癒魔法を使ったのか……奇跡を起こす伝説の聖女のようだったと聞いた」
――聖女なんてガラじゃないわ。
「なのに、面白くなさそうな顔してる」
「お前の光属性の覚醒を呼んだのが、俺じゃないのが不満だ」
ぎゅ。
「……まぐれかもしれないし」
「一度覚醒したら、後は安定させるだけだ。授業が始まったら特訓するぞ」
微かに笑みを浮かべているマシューは、エミリーの特訓プログラムを脳内で思い描いてわくわくしているようだ。
「初めは簡単なところから。ああ、お前の指先から光が溢れる様を早く見たい……」
エミリーの手を取って口づけそうになる。魔法のことになるとマシューはすぐに箍が外れるのだ。
「コホン……先生、何か用事があったんじゃ?」
姉達とリリーが見ている。いい加減離れなければ。胸に手を当てて見上げると
「……まずいことになった」
頭の上から地を這うような低い声が降ってきた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。 困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。 さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず…… ────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの? ────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……? などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。 そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……? ついには、主人公を溺愛するように! ────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆

処理中です...