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学院編 7 学院祭、当日

221 悪役令嬢は期末テストに怯える

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「侍従が探してる。早く帰れば?」
気まずそうにもぞもぞと起き上がったセドリックに、エミリーは冷たく言い放つ。
「マリナも。アリッサが心配してた。帰るよ」
「あ、うん……」
寝転がっていたせいで乱れたスカートを調え、マリナは立ち上がって咳払いをした。
「私達、魔法で帰るから。居場所は伝えておく」
セドリックの返事を待たずに、エミリーはマリナの手を掴んで転移魔法を発動させた。

白い光が消え、その場に残されたセドリックは、呆然と部屋に立ち尽くしていた。
廊下から手近な空き部屋――この滅多に使われない相談室――にマリナを連れ込んだものの、床に敷かれた豪奢なカーペットの縁でつまづいたマリナが倒れ、彼女を起こそうとして自分も転んでしまったのである。ふわふわしたカーペットが敷かれているので痛くはなかったが、押し倒したような体勢になってしまい、それまでの濃密な『愛の語らい』が媚薬のようにセドリックを後押しした。自分はマリナに拒絶されない(だろう)という安心感が、彼をさらに大胆にさせた。
結果、起き上がらないでそのまま、マリナの上に四つん這いになっていたところへ、エミリーが現れたのである。
「……侍従に何て言うつもりなんだろう」
頭が冷えた今となっては、セドリックの関心事は侍従への報告だけだ。自分は生徒会の会議で遅くなったと言う予定だったが、こうなった以上は信じてもらえそうにない。先にアリッサが帰っているということは、彼女を寮へ送って行ったレイモンドも帰っているだろう。エミリーの証言であらぬ誤解を受ける可能性がある。

誤解というほどの誤解にはならないだろう。
セドリックは、自分に多少の疾しい気持ちがなかったとは言い切れないと思った。
部屋から出ると、窓の外はすっかり暗くなっており、廊下にはところどころ魔法灯が点いているだけで不気味だった。以前の自分なら怖くて震えあがっている。だが、今日は無的になれそうな気がする。
胸を張って廊下を進むと、窓の下、校舎裏に人影がある。
「……?」
生徒は皆、とっくに下校したはずだ。
暗がりでよく見えないが、二人の人間が話をしているようだ。一人は微かな月明かりにも輝く金髪をしている。
「気にすることないか」
独り言を漏らして再び廊下を歩き出す。数歩進んだ時、セドリックの耳に言い争う声が聞こえた。

   ◆◆◆

「ただいま」
「おかえり。マリナちゃんもおかえり」
「……ただいま」
顔に死相が出ているマリナの肩を、ジュリアがバシッと叩いた。
「なあに、この世の終わりみたいな顔してんのよ。魅了の魔法なんか、そのうち……」
「違うの……」
「押し倒されてたから疲れたんじゃない?」
エミリーが涼しい顔で言ってのける。アリッサが「きゃ」と頬を手で覆った。
「マリナちゃん、いつの間に……」
「てか、殿下の魔法が解けたの?」
「生徒会室でマリナちゃんが王太子様にキスし……むむ」
「言わないでよ、アリッサ」
妹の口を塞いだマリナは、ぽっと頬を染めた。
「皆が見てるのに?やるねーマリナ。私も流石に皆が見てる前はきついな。結婚式だけで勘弁してって感じ」
「その時は、魔法が解けたなんて思えなかったのよ。いたたまれなくて生徒会室から逃げたら、セドリック様が追いかけてきて……」
「で、押し倒された?何で?展開早すぎね?」
「廊下で会って、……魔法が解けたって分かったのよ。セドリック様を好きだって、私が告白みたいなことをしたから……」
「あー、殿下が喜ぶ姿が目に浮かぶよ」
ジュリアは遠くを見ながら目を細めた。エミリーが嫌そうな顔で舌打ちをする。
「何をしても私が受け入れると思ったみたいね」
「……調子に乗ってマリナを部屋に連れ込んで押し倒したわけだ。さっきも、王太子は恥ずかしそうにしていなかったが、あれで素なんだな」
「エミリーが来なかったら、どうなっていたか分からないわ。もう少しあのままだったら、多分セドリック様を殴っていたかも……」
「殴るって、マリナちゃん、あんまりだよぅ」
「だって校内の相談室で……って、アリッサもレイモンドに倉庫で押し倒されたら嫌でしょう?」
「レイ様だったら、どこでも……」
頬に手を当てて、ぎゅっと目を閉じて頭を振るアリッサを、マリナは白い目で見つめた。
「あなたに聞いた私が馬鹿だったわ」

   ◆◆◆

夕食後、寝る準備を整えて、四人は寝室のマリナのベッドに集まった。
「今日の『みすこん』、何とか乗り切ったよね」
「ダンスのペアは信じられない組み合わせだったねえ」
「同感。……もうレイモンドと踊りたくない」
エミリーの眉間の皺が深くなった。ぎゅっと薄紫色のネグリジェを握りしめる。
「私も、アレックスとはごめんだわ。リードが荒いし」
「マリナちゃんはお兄様とばかり踊ってたから、全然違うだろうねえ」
「兄様と言えばさ、ダンスの時に無理させられなくて、私も思い切りステップを踏めなくて不完全燃焼だよ。やっぱ、アレックスと組みたいな」
ジュリア以外の三人は、アレックスはジュリアに任せようと心に決めた。
「攻略対象の誰かとアイリーンが踊る機会を持たせるのは危険ね。次に何かあるとしたら、年越しパーティーかしら?」
「こっちの世界はクリスマスがないもんね」
「乙女ゲームだから、代わりに銀雪祭があるじゃん。その前に殿下の誕生日もね。マリナは一緒に過ごすんでしょ」
「王太子様のお誕生日はお休みよね。……と、期末テストもあるよね」
「……忘れてた」
何気なく呟いたアリッサの隣で、エミリーが呻きながら枕に顔を埋めた。
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