悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

文字の大きさ
479 / 794
学院編 10 忍び寄る破滅

307 悪役令嬢は伝書鳩になる

しおりを挟む
王立学院の敷地内には、文具や日用品を売る店がある。生徒達が購買欲を満たすための施設であり、間口もさほど広くない店なのだが、この時期は非常に混み合っている。
この店を通じて銀雪祭の贈り物を取り寄せる者が多いからだ。
「……頼んだ品は入っているか」
黒ずくめの魔導士は、太陽を背に店主の前に立った。

初老の店主は伸びた黒い影と彼の佇まいに怯え、一瞬商売人の笑顔を忘れそうになった。
「……っ、へい、いらっしゃい。あ、と、お客さん、引換券はお持ちで?」
「……引換券?」
そんなものをもらっただろうかとマシューは口に手を当てて考えた。頼んだ時に何か渡された記憶がうっすらと甦る。
「あ、ああ」
「悪いね、先生。あれがないと渡せないんだよ。この時期は取り寄せが多くてね、間違いがないようにって」
「……」
マシューはがっかりした。引換券はどこにあるのか分からない。寮に戻ったとしても、失くしてしまっているように思えた。

「髪飾り……なんだが……」
一瞬赤い瞳が光ったのを見て、店主がヒッと声を上げた。
「か、かかか、髪飾りね。あー、どこだったかな、どんなのでしたかね」
「赤い石の……」
店主は箱を落としそうになりながら、髪飾りを出して見せた。
「これですかい?」
「違うな。……あ、これだ」
「お、お代は先にいただいておりますんで。すぐにお包みします」
マシューの放つオーラにびくびくと肩を震わせ、店主は髪飾りの入った箱を包み始めた。しかし、手が震えてうまく包めない。
「……いい。包まなくても構わない」
「あ、そう、ですかい。では、このままお渡ししますよ」
口調も丁寧になっているのだが、マシューは何故彼が震えているのか分からなかった。店内は暖炉に薪がくべてあり、ほんのりと温かい。
「ありがとう。……これは礼だ」
さっと手を振り上げる。店主は驚いて後ろに倒れた。
マシューは天井の傍に光の球を浮かべ、表情の乏しい顔でフッと笑った。
「これがあれば温かいはずだ」
恐ろしい客は丈の長いローブを揺らし、不似合いな鼻歌を歌いながら店を出て行った。

   ◆◆◆

「はあっ!」
バシュッ!
アイリーンの手から風魔法が放たれる。風圧はすぐに消え、近くの薮が揺れた程度だった。
「……この三か月、何をしていた?全く上達していないな」
「えへへ。今日はたまたま調子が悪かったんですぅ。マシュー先生の意・地・悪」
可愛らしく声を作って、マシューを上目づかいで見る。アイリーンのいつもの媚態だと、エミリーはうんざりして眺めていた。

「今年最後の魔法実技の授業は、初歩の魔法を試験する。魔法科の授業では、得意な属性だけではなく、適性が乏しいとされた属性の魔法も学び、使える魔法の種類を増やすことも目的の一つだ。アイリーンは光属性以外の五属性をもっと練習しなければ、全体での授業についていけなくなるぞ。放課後も遊んでいないで練習することだな」
「ええーっ。先生が教えてくれないんですかぁ?」
「俺は追試の試験監督があるからな」
マシューはズバッと切り捨てた。エミリーはつい、口の端だけで笑ってしまう。
「エミリーさんは余裕よね。光属性だけ練習なさればいいんですもの」
――いきなり敬語使うな。気持ち悪いな。
ぞわ。
鳥肌が立ってきた。
「……光属性、練習するわ。時間があったら」
「二人とも、次の全体授業までに初歩の魔法をさらっておくこと。いいな」
「はい」

チャイムの音が聞こえ、マシューは授業が終わりだと告げた。
「エミリー。少し話がある。教官室に来てくれ」
「……分かりました」
去っていくアイリーンの背中を見つめ、エミリーはそっとマシューに近づいた。
「話って?」
「教官室に行ってからだ。そう焦るな」
腕を回してぐっとエミリーの腰を抱きかかえる。二人はすぐに白い光に包まれた。

   ◆◆◆

「アレックス、お願い!」
ジュリアは青い表紙の本をアレックスに突き付けた。
「何だ?俺、本は読まな……」
「本じゃないよ、よく見て。ここに鍵がついてるでしょ」
「日記帳か?毎年父上が書いてるのと似てるな」
「へえ。騎士団長様って意外と真面目なんだね」
「いや。毎年一日目しか書いてないよ。……で、この日記は誰の?俺、文章書くのはちょっとなあ」
赤い髪を掻いて、アレックスは苦い顔をする。
「アレックスに書けって言ってないよ。これを殿下に渡してほしいの」
「殿下に?」
「わけがあって、マリナと殿下はしばらく会えないんだ。だから、交換日記をしたらどうかって思って。今晩、寮で殿下が日記を書いたらアレックスが預かって、明日私に渡して」
「じゃあ、この日記はまっさらなのか?」
「そう。鍵はこれね。殿下に渡してね」
「ああ。よく分かんねえけど、分かった。やるよ。俺に任せろ」
――任すと碌なことがないんだよね。
ジュリアは恋人兼幼馴染の肩を叩いて「頼むね」と言い、廊下に出て行った。

「ふふ、みーたーぞー」
腕組みをしたレナードがアレックスに近づいてくる。悪戯した子供を見つけたような口ぶりだ。
「何だよ」
「ジュリアちゃんと交換日記するのか?俺も入れてくれよ」
「違うって。これは……俺達は伝書鳩!」
「伝書鳩?」
猫目がくるくると動いた。
「何か用か?」
「用ってほどのことはないけど……追試が終わったら試合しようぜ」
「明日?」
「明日でも、今日でも構わない。アスタシフォン語の追試が終われば帰れるんだろ?」
「ああ。……ただの試合ってわけじゃなさそうだな」
「もちろん」
レナードはにっこりと微笑んだ。女子ならハートを盗まれそうな極上の微笑だ。
「銀雪祭のダンスパートナーを賭けて。まさか引かないよな、アレックス?」
「望むところだ。今日の夕方、練習場で。速攻で決めてやるよ」
絡んだ視線が熱を持ち、試合の前の緊張感を生む。レナードは一番後ろの席に座り、隣の席に戻ってきたジュリアを笑顔で出迎えた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...