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学院編 10 忍び寄る破滅
316 ロディスの取引
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グランディア王国と海を隔てた南側にある、アスタシフォン王国。北部の港町・ロディスは、重要な貿易拠点だった。大きな貨物船を身なりの良い黒い髭の若い男が待ち構えている。
「着きましたよ、旦那」
傍に控えていた商人風の中年男が、下卑た笑いを浮かべながら揉み手をしている。
「商談は積荷を確認してからだ。こちらの要求を満たせなければ……」
「いやいや、ご心配には及びませんよ。今日の入荷はどれも一級品間違いなし。……しかし、旦那も目の付け所が素晴らしいですなあ。ユーデピオレの種をまとめて仕入れて、解毒薬の専売特許を得ようとは」
「効果がある薬を、我が国でも広く流通させたい。そのためには、グランディアから入るユーデピオレの種を全部買い占めてでも、在庫を増やしておきたいのだよ」
「それはいいお考えです。一大事業になりましょうな」
「入荷の情報が入ったらすぐに知らせてほしい。他の商人が買い付ける前に」
「もちろんですとも。ユーデピオレは入荷が不定期なんですが、ご希望とあれば定期便に乗せてもいいと、うちの社長は言うかもしれません」
「社長が……」
黒髪の男は青緑色の瞳を眇めた。
「できれば社長と直接話して取引できないものか。経営者同士、腹を割って話し合いたい」
「ええっ?……はあ、支社長に相談してみますけど……あんまり期待しないでおいてくださいね」
「社長はお忙しい方なのかな。私がこちらで事業を始めて間もないせいか、一度もお見かけしたことがないが」
商人は何度も頷いた。
「そりゃあもう、他の支店を回ったり、直接買い付けに行くこともあるとかで」
「買い付けに?珍しいね、侯爵自身が品物を探しに行くのかい?」
「え、あ、ええ……そうです」
「貴社の社長は確か、グランディアの侯爵だと聞いた気がしたんだがね」
「そ、そそ、そうですよ。えっと……ハーリオン侯爵です。ほら、ここ、ユーデピオレの瓶にも書いてあるでしょ?」
薄汚れた上着のポケットから小瓶を取り出し、商人風の男は黒髪の男に見せた。
「どれどれ、ああ、これか。効能について、『植物学者ハロルド・ハーリオン氏推薦』とあるね。社長のお身内かな?」
「は、そうらしいです」
次第に商人の説明が要領を得なくなっていくごとに、黒髪の男――髪を染めたハロルド――は確信を深めた。彼らはビルクール海運の関係者ではない。彼らと取引している商人は他にもいるが、接触したところかなり胡散臭い連中ばかりだった。侯爵が経営しているビルクール海運は、身元がはっきりした者しか雇わない。ごろつきの一歩手前のような社員などいるはずがないのだ。
「旦那、積荷の確認は、船内でお願いしますよ」
「何故だ?」
「貴重な品物ですからね、波止場に下ろして万が一盗まれるようなことがあっちゃいけないんですよ」
ハロルドは訝しんだ。船の上は奴らのアジトも同然だ。うっかり正体が知られれば、海の藻屑にされてしまうかもしれない。
「困ったな。私は船酔いするタチでね。中に入るのはとてもじゃないができそうにない。……港にも事務所があるんだろう?そこで見せてもらえないか」
◆◆◆
ハロルドの申し入れは叶わず、用心深い商人に丸め込まれ、船の上で取引をすることになった。
「ああ、ふらふらして立っていられない……」
船酔いをすると言ってしまった以上、揺れに弱いふりをしなければいけない。わざとらしく船室の椅子に倒れ込む。船長が大事そうに抱えてきた木箱を見やると、見覚えのない焼印が押してある。
「それが、ユーデピオレかな」
「はい。今回はこれで全部でさ」
「ご覧になりますか。……蓋を開けろ」
船長よりも商人風の男の方が上らしい。船長は紙の封をナイフで切り、木箱の蓋を取り去った。中には緩衝剤が詰まっており、小瓶がいくつも入っている。
「……思ったよりも少ないな」
一度で大量にとはいかないだろうと思っていたが、ユーデピオレは禁輸品で、たとえ中身が偽物であろうと密輸するには少量が限度なのだろう。
「貴重な種ですからねえ。グランディアから持ってくるのも一苦労なんですよ」
「そうか……では、あるだけ買おう」
「ありがとうござ」
ゴンゴン!
「船長!大変です、騎士団……ぐあっ!」
ドサリと重い音がした。
バン!
木製の船室のドアが乱暴に開かれる。
「なっ……」
ハロルドは目を丸くした。ドアを蹴り飛ばした男に見覚えがある。
――ノア!?どうしてここに?
「グランディア国の禁輸品を売りさばいた罪により、身柄を拘束する!全員甲板に行け!」
商人や船長、意識を失っていた船員までもが、手際よく騎士団に手錠をかけられ、甲板へと背中を押されていく。
「商人イアサントだな」
数人の部下を従え、ノアはハロルドを見据えた。目が心なしか笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「はい」
「王宮にて取り調べを行う。引っ立てろ!」
「はっ!」
抵抗もできぬまま、ハロルドは縄をかけられ、後ろ手に縛られた。
ノアはハロルドにそっと唇を近づけて、
「殿下の命です、お越し願います」
と波音に消されるような低い声で囁いた。
「着きましたよ、旦那」
傍に控えていた商人風の中年男が、下卑た笑いを浮かべながら揉み手をしている。
「商談は積荷を確認してからだ。こちらの要求を満たせなければ……」
「いやいや、ご心配には及びませんよ。今日の入荷はどれも一級品間違いなし。……しかし、旦那も目の付け所が素晴らしいですなあ。ユーデピオレの種をまとめて仕入れて、解毒薬の専売特許を得ようとは」
「効果がある薬を、我が国でも広く流通させたい。そのためには、グランディアから入るユーデピオレの種を全部買い占めてでも、在庫を増やしておきたいのだよ」
「それはいいお考えです。一大事業になりましょうな」
「入荷の情報が入ったらすぐに知らせてほしい。他の商人が買い付ける前に」
「もちろんですとも。ユーデピオレは入荷が不定期なんですが、ご希望とあれば定期便に乗せてもいいと、うちの社長は言うかもしれません」
「社長が……」
黒髪の男は青緑色の瞳を眇めた。
「できれば社長と直接話して取引できないものか。経営者同士、腹を割って話し合いたい」
「ええっ?……はあ、支社長に相談してみますけど……あんまり期待しないでおいてくださいね」
「社長はお忙しい方なのかな。私がこちらで事業を始めて間もないせいか、一度もお見かけしたことがないが」
商人は何度も頷いた。
「そりゃあもう、他の支店を回ったり、直接買い付けに行くこともあるとかで」
「買い付けに?珍しいね、侯爵自身が品物を探しに行くのかい?」
「え、あ、ええ……そうです」
「貴社の社長は確か、グランディアの侯爵だと聞いた気がしたんだがね」
「そ、そそ、そうですよ。えっと……ハーリオン侯爵です。ほら、ここ、ユーデピオレの瓶にも書いてあるでしょ?」
薄汚れた上着のポケットから小瓶を取り出し、商人風の男は黒髪の男に見せた。
「どれどれ、ああ、これか。効能について、『植物学者ハロルド・ハーリオン氏推薦』とあるね。社長のお身内かな?」
「は、そうらしいです」
次第に商人の説明が要領を得なくなっていくごとに、黒髪の男――髪を染めたハロルド――は確信を深めた。彼らはビルクール海運の関係者ではない。彼らと取引している商人は他にもいるが、接触したところかなり胡散臭い連中ばかりだった。侯爵が経営しているビルクール海運は、身元がはっきりした者しか雇わない。ごろつきの一歩手前のような社員などいるはずがないのだ。
「旦那、積荷の確認は、船内でお願いしますよ」
「何故だ?」
「貴重な品物ですからね、波止場に下ろして万が一盗まれるようなことがあっちゃいけないんですよ」
ハロルドは訝しんだ。船の上は奴らのアジトも同然だ。うっかり正体が知られれば、海の藻屑にされてしまうかもしれない。
「困ったな。私は船酔いするタチでね。中に入るのはとてもじゃないができそうにない。……港にも事務所があるんだろう?そこで見せてもらえないか」
◆◆◆
ハロルドの申し入れは叶わず、用心深い商人に丸め込まれ、船の上で取引をすることになった。
「ああ、ふらふらして立っていられない……」
船酔いをすると言ってしまった以上、揺れに弱いふりをしなければいけない。わざとらしく船室の椅子に倒れ込む。船長が大事そうに抱えてきた木箱を見やると、見覚えのない焼印が押してある。
「それが、ユーデピオレかな」
「はい。今回はこれで全部でさ」
「ご覧になりますか。……蓋を開けろ」
船長よりも商人風の男の方が上らしい。船長は紙の封をナイフで切り、木箱の蓋を取り去った。中には緩衝剤が詰まっており、小瓶がいくつも入っている。
「……思ったよりも少ないな」
一度で大量にとはいかないだろうと思っていたが、ユーデピオレは禁輸品で、たとえ中身が偽物であろうと密輸するには少量が限度なのだろう。
「貴重な種ですからねえ。グランディアから持ってくるのも一苦労なんですよ」
「そうか……では、あるだけ買おう」
「ありがとうござ」
ゴンゴン!
「船長!大変です、騎士団……ぐあっ!」
ドサリと重い音がした。
バン!
木製の船室のドアが乱暴に開かれる。
「なっ……」
ハロルドは目を丸くした。ドアを蹴り飛ばした男に見覚えがある。
――ノア!?どうしてここに?
「グランディア国の禁輸品を売りさばいた罪により、身柄を拘束する!全員甲板に行け!」
商人や船長、意識を失っていた船員までもが、手際よく騎士団に手錠をかけられ、甲板へと背中を押されていく。
「商人イアサントだな」
数人の部下を従え、ノアはハロルドを見据えた。目が心なしか笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「はい」
「王宮にて取り調べを行う。引っ立てろ!」
「はっ!」
抵抗もできぬまま、ハロルドは縄をかけられ、後ろ手に縛られた。
ノアはハロルドにそっと唇を近づけて、
「殿下の命です、お越し願います」
と波音に消されるような低い声で囁いた。
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