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学院編 10 忍び寄る破滅
320 悪役令嬢は弟を案じる
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「お嬢様方!マリナ様、ジュリア様、アリッサ様、エミリー様!起きてくださいませ!」
「ん……」
リリーの声に薄目を開けたマリナは、習慣で窓の方を向いた。まだ外は真っ暗だ。
「どうしたの、リリー」
先に目覚めたアリッサが、ベッドから身体を起こしたのが分かる。部屋の中は薄暗いが、ベッドサイドに小さな光魔法球が置いてあり、辺りの様子は確認できた。
「お邸から急使が参りまして、このお手紙を皆様にと」
『皆様に』とあるものは、代表してマリナが受け取ることになっている。ガウンを羽織って手紙を受けとり、マリナは長椅子に腰を下ろした。
「……灯り」
エミリーが火の魔法球を浮かべる。室内が一気に明るくなった。
「誰から?」
「お母様だわ。宛名も随分と字が乱れて……あら、封も曲がっているわ」
「お母様らしくないねえ」
四人の母であるハーリオン侯爵夫人は、何でも完璧にこなす妥協しない人物である。娘達への手紙だからと言って、適当に済ますはずがない。
「何かあったんだよ!早く開けて!」
ザリッ。
ペーパーナイフで封を切り、マリナは便箋の文字を追った。
「……何てこと!」
「どれどれ?」
「ジュリアちゃん、見えないよぉ」
「……読んで、マリナ」
「『急いでいるので用件だけ書きます。ハロルドがロディスで捕まったそうです』……って、お兄様がアスタシフォンに行っていたなんて知らなかったわ」
「ちょっと貸して。えーと、お父様もロディスに行ったけど、連絡がつかないって書いてあるね」
「お父様も捕まっちゃったのかなあ?」
「それを確かめに、情報を求めてお母様はビルクールへ行くって書いてあるわね。状況によっては、アスタシフォンに乗り込むって」
四人は黙り込んだ。
「……ゲームの強制力?」
「お兄様もお父様も、悪いことはしていないと思うの」
「誰かが二人を罠にかけたのか?あー!悔しい!」
「いつまでたっても悪役令嬢にならない私達を手っ取り早く破滅させるには、ハーリオン家が零落れればいいと思ったのかしら」
「不祥事を起こせば、マリナが王太子妃候補から外れるとか?」
「ううん。零落れた家の令嬢を妻にするなんて、外聞が悪いでしょう?オードファン家もヴィルソード家も考え直さざるを得ないわ」
「今度こそレイ様に婚約解消されちゃうの?」
アリッサの瞳に涙が溜まっていく。
「お母様の手紙には、このことが漏れないように厳戒態勢を敷いたとあるわ。使用人の口から他家に伝わらないように。新年になる頃までにお父様とお兄様が戻れば、誰にも知られずに済むわ」
「いつ戻るのかなあ?」
ぽろりとアリッサの涙が零れた。
「リオネル様に手紙を書くわ。何かの間違いだから、すぐに開放してくださいって」
「さっすがマリナ。手紙は任せたよ」
バシッと姉の肩を叩き、ジュリアはにっこりと笑った。
「……私は『命の時計』を調べる。ジュリアは何もしないの?」
「私は……マリナと殿下の交換日記の運び屋かな。それと、クリスが寂しくないように見に行ってくるかな」
「いいなあ。私もクリスに会いたい」
「銀雪祭の前なのに、お母様もお父様もいないなんて可哀想に」
邸には使用人がいると言っても、クリスはまだ五歳だ。家族が恋しくて泣いている夜もあるだろう。マリナは胸が締め付けられた。
「パーティーが終わったら、皆でお邸に帰りましょう。クリスが寂しくないように」
「賛成!」
次第に外が明るくなってきた。低い位置から射す太陽の光に、涙目のアリッサはたまらず瞳を擦った。
◆◆◆
朝食のために寮の食堂へ入った四姉妹は、雰囲気の違いに気が付いた。四人が入った瞬間に食堂内がシンと静まり返り、盛んと交わされていた噂話が聞こえなくなったのである。
「……ねえ」
「何?」
「変、じゃない?」
「すごく見られてる……気がする」
視線を感じてアリッサがびくびくしている。ジュリアは横から肩を抱いた。
「気にすんなって。堂々としてなよ」
「だって……」
「私達が何か悪いことをしたわけではないし、今朝の手紙は皆知らないはずよ」
「うん。……気のせいだよね」
殆ど定位置になっている席に着く。筆頭侯爵家の令嬢で王太子妃候補のマリナが座る席は、食堂の中でも上座であり、室内がよく見渡せた。こうしてみると、生徒達は時折こちらを窺うような視線を向けてくる。
「また、何か噂になっているんだわ」
「心当たりが多すぎて分からないよぉ」
「しばらくすれば何の噂か分かるでしょう。動揺していたら侮られるだけよ」
アリッサを励ましながら、マリナは内心激しく動揺していた。悪意のある噂には慣れっこだが、今日は特にひどい気がする。自分達が現れたら噂をやめたのが気になる。地味につらい。
「アリッサはレイモンドにセーター渡すんでしょ。喜んでもらえるよ。すっごく丁寧な仕上がりだから」
「ふふ、そうだといいな。……あ、ごめんね、マリナちゃん。マリナちゃんだって王太子様と一緒に登校したいよね」
「こちらから行っても逃げられてしまうのに、会いたくなるって皮肉なものよね。交換日記はお願いね、ジュリア」
「イエッサー!」
ジュリアがにやりと笑って敬礼する。
突然食堂に足音が響いた。
「大変ですわ、マリナ様!」
フローラがオレンジ色の髪の毛を振り乱し、四姉妹の座っているテーブルへ走ってくる。
――また、何か……?
マリナが身構える。アリッサは振り返って彼女を見た。
「おはよう、フローラちゃん」
「おはようございます、皆様。……はあ、はあ、はあ」
「落ち着いて?」
給仕が持ってきたグラスをむんずと取り、フローラは中の液体を一気に飲み干した。
「十分落ち着きましたわ。……本当、なんですの?」
「何のことかしら?」
「マリナ様を王太子妃候補から外すと、国王陛下が王太子殿下に伝えられたそうなのです」
「何ですって?」
――『命の時計』のことが陛下に知られたのだわ。
「殿下はすっかり取り乱してしまわれて、万が一のことがないようにと、寮の部屋にお籠めしたそうなのですけれど……陛下の決定には逆らえませんでしょう?」
眉根を寄せたフローラは、そうですわと相槌を打ちながら、少しだけ口の端を上げた。
「ん……」
リリーの声に薄目を開けたマリナは、習慣で窓の方を向いた。まだ外は真っ暗だ。
「どうしたの、リリー」
先に目覚めたアリッサが、ベッドから身体を起こしたのが分かる。部屋の中は薄暗いが、ベッドサイドに小さな光魔法球が置いてあり、辺りの様子は確認できた。
「お邸から急使が参りまして、このお手紙を皆様にと」
『皆様に』とあるものは、代表してマリナが受け取ることになっている。ガウンを羽織って手紙を受けとり、マリナは長椅子に腰を下ろした。
「……灯り」
エミリーが火の魔法球を浮かべる。室内が一気に明るくなった。
「誰から?」
「お母様だわ。宛名も随分と字が乱れて……あら、封も曲がっているわ」
「お母様らしくないねえ」
四人の母であるハーリオン侯爵夫人は、何でも完璧にこなす妥協しない人物である。娘達への手紙だからと言って、適当に済ますはずがない。
「何かあったんだよ!早く開けて!」
ザリッ。
ペーパーナイフで封を切り、マリナは便箋の文字を追った。
「……何てこと!」
「どれどれ?」
「ジュリアちゃん、見えないよぉ」
「……読んで、マリナ」
「『急いでいるので用件だけ書きます。ハロルドがロディスで捕まったそうです』……って、お兄様がアスタシフォンに行っていたなんて知らなかったわ」
「ちょっと貸して。えーと、お父様もロディスに行ったけど、連絡がつかないって書いてあるね」
「お父様も捕まっちゃったのかなあ?」
「それを確かめに、情報を求めてお母様はビルクールへ行くって書いてあるわね。状況によっては、アスタシフォンに乗り込むって」
四人は黙り込んだ。
「……ゲームの強制力?」
「お兄様もお父様も、悪いことはしていないと思うの」
「誰かが二人を罠にかけたのか?あー!悔しい!」
「いつまでたっても悪役令嬢にならない私達を手っ取り早く破滅させるには、ハーリオン家が零落れればいいと思ったのかしら」
「不祥事を起こせば、マリナが王太子妃候補から外れるとか?」
「ううん。零落れた家の令嬢を妻にするなんて、外聞が悪いでしょう?オードファン家もヴィルソード家も考え直さざるを得ないわ」
「今度こそレイ様に婚約解消されちゃうの?」
アリッサの瞳に涙が溜まっていく。
「お母様の手紙には、このことが漏れないように厳戒態勢を敷いたとあるわ。使用人の口から他家に伝わらないように。新年になる頃までにお父様とお兄様が戻れば、誰にも知られずに済むわ」
「いつ戻るのかなあ?」
ぽろりとアリッサの涙が零れた。
「リオネル様に手紙を書くわ。何かの間違いだから、すぐに開放してくださいって」
「さっすがマリナ。手紙は任せたよ」
バシッと姉の肩を叩き、ジュリアはにっこりと笑った。
「……私は『命の時計』を調べる。ジュリアは何もしないの?」
「私は……マリナと殿下の交換日記の運び屋かな。それと、クリスが寂しくないように見に行ってくるかな」
「いいなあ。私もクリスに会いたい」
「銀雪祭の前なのに、お母様もお父様もいないなんて可哀想に」
邸には使用人がいると言っても、クリスはまだ五歳だ。家族が恋しくて泣いている夜もあるだろう。マリナは胸が締め付けられた。
「パーティーが終わったら、皆でお邸に帰りましょう。クリスが寂しくないように」
「賛成!」
次第に外が明るくなってきた。低い位置から射す太陽の光に、涙目のアリッサはたまらず瞳を擦った。
◆◆◆
朝食のために寮の食堂へ入った四姉妹は、雰囲気の違いに気が付いた。四人が入った瞬間に食堂内がシンと静まり返り、盛んと交わされていた噂話が聞こえなくなったのである。
「……ねえ」
「何?」
「変、じゃない?」
「すごく見られてる……気がする」
視線を感じてアリッサがびくびくしている。ジュリアは横から肩を抱いた。
「気にすんなって。堂々としてなよ」
「だって……」
「私達が何か悪いことをしたわけではないし、今朝の手紙は皆知らないはずよ」
「うん。……気のせいだよね」
殆ど定位置になっている席に着く。筆頭侯爵家の令嬢で王太子妃候補のマリナが座る席は、食堂の中でも上座であり、室内がよく見渡せた。こうしてみると、生徒達は時折こちらを窺うような視線を向けてくる。
「また、何か噂になっているんだわ」
「心当たりが多すぎて分からないよぉ」
「しばらくすれば何の噂か分かるでしょう。動揺していたら侮られるだけよ」
アリッサを励ましながら、マリナは内心激しく動揺していた。悪意のある噂には慣れっこだが、今日は特にひどい気がする。自分達が現れたら噂をやめたのが気になる。地味につらい。
「アリッサはレイモンドにセーター渡すんでしょ。喜んでもらえるよ。すっごく丁寧な仕上がりだから」
「ふふ、そうだといいな。……あ、ごめんね、マリナちゃん。マリナちゃんだって王太子様と一緒に登校したいよね」
「こちらから行っても逃げられてしまうのに、会いたくなるって皮肉なものよね。交換日記はお願いね、ジュリア」
「イエッサー!」
ジュリアがにやりと笑って敬礼する。
突然食堂に足音が響いた。
「大変ですわ、マリナ様!」
フローラがオレンジ色の髪の毛を振り乱し、四姉妹の座っているテーブルへ走ってくる。
――また、何か……?
マリナが身構える。アリッサは振り返って彼女を見た。
「おはよう、フローラちゃん」
「おはようございます、皆様。……はあ、はあ、はあ」
「落ち着いて?」
給仕が持ってきたグラスをむんずと取り、フローラは中の液体を一気に飲み干した。
「十分落ち着きましたわ。……本当、なんですの?」
「何のことかしら?」
「マリナ様を王太子妃候補から外すと、国王陛下が王太子殿下に伝えられたそうなのです」
「何ですって?」
――『命の時計』のことが陛下に知られたのだわ。
「殿下はすっかり取り乱してしまわれて、万が一のことがないようにと、寮の部屋にお籠めしたそうなのですけれど……陛下の決定には逆らえませんでしょう?」
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