502 / 794
学院編 10 忍び寄る破滅
330 悪役令嬢は母を案じる
しおりを挟む
「大丈夫……ではないな、今日も休んだらどうだ?」
セドリックの部屋で、レイモンドは真っ青な顔の再従弟を気遣う。事実上の婚約解消が王命で決定し、従う以外にないセドリックは思い悩んでいた。
「今日は、行くよ。……アレックスが日記を持ってくるから」
「日記?」
「マリナと交換日記を始めたんだよ。ジュリアがアレックスに日記帳を渡すだろうから、僕が行かないと受け取れない」
「俺が預かってきてやろうか?」
「ありがとう、レイ。でも、自分で受け取りたいんだ。マリナが一人で噂の的になっているのに、肝心の僕がいつまでも隠れていられないよ。……それに、遠くからでもマリナを見たいんだ」
「別に構わないが、近づきすぎるなよ」
「ああ、気をつけるよ」
侍女に支度をさせ、セドリックはレイモンドと連れ立って男子寮を出た。
「セドリック様!おはようございます」
ざわっ……。
人だかりが刺々しい空気を放つ。マリナが迎えに来てツーショットが拝めるかと思って男子寮の前にいたセディマリFCの面々は、突然セドリックに走り寄ってきた女子生徒を進路妨害しようとする。
「きゃ、何ですか?」
アイリーンはその場に尻餅をついた。
「私、そんなに強く押したかしら?」
「痛い……助けて、セドリック様ぁ」
「控えなさい、あなたが軽々しくお名前を口にできる方ではないのよ」
「辺境の男爵令嬢だか何だか知りませんけど、マリナ様に隠れて殿下を誘おうなんて百年早いのよ」
「酷い、皆さん、ハーリオン侯爵令嬢の差し金ね……」
女子生徒数名とアイリーンが揉めているところへ、セドリックとレイモンドが近寄っていく。
「おい、何があった?」
「レイモンド様、この子が……」
「身分もわきまえずに殿下を誘いに来たのですわ」
「マリナ様がいらっしゃらないからといって、図々しいにも程があります」
一通り話を聞き、レイモンドはふぅと息を吐いた。
「……だそうだ。どうする、セドリック?」
「そちらの皆さんの言う通りだよね。僕は君と待ち合わせをした覚えもないし、マリナの真似をして僕を名前で呼ぶのも不快だからやめてくれるかな?」
アイリーンは周囲の令嬢をキッと睨み、スカートを叩いて立ち上がった。
「そのようなことを仰って……銀雪祭のダンスパートナーには、私が選ばれたと聞きました!もっと仲良くしてもいいと思います!」
「公正なくじの結果だと聞かされたけれど、公正かどうか疑問が残るね。パーティーでは僕が踊らないのは慣例上よくないから、君と一曲だけ踊るつもりだよ。ただそれだけだ。僕の『特別』になれるなんて勘違いしないでほしいな」
セドリックの冷たい物言いに、セディマリFCの面々はすっかりご満悦だ。殿下はマリナ様以外は眼中にないのよ、とでも言いたげな顔で、うんうんと頷いている。
「そう……ですか。分かりました。では、当日に」
アイリーンが呆気なく引き下がっていくのを、レイモンドは不審に思っていた。
「あいつ……何か仕掛けてくるつもりか?」
「どうかな。対策は考えておくよ。まずはともあれ、おとなしく消えてくれてよかったね」
セドリックはセディマリFCの令嬢達に礼を言い、全員が鼻血を出しそうな極上の微笑で魅了した。
◆◆◆
マリナにかけられた魔法も、王太子妃候補から外された件も、何も解決しないまま、銀雪祭当日を迎えた。ハーリオン邸の執事のジョンに手紙を出してみたが、ビルクールに行ったはずの母からは音沙汰なしだとのことだった。
「お母様、どうなさったのかしら」
「アスタシフォンにお父様とお兄様を迎えにいったのかなあ?うちの船で向かったのなら、こんなに何日もかからないよね?」
「ジュリア号なら半日で着くよ。誰からも連絡ないっておかしくね?」
「……捕まった?」
四人は顔を見合わせて黙り込んだ。
「お母様が捕まる理由はないわ」
「ビルクール海運が不正をしていたなら、家族ぐるみだと思われて捕まっちゃうかも……」
「何それ。それじゃあ、私達もアスタシフォンに行ったら捕まるってことじゃん」
「マリナ、リオネルに手紙は出した?」
「あの後すぐ出したのよ?こんなことなら、エミリーに伝令魔法でリオネル様まで飛ばしてもらうんだったわ」
「距離が遠い。……命中率が下がる」
エミリーは小さく頭を振った。海を超える距離で魔法を使ったことはない。自信がないのだ。
「今晩、パーティーが終わったらさ、皆で一度家に帰ろうよ。クリスの様子も気になるし」
「うん。プレゼントも持っていくね」
「パーティーは早めに抜けて来ましょう。……ロイド、夜にお邸の馬車を呼んでおいてね」
マリナの指示にロイドが頷く。
「承知しました。ドレスから普段着にお召し替えになったら、すぐにお立ちになりますか」
「ええ。それでいいわよね、皆?」
「いいでーす。ってか、アリッサ。レイモンドといつまでもイチャついてないで早く帰っておいでよ?」
「ジュリアちゃんだって!人のこと言えないくせに!」
「私はダンス狂のアレックスを置いて来ればいいんだもん。楽勝ですぅ」
「……はあ」
盛大に溜息をついたエミリーに、三人はぎょっとした。
「婚約者のふりなんて、引き受けるんじゃなかった……」
引き受けた代償にキースは何冊か本を持ってきたが、これまでのところ全く成果が上がっていない。マリナにかけられた魔法を解く方法は見つからないままだった。
「キースってば、最近すっごい機嫌がいいらしいじゃない?テンション高すぎてアレックスでもついていけないって言ってたよ」
「そうね。生徒会でも空回りするくらい張り切っているわ」
「エミリーちゃんと踊るのがうれしいのよ、きっと」
「……嬉しくない。授業扱いじゃなかったら、帰って寝たい」
エミリーはリリーにローブを着せられながら、遠い目をして呟いた。
セドリックの部屋で、レイモンドは真っ青な顔の再従弟を気遣う。事実上の婚約解消が王命で決定し、従う以外にないセドリックは思い悩んでいた。
「今日は、行くよ。……アレックスが日記を持ってくるから」
「日記?」
「マリナと交換日記を始めたんだよ。ジュリアがアレックスに日記帳を渡すだろうから、僕が行かないと受け取れない」
「俺が預かってきてやろうか?」
「ありがとう、レイ。でも、自分で受け取りたいんだ。マリナが一人で噂の的になっているのに、肝心の僕がいつまでも隠れていられないよ。……それに、遠くからでもマリナを見たいんだ」
「別に構わないが、近づきすぎるなよ」
「ああ、気をつけるよ」
侍女に支度をさせ、セドリックはレイモンドと連れ立って男子寮を出た。
「セドリック様!おはようございます」
ざわっ……。
人だかりが刺々しい空気を放つ。マリナが迎えに来てツーショットが拝めるかと思って男子寮の前にいたセディマリFCの面々は、突然セドリックに走り寄ってきた女子生徒を進路妨害しようとする。
「きゃ、何ですか?」
アイリーンはその場に尻餅をついた。
「私、そんなに強く押したかしら?」
「痛い……助けて、セドリック様ぁ」
「控えなさい、あなたが軽々しくお名前を口にできる方ではないのよ」
「辺境の男爵令嬢だか何だか知りませんけど、マリナ様に隠れて殿下を誘おうなんて百年早いのよ」
「酷い、皆さん、ハーリオン侯爵令嬢の差し金ね……」
女子生徒数名とアイリーンが揉めているところへ、セドリックとレイモンドが近寄っていく。
「おい、何があった?」
「レイモンド様、この子が……」
「身分もわきまえずに殿下を誘いに来たのですわ」
「マリナ様がいらっしゃらないからといって、図々しいにも程があります」
一通り話を聞き、レイモンドはふぅと息を吐いた。
「……だそうだ。どうする、セドリック?」
「そちらの皆さんの言う通りだよね。僕は君と待ち合わせをした覚えもないし、マリナの真似をして僕を名前で呼ぶのも不快だからやめてくれるかな?」
アイリーンは周囲の令嬢をキッと睨み、スカートを叩いて立ち上がった。
「そのようなことを仰って……銀雪祭のダンスパートナーには、私が選ばれたと聞きました!もっと仲良くしてもいいと思います!」
「公正なくじの結果だと聞かされたけれど、公正かどうか疑問が残るね。パーティーでは僕が踊らないのは慣例上よくないから、君と一曲だけ踊るつもりだよ。ただそれだけだ。僕の『特別』になれるなんて勘違いしないでほしいな」
セドリックの冷たい物言いに、セディマリFCの面々はすっかりご満悦だ。殿下はマリナ様以外は眼中にないのよ、とでも言いたげな顔で、うんうんと頷いている。
「そう……ですか。分かりました。では、当日に」
アイリーンが呆気なく引き下がっていくのを、レイモンドは不審に思っていた。
「あいつ……何か仕掛けてくるつもりか?」
「どうかな。対策は考えておくよ。まずはともあれ、おとなしく消えてくれてよかったね」
セドリックはセディマリFCの令嬢達に礼を言い、全員が鼻血を出しそうな極上の微笑で魅了した。
◆◆◆
マリナにかけられた魔法も、王太子妃候補から外された件も、何も解決しないまま、銀雪祭当日を迎えた。ハーリオン邸の執事のジョンに手紙を出してみたが、ビルクールに行ったはずの母からは音沙汰なしだとのことだった。
「お母様、どうなさったのかしら」
「アスタシフォンにお父様とお兄様を迎えにいったのかなあ?うちの船で向かったのなら、こんなに何日もかからないよね?」
「ジュリア号なら半日で着くよ。誰からも連絡ないっておかしくね?」
「……捕まった?」
四人は顔を見合わせて黙り込んだ。
「お母様が捕まる理由はないわ」
「ビルクール海運が不正をしていたなら、家族ぐるみだと思われて捕まっちゃうかも……」
「何それ。それじゃあ、私達もアスタシフォンに行ったら捕まるってことじゃん」
「マリナ、リオネルに手紙は出した?」
「あの後すぐ出したのよ?こんなことなら、エミリーに伝令魔法でリオネル様まで飛ばしてもらうんだったわ」
「距離が遠い。……命中率が下がる」
エミリーは小さく頭を振った。海を超える距離で魔法を使ったことはない。自信がないのだ。
「今晩、パーティーが終わったらさ、皆で一度家に帰ろうよ。クリスの様子も気になるし」
「うん。プレゼントも持っていくね」
「パーティーは早めに抜けて来ましょう。……ロイド、夜にお邸の馬車を呼んでおいてね」
マリナの指示にロイドが頷く。
「承知しました。ドレスから普段着にお召し替えになったら、すぐにお立ちになりますか」
「ええ。それでいいわよね、皆?」
「いいでーす。ってか、アリッサ。レイモンドといつまでもイチャついてないで早く帰っておいでよ?」
「ジュリアちゃんだって!人のこと言えないくせに!」
「私はダンス狂のアレックスを置いて来ればいいんだもん。楽勝ですぅ」
「……はあ」
盛大に溜息をついたエミリーに、三人はぎょっとした。
「婚約者のふりなんて、引き受けるんじゃなかった……」
引き受けた代償にキースは何冊か本を持ってきたが、これまでのところ全く成果が上がっていない。マリナにかけられた魔法を解く方法は見つからないままだった。
「キースってば、最近すっごい機嫌がいいらしいじゃない?テンション高すぎてアレックスでもついていけないって言ってたよ」
「そうね。生徒会でも空回りするくらい張り切っているわ」
「エミリーちゃんと踊るのがうれしいのよ、きっと」
「……嬉しくない。授業扱いじゃなかったら、帰って寝たい」
エミリーはリリーにローブを着せられながら、遠い目をして呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。
困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。
さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず……
────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの?
────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……?
などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。
そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……?
ついには、主人公を溺愛するように!
────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる