悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 10 忍び寄る破滅

330 悪役令嬢は母を案じる

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「大丈夫……ではないな、今日も休んだらどうだ?」
セドリックの部屋で、レイモンドは真っ青な顔の再従弟を気遣う。事実上の婚約解消が王命で決定し、従う以外にないセドリックは思い悩んでいた。
「今日は、行くよ。……アレックスが日記を持ってくるから」
「日記?」
「マリナと交換日記を始めたんだよ。ジュリアがアレックスに日記帳を渡すだろうから、僕が行かないと受け取れない」
「俺が預かってきてやろうか?」
「ありがとう、レイ。でも、自分で受け取りたいんだ。マリナが一人で噂の的になっているのに、肝心の僕がいつまでも隠れていられないよ。……それに、遠くからでもマリナを見たいんだ」
「別に構わないが、近づきすぎるなよ」
「ああ、気をつけるよ」
侍女に支度をさせ、セドリックはレイモンドと連れ立って男子寮を出た。

「セドリック様!おはようございます」
ざわっ……。
人だかりが刺々しい空気を放つ。マリナが迎えに来てツーショットが拝めるかと思って男子寮の前にいたセディマリFCの面々は、突然セドリックに走り寄ってきた女子生徒を進路妨害しようとする。
「きゃ、何ですか?」
アイリーンはその場に尻餅をついた。
「私、そんなに強く押したかしら?」
「痛い……助けて、セドリック様ぁ」
「控えなさい、あなたが軽々しくお名前を口にできる方ではないのよ」
「辺境の男爵令嬢だか何だか知りませんけど、マリナ様に隠れて殿下を誘おうなんて百年早いのよ」
「酷い、皆さん、ハーリオン侯爵令嬢の差し金ね……」

女子生徒数名とアイリーンが揉めているところへ、セドリックとレイモンドが近寄っていく。
「おい、何があった?」
「レイモンド様、この子が……」
「身分もわきまえずに殿下を誘いに来たのですわ」
「マリナ様がいらっしゃらないからといって、図々しいにも程があります」
一通り話を聞き、レイモンドはふぅと息を吐いた。
「……だそうだ。どうする、セドリック?」
「そちらの皆さんの言う通りだよね。僕は君と待ち合わせをした覚えもないし、マリナの真似をして僕を名前で呼ぶのも不快だからやめてくれるかな?」

アイリーンは周囲の令嬢をキッと睨み、スカートを叩いて立ち上がった。
「そのようなことを仰って……銀雪祭のダンスパートナーには、私が選ばれたと聞きました!もっと仲良くしてもいいと思います!」
「公正なくじの結果だと聞かされたけれど、公正かどうか疑問が残るね。パーティーでは僕が踊らないのは慣例上よくないから、君と一曲だけ踊るつもりだよ。ただそれだけだ。僕の『特別』になれるなんて勘違いしないでほしいな」
セドリックの冷たい物言いに、セディマリFCの面々はすっかりご満悦だ。殿下はマリナ様以外は眼中にないのよ、とでも言いたげな顔で、うんうんと頷いている。
「そう……ですか。分かりました。では、当日に」
アイリーンが呆気なく引き下がっていくのを、レイモンドは不審に思っていた。
「あいつ……何か仕掛けてくるつもりか?」
「どうかな。対策は考えておくよ。まずはともあれ、おとなしく消えてくれてよかったね」
セドリックはセディマリFCの令嬢達に礼を言い、全員が鼻血を出しそうな極上の微笑で魅了した。

   ◆◆◆

マリナにかけられた魔法も、王太子妃候補から外された件も、何も解決しないまま、銀雪祭当日を迎えた。ハーリオン邸の執事のジョンに手紙を出してみたが、ビルクールに行ったはずの母からは音沙汰なしだとのことだった。
「お母様、どうなさったのかしら」
「アスタシフォンにお父様とお兄様を迎えにいったのかなあ?うちの船で向かったのなら、こんなに何日もかからないよね?」
「ジュリア号なら半日で着くよ。誰からも連絡ないっておかしくね?」
「……捕まった?」
四人は顔を見合わせて黙り込んだ。
「お母様が捕まる理由はないわ」
「ビルクール海運が不正をしていたなら、家族ぐるみだと思われて捕まっちゃうかも……」
「何それ。それじゃあ、私達もアスタシフォンに行ったら捕まるってことじゃん」
「マリナ、リオネルに手紙は出した?」
「あの後すぐ出したのよ?こんなことなら、エミリーに伝令魔法でリオネル様まで飛ばしてもらうんだったわ」
「距離が遠い。……命中率が下がる」
エミリーは小さく頭を振った。海を超える距離で魔法を使ったことはない。自信がないのだ。

「今晩、パーティーが終わったらさ、皆で一度家に帰ろうよ。クリスの様子も気になるし」
「うん。プレゼントも持っていくね」
「パーティーは早めに抜けて来ましょう。……ロイド、夜にお邸の馬車を呼んでおいてね」
マリナの指示にロイドが頷く。
「承知しました。ドレスから普段着にお召し替えになったら、すぐにお立ちになりますか」
「ええ。それでいいわよね、皆?」
「いいでーす。ってか、アリッサ。レイモンドといつまでもイチャついてないで早く帰っておいでよ?」
「ジュリアちゃんだって!人のこと言えないくせに!」
「私はダンス狂のアレックスを置いて来ればいいんだもん。楽勝ですぅ」

「……はあ」
盛大に溜息をついたエミリーに、三人はぎょっとした。
「婚約者のふりなんて、引き受けるんじゃなかった……」
引き受けた代償にキースは何冊か本を持ってきたが、これまでのところ全く成果が上がっていない。マリナにかけられた魔法を解く方法は見つからないままだった。
「キースってば、最近すっごい機嫌がいいらしいじゃない?テンション高すぎてアレックスでもついていけないって言ってたよ」
「そうね。生徒会でも空回りするくらい張り切っているわ」
「エミリーちゃんと踊るのがうれしいのよ、きっと」
「……嬉しくない。授業扱いじゃなかったら、帰って寝たい」
エミリーはリリーにローブを着せられながら、遠い目をして呟いた。

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