悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

344 悪役令嬢は作戦に反対される

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寝室から戻ったリリーは、居間の長椅子に膝を抱えて座っているエミリーに笑いかけた。
「落ち着かれたようですわ」
「そう……」
転移魔法で戻ってきてから、マリナは『命の時計』の魔法による症状でふらふらだった。二人で支えてベッドまで連れて行き、ドレスからネグリジェに着替えさせて寝かせたのだ。
「エミリー様。マリナ様の御病気は一体、何なのですか?」
「……病気っていうか、魔法」
「魔法の後遺症は治ったと伺っておりますのに」
王宮から帰ってきた時に、魔法で襲撃された後遺症は治ったと、リリーとロイドには言ってあった。『命の時計』の話はできず、セドリックと近づいた時に起こる様々な症状を説明できないでいる。
「まだ……治るまでに時間がかかるの」
「そうですか……。私、心配で心配で。マリナ様はお小さい頃から、お怪我や御病気を隠して、無理をしてしまわれて……」
「そうね。マリナは我慢しすぎ」
怪我をすればジュリアが真っ先に騒ぎ、アリッサが痛いと大泣きし、マリナは二人を気遣って自分の怪我を言い出せないでいた。マリナの怪我に気づいてエミリーが父母やリリーに言いに行くパターンが多かった。
「私達が見張らないと、ダメ」
「そうですわね」
室内に廊下のざわめきが聞こえた。
「帰ってきたみたい」

   ◆◆◆

「そっか、マリナは寝てるんだ?」
「王太子様に近づいたから……」
「自殺行為もいいとこ。……次はないって脅しておいた」
「私もずっとマリナちゃんについているわけにいかないもんね。王太子様に会いたいのは分かるけど」
自分が姉の立場でも、きっと会いたくなるだろうとアリッサは思った。
「あ、殿下に聞いてくるの忘れた」
「何を?」
「どうしてアイリーンと何回も踊ったのかって」
「……アイリーンに脅された?」
「ジュリアちゃんはどう思ったの?」
「脅されてたのかもしれないね。ダンスが終わった後、殿下の顔色が酷かったんだよ」
「マリナちゃんが王太子妃候補から外されたことと、何か関係あるのかしら」
「さあね。あ、そう言えばさ。アレックスからかけおちに誘われちゃった」
「……は?」
あっけらかんと言ったジュリアに、エミリーが怪訝そうな顔をする。

「陛下から、アレックスの父上に打診があったみたいで。ブリジット様を妻にって」
「まだ幼児でしょう?」
「婚約はできるな」
「でさ。王家から言われたら断れないって思ったらしくて。ナントカカントカっていう街に行こうって」
「どこなのかなあ」
「……全然地名になってないし」
二人はジュリアの適当な記憶力に唖然とした。
「二人で行くのもいいかなって思ったんだけど、ブリジット様から断ってもらおうかなーって考えたんだ」
「どうやって?」
「アレックスと一緒に王宮に行った時、私も王女様と何回か会ってるんだ。ちょっとおませさんって感じだったから、年上に憧れそうなの」
「だったら、アレックス君は条件にぴったりよね?」

ジュリアはアメジストの瞳を細め、ふっふーん、と胸を張った。
「……違うの?」
「アレックスがかっこいいからと言って、ブリジット様の好みとは限らないでしょ」
「?」
エミリーが首を傾げる。アレックスのどこがかっこいいのか分からない。
「いるでしょ、うってつけのイケメンが!」
「……どこに?」
「レナード君?男爵家じゃ、王女様の降嫁先にはちょっと……」
「キースを紹介してもいいよ。……ブリジット様、四属性以上使えないか」
「ちっちっ。君達、甘いな」
「だあれ?」
「……勿体ぶらないで早く言って」

「うちのイケメン。クリストファー・ハーリオン君。御年五歳におなりですぅ」
「……はあ」
「え、何で溜息?」
「ジュリアちゃん、分かってないなあ。私達、それぞれ婚約解消されかけてるのに」
「ハーリオン侯爵令嬢マリナが王太子の妃候補から外されたのに、クリスが王女の花婿になれる?……どう考えても、無理!」
人差し指をジュリアの鼻先につきつけ、エミリーは渋い顔をした。
「ダメ?いい案だって思ったのに」
「王女様がクリスを好きになっても、陛下はお認めにならないと思うの」
「とりあえず、ブリジット様がアレックスよりクリスを選んでくれればいいの」
「うまくいくかなあ?私達、王宮に出入りできないかもよ」
「連れて行く方法は後でマリナとも相談する。明日邸に戻ったらクリスの気持ちも聞いてみようと思ってるよ」
「……弟を売る気か。最低な姉だな」
「エミリーちゃん……」
「お父様もお母様もいないのに、クリスに危険なことはさせたくない。……私は反対」
椅子から下りて、エミリーは寝室へと歩いて行った。

   ◆◆◆

「顔が壊れてるぞ、アレックス」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてないから。……随分帰りが遅かったな」
寮の廊下で行き会ったレナードは、上機嫌でにやにやしているアレックスを小突いた。
「いろいろあってさ」
「ジュリアちゃんと、そんなにいろいろあったのか?銀雪祭の夜だからって、羽目を外しすぎるなよ。相手のいない先輩達にしごかれても知らないぞ。俺だって心底羨ましいよ」
心なしかレナードの言い方がきつい。声に優しさがないなとアレックスは思った。
「殿下のお傍についてただけだよ。……ジュリアもいたけど。レナードはパーティーの間どうしてた?会場で会わなかったな」
「別に。暇そうな子を適当に誘って踊ったよ。つまらなくなって帰ってきた」
「適当に、誘う……すげえ、真似できねえ」
「お前には最高の相手がいたじゃないか」
「へへ……まあな」
頭を掻いたアレックスには、レナードが呟いた言葉は耳に入らなかった。
――あんなの何人集めても、ジュリアには敵わないよ。
「ん?」
「何でもない。急がないと夕食に遅れるぞ」
背中を一つ叩かれ、アレックスは廊下を走っていく。残されたレナードのきつく握った手から、赤い滴が垂れたことに気づかずに。
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