ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

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イノセンシア国立学園高等部

覚悟 ―side C―

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「お兄様」
二時間目と三時間目の間に、ビビアナが僕の教室へ来た。
「どうしたの?」
辺りに生徒がいないのを確認してから、僕の耳を引っ張った。
「痛い、何す……」
「エレナからの伝言よ。今日は来られないって」
「あ、うん……」
エレナは僕と直接会わずに、ビビアナに頼んだのか。一緒にいるところをあまり見られたくないと言っていたっけ。
「今日は、というか、しばらく無理そうって聞いたわ」
「そうか……」
落ち込んだ声が出てしまった。ビビアナは僕を励ますように背中を叩いた。
「私のところに伝言を頼めるようなお友達もできたみたいだもの。お兄様が思っているより、エレナはうまくやっているのよ」
「うん……そうだね」
僕は僕で頑張らなくちゃ。

   ◆◆◆

エレナが来ないと分かっていても、僕は図書室へ足を運び続けた。もう一か月以上姿を見ていない。彼女が読んでいた本を見つけると、今頃どうしているかと心配ばかりしてしまう。
「まいったな……」
何を読んでも内容が頭に入ってこない。何か興味を引く本はないかと棚の間を歩いていると、誰かとぶつかった。
「痛!」
ドサッと音がして、見ると女子生徒が倒れていた。ス、スカートが思い切り捲れあがっている。中が丸見えだ。……って、アレハンドリナ!?
スカートの中を見たとイルデフォンソに知られたら、血祭りに上げられるに決まっている。黙っておこう。僕は貝だ、貝!いや、とにかく助けないと。
「すまない。……け、怪我はないか?」
スカートを直した彼女の前に、立て膝をついた。手を差し伸べると、数秒置いて彼女は立ち上がった。
「ええ。ご心配なく。……よっこらしょ……っと、いっ……」
顔を顰めて倒れそうになり、僕は咄嗟に腰を抱いて支えた。
「足首を捻ったのか?……全て僕のせいだ。責任を持って医務室に連れて行く」
令嬢とは親しくするなと言われていても、アレハンドリナに近づくなと言われていても、これは非常事態だ。けが人を放置できない。
僕は彼女を抱き上げて、医務室まで早足で歩いた。

   ◆◆◆

「言いたいことはお分かりですね?」
イルデフォンソの声音はいつにもまして冷酷さを帯びていた。
「……」
僕は竦み上がって返事もできず、僕を見下ろす紫の瞳を恐れた。

アレハンドリナを医務室に運んだ翌日。
超絶不機嫌なイルデフォンソが三年の教室を訪れた。
「お話があるのですが。クラウディオ、お時間をいただけますか」
普段以上に慇懃無礼な態度で、目が一つも笑っていない。僕がアレハンドリナを抱き上げて運んだ件は、彼女が殿下と仲良くしている噂以上に噂になってしまった。
「はい……」
黙って従うほかはない。
アレハンドリナに手を出したら、アレセス家の神力で抹殺されるというのが、僕らの間では都市伝説のように語られている。実際、アレセス家が神力で人殺しをしている証拠はなくても、神力――他国でいうところの魔力――で、彼らは王家を従わせることもできるのだ。それをしないのは代々の当主が無欲な人間ばかりだったからで、この先は分からない。イルデフォンソのように貪欲な、王太子殿下に取り入って権力を掌中に収めようとしている人間が、神力を正しく使うとは断言できないのだ。

いつかエレナに説教された倉庫で、イルデフォンソは僕を殺……さなかった。
アレハンドリナは僕に下着を見られた件を彼に言わなかったようだ。助かった。
「リナに怪我をさせたことは……」
「ごめんなさい!」
床にはいつくばって謝る。これしかない。僕には抗う術はない。
「反省していることは分かりました。彼女に悪いと思うなら、協力してください」
「協力?何でもします!」
必死の形相で顔を上げると、イルデフォンソは少し笑った気がした。
「簡単なことです。授業の内容を書き写しておいてください。普段の授業でも、リナはろくにノートを取っていないでしょうが、しばらく休むとなると余計に授業についていけなくなるでしょうから」
なんだ。
そんなことか。
「任せ……」
「それから、リナに余計なことは言わないでください。彼女はあなたのことをきれいさっぱり忘れていますから」
「へ……?」
「忘却の術をかけました。あなたが池に落ちたことも、エレナと親しくしていたことも、彼女が後で心苦しく思うだろうことは全て、忘れさせています」
神力でそんなことができるのか?
だったら、僕がエレナにしてきた仕打ちも忘れさせることができるんじゃ……?
「イルデフォンソ、お願いだよ」
バッと顔を上げ、彼の肩を掴んだ。
「何です?藪から棒に」
「授業のノートは取る。アレハンドリナが戻っても、不自由がないように助ける。だから、君の神力で一つだけ……」
「お断りします」
イルデフォンソは最後まで言わせてくれなかった。
「忘却の術は禁忌。術者の寿命を縮めます。私はリナのために術を使うことはあっても、あなたの都合が良いように術を使う気はありません」
「……そう、だよね……はは……」
うまくいかないのは当たり前だ。乾いた笑いが部屋の中に響く。
「……ですが、一つだけ、あなたに手を貸しましょう」
「ええ?」
いいの?
禁忌の術なのに?
「あなたは外国に留学し、それぞれで立派に技術を身につけてきました。剣の腕も、社交術も、未だ披露する機会がないのが惜しいところではありますが」
立派と言われると照れるな。
「そんな、たいしたことでは……」
「ですから、あなたなら術を習得できるのではないかと思うのです」
「僕が、神力を?うちは神力なんてない家系だから」
「調べてみたことは?グランディアでは貴族の殆ど、平民の一部でも魔力を持っています。特に貴族は複雑な血縁関係がありますから、建国の頃に魔力を持つ者が少数でも、その子孫は多い。それがわが国ではどうでしょう。神力を持つのは一部の家系だけだと信じられています。アレセス家の娘が他家に嫁いでも、その子が神力を持たないと決めつけているのです」
「僕にも可能性はある、と?」
「はい。この数世代には例がありませんが、建国当時から何度も両家は婚姻関係を結んでいます。あなたの母方のひいおばあ様は、アレセス家の分家の出です。試してみる価値はあるのではありませんか」
神殿で神官をしている叔父に話を通しておくと言い、イルデフォンソは僕を部屋から追い出した。

   ◆◆◆

彼の予想は的中した。
翌日、早速神殿を訪ねて、イルデフォンソの叔父さんに調べてもらった。彼が使ったのは、外国製の魔力測定器らしい。普段は神殿の倉庫にしまい込んで、めったに出さないものを特別に使わせてくれた。
「ほう……」
言われた通りに手をかざし、言われた通りに『呪文』を唱える。身体の中が熱くなる感じがしたら、掌に意識を集中しろと。
「素晴らしいな」
「……はあ、はあ、……どう、だったんですか?」
不思議なことに息が切れた。ただ立って手をかざしただけなのに。
「見てごらん。ここに五色の宝石がたくさんはまっているだろう?これは魔法石だ」
「魔法石ですか」
「受けた魔力により色が変わり、強ければ強いほど光る個数が増える。君が初めて発した力は、全ての色を光らせた」
どういうことなのだろう?
「よく分からないのですが……」
「五色は、他の国で言うところの魔力の属性でね。我が国で最も尊ばれている光属性がこれ、順に火、水、風、地……。闇属性の魔法はイノセンシアでは禁忌とされているから、測定もしない。よって、闇属性の魔法石はついていないが……君の魔力の高さからすれば、闇魔法とを使うことも可能だろうね」
イルデフォンソは禁忌の術を使ってアレハンドリナの記憶を消した。彼が使ったのは闇魔法なのだろう。
「闇魔法が禁忌なのは、術者の命を削るからですか」
「普段から使い慣れた者なら全く問題はないよ。この国の多くの神官は、闇魔法の訓練を受けていないし、光属性を専門とする者が多いから、闇魔法に身体がついていかないだけさ。相反する魔力を一度に使えば、当然疲れも大きくなる。度重なる疲労で体調を崩す……とまあ、死期を早めることもあるかな」
神官はあっさりと言った。
あっさりだけど、怖いことを言ったよね?
「では、魔法に慣れていない僕が闇魔法を使ったら……」
「倒れるどころじゃないね。……さて。ここへ来たのは魔力を測定するためだけかな」
違う。
僕は……。
「魔法を教えてください。ある人の記憶の中から、僕に関することを消し去りたいんです。……彼女の幸せのために」
静かな神殿に僕の声が響いた。ステンドグラスから射し込む夕日は、エレナの美しい髪の色によく似ていた。
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