ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

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イノセンシア国立学園高等部

孤立

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放課後。
旧特別棟の奥に、彼の姿はあった。用心のために腰には模造刀を携えている。騎士見習いにのみ許されたものだ。
「人気のない場所に呼び出して、どういうつもりだ」
半分怒鳴り声のような問いかけに、暗闇の中から鈴を転がしたような声が返ってくる。
「あら。随分けんか腰ねえ。せっかちな男は嫌われるわよ、ルーベン」
ボウ、と音を立てて勢いよく暖炉に火が点される。相手が神力を使うことに気づき、彼はしまったと後ずさる。
「ここ、寒いのよね。温めないと」
女子生徒は暖炉に向かって小瓶の中身を空けた。室内をオレンジ色の光が包む。
「……さっさと話せ。カルロータをどうするつもりだ?」
「私は優しいから、あの子に手出しはしないわよ?でもねえ……国のお偉方はどう思うか分からないわよね」
暗闇から姿を現したのは、高等部の制服を着たピンクゴールドの髪の女子生徒だ。昨日会った時とは印象が違い、禍々しいまでの妖しさを感じる。クスッと笑ったかと思うと、徐に手帳を投げて寄越した。革の表紙につけられた鍵が大理石の床に当たり、無機質な音を立てる。
「……カルロータの日記か」
「あなたにも見覚えがあるでしょう?ルーベン。あなたが貸してくれたのよ。それがただの日記だと思ってるわけ?」
「人の秘密を暴くような真似はしない。……たとえそれがこ、恋人だとしても」
ルーベンが口ごもると、女子生徒はけらけらと笑い出した。下品な笑い声が耳障りだ。
「読んで御覧なさいな。……ほら」
手帳を拾い上げ、唇の端を吊り上げて笑い、ぱらぱらと捲って彼の眼前に突き出した。
「……な、これ、は……」
「分かるかしら?あなたの恋人はとんでもないことをしているのよ。王太子殿下とアレセス家のイルデフォンソが恋人同士、つまり、殿下が男色だと言っているの」
「ふ、ふん。その程度のこと、俺はカルロータから聞いて知っている。それが、何だ」
手を出して手帳を奪い取ろうとしたルーベンは、暖炉の火勢が突然強くなったことに気を取られ、冷たい床に膝をついた。
「くっ!」
おかしい、と気づいた時には全身の力が抜けていく。火に撒かれたのは、危険な薬だったのだ。
跪くルーベンの頬を女子生徒はそっと撫でた。
「ねえ、ルーベン。私の髪、何色に見える?」
朦朧としていく意識の中で、二重に見える彼女の姿に目を凝らす。強い炎に照らされて輝いたのは、燃えるような夕焼け色の髪だった。

   ◆◆◆

日記をなくしたと泣いていたカルロータ様は、三日間学校を休んだ。しばらくぶりに登校した彼女は、具合はどうかと尋ねる私を睨み、唇を噛んで何も言わずに席に着いた。
「カルロータ様?」
「……裏切者」
「なん……」
「あなたは最初から、ルーベン様が目的だったのね?」
ルーベン?誰だっけ?あ、カルロータ様の彼氏の?
顔を思い出そうとしても、強烈なホアキンややたら美形のイヴァンのせいで、顔がよく思い出せない。影が薄すぎて。
「目的って何が」
「知らないふりをしても無駄ですわ。ルーベン様が旧特別棟で女子生徒と密会しているところを見た方がおります。浮気相手は、夕焼け色の髪だったとか。……あなたのようなね!」
「知らないわ。そんなところに行っていないもの」
クラウディオの忠告に従ったわけではないけれど、行かなくてよかったと思う。偶然だとしても彼に感謝すべきかしら?
「そう?それなら、ルーベン様を返して!」
「返すも何も……」
「あなたと会った次の日から、ルーベン様は学校に来ていらっしゃらないし、家にも帰らないままなのよ。きっと、あなたの嫉妬深い婚約者が、権力を使って彼を亡き者にしたに違いないわ!」
嫉妬深い婚約者?
クラウディオのこと?
「あなたがルーベン様を……ルーベン様、うわああああん」
とうとうカルロータ様は声を上げて泣き出した。

   ◆◆◆

同級生の好奇の視線に耐えられず、私は授業を受けずに図書室に逃げた。
廊下を歩いている時にも、噂を知っているのか、こちらを見てひそひそ話をする令嬢達がいた。カルロータ様の妄想ではなくて、噂が広がっているのは本当らしい。それも、思っていたより広い範囲に。
ルーベンが学校に来ていないのは本当なのか、どうやったら分かるだろう。カルロータ様が言うように、あのクラウディオが彼に何かをしたとは思えないけれど、可能性はなくもない。王家に次いで権力がある公爵家の嫡男だ。こっそり暗殺できる秘密部隊の一つや二つ抱えていても不思議はない。……でも。まさかね。
クラウディオが私の『浮気現場発覚』の噂を知っていたら、噂のことを相談するのは気まずいし、この間のようなことになりそうで、……思い出すと頬が熱い。
困ったな。うーん。
「あれ、君……」
私?
読んでいるふりをしていた本から顔を上げると、目の前にオレンジ色の髪の男が立っていた。あ、この人!
「君、噂の子だよね?」
「……」
無言で睨んでやる。知らない奴に噂がどうのと言われたくない。
「クラウディオの婚約者のレオナちゃん?」
「エレナです」
「あ、ごめんごめん、ノエルちゃん」
「だからエレナだって言って……何なんですか、あなた」
彼が何かは知っている。攻略対象キャラの一人で、人懐こいワンコ系騎士のニコラスだ。私より一つ年上のはず。……てことは、ルーベンの同級生じゃない?
「噂の出所、俺、知ってるんだよね」
「聞いてくれと言いたいの?」
ニコラスは丸い目をぱちぱちさせて私に詰め寄った。誰に対しても距離感が近いところがある。ゲームでは貴族の世界に放り込まれたヒロインが、クラスに溶け込めるようにいろいろと助けてくれる……悪い人ではないはずだ。
「ええ?聞いてくれないの?」
「話したかったらご自由にどうぞ。私は噂を流した人間が誰でも、どうでもいいの」
「よくないでしょ。だって、噂のせいで友達と仲たがいしてるんだから」
ドキ。
どうして、ついさっき起こったできごとをニコラスが知っているの?
まるで、そうなることを予見していたかのようだ。
予見?ううん、きっと喧嘩は想定内で、全て仕組まれていると知っていたから……。
「……理由がある、というわけね?」
「そう。君があの子……ええと、カロライン?」
「カルロータ様よ」
「ああ、うん。その子と一緒だと」
そこで言葉を区切り、ニコラスはさらに私に顔を近づけ、私にだけ聞こえるように囁いた。
「……『やりにくい』連中がいるのさ」
「私を一人にしたいの?」
「そう。今だって、俺が君を見かけて図書室に来なかったら、危険が迫っていたかもよ」
「かも、ね……」
あくまで仮定の話、ってことね。
ニコラスは王太子殿下の側近で、クラウディオと同様にヒロインのメラニアに追いかけ回されている。何か証拠を掴んで、私が危険だという確信を持っているのだろう。
「一人になるのは避けたほうがいいよ」
「一人になるしかないじゃない。カルロータ様は私を恋人の浮気相手だと思っているのよ」
「そうそう、その噂を流した犯人だけどさ」
「……メラニア?」
ワンコ系騎士はぶんぶんと首を振る。
「見かけたのは俺の友達。あ、男ね。ちょっとなくしものをしてさ」
「で?」
「そいつのなくした手袋を、あのボロ……特別棟の傍で見かけて、『落とした本人が取りに来た時にないと困るだろうから』って生垣に置いてきた……って言ったのがメラニア」
やっぱりか。
「どうせ、手袋はなかったんでしょ?」
「あったよ。ついでに、ルーベンと謎の女の子の密会現場を目撃!ってね。そいつ、その日は日直でさ。休み時間は先生に呼ばれていたから、手袋を取りに行けるのは放課後だけだったんだよ。つまり、放課後にコトを起こせばいい」
「ルーベンがその時間に行く保証はないでしょう?」
「あったよ。謎の女の子に呼び出されてた。……俺達も知ってたけどね」
「知ってた?ルーベンは登校していないらしいわね。どうなったのよ?カルロータ様は、私とルーベンが浮気したから、クラウディオが怒ってどうにかしちゃったって言ってたわよ」
「はははは。すごい妄想だねえ。ルーベンなら公爵邸で匿ってるよ。ちょっと風邪を引いちゃってね。裸で放置されるなんて酷いでしょ?」
「そんな目に遭うと知っていたなら、どうして止めないの?」
ふつふつと怒りがこみ上げる。こいつとクラウディオがルーベンを止めていたら、変な噂になることもなかったのに。噂を仕組んだのはメラニアで、多分、謎の女子生徒はメラニア本人だろう。髪の長さは私と同じくらいだし、ストレートな髪質も似ている。暗い部屋にいるのを見れば、オレンジ色の髪だと見間違えることもあるかもしれない。
「俺はね、一応止めたよ?でもさ、クラウディオがどうしてもって言うから」
「クラウディオが?」
私が一人になって狙われる可能性があるのに、わざわざその状況を作り出そうとしたの?
「信じられないって顔だね。ついでにもう一つ、びっくりさせてあげる」
「もったいぶるわね」
「昨日、クラウディオがメラニアをデートに誘ったよ」
「はあ!?」
「顎が外れそう、はははは。逆ならあり得るよね」
そういう問題じゃない。あいつは何を考えてるの?
「婚約者に裏切られたクラウディオは、傷ついた心を癒してくれる相手に気づいた……みたいな?」
「嘘でしょう?」
「ホント、ホント。言っておくけど、邪魔しちゃ駄目だからね。……おっと」
チャイムの音が聞こえた。一時間目は結局無断欠席になってしまった。
「それじゃ、気をつけて。エレネ」
最後まで名前を間違えたまま、ニコラスは手を振って去っていった。

……信じられない。
メラニアをデートに誘う?
いつの間に、そんなに仲良くなったの?

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