ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

文字の大きさ
76 / 77
イノセンシア国立学園高等部

魔法が解けて

しおりを挟む
「私を、殺す……?」
流石の私も声が震えた。
自分が乙女ゲームの主人公だと信じて疑わない(というか多分それが正しい)メラニアは、禁忌の魔法を使う危険人物だ。自分の目的を達成するためなら、私のようなモブの一人や二人、闇に葬ってしまおうと考えるだろう。
当たり前のことなのに、怖くて仕方がない。
「……だから、許せなかった」
無意識に震えていた私の二の腕を、クラウディオがそっと摩った。
不思議。
嫌じゃない。
心配そうに私を見つめる青い瞳も、嫌じゃない。
「君と友達を引き離し、一人になったところを金で雇った破落戸どもに襲わせようとしていた。君が危険な目に遭うのは嫌だったから、殿下やルカに協力を求めたんだ。校内で騎士を見かけるようになったのはそれが原因で」
「で?メラニアをどうしようとしたの?神力……魔法を習ったのも彼女に対抗するため?」
「……矢継ぎ早に訊かなくても……」
クラウディオは困って眉を八の字に下げた。
「僕はメラニアに魔法で対抗できるとは思っていなかった。見たこともない闇魔法なんて特にね」
「それなら、どうして植物園に誘ったのよ?」
「あれは仕方なくというか……彼女の目的を明らかにするために、僕らの誰かが従順なふりをする必要があったんだ」
メラニアが一人だけを攻略しようとしているのか、逆ハーレムを狙っているのか、分からなかったってことよね。
「囮……?」
「まあ、そうだね。最終目標が殿下だと仮定すると、学年が違うメラニアが殿下に近づくには誰かに紹介してもらう必要がある。もちろん、殿下のクラスメイトでも良かったんだろうね。ただ、殿下はクラスメイトと一定の距離を置いているから、紹介してもらえる可能性は低い。メラニアの同級生で殿下の側近候補なのはニコラスだけだから、彼に近づくことは容易に想像できた。あと、僕は……」
「それほど仲が良くなくても、殿下のクラスメイトで公爵令息、貴族の序列では殿下の次で、妹のビビアナ様は殿下の婚約者でいらっしゃる。味方にしておきたいわよね。学年が違うのがネックだけど」
「そう。それに、消去法で行けば、ルカは殿下やビビアナと常に一緒で隙がないし、イルデフォンソも休み時間は婚約者と過ごしている。僕は……その……こっ、婚約者が中等部だから」
こちらを窺うようにチラチラ見て、『婚約者』のところで思いっきり声が裏返ったわよ。
緊張するのも大概にしなさいよ。
「留学から帰ったばかりで、僕には親しい友人もいない。標的にするにはもってこいだったんだね」
「だね、って。何、冷静に分析してるの。操られていたのよ?あいつに!」
ぼすっ。
私は手近にあった真っ赤な枕に拳をめり込ませた。クラウディオが小声でヒッと言ったのを聞き逃さない。
「神殿に通って、ちょっと神力を勉強したくらいで、魔女に勝てると思ったの?下手をすればあなたを足掛かりに殿下まで攻略されて、イノセンシア王国がメラニアの思いどおりにされていたかもしれないのよ?」
「それは……」
「邪魔だからって理由だけで、国王陛下と王妃様は幽閉、宰相……あなたのお父様やビビアナ様は無実の罪で処刑されてもおかしくなかったのに。迂闊すぎるわ」
「……反省は、してる」
ベッドの上に正座したクラウディオに正面切って説教している私。
何なの、この構図。
「……巻き込みたくなかった」
「は?」
「エレナ。君は……君だけは無事でいてほしかったんだ」
伏せていた顔を上げ、鋭い青が私を射抜いた。

   ◆◆◆

クラウディオは、私に迫る危険を排除したかったと言った。
学園内に出入りするようになった怪しい男どもを捕まえても、雇い主の名前は明らかにならない。
メラニアをどうにかして追放しなければ、真の平和――メラニアにとってはバッドエンド――は訪れない。
「うちの公爵家やビビアナも危険ではあったけど、逆に言えば、既定路線に乗らず、殿下が攻略されなければ大丈夫ってこと。問題は君のほうだよ。物語のあらすじにも関係していないし、どのエンディングでどうなったかはっきりしない……どうにでもなる可能性があった。メラニアは君の存在に気づき、君がどうなっても僕や殿下を攻略するのに支障がないと……」
「消してしまおうと思った?」
「……うん。そんなところだね」
モブだからどうなってもいいっての?
ぐるぐる巻きにされている間に、一回蹴っ飛ばしておけばよかったわ、あの女。

したたかなメラニアは、直接私を手にかけることはしなかった。バレた時に言い逃れができないからね。
学園内に出入りするようになった怪しい男どもを捕まえても、雇い主の名前は明らかにならないように魔法をかけていた。それどころか、武器などの小物にモンタネール公爵家とのつながりを示す証拠を仕込んでいたらしい。
「貴族の令嬢を殺害したとなれば、いくら父が宰相を務めていても、筆頭公爵家でもうやむやにできる問題じゃない」
「あなたを犯人にするわけないわ」
逆ハーレム要員だもの。
「犯人に仕立てられそうになったのはビビアナだよ。メラニアは雇った破落戸たちに幻覚の魔法をかけ、癖のある黒髪と青い瞳の少女が彼らを雇ったと思わせていた。奴らの証言と物的証拠から、ビビアナが疑われるように」
「呆れるくらい用意周到ね」
「ま、王家とうちを敵に回したのが運の尽きだね。メラニアの素性やこれまでの罪、違法に魔法を習得した経緯も調べがついてる。グランディアから招いた魔導士の協力を得て、家族にかけられた隷属魔法を解いて回ったら、伯爵家との血縁関係もないと分かっていた。でも、魔法を使ったのがメラニアだという証拠がなかった。追放するのに決定的な事件を起こさせればいい」
「だから神力を学んで、メラニアを挑発したわけ?」
神力や魔法を使う者は、相手の魔力に気づきやすいと本で読んだことがある。
傀儡にしようとしていたクラウディオが、操りにくくなったら困るだろうし、何らかの手立てをするわよね。
「神力を学びに行ったのは、君の記憶を消そうと思ったからだよ」
「記憶って、前世の?」
クラウディオは首を横に振った。
「なかなか実行に移せなくて、結局できなかったけれど……、僕のことを、僕との記憶を忘れればって」
「……」
「……メラニアは、植物園で僕に魔法をかけた時、『抗えば大切なものを失う』と脅してきた。君を失うのが怖くて、魔法が放たれる瞬間、僕は自分自身の記憶を消した。――君との記憶を」
記憶を消したはずなのに、しっかり思い出しているじゃない?
「じゃあ、どうして今、思い出したの?」
「理由は……二つあると思う、多分」
クラウディオは口元を手で覆って視線を逸らした。

「一つは……僕の練習不足かな」
まあそうよね。神官でもないし、ちょっと練習しただけだもの。
いくらクラウディオが何でもできるチート男だとしても、付け焼刃じゃね。
「もう一つは?」
「……君を」
「私?」
「君を好きになったから!」
たから、から、ら……。
甘ったるい香りが漂う真っ赤な部屋で、クラウディオは絶叫した。
耳まで真っ赤。ベッドシーツより真っ赤なんじゃない?
「……そう」
言われなれているのに、動揺して言葉が出ない。
「神力で記憶を消す……実際には消したんじゃなくて、封印する魔法と同じなんだ。封印は文字通り、箱に入れて神力で鍵をかけるイメージで、その、何かの拍子に鍵が壊れたり外れたりして、中身が出ることもあって。そのきっかけっていうのは人それぞれだから一概に何が原因とは言えな」
「ちょ、ちょっと待って」
物凄い早口で捲し立てられ、一度手で『ステイ』のポーズをしてから深呼吸させる。
「理由は……分かったわ」
一言呟いて、私はベッドから遠ざかり、一人で部屋を出た。

   ◆◆◆

ーside Cー

公爵邸に戻った僕を待っていたのは、妹と(付き合わされた)ルカによる尋問だった。
「お兄様!どうでしたの?進展は?」
「どうって何が」
「んもう!つ、連れ込み宿ですのよ?男女がすることと言ったら……」
両手で頬を押さえ、ビビアナはきゃっきゃと喜んでいる。隣にいるルカの目が死んでいるのは、僕が戻るまでこの妄想を聞かされたからだろう。
「何もないよ。メラニアのこととか、殿下たちとの作戦のこととか、話はしたけど」
「それだけ?」
「うん」
「本当にそれだけですの?」
「それだけだけど、何?」
んんん、とビビアナは唇を噛み締めて、隣にいるルカの腕をバシバシと叩いた。
「痛えよ、何すんだ」
「お兄様!不甲斐ないにも程がありますわ。メラニアの魔法が解けて、元に戻ったというのに……あれだけムード満点な部屋で、エレナ様を口説き落としてキスの一つくらい」
「無理に決まってるよ!」
妹は僕を何だと思っているのか。エレナを好きだと自覚した途端に怒涛のように記憶が流れ込んできて、少し混乱していたくらいなのに。
「ルカ、あなたも悔しくありませんの?」
「俺?」
「同じ男として、このヘタレお兄様に何か言ってやって」
「……ノーコメント」
はあ、と盛大なため息をつくルカ。ベランダ伝いに僕達より先に部屋に突入していたから、ビビアナと二人で部屋にいた時間は短いだろうけれど、彼だって僕とあまり変わらない状況……ヘタレと呼ばれても仕方ないわけで。
「クラウディオ、殿下から言伝だ。後は王家に任せるようにって」
「うん。そうなるだろうと思ってたよ」
どっと疲れが押し寄せてきて、二人に挨拶をして自室に引っ込んだ。

   ◆◆◆

メラニアの逮捕劇(?)から二週間後、僕はエレナに手紙を書いた。公爵邸に招き、満開を過ぎた黄色いクヴァムの花壇の前で、思い切って切り出した。いつか彼女に見せたくて育てた花だ。
「……また、留学?」
「うん。友人の伝手を頼ってね。もう、イノセンシアには戻ってこないと思う。卒業式はまだ先だけど、必要な単位は取得したし」
エレナは少し考えて、ぽつりと零した。
「婚約は、どうするの?」
大好きな宝石のような瞳が戸惑いに揺れている。
「僕が出発したら、婚約解消の手続きを進めてくれるように父に頼んであるから」
「……そう」
思った通り、エレナは残念がらないし、引き留めもしない。
当たり前だ。
僕は蛇蝎のごとく嫌われている。
メラニアの暴挙を食い止めるための同志ではあっても、目的が達成された今、一緒にいる理由はない。
僕との婚約を解消しても、エレナならすぐ次の相手が見つかるだろう。知り合いが多いルカやニコラスに誰か紹介してもらうか。
……と考えて、胸の痛みに顔を顰めた。
「出発はいつ?卒業式を待たないって……」
「明後日には」
「……」
また二人の間を風が吹き抜けていった。沈黙が重い。
エレナを案内するように、数歩先を歩き出した僕に声がかけられた。
「クラウディオ」
「?……ぐっ」
振り返った僕の顎に、エレナの小さな拳が命中した。
「ぐほ、うう……」
「平手打ちの方がよかった?」
そういう問題じゃない。
涙目の僕にエレナは追い打ちをかける。
「あなたって卑怯者よね。そうやってすぐ逃げるんだから。私の痛みはこんなものじゃ……」
「君の記憶は封印するよ」
「え?」
二発目の拳を作っていたエレナが目を丸くした。
「大丈夫。今度はうまくやるから」
「待って、そんなの聞いてな――」
僕の腕を掴もうとした彼女の指先が空を切り、僕達は白い光に包まれた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは悪役令嬢(♂)を攻略したい!!

弥生 真由
恋愛
 何事にも全力投球!猪突猛進であだ名は“うり坊”の女子高生、交通事故で死んだと思ったら、ドはまりしていた乙女ゲームのヒロインになっちゃった! せっかく購入から二日で全クリしちゃうくらい大好きな乙女ゲームの世界に来たんだから、ゲーム内で唯一攻略出来なかった悪役令嬢の親友を目指します!!  ……しかしなんと言うことでしょう、彼女が攻略したがっている悪役令嬢は本当は男だったのです! ※と、言うわけで百合じゃなくNLの完全コメディです!ご容赦ください^^;

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが

水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。 王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。 数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。 記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。 リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが…… ◆表紙はGirly Drop様からお借りしました ◇小説家になろうにも掲載しています

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

処理中です...