天空よりくるもの~過酷な運命を背負った、とある少女の物語~

木立 花音

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第三章「少女の決意と魔族の影」

刻印の魔法(マーキング)

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 翌日の朝。木々に残った朝露が朝日を浴び煌めくなか、鈴蘭亭の前に一台の馬車が止まった。
 二頭立てのそこそこ立派な造りの馬車で、箱型にしつらえた乗車部分の小窓には、赤いカーテンがかけられている。

「すいません、お待たせしました。コノハ・プロスペロ様と、ご友人の方で間違いないですか?」と、御者台に座る男が話しかけてくる。年の頃は二十代後半ほどで、身なりの良い銀髪の青年だ。
「はい。ロイスさんの使いの方で間違いないですか?」

 直ぐに仕事の話になると考えたわけでもないが、万一の時は即座に動けるようにと、コノハたちは愛用の鎧を着こんでいた。もし武装解除を要求されたらその時応じればいいだろう、と思っていた。

「おや……? 確か四人とうかがっていましたが」
「ちょいと急な日程だったからね。二人はちょっと都合がつかなかった」

 リンの言葉に青年はしばし考えこんだのち、「そうですか、わかりました」告げて馬車の扉を開ける。
 青年にエスコートされ、二人は馬車に乗り込んだ。

「おはよう、コノハ」

 馬車の中には、如何にもよそ行き、という洒落た衣服に身を包んだカノンが乗っていた。フリルのあしらわれた白いブラウスに、チェック柄のミニスカート。可愛い、とコノハが手を叩いて賛辞の声を送る。

「やっぱり、カノンも呼ばれてたんだな」とリンが言うと、「ごめん、伝えてなかったねそういえば」とコノハが決まり悪そうな顔になる。
「いや。別に構わないんだが」

 むしろリンは、心のどこかで安堵していた。流石に俺らだけじゃ、ロイスとかいう初対面の青年と会っても会話が続かなそうだ。というか、はっきり言ってなんか気まずい。

「それにしても、カノンも隅に置けないな。十五歳にして彼氏持ちか。モテる女は違うね」

 静かに動き始めた馬車の中、リンがカノンを冷やかした。

「からかわないで下さい、リンさん。偶然です。神殿に礼拝にやって来た彼に、たまたま声をかけられただけ」
「たまたま、ねえ」

 それは意図的なものだろう、という言葉をリンは言わずに飲み込む。ま、カノンは可愛いっちゃー可愛いからな。見た目は多少地味でこそあるが、スタイルはいいし目鼻立ちもしっかりしてる。
 そうこうしているうちに、馬車は街を離れて街道に出たようだった。
 馬車の中にまで聞こえていた街の喧噪が止み、伝わってくる揺れが大きくなったことから、整備された石畳の街を離れたのはわかった。
 わかった、とか、ようだった、という表現になるのには理由があって、三人の目には先ほどから外の景色が見えていない。馬車の窓は全てカーテンの上から木の板が打ち付けてあり、外が見えないのだ。

「なあ、カノン」
「はい」
「お前の彼氏の屋敷って、街を出て北側で合ってるのか?」

 リンの質問に、カノンはうーんと唸って首を傾げる。

「実は、行ったこと無いんですよ」
「行ったことがない?」

 驚いたように目を丸くしてコノハが口を挟んだ。

「あ……うん。だって、まだ交際して一ヶ月くらいだし。彼も基本的に、こっちの宿に滞在していることが多かったし」
「ん~……」

 そういうものなのかな、とコノハは思う。でも、異性と交際した経験のない彼女には、これといった答えは出せそうにない。一ヶ月で交際相手の家に行くのは早い気もするし、問題は時間じゃない、という気も同時にした。でも。

「それはそうと、なんで外見られないのかな」
「閉じ込められているのと、同じ状態だよね」

 カノンにそう言われると、いよいよコノハは気になり始めた。手紙や筆跡におかしな点はなかったと思う。馬車に乗るとき武器を取り上げられなかったし、とあまり警戒はしてなかったが、次第に不信感が増してくる。
 正直、ひと暴れでもしたら馬車を強引に止めることは容易だろう。でも、本当にフロイド家の使いだった場合、申し開きのしようがない。とにもかくにも、馬車が正式な使いかどうか分かるまで、動きようがないのだ。

「たぶん、間に合わせの馬車だったんだよ」
「だといいがな」
 
 相変わらず楽観的なコノハの意見を、複雑な顔でリンが一蹴する。カノンは何も答えずただ俯いていた。
 うん、そうだよ。ちょっと深く考えすぎているだけ。こんなの私らしくない。
 コノハは指折り数えてみる。
 馬車がちょっとだけ胡散臭くて、手紙の呼び出しが突然で、向かっている場所が、恋人であるカノンすら行ったことのない屋敷。
 あれ? とコノハは首を傾げる。
 もしかして、やっぱりこれは胡散臭い?
 んーと唸り声を上げたコノハの隣で、カノンが小声で魔法の詠唱を始める。

「カノン?」
刻印の魔法マーキング

 カノンの手のひらから鈍い光を放つ黄色の光源が生まれると、彼女は右手を振って、それを馬車の外に飛ばした。狙った座標に固定して、光と魔力反応を一定時間放ち続ける連絡用の魔法だった。わかり易くいうと、狼煙のろし、もしくは目印のようなもの。

「気付かれたかな?」

 カノンは声を潜めて御者台のある方角に顔を向けるが、特に妙な動きはなかった。ほっと彼女は胸を撫で下ろす。

「そっか、一応の目印か。シャンかオルハが気付いてくれるといいけど」

 コノハの呟きに、カノンが「だね」と同意した。やっぱり、胡散臭いと思ってるのは私だけじゃないんだ、とコノハは心中で思う。その証拠にリンも、怪しい音を聞き逃すまいと先程から馬車の外から入って来る音に耳を澄ませている。
 数時間が過ぎ軽めの食事を済ませた時、不意に馬車が進行方向を変えた。さっきまでガタガタいっていた車輪の音が小さくなると同時に、揺れが少し大きくなった。

「街道から外れたね」

 リンが腰を浮かし、馬車の壁に耳を当てる。整備されていない道に移ったのは、不規則な揺れに変わったことからも明らかだ。

「そろそろ、目的地が近いのかな」というコノハの問いに、「たぶんね」とリンが答える。

 そのまましばらく馬車は走った。朝出発してから約半日、秋の気配感じる肌寒さが身にしみ始めた頃、馬車は静かに停止した。周囲から目立った音は聞こえてこない。
 お疲れ様、到着しましたよ、と言って、御者の青年が扉を開けてくれた。
 なにかあっても対応できるようにと、リン、コノハ、カノンの順で、気を配りながら馬車から降りる。
 既に日は翳っており、冷え込んだ大気が肌を刺激する。身震いをしてから、コノハは左右に視線を配った。
 到着するまでに、坂を登る感覚があった。高い木々で周囲を囲まれている様子から、山の中なのは間違いなさそう。木陰の隙間から覗く空は夕暮れ色。一番星が瞬いていた。

「こちらです」

 という青年の声に導かれ向けた視線の先には、外壁にやや痛みこそあるものの、立派な造りの洋館が建っていた。
 二階部分には大き目のバルコニーと、意匠のされた窓が複数見受けられる。そこまで大きくは無いが、裕福な貴族の館、という雰囲気があった。

「主人が皆様をお待ちしております。どうぞ中へ」

 促され、三人は屋敷の方に向かう。一様に、少し緊張した面持ちをしながら。



 ブレストの街の裏通り。
 日中でも日陰になり人通りの少ない路地裏に、盗賊ギルドの支部がある。コノハたち三人がブレストの街を出立したのち、オルハはこの場所を訪れていた。
 冒険者たちを管理するべく冒険者の店があるように、盗賊たちを管理する組織も存在しており、それが盗賊ギルドなのである。盗賊と一口に言っても、オルハのような冒険者もいれば、密偵・情報収集や暗殺といったきな臭い仕事をする者たちもいる。ゆえに、盗賊ギルドはあまり人目に付き難い場所にあるのが慣例だ。
 表向き飲食店にしか見えない入口をくぐり、入って直ぐの扉を開け地下へと続く階段を足音を立てず下りていく。もっとも足音を消しているのは意図的なものではなく、盗賊としての本能のようなものだが。
 下りきった先にある長い廊下。幾つか見える扉の一つに、彼女は入っていった。

「おう、来たか」

 と頭の禿げあがった男が声を掛けてくる。壁際に置かれた棚に無数の書類が詰め込まれたこじんまりした部屋。男とテーブルを挟んでオルハは席に着いた。

「……それにしても、今日はどういった用件なのですか? 突然呼び出しをくらったので、友人との小旅行がキャンセルになってしまいました」

 本気とも冗談ともつかぬ声でオルハが軽口を叩く。こりゃすまんな、と男がひそめた声で笑った。

「お前さんに、少々頼みたいことがあってな」
「……頼みたいこと?」
「そう。この街でも指折りの冒険者グループに所属しているお前を見込んでの頼みだ。知っているかもしれないが、ここ最近、隣国であるディルガライスから複数の密偵が紛れ込んできている」

 確かにオルハは知っていた。
 ディルガライス帝国とエストリア王国は現在休戦状態にあるが、エストリア側から経済制裁を行ったことが過去にあり、ディルガライス側に再び宣戦布告の動きがあるという先日の話通り、関係はまったくもって良好ではない。小競り合いや陰謀といったいさかいも絶えず、密偵が入ってきていてもなんら不思議ではない。
 その件で、つい先日もオルハはこの場所を訪れていた。
 ルティスを拾ったその日の夜に、ディルガライス帝国と繋がりがありそうな人物のリストを見せてもらい、『ルティス』という名前がないか確認をしていたのだ。無論、本名かどうかすら分かっていなかったし、なんの情報もその時は得られなかったのだが。

「……まあ、それはそうでしょうね。ですが、今現在あの国は、それどころじゃないのでは?」

 どうしてこのタイミングで密偵の話題が、とオルハが首をかしげる。

「そうだな。俺も、こんな状況下では、積極的な動きを見せることもないだろうと、高を括っておった。ところが」
「……むしろ逆、とでも?」

 そこまでじゃないが、と首を振ったのち、男は一枚の羊皮紙を机の上に置きオルハの方に差し出した。

「ディルガライスから入国してくる犯罪者の数は、たいして減っていない。どうやら国内にいる貴族階級の何人かが、入国後の世話や手引きをしているらしい。そこで俺らが調査した結果、怪しいと思われる人物が何人かあがった」
「……それが、このリストですか」
「うむ。特に怪しいと思われる者には、すでに密偵をつけている。だが、いかんせん手が回らない。そこでお前さんに、そのうちの一人でもいいから調査してもらえんかと思ってな」
「……なるほど。呼び出された背景は飲み込めました」

 そこには、何人かの名前が記されていたが、その中に知っている名前を見つけ、オルハは息を呑んだ。

「どうした?」
「……あ、いえ」

 オルハが視線を落とした紙の上、確かにこう書かれてあった。

 ──ロイス・フロイド。活動拠点の提供および、情報漏えいの疑い。
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