私が文壇をおりる日

木立 花音

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同い年の弟

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 高校に入学したとき、私と俊介は揃って文芸部に入部した。
 実力は、自分で言うのもなんだが私のほうが上。昨年、小説投稿サイトで開催されたコンテストに二人で三度挑戦し、私が一次選考を三度通過するなか、俊介はすべて一次落ちだったのだから。とはいえ、私もそれ以上先に進めたことがないので、小説としての体は整っていても、何かしら欠けているのだと自覚はしていた。
 国語の成績は昔から良かった。読書感想文を提出するたびに、文才のある子どもだと周囲から持て囃された。
 暇を見つけては物語を綴るようになり、将来は小説家になる人間なのだと、自分でも信じて疑わなかった。
 そんな私と比べると、俊介の文体は荒い。たどたどしい打鍵音そのままというか。主語と述語の配置もめちゃめちゃだし、こそあど言葉が多すぎる。何度指南したところで、彼の文才は一つも向上しなかった。本を読まない人間だからだ、と口に出すことはないが、心のどこかで侮蔑していた。
 転機が訪れたのは、高一の七月。二度めに参加したコンテストで、私が二次落選をしたときのことだ。
 緊張気味に、部室のパソコンからサイトに接続する。回線の重さに何度か舌打ちをする。
 ようやく『二次選考結果発表』の文字が表示されて、上から下までページをスクロールした。手汗が段々酷くなるのを認識しながら、もう一度上から見直していく。
「やっぱり、ない」
 前作より確実に自信作だった。今度こそ、と思っていたのに、また夢は途中で潰えた。
「残念だったな」と声をかけてきた俊介に、唐突に心がささくれだった。
「ありがと。でも、あんたは一次すら通過できてないじゃない。よかったらあなたの原稿、私が見てあげようか?」
 などと持ち掛けた。どこか鼻持ちならない上から目線で。
 彼は特に反論することもせず、無言のままUSBメモリを差し出してくる。パソコンに刺して、中身を確認していく。
 書き出しは、まあそれなりにいい。だが案の定、描写が弱くて場面が浮かびにくい文章だった。
 ほらね、と思った。こんなことだからダメなのよ。
 ほらここも、主語が欠けているし。ね、ここも。
 ……なのだけれど。
「なんなのよ、これ」
「え、何が?」
 きょとんとしているその顔が、また鼻につくというか。
 確かに、文章力は稚拙だ。構成も、まだまだ直すべき箇所はある。だが。
 着想が異次元だった。こんな手の込んだ設定、どれだけ頭をひねっても私では思いつかない。自分に欠けているパズルのピースが、まさか俊介の作品から見つかるとは。荒々しい文体の中から、磨けば光る才能の原石がいくつもいくつも見つかって、先ほどから打ちのめされっぱなしだ。なんとも名状しがたいモヤモヤが、心中に広がる。
「ふーん。なんというか、ストーリーはいいじゃない。構成を見直したら化けるかも」
 なんて、動揺を隠して強がりを言った自分が惨めだ。
 この日私は、予期せぬところで明白な敗北を突きつけられた。俊介の才能を見抜けずマウントを取っていた自分の滑稽さに、呆れるしかなかった。

   ※

 嫌なことを思い出すと、溶けた氷で薄まったコーラが、やたらと不味く感じられた。

   ※
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