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第1話 祝福の首輪
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第1話 祝福の首輪
婚約の日。
王都の大聖堂は、甘い百合の香りで満ちていた。
高い天窓から差し込む春の光が、白い大理石の床に揺れている。
祝福の鐘の余韻が、胸の奥まで震わせるように響いていた。
私は純白のドレスの裾を指先で握りしめ、彼の前に立っていた。
「緊張しているのかい?」
低く、柔らかな声。
私は微笑む。
「少しだけ。でも……嬉しいです」
嘘ではなかった。
ずっと憧れていた日だったから。
彼は小さな箱を開く。
まず現れたのは、白金の指輪。
控えめで、けれど品のある輝き。
「受け取ってくれるね?」
「はい」
指に通された瞬間、冷たい金属が温もりを帯びる。
胸が少し熱くなる。
けれど。
次に彼が取り出したものを見たとき、
私は一瞬、息を忘れた。
それは、首輪だった。
金細工に赤い宝石がはめ込まれた、
重厚で、息を呑むほど美しい首輪。
蔦の模様が絡み合い、中央の石は血のように深く光る。
ざわ、と空気が揺れる。
「……殿下?」
思わず小さく声が漏れた。
彼は穏やかに笑う。
「驚いたかい?」
「ええ……少し」
周囲の貴族たちも目を丸くしている。
だが次の瞬間、彼ははっきりと言った。
「これは君を守るための祝福だよ」
祝福。
その言葉が、やわらかく耳に落ちる。
「王家に嫁ぐのだ。守護の魔術を重ねた特別製だ。
君は……その、少し魔力が不安定だからね」
優しい声。
でも、その“少し”が胸に刺さる。
私は小さく頷いた。
「ありがとうございます」
彼が自ら、私の首元にそれを当てる。
ひやり、とした金属。
かちり。
金具が閉じる音が、やけに大きく響いた。
一瞬、喉が締まった気がした。
息が浅くなる。
「苦しくないかい?」
「……ええ、大丈夫です」
嘘だった。
ほんのわずかに、鼓動が速い。
だが、彼の指が首輪に触れる。
「よく似合っている」
その言葉に、胸が震えた。
周囲から感嘆の声が上がる。
「なんて深い愛情」
「花嫁を守る証だなんて素敵ね」
「殿下は本当にお優しい」
そのとき。
白い光がゆるやかに広がった。
彼の幼馴染であり、この国の聖女が一歩前に出る。
純白の法衣。
柔らかな金髪。
瞳は湖のように澄んでいる。
「お二人が結ばれるなんて、本当に幸せですわ」
彼女は微笑む。
その微笑みは、いつだって完璧だ。
「どうか、この首輪があなたをお守りしますように。
わたくしも祈りを重ねますね」
彼女の足元から光が立ち上る。
参列者が息を呑む。
「さすが聖女様だ」
「祝福が目に見えるなんて」
光は彼女を包み、彼へと流れ、
そして私の首元へ、そっと触れた。
けれど。
私の中では、何も弾けない。
静かだ。
ただ、首輪の赤い石が、かすかに温度を持つ。
聖女は首をかしげる。
「……共鳴が弱いようですね」
その声は、あくまでやさしい。
「でも心配しないでください。
わたくしがあなたの分まで祈りますわ」
ざわ、と笑いが混じる。
「本当にお優しい」
「さすが聖女様」
私は微笑む。
「ありがとうございます」
喉の奥が、少し乾いていた。
祝宴は華やかだった。
葡萄酒の甘い匂い。
焼き立ての肉の香り。
楽団の弦が震え、足元に振動が伝わる。
けれど、私はどこか遠い。
首元が、わずかに熱い。
彼が隣で囁く。
「君は少し疲れやすい。無理はしないで」
「はい」
「聖女様のように強くなれるといいね」
悪意はない。
それが、いちばん痛い。
夜。
静まり返った寝室。
窓の外には月が浮かんでいる。
私は鏡の前に立つ。
赤い宝石が、暗闇で鈍く光る。
綺麗だ。
でも――なぜか、脈打っているように見えた。
布団に横たわったとき。
じわり、と首輪が熱を持った。
最初はぬくもり。
次第に、熱。
喉から胸へ、胸から腹へ。
何かが、細い糸のように引き抜かれていく。
息が浅くなる。
指先が冷える。
声を出すほどではない。
ただ、確実に。
奪われている。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
守護の祝福なのだから。
朝。
体が重い。
立ち上がれない。
彼が扉を開ける。
「顔色が悪いね」
その視線は、心配よりも、失望に近い。
「努力が足りないんだよ。
聖女様を見習いなさい」
柔らかい声。
けれど。
その言葉と同時に、首輪がまた、じわりと熱を持った。
婚約の日。
私は祝福されたのだと思っていた。
けれど本当は。
この瞬間から。
奪われ始めていたのだ。
婚約の日。
王都の大聖堂は、甘い百合の香りで満ちていた。
高い天窓から差し込む春の光が、白い大理石の床に揺れている。
祝福の鐘の余韻が、胸の奥まで震わせるように響いていた。
私は純白のドレスの裾を指先で握りしめ、彼の前に立っていた。
「緊張しているのかい?」
低く、柔らかな声。
私は微笑む。
「少しだけ。でも……嬉しいです」
嘘ではなかった。
ずっと憧れていた日だったから。
彼は小さな箱を開く。
まず現れたのは、白金の指輪。
控えめで、けれど品のある輝き。
「受け取ってくれるね?」
「はい」
指に通された瞬間、冷たい金属が温もりを帯びる。
胸が少し熱くなる。
けれど。
次に彼が取り出したものを見たとき、
私は一瞬、息を忘れた。
それは、首輪だった。
金細工に赤い宝石がはめ込まれた、
重厚で、息を呑むほど美しい首輪。
蔦の模様が絡み合い、中央の石は血のように深く光る。
ざわ、と空気が揺れる。
「……殿下?」
思わず小さく声が漏れた。
彼は穏やかに笑う。
「驚いたかい?」
「ええ……少し」
周囲の貴族たちも目を丸くしている。
だが次の瞬間、彼ははっきりと言った。
「これは君を守るための祝福だよ」
祝福。
その言葉が、やわらかく耳に落ちる。
「王家に嫁ぐのだ。守護の魔術を重ねた特別製だ。
君は……その、少し魔力が不安定だからね」
優しい声。
でも、その“少し”が胸に刺さる。
私は小さく頷いた。
「ありがとうございます」
彼が自ら、私の首元にそれを当てる。
ひやり、とした金属。
かちり。
金具が閉じる音が、やけに大きく響いた。
一瞬、喉が締まった気がした。
息が浅くなる。
「苦しくないかい?」
「……ええ、大丈夫です」
嘘だった。
ほんのわずかに、鼓動が速い。
だが、彼の指が首輪に触れる。
「よく似合っている」
その言葉に、胸が震えた。
周囲から感嘆の声が上がる。
「なんて深い愛情」
「花嫁を守る証だなんて素敵ね」
「殿下は本当にお優しい」
そのとき。
白い光がゆるやかに広がった。
彼の幼馴染であり、この国の聖女が一歩前に出る。
純白の法衣。
柔らかな金髪。
瞳は湖のように澄んでいる。
「お二人が結ばれるなんて、本当に幸せですわ」
彼女は微笑む。
その微笑みは、いつだって完璧だ。
「どうか、この首輪があなたをお守りしますように。
わたくしも祈りを重ねますね」
彼女の足元から光が立ち上る。
参列者が息を呑む。
「さすが聖女様だ」
「祝福が目に見えるなんて」
光は彼女を包み、彼へと流れ、
そして私の首元へ、そっと触れた。
けれど。
私の中では、何も弾けない。
静かだ。
ただ、首輪の赤い石が、かすかに温度を持つ。
聖女は首をかしげる。
「……共鳴が弱いようですね」
その声は、あくまでやさしい。
「でも心配しないでください。
わたくしがあなたの分まで祈りますわ」
ざわ、と笑いが混じる。
「本当にお優しい」
「さすが聖女様」
私は微笑む。
「ありがとうございます」
喉の奥が、少し乾いていた。
祝宴は華やかだった。
葡萄酒の甘い匂い。
焼き立ての肉の香り。
楽団の弦が震え、足元に振動が伝わる。
けれど、私はどこか遠い。
首元が、わずかに熱い。
彼が隣で囁く。
「君は少し疲れやすい。無理はしないで」
「はい」
「聖女様のように強くなれるといいね」
悪意はない。
それが、いちばん痛い。
夜。
静まり返った寝室。
窓の外には月が浮かんでいる。
私は鏡の前に立つ。
赤い宝石が、暗闇で鈍く光る。
綺麗だ。
でも――なぜか、脈打っているように見えた。
布団に横たわったとき。
じわり、と首輪が熱を持った。
最初はぬくもり。
次第に、熱。
喉から胸へ、胸から腹へ。
何かが、細い糸のように引き抜かれていく。
息が浅くなる。
指先が冷える。
声を出すほどではない。
ただ、確実に。
奪われている。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
守護の祝福なのだから。
朝。
体が重い。
立ち上がれない。
彼が扉を開ける。
「顔色が悪いね」
その視線は、心配よりも、失望に近い。
「努力が足りないんだよ。
聖女様を見習いなさい」
柔らかい声。
けれど。
その言葉と同時に、首輪がまた、じわりと熱を持った。
婚約の日。
私は祝福されたのだと思っていた。
けれど本当は。
この瞬間から。
奪われ始めていたのだ。
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