11 / 12
第10話 赤い痕跡
しおりを挟む
第10話 赤い痕跡
朝の光が山小屋の窓から差し込んでいた。
薄い霧が森を包み、
木々の間から白い息のような光が流れている。
暖炉の火はまだ残っている。
薪の焦げた匂い。
乾いた木の甘い香り。
私は毛布の上に座り、両手で首輪を押さえていた。
赤い宝石は、静かだ。
けれどそれが逆に、不気味だった。
「今日は少しだけ解析を進めます」
魔法使いが机に道具を並べる。
細い銀の針。
小さな水晶板。
魔力を可視化する薄い鏡。
どれも城では見たことのない、質素な器具。
「痛みは?」
「ありません」
本当は、少し怖い。
「安心してください」
彼は淡く微笑む。
「壊しません。ただ、覗くだけです」
覗く。
その言葉で、喉が乾く。
「……はい」
私は椅子に座る。
彼が首輪に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、空気がわずかに震えた。
「反応が早い」
彼が低く言う。
赤い宝石が、かすかに光る。
どくん。
どくん。
脈打つ音が、耳の奥で響く。
「感じますか」
「……少し」
胸の奥がひやりとする。
彼は銀の針を宝石の縁に近づける。
触れた瞬間――
ぴしり、と小さな音。
赤い光が線となって走る。
「……やはり」
彼の声が変わる。
穏やかさはある。
けれど、そこに確信が混じる。
「見てください」
彼が水晶板を差し出す。
そこに、赤い糸のような光が映る。
細く、長く、どこかへと伸びている。
「これは……」
息が止まる。
「吸収の痕跡です」
静かな断言。
胸が強く打つ。
「吸収……」
「ええ」
彼は続ける。
「通常、守護の術式は外へ広がります」
水晶板に淡い光が広がる。
「ですがこれは」
赤い糸が、私から外へ伸びる。
「流出です」
流出。
喉が震える。
「……どこへ」
彼は目を閉じる。
指先で空気をなぞる。
しばらく沈黙。
暖炉が小さく弾ける。
「距離は遠くない」
「遠くない……」
「城の方向です」
心臓が跳ねる。
「……二人、います」
その言葉で、空気が凍る。
「二人」
声がひどく小さい。
「一人は強い光を持つ者」
思い浮かぶのは、金色の輝き。
涙ぐむ聖女。
「もう一人は」
彼は目を開ける。
「契約主」
手が震える。
「契約……」
「これは、祝福ではない」
彼ははっきり言う。
「契約型吸収術式です」
言葉が、胸を刺す。
婚約の日。
指輪と一緒に贈られた。
あの冷たい金具。
「……騙された」
ようやく、声になる。
彼は否定も肯定もしない。
ただ、真実を示す。
「見てください」
水晶板に、薄い傷のような跡が映る。
「これは、長期吸収の痕跡です」
私の魔力の流れが、削れている。
抉られた川のように。
「いつから……」
「少なくとも、婚約の日から」
頭が真っ白になる。
あの日。
祝福の拍手。
「守るためだよ」
あの声。
胸が痛む。
「私は……」
言葉が崩れる。
「私は、利用されていたのですか」
彼は静かに答える。
「はい」
優しく、しかし曖昧にしない。
涙が落ちる。
ぽたり、と膝に。
「努力が足りないのではなかった」
その言葉は、自分への確認だった。
「あなたは、削られていただけです」
暖炉の火が揺れる。
その音が、現実をつなぎ止める。
「なぜ……」
喉が痛い。
「なぜ、私だったのですか」
彼は首輪を軽く叩く。
「あなたの魔力量が異常だからです」
「異常……」
「城で測定された数値は、真実ではない」
水晶板に、わずかな光が映る。
「これは、あなたの本来の流れ」
淡い、しかし強い光。
それは、私の胸の奥と同じ温度をしている。
「強い……」
思わず呟く。
「ええ」
彼ははっきり言う。
「あなたは、本来、非常に強い」
胸の奥で、何かが震える。
城で言われ続けた言葉。
ゼロ。
無能。
期待していない。
すべてが、崩れていく。
「聖女は」
私は震える声で問う。
「本当に、聖女なのですか」
彼はしばらく黙る。
そして言う。
「光は、持ち主のものとは限りません」
静かな言葉。
けれど、決定的だった。
「……奪っているのですか」
「あなたの魔力が流れている以上、可能性は高い」
首輪が、わずかに熱を持つ。
反応している。
「やめて」
思わず掴む。
彼の手がそっと重なる。
「今は大丈夫」
その声は低い。
「ここでは、流れが弱まっている」
森の魔力が干渉しているのか。
赤い糸は、かすかに揺れるだけだ。
「壊せますか」
震える声。
「可能です」
彼は真っ直ぐに言う。
「ただし」
「ただし?」
「あなたの本来の魔力が戻った瞬間、
城は異変に気づきます」
心臓が強く打つ。
「それでも」
私は言う。
声は震えている。
けれど、はっきりと。
「それでも、壊してください」
暖炉の火が強く弾ける。
彼はゆっくりと頷く。
「準備を始めましょう」
その言葉で、胸の奥に灯りがともる。
まだ小さい。
けれど確かな光。
赤い宝石は、今も脈打っている。
けれどもう、ただ奪われるだけではない。
私は初めて知った。
削られていたのは、私の弱さではない。
奪われていたのだ。
そして――
取り戻せる。
朝の光が山小屋の窓から差し込んでいた。
薄い霧が森を包み、
木々の間から白い息のような光が流れている。
暖炉の火はまだ残っている。
薪の焦げた匂い。
乾いた木の甘い香り。
私は毛布の上に座り、両手で首輪を押さえていた。
赤い宝石は、静かだ。
けれどそれが逆に、不気味だった。
「今日は少しだけ解析を進めます」
魔法使いが机に道具を並べる。
細い銀の針。
小さな水晶板。
魔力を可視化する薄い鏡。
どれも城では見たことのない、質素な器具。
「痛みは?」
「ありません」
本当は、少し怖い。
「安心してください」
彼は淡く微笑む。
「壊しません。ただ、覗くだけです」
覗く。
その言葉で、喉が乾く。
「……はい」
私は椅子に座る。
彼が首輪に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、空気がわずかに震えた。
「反応が早い」
彼が低く言う。
赤い宝石が、かすかに光る。
どくん。
どくん。
脈打つ音が、耳の奥で響く。
「感じますか」
「……少し」
胸の奥がひやりとする。
彼は銀の針を宝石の縁に近づける。
触れた瞬間――
ぴしり、と小さな音。
赤い光が線となって走る。
「……やはり」
彼の声が変わる。
穏やかさはある。
けれど、そこに確信が混じる。
「見てください」
彼が水晶板を差し出す。
そこに、赤い糸のような光が映る。
細く、長く、どこかへと伸びている。
「これは……」
息が止まる。
「吸収の痕跡です」
静かな断言。
胸が強く打つ。
「吸収……」
「ええ」
彼は続ける。
「通常、守護の術式は外へ広がります」
水晶板に淡い光が広がる。
「ですがこれは」
赤い糸が、私から外へ伸びる。
「流出です」
流出。
喉が震える。
「……どこへ」
彼は目を閉じる。
指先で空気をなぞる。
しばらく沈黙。
暖炉が小さく弾ける。
「距離は遠くない」
「遠くない……」
「城の方向です」
心臓が跳ねる。
「……二人、います」
その言葉で、空気が凍る。
「二人」
声がひどく小さい。
「一人は強い光を持つ者」
思い浮かぶのは、金色の輝き。
涙ぐむ聖女。
「もう一人は」
彼は目を開ける。
「契約主」
手が震える。
「契約……」
「これは、祝福ではない」
彼ははっきり言う。
「契約型吸収術式です」
言葉が、胸を刺す。
婚約の日。
指輪と一緒に贈られた。
あの冷たい金具。
「……騙された」
ようやく、声になる。
彼は否定も肯定もしない。
ただ、真実を示す。
「見てください」
水晶板に、薄い傷のような跡が映る。
「これは、長期吸収の痕跡です」
私の魔力の流れが、削れている。
抉られた川のように。
「いつから……」
「少なくとも、婚約の日から」
頭が真っ白になる。
あの日。
祝福の拍手。
「守るためだよ」
あの声。
胸が痛む。
「私は……」
言葉が崩れる。
「私は、利用されていたのですか」
彼は静かに答える。
「はい」
優しく、しかし曖昧にしない。
涙が落ちる。
ぽたり、と膝に。
「努力が足りないのではなかった」
その言葉は、自分への確認だった。
「あなたは、削られていただけです」
暖炉の火が揺れる。
その音が、現実をつなぎ止める。
「なぜ……」
喉が痛い。
「なぜ、私だったのですか」
彼は首輪を軽く叩く。
「あなたの魔力量が異常だからです」
「異常……」
「城で測定された数値は、真実ではない」
水晶板に、わずかな光が映る。
「これは、あなたの本来の流れ」
淡い、しかし強い光。
それは、私の胸の奥と同じ温度をしている。
「強い……」
思わず呟く。
「ええ」
彼ははっきり言う。
「あなたは、本来、非常に強い」
胸の奥で、何かが震える。
城で言われ続けた言葉。
ゼロ。
無能。
期待していない。
すべてが、崩れていく。
「聖女は」
私は震える声で問う。
「本当に、聖女なのですか」
彼はしばらく黙る。
そして言う。
「光は、持ち主のものとは限りません」
静かな言葉。
けれど、決定的だった。
「……奪っているのですか」
「あなたの魔力が流れている以上、可能性は高い」
首輪が、わずかに熱を持つ。
反応している。
「やめて」
思わず掴む。
彼の手がそっと重なる。
「今は大丈夫」
その声は低い。
「ここでは、流れが弱まっている」
森の魔力が干渉しているのか。
赤い糸は、かすかに揺れるだけだ。
「壊せますか」
震える声。
「可能です」
彼は真っ直ぐに言う。
「ただし」
「ただし?」
「あなたの本来の魔力が戻った瞬間、
城は異変に気づきます」
心臓が強く打つ。
「それでも」
私は言う。
声は震えている。
けれど、はっきりと。
「それでも、壊してください」
暖炉の火が強く弾ける。
彼はゆっくりと頷く。
「準備を始めましょう」
その言葉で、胸の奥に灯りがともる。
まだ小さい。
けれど確かな光。
赤い宝石は、今も脈打っている。
けれどもう、ただ奪われるだけではない。
私は初めて知った。
削られていたのは、私の弱さではない。
奪われていたのだ。
そして――
取り戻せる。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる