『手取り18万のパスポート —定年退職、逆襲のラグジュアリー—』

かおるこ

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第4話:ポイ活は剣よりも強し

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第4話:ポイ活は剣よりも強し

「……重い」

健一は、財布を持ち上げて眉をひそめた。

ずしり。

革の財布は、まるで文鎮のようだった。
開くと、色とりどりのカードがぎっしりと詰まっている。
スーパー、ドラッグストア、家電量販店、ガソリンスタンド、そして航空会社のマイレージカード。

「それ、凶器になるわよ」

美津子が笑う。

「ポイ活は武器だろ」

健一は、カードを一枚抜き取る。

ピカリと光る銀色のマイルカード。
指先に、冷たいプラスチックの感触。

「今日はいくら貯まったの?」

「待て」

健一はスマホを取り出す。
アプリを開く。
数字が並ぶ。

「スーパーで三百二十ポイント」

「少ないわね」

「いや、侮るな。月一万の食費で還元率一%なら百ポイントだ。三百二十は上出来だ」

美津子は肩をすくめる。

「主婦はね、もっと貯めるのよ」

「だから聞いてるんだろ」

午後のスーパー。
魚売り場の匂いが鼻をくすぐる。
床は少し湿っていて、カートの車輪がキュルキュル鳴る。

健一は、値札とスマホを交互に見る。

「今日はポイント五倍デー」

「卵、買う?」

「まだある」

「でも五倍よ」

健一は、一瞬考え、カゴに入れる。

「戦だな」

「なんの」

「五倍を逃すな」

レジで、カードを差し出す。

「ポイントカードお持ちですか?」

若い店員の声。

健一は、すっとカードを出す。

「こちらで」

ピッ。

その音が、やけに気持ちいい。

(加算された)

胸の奥が、ちり、と温かくなる。

帰り道、商店街のパン屋から甘い匂いが漂う。

「買う?」

美津子が言う。

健一は、首を振る。

「今日は我慢」

「えらいわね」

「パンはポイント付かない」

「そこ?」

二人で笑う。

夜。

テーブルの上に、家計簿とスマホを並べる。

「電気代、クレカ払いに変更完了」

健一が言う。

「水道も?」

「明日手続きする」

「ガスは?」

「ポイント付く会社に切り替える」

美津子は、じっと健一を見つめる。

「あなた、変わったわね」

「なにが」

「昔は現金派だったじゃない」

健一は、少し照れくさそうに笑う。

「十八万を増やす方法は、増やすしかない」

「節約じゃなくて?」

「ポイントは“稼ぎ”だ」

スマホの画面に、合計ポイントが表示される。

「今月、二千四百ポイント」

「いくら相当?」

「ほぼ二千四百円」

美津子が目を丸くする。

「外食一回分じゃない」

健一は、にやりとする。

「パン三回分だ」

翌日。

近所の公園で、主婦たちが井戸端会議をしている。

健一は、散歩の途中で立ち止まる。

「健一さん」

と、声をかけられる。

「最近、カード何枚も出してるでしょ」

「見てたのか」

「すごいスピードよ」

健一は、少し誇らしげに財布を取り出す。

「用途別だ」

「教えてくれない?」

主婦の一人が身を乗り出す。

健一は咳払いをする。

「まず、還元率を見る」

「還元率?」

「一%か、二%か」

「そんな違うの?」

「違う。年十万円使えば千円か二千円かだ」

主婦たちが、ほお、と感嘆の声を上げる。

「光熱費もカード払いにする」

「ええー」

「全部、旅行資金になる」

「すごい……」

健一は、ほんの少し胸を張る。

「目標は、マイルで航空券」

「無料で?」

「完全無料は難しいが、半額はいける」

主婦の一人が言う。

「ポイ活の師匠ね」

健一は、思わず吹き出した。

「師匠か」

「教えて、師匠」

健一の耳が、わずかに赤くなる。

夕方。

家に戻ると、美津子がキッチンで煮物をかき混ぜている。

出汁の香りが、柔らかく漂う。

「今日、何て呼ばれたと思う」

「なに?」

「ポイ活の師匠」

美津子が、声を立てて笑う。

「似合わないわね」

「失礼だな」

健一は、スマホを見せる。

「見ろ。三千ポイント超えた」

美津子は、じっと画面を見る。

「数字が増えるの、気持ちいい?」

健一は、少し考えてから答える。

「うん」

「なんで?」

「消えた四万の穴が、少し埋まる気がする」

美津子の手が止まる。

「……健一さん」

「なんだ」

「四万は戻らないけど、私たちの工夫は戻るわね」

健一は、静かにうなずく。

財布は、相変わらず重い。

カードでパンパンだ。

だが、その重みはもう恥ではない。

武器だ。

「ポイ活は剣よりも強し、だな」

「また大げさな」

「いや、本気だ」

健一は、カードを一枚取り出す。

光を受けて、表面がきらりと光る。

「この小さな一枚が、空に近づけてくれる」

美津子が、ふっと笑う。

「じゃあ、次は何ポイント?」

健一は、指を立てる。

「一万」

「大きく出たわね」

「戦は続く」

窓の外で、夕暮れがゆっくり色を変える。

十八万は変わらない。

だが、ポイントは増えている。

小さな数字の積み重ねが、やがて翼になると信じて。

健一は、今日もレシートを丁寧にたたんだ。

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