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第8話:18万円の「ゴールデンルート」完成
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第8話:18万円の「ゴールデンルート」完成
「……できた」
健一は、ゆっくりと息を吐いた。
リビングのテーブルには、ノート、電卓、スマホ、レシートの束。
まるで小さな作戦司令室だ。
「本当に?」
美津子が、湯気の立つ緑茶を置く。
湯呑みの縁から立ちのぼる香りが、張り詰めた空気を少しだけ柔らげる。
「見ろ」
健一は、ノートをくるりと回して見せた。
《ダナン・5泊6日》
飛行機:LCC深夜便往復 62,400円(二人分)
宿泊:アパートメントホテル4泊 38,000円
五つ星ホテル1泊 19,800円
現地交通・食費・雑費予算 40,000円
予備費 10,000円
「合計……」
美津子が電卓を叩く。
カチカチカチ。
「170,200円」
「残りは?」
「約一万円」
健一は、にやりと笑う。
「バッファだ」
「あなた、本当に経理部長だったのね」
「元な」
窓の外では、秋の風がカーテンを揺らしている。
湿り気を帯びた夜の匂いが、少しだけ入り込む。
「深夜便、きつくない?」
美津子が言う。
「23時55分発」
「空港に何時?」
「21時」
「眠れる?」
「空港で寝る」
「……本気で言ってる?」
健一は、少し考える。
「いや、最初の一晩は空港近くのカプセルホテルだ」
「え?」
「五千円」
美津子が吹き出す。
「完璧じゃない」
「ゴールデンルートだ」
「何がゴールデンなの」
健一は、指でノートを叩く。
「メリハリだ」
「メリハリ?」
「四泊はアパートメントホテル」
「キッチン付き?」
「そうだ。朝は市場で買ってくる」
「フォー三百円?」
「三百円」
美津子の目が、きらりと光る。
「でも一晩だけ」
健一は、声を落とす。
「五つ星ホテル」
「ルーフトップバー?」
「予約済み」
その一言に、美津子の頬がわずかに赤くなる。
「夜景、綺麗かな」
「写真で見た。海と街の灯り」
「ドレスいる?」
「持っていくか」
「7キロ制限よ」
「軽いのにしろ」
二人で笑う。
スマホの画面には、予約完了メール。
「本当に行くのね」
美津子が、小さくつぶやく。
健一は、深くうなずく。
「十八万でな」
その言葉が、部屋の空気を少しだけ震わせる。
「あなた」
「なんだ」
「ここまで来たわね」
健一は、指先で通帳をなぞる。
あの「180,000」の数字。
悔しかった夜。
修繕費。
シルバー人材センターの三千円。
すべてが、ここに繋がっている。
「王様ルートだ」
「どこが王様?」
「屋台で食べて」
「汗だくになって」
「でも最後の夜は」
健一は、少しだけ誇らしげに言う。
「シャンパンだ」
「ビールじゃないの?」
「一杯だけ、シャンパン」
美津子が、声を立てて笑う。
「贅沢」
「贅沢は一点集中」
ノートの紙が、指にざらりと触れる。
インクの匂いが、まだ微かに残っている。
「市場も行く?」
「朝一番」
「スパは?」
「割引クーポンある」
「あなた、本当に抜かりないわね」
健一は、少し照れくさそうに肩をすくめる。
「怖かったからな」
「何が?」
「また消えるのが」
美津子は、健一の手にそっと触れる。
その手は、少し硬いが、温かい。
「今回は消えないわよ」
「なぜ」
「二人で作ったから」
その言葉に、健一の胸が静かに熱くなる。
夜が深まる。
電気を消し、リビングに薄暗い影が落ちる。
「想像してみろ」
健一が言う。
「何を?」
「最初の夜。深夜便でぐったりして、でも着いた瞬間、湿った南国の空気」
「バイクの音」
「屋台の匂い」
「香草の香り」
「そして最終夜」
「高い場所から見る海」
「グラスの中の泡」
二人の声が、闇の中で交差する。
ゴールデンルート。
それは、金額のことではない。
削るところは削り、
残すところは残す。
「十八万リアル予算プラン」
健一が、ゆっくりと言う。
「完成だ」
美津子は、うなずく。
「動き出したわね」
外で、遠くの電車が走る音。
健一は、目を閉じる。
ザァ……と、波の音が聞こえた気がした。
十八万は、もうただの数字ではない。
それは、二人の知恵と、意地と、少しの贅沢が詰まった地図。
「ダナン、待ってろ」
健一が、小さくつぶやく。
「はい、王様」
美津子の笑い声が、夜に溶けた。
「……できた」
健一は、ゆっくりと息を吐いた。
リビングのテーブルには、ノート、電卓、スマホ、レシートの束。
まるで小さな作戦司令室だ。
「本当に?」
美津子が、湯気の立つ緑茶を置く。
湯呑みの縁から立ちのぼる香りが、張り詰めた空気を少しだけ柔らげる。
「見ろ」
健一は、ノートをくるりと回して見せた。
《ダナン・5泊6日》
飛行機:LCC深夜便往復 62,400円(二人分)
宿泊:アパートメントホテル4泊 38,000円
五つ星ホテル1泊 19,800円
現地交通・食費・雑費予算 40,000円
予備費 10,000円
「合計……」
美津子が電卓を叩く。
カチカチカチ。
「170,200円」
「残りは?」
「約一万円」
健一は、にやりと笑う。
「バッファだ」
「あなた、本当に経理部長だったのね」
「元な」
窓の外では、秋の風がカーテンを揺らしている。
湿り気を帯びた夜の匂いが、少しだけ入り込む。
「深夜便、きつくない?」
美津子が言う。
「23時55分発」
「空港に何時?」
「21時」
「眠れる?」
「空港で寝る」
「……本気で言ってる?」
健一は、少し考える。
「いや、最初の一晩は空港近くのカプセルホテルだ」
「え?」
「五千円」
美津子が吹き出す。
「完璧じゃない」
「ゴールデンルートだ」
「何がゴールデンなの」
健一は、指でノートを叩く。
「メリハリだ」
「メリハリ?」
「四泊はアパートメントホテル」
「キッチン付き?」
「そうだ。朝は市場で買ってくる」
「フォー三百円?」
「三百円」
美津子の目が、きらりと光る。
「でも一晩だけ」
健一は、声を落とす。
「五つ星ホテル」
「ルーフトップバー?」
「予約済み」
その一言に、美津子の頬がわずかに赤くなる。
「夜景、綺麗かな」
「写真で見た。海と街の灯り」
「ドレスいる?」
「持っていくか」
「7キロ制限よ」
「軽いのにしろ」
二人で笑う。
スマホの画面には、予約完了メール。
「本当に行くのね」
美津子が、小さくつぶやく。
健一は、深くうなずく。
「十八万でな」
その言葉が、部屋の空気を少しだけ震わせる。
「あなた」
「なんだ」
「ここまで来たわね」
健一は、指先で通帳をなぞる。
あの「180,000」の数字。
悔しかった夜。
修繕費。
シルバー人材センターの三千円。
すべてが、ここに繋がっている。
「王様ルートだ」
「どこが王様?」
「屋台で食べて」
「汗だくになって」
「でも最後の夜は」
健一は、少しだけ誇らしげに言う。
「シャンパンだ」
「ビールじゃないの?」
「一杯だけ、シャンパン」
美津子が、声を立てて笑う。
「贅沢」
「贅沢は一点集中」
ノートの紙が、指にざらりと触れる。
インクの匂いが、まだ微かに残っている。
「市場も行く?」
「朝一番」
「スパは?」
「割引クーポンある」
「あなた、本当に抜かりないわね」
健一は、少し照れくさそうに肩をすくめる。
「怖かったからな」
「何が?」
「また消えるのが」
美津子は、健一の手にそっと触れる。
その手は、少し硬いが、温かい。
「今回は消えないわよ」
「なぜ」
「二人で作ったから」
その言葉に、健一の胸が静かに熱くなる。
夜が深まる。
電気を消し、リビングに薄暗い影が落ちる。
「想像してみろ」
健一が言う。
「何を?」
「最初の夜。深夜便でぐったりして、でも着いた瞬間、湿った南国の空気」
「バイクの音」
「屋台の匂い」
「香草の香り」
「そして最終夜」
「高い場所から見る海」
「グラスの中の泡」
二人の声が、闇の中で交差する。
ゴールデンルート。
それは、金額のことではない。
削るところは削り、
残すところは残す。
「十八万リアル予算プラン」
健一が、ゆっくりと言う。
「完成だ」
美津子は、うなずく。
「動き出したわね」
外で、遠くの電車が走る音。
健一は、目を閉じる。
ザァ……と、波の音が聞こえた気がした。
十八万は、もうただの数字ではない。
それは、二人の知恵と、意地と、少しの贅沢が詰まった地図。
「ダナン、待ってろ」
健一が、小さくつぶやく。
「はい、王様」
美津子の笑い声が、夜に溶けた。
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