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さぁ、はじめようか
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「はぁ~~~~」
長い溜息をつく。
「リディア様、これで準備は整いました、参りましょう」
イザークに身支度を整えてもらっていたリディアは浮かない顔をして腰を上げる。
「大丈夫でございますよ、リディア様の中で確かに魔力を感じます、それを上手く出せるようにさえなれば、すぐにきっと上達なさいます」
「‥‥ええ、ありがとう」
「!」
気を使ってくれるイザークへの感謝の言葉を述べたリディア。
それに対して少し驚いたように見ると、すぐに表情を戻し手を差し伸べた。
今日はこれから施設内見学にいく事になった。
明日から始まる講習に参加する。
その前に見学をしておくことになったのだ。
(そんな事よりもよ‥‥)
リディアはぐったりした表情で部屋を出る。
この意気消沈なムードの原因は、イザークに頼んで付き合ってもらった魔法の訓練にあった。
さっさと魔法を使えるようになりたいと思ったリディアは、魔法を見事に使いこなすイザークに教えをこいた。
初めは簡単な生活魔法からということで教えてもらった通りにしたが、どんなにしても魔法は発動しない。
火も水も風も土もと色々試してみたが、全くうんともすんとも言わない。
ヘロヘロに倒れるまでやっては見たが、全く魔法は発動しなかった。
「こちらを通って、あちらが講習を受けるお部屋になります」
イザークに案内されるまま疲れた面持ちで辺りを見渡す。
城の一角であり、また聖女試験の施設だけあって豪華で優美だ。
(ああぁ、目の保養になるなぁ~)
施設内の庭園は女性の聖女候補生のために特別に作られたと説明にあっただけに、色とりどりの花が咲き乱れ庭師の意気込みを感じられるほどに見事なものだった。
「そろそろ歩き疲れた事でしょう、あちらでお茶にしましょう」
見ると庭園の中央には幾つかの東屋があった。
聖女候補生の息抜きの場として設けられているという事らしい。
イザークの説明を聞きながら東屋に近づく。
説明をしていたイザークの足がふと止まる。
「…、リディア様、こちらでと言いましたが、室内での休憩に変更致しましょう」
「?」
どうしたのかと不思議にイザークを見、そして行こうとした東屋の方を見る。
その瞳が大きく見開く。
(あ、あれは‥‥っっもしやっっ)
庭園の花の向こうに黒い短髪の頭部が見える。
「り、リディア様っ」
思わずその男が誰かを確認したくて近づけば、頭部だけでなく筋肉で引き締まった大きな図体が見えてきた。
そして…
(ああああっっあれは!!オズ様!!!)
見間違う筈がない。
ゲームの内容はどうあれ、一目惚れした攻略男子。このキャラのために高い金を払ったのだ。
実はリディアのダントツ好みが体格差カップリングだった。
リディアとオズの体格差はまさに涎が止まらぬほどの最大級萌えなのだ。
その二人のスチルが見たくてこの乙女ゲームを買ったと言っても過言ではない。
(乙女ゲームのガタイがしっかりキャラは貴重なのよっっ)
こぶしを握り締める。
乙女ゲームに限らず恋愛もの系の男キャラはマッチョ系でも殆どが細マッチョだ。
長身細マッチョと低身長の体格差カップリングは五万とある。
しかし、少年漫画のようにデカデカマッチョまではいかなくても、ちゃんとしっかりとした体格で描かれた長身マッチョだけでも乙女ゲームでは稀だ。しかも主人公はお花畑だけに低身長で華奢タイプ。リディアの理想とした体格差カップリングなのだ。
しかもだ。しかも、このオズ様はリディアの一番好み黒髪黒目まで兼ね備えたこれで一目惚れせぬはずがない程にドンピシャキャラだった。
(リアルオズもやはりカッコいいー♪ああ、動いてる、動いているよっっ)
この瞬間、この世界も悪くないと思えてしまう程に恰好よくて見惚れる。
(逃げるのも良かったけど、オズ様を見れたと思えば、これはこれでよかったかも)
現金なリディアがそこに居た。
(まぁ、でもこのキャラも攻略チョロかったよなー、スチルは良かったけど…)
「あらー、ハンカチを落としてしまったわ」
興奮に鼻息を荒くしていたリディアの耳にわざとらしい女の声が飛び込んでくる。
声の方向を見ると、如何にも悪役令嬢といった感じの女が、でんと偉そうに足を組み優雅に椅子に腰かけていた。
「何をしているの?早く拾いなさい」
女の言葉にオズが睨みながらもハンカチを手で拾おうとして屈む。
「やだ、手ではなくてよ?あなたは私の下僕でしょ?人ではないのだから口で拾いなさい、口で」
「!」
キッと鋭い眼で女を睨みつける。
(おおおおっっ、これは大いに萌えたオズ屈辱シーン!)
ここで大いに萌えるとは、流石クズ趣向の持ち主リディアである。
前にも言ったが甘甘から鬼畜までどーんと来いなプレイ趣向はオールマイティなのだ。
この非道な光景を目をキラキラさせてガン見する。
「私にそんな顔していいのかしら?」
「‥‥」
しばらく女性を睨むように見つめると、ゆっくりと膝を地面につける。
「早くしなさい」
周りで見ている他の聖女候補生達、そしてその執事やメイドたちが口を隠しクスクス笑う。
屈辱の的となりながらデカい図体を屈め躊躇いがちに地面に顔を近づけるとハンカチを口で拾う。
(ん?ここは羞恥と怒りで少し頬を染めてたはずだけど… 日差しの加減かしら?)
最初のスチルで穴が開くほどに見て萌えまくったのだ。脳裏にしっかりと覚えていた。
それとは少し違う違和感を覚える。
そんなリディアの前で口にハンカチを咥えたままオズが立ち上がる。
そしてそれを差し出そうとしたら、プイっと顔を背け汚い者でも見るように蔑んだ目を向けた。
「そんな下僕が口に付けたモノなんかいらないわ、汚らわしい」
更に周りがクスクスと笑い声を上げる。
女をただじっと見つめ降ろすオズ。
(はぁあぁああああっっ、いいわぁっっあの瞳で睨まれたいっっヤバいっ萌えるわーっっ)
「り、リディア様っっ」
思わずもっと表情を近くで見たい欲求が無意識に足を歩ませていた。
「誰?」
そこで私達に気づいた偉そうな女がこちらを見る。
その横で立っていたオズも振り向いたその瞳が大きく見開き一瞬固まるもすぐにこちらを睨み見る。
(はぁあああ~睨んだだけでこの迫力っっはぁああぁ堪らん~~~)
「り、リディア様、あの方が王妃のご息女、レティシア様です、そしてその図体のデカい方はオズワルド様で、レティシア様の警護をなさっておられる方です」
イザークが耳元で囁く。
その名前に「ん?」と首を傾げる。
(あれ?オズワルドだったっけ?)
オズ様といつも呼んでいたので一目惚れキャラだというのに正式名称をすっかり忘れてしまっている平常運転のポンコツぶりなリディアだった。
そんな事を考えている中、女性たちの悲鳴が上がる。
「きゃーっっ魔物よっ!!」
聖女候補たちが執事やメイドたちの後ろへ下がる。
皆の眼はリディアの後ろに立つイザークに集中していた。
「あれって開会式の時に居た…」
「どうして魔物がこの聖女試験の執事に?」
「王は何をお考えなのか…」
「気味の悪い…」
ボソボソとギャラリーが小声で口々にイザークを非難する言葉を発する中、気丈で厭味ったらしい声が響き渡った。
「あら?また下僕が一匹増えましたわ」
その言葉にギャラリーが私達の方を見て一瞬怯えるもクスクスと笑い出す。
イザークが顔を背ける。
「すみません、リディア様」
自分のせいでリディアに不快な思いをさせたと思ったイザークが謝罪の言葉を口にする。
(そう言えば、定番設定忘れてたわ、この容姿で嫌がられ虐められてたのよね)
「という事は、あなたが偽聖女のリディア・ぺルグランね」
全員が蔑んだ目で自分達を睨みつける。
(なるほど、ここでは私は偽聖女で皆この悪役令嬢派ね、やはりよくあるパターンだわ)
主人公が悪役令嬢や周りの者にいじめられるのはド定番のお約束だ。
「ああ、私としたことが、私の一流執事デルフィーノの従兄であったわね」
ざわざわとまた周りが騒ぎ始める。
「あの紅い眼の魔物かもしれぬものがローズ家の?」
「うわさに聞いたことがある…、ローズ家に呪われた子が生まれたと…」
「私が聞いたのは魔物が王に仕えるローズ家に魔物の子を産ませたってきいたぞ?」
「じゃ、やはりアレは魔物?」
「王に呪いが掛かってはいけないと、鎖に繋がれ幽閉されているとも聞いたぞ?」
「どうしてこんな所に…」
そんなざわめきの中、一人の男が上品にスッと一歩前に出る。
皆がその男に注目する。
この上品な身のこなし、そして皆が注目するという事はこの男がイザークの従弟デルフィーノだとリディアはすぐに理解した。
レティシアの前へ一歩出た王宮執事デルフィーノが蔑んだ眼差しでイザークを睨み見る。
「心配には及びません、紅い眼は魔物の眼、代々王家に仕える伝統あるローズ家にあのようなモノが我がローズ家の血が流れているなどあり得ません、アレは魔物が悪戯に子を産ませたのです、王家にそしてローズ家に呪いが掛からぬよう仕方なく殺さずに飼ってはいたのですが、殿下のいつものお戯れで表に出てきてしまったようです、ですが大丈夫です、この魔物は臆病にございます、それにローズ家で厳しくしつけておりますゆえ、人には近づくことはありません」
またざわめき出す。
「殿下が…」
「またあの殿下は…、本当にお戯れが過ぎる」
「国王代理になり図に乗っているのではないか?」
「いや、もしかしたら全実権を握ろうとして…」
「あのお騒がせで虚け者の殿下がか?」
「虚け者だから国王代理になって自分に力があると勘違いなさったんじゃ―――」
「しーっっ、王家のいる前ですよっ」
(ふーん、なるほど…)
耳をダンボにして聞いていたリディアは、状況を見守るように黙って淑女のように突っ立つ。
一通りのざわめきが済んだ後、レティシアが声を上げる。
「そう…アレは、魔物なの」
わざとらしく答えると、扇子で隠された口元をニヤ―っと引き上げた。
「ではアレは下僕以下かしら?」
レティシアの言葉に先ほどの続きだと気づいたギャラリーがデルフィーノの言葉に自分たちに危害がないと安心したのか、また小さくクスクスと笑い出す。
イザークが苦い顔をして俯く。
「でも偽聖女にはお似合いね、偽聖女と魔物執事、ぴったりな組み合わせだわ」
堪らないというようにドッと笑いが起きる。
「本当にお似合いですわ」
「偽聖女は心も穢れているから一緒に居ても呪われないのかしら?」
「いっそのこと呪われて聖女試験から外されればよろしいですのに」
「汚らわしい空気がこの神聖な場所を穢してしまいますわ」
「私も呪われたらと怖くて試験に集中できませんことよ」
口々に今度はリディアを標的に避難し始める。
「っ‥‥私のせいで…申し訳ありません」
自分だけでなく自分のせいでリディアまで悪く言われた事に悲痛な面持ちで胸をギュッと握りしめ謝罪を口にするイザーク。
「男爵と伺っていますがそれも嘘かもしれませんわね、平民用の住まいでこうして平然とされているなんて」
ギャラリーの一人が恐縮するイザークに痩せ細った大人しいリディアを見て強気な口調となる。それに釣られ他のギャラリーも更にレティシアを喜ばせるように煽りだした。
「あら?魔物なら人の住まいも必要ないのでは?」
「そうよね、ふふ、豚小屋でもいいんじゃないかしら?確か施設の隅に動物小屋があるとお聞きしましたわ」
「豚小屋でもダメよ、だって魔物でしょ?豚が怖がってしまいますわ」
「それにリディア嬢は人でしょ?」
「心が穢れているから、どこでも大丈夫なんじゃないかしら?」
「いいえ、もしかしたらリディア嬢も姿を変えた魔物かもしれませんわぁ、だってあんな魔物執事といられるなんて、聖女どころか人でないかもしれませんわ」
「きゃー怖い、近くに居るだけで私まで呪われてしまいそう」
皆の目がリディア達を見て嘲笑う。
「あら?まだいらしたの?ここは人間が集う場所よ?さっさと巣へお帰りなさい」
レティシアが止めを刺す言葉を吐く。
どっかへ行けと言う様にギャラリーも二人を睨みつける。
笑い声も止まりシーンと辺りは静まり返る。
「リディア様、行きましょう…」
イザークが眉を悲痛に歪ませリディアに声を掛ける。
「ふっ」
不意に淑女の様に突っ立っていたリディアが聖女のようなその顔で小さく吹く。
「何を笑っているの?気でも狂ったのかしら?」
レティシアが気に食わないと不機嫌な口調になる。
「リディア様、さぁ、こちらへ」
「イザーク」
ちょいちょいと人差し指を動かす。
「?」
イザークは首を傾げ何かと顔を近づけた瞬間、ぐいっと襟元を掴み引き寄せる。
「え…」
「「「「「「!」」」」」」
皆が驚き眼を見開く。
その見開く目の先に、イザークのその深紅の瞳に口付けるリディアがいた。
「あらやだ私ったらー、宝石の様にーあまりに美しくてー、ついうっかりキスしちゃったわー」
完全に棒読みで言葉にするリディア。
そうしてくるりとレティシアを見る。
「お茶の席を邪魔してしまい申し訳ございません、私達は去りますのでお茶をごゆるりお楽しみください」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「ああ、それと」
ぺこりと下げた頭を上げる。
「ついうっかり呪われちゃったので私にお近づきにならないようお気を付けくださいませ」
ニッコリ聖女の笑みを浮かべるとくるりと背を向けた。
「さ、イザーク、行きましょう」
「‥‥、は、はいっ」
皆が唖然としている中、優雅にゆっくりと厭味ったらしくその場を立ち去って見せる。
これじゃぁ、どちらが悪役令嬢だという感じに、厭味ったらしく優雅に去っていく。
東屋から随分離れた所で背後でキーっという甲高い声が聞こえた。
(悪役令嬢、いいわー♪ご馳走様っす!)
リディアは悪役令嬢の場面を味わい尽くし満足気に庭園を後にした。
長い溜息をつく。
「リディア様、これで準備は整いました、参りましょう」
イザークに身支度を整えてもらっていたリディアは浮かない顔をして腰を上げる。
「大丈夫でございますよ、リディア様の中で確かに魔力を感じます、それを上手く出せるようにさえなれば、すぐにきっと上達なさいます」
「‥‥ええ、ありがとう」
「!」
気を使ってくれるイザークへの感謝の言葉を述べたリディア。
それに対して少し驚いたように見ると、すぐに表情を戻し手を差し伸べた。
今日はこれから施設内見学にいく事になった。
明日から始まる講習に参加する。
その前に見学をしておくことになったのだ。
(そんな事よりもよ‥‥)
リディアはぐったりした表情で部屋を出る。
この意気消沈なムードの原因は、イザークに頼んで付き合ってもらった魔法の訓練にあった。
さっさと魔法を使えるようになりたいと思ったリディアは、魔法を見事に使いこなすイザークに教えをこいた。
初めは簡単な生活魔法からということで教えてもらった通りにしたが、どんなにしても魔法は発動しない。
火も水も風も土もと色々試してみたが、全くうんともすんとも言わない。
ヘロヘロに倒れるまでやっては見たが、全く魔法は発動しなかった。
「こちらを通って、あちらが講習を受けるお部屋になります」
イザークに案内されるまま疲れた面持ちで辺りを見渡す。
城の一角であり、また聖女試験の施設だけあって豪華で優美だ。
(ああぁ、目の保養になるなぁ~)
施設内の庭園は女性の聖女候補生のために特別に作られたと説明にあっただけに、色とりどりの花が咲き乱れ庭師の意気込みを感じられるほどに見事なものだった。
「そろそろ歩き疲れた事でしょう、あちらでお茶にしましょう」
見ると庭園の中央には幾つかの東屋があった。
聖女候補生の息抜きの場として設けられているという事らしい。
イザークの説明を聞きながら東屋に近づく。
説明をしていたイザークの足がふと止まる。
「…、リディア様、こちらでと言いましたが、室内での休憩に変更致しましょう」
「?」
どうしたのかと不思議にイザークを見、そして行こうとした東屋の方を見る。
その瞳が大きく見開く。
(あ、あれは‥‥っっもしやっっ)
庭園の花の向こうに黒い短髪の頭部が見える。
「り、リディア様っ」
思わずその男が誰かを確認したくて近づけば、頭部だけでなく筋肉で引き締まった大きな図体が見えてきた。
そして…
(ああああっっあれは!!オズ様!!!)
見間違う筈がない。
ゲームの内容はどうあれ、一目惚れした攻略男子。このキャラのために高い金を払ったのだ。
実はリディアのダントツ好みが体格差カップリングだった。
リディアとオズの体格差はまさに涎が止まらぬほどの最大級萌えなのだ。
その二人のスチルが見たくてこの乙女ゲームを買ったと言っても過言ではない。
(乙女ゲームのガタイがしっかりキャラは貴重なのよっっ)
こぶしを握り締める。
乙女ゲームに限らず恋愛もの系の男キャラはマッチョ系でも殆どが細マッチョだ。
長身細マッチョと低身長の体格差カップリングは五万とある。
しかし、少年漫画のようにデカデカマッチョまではいかなくても、ちゃんとしっかりとした体格で描かれた長身マッチョだけでも乙女ゲームでは稀だ。しかも主人公はお花畑だけに低身長で華奢タイプ。リディアの理想とした体格差カップリングなのだ。
しかもだ。しかも、このオズ様はリディアの一番好み黒髪黒目まで兼ね備えたこれで一目惚れせぬはずがない程にドンピシャキャラだった。
(リアルオズもやはりカッコいいー♪ああ、動いてる、動いているよっっ)
この瞬間、この世界も悪くないと思えてしまう程に恰好よくて見惚れる。
(逃げるのも良かったけど、オズ様を見れたと思えば、これはこれでよかったかも)
現金なリディアがそこに居た。
(まぁ、でもこのキャラも攻略チョロかったよなー、スチルは良かったけど…)
「あらー、ハンカチを落としてしまったわ」
興奮に鼻息を荒くしていたリディアの耳にわざとらしい女の声が飛び込んでくる。
声の方向を見ると、如何にも悪役令嬢といった感じの女が、でんと偉そうに足を組み優雅に椅子に腰かけていた。
「何をしているの?早く拾いなさい」
女の言葉にオズが睨みながらもハンカチを手で拾おうとして屈む。
「やだ、手ではなくてよ?あなたは私の下僕でしょ?人ではないのだから口で拾いなさい、口で」
「!」
キッと鋭い眼で女を睨みつける。
(おおおおっっ、これは大いに萌えたオズ屈辱シーン!)
ここで大いに萌えるとは、流石クズ趣向の持ち主リディアである。
前にも言ったが甘甘から鬼畜までどーんと来いなプレイ趣向はオールマイティなのだ。
この非道な光景を目をキラキラさせてガン見する。
「私にそんな顔していいのかしら?」
「‥‥」
しばらく女性を睨むように見つめると、ゆっくりと膝を地面につける。
「早くしなさい」
周りで見ている他の聖女候補生達、そしてその執事やメイドたちが口を隠しクスクス笑う。
屈辱の的となりながらデカい図体を屈め躊躇いがちに地面に顔を近づけるとハンカチを口で拾う。
(ん?ここは羞恥と怒りで少し頬を染めてたはずだけど… 日差しの加減かしら?)
最初のスチルで穴が開くほどに見て萌えまくったのだ。脳裏にしっかりと覚えていた。
それとは少し違う違和感を覚える。
そんなリディアの前で口にハンカチを咥えたままオズが立ち上がる。
そしてそれを差し出そうとしたら、プイっと顔を背け汚い者でも見るように蔑んだ目を向けた。
「そんな下僕が口に付けたモノなんかいらないわ、汚らわしい」
更に周りがクスクスと笑い声を上げる。
女をただじっと見つめ降ろすオズ。
(はぁあぁああああっっ、いいわぁっっあの瞳で睨まれたいっっヤバいっ萌えるわーっっ)
「り、リディア様っっ」
思わずもっと表情を近くで見たい欲求が無意識に足を歩ませていた。
「誰?」
そこで私達に気づいた偉そうな女がこちらを見る。
その横で立っていたオズも振り向いたその瞳が大きく見開き一瞬固まるもすぐにこちらを睨み見る。
(はぁあああ~睨んだだけでこの迫力っっはぁああぁ堪らん~~~)
「り、リディア様、あの方が王妃のご息女、レティシア様です、そしてその図体のデカい方はオズワルド様で、レティシア様の警護をなさっておられる方です」
イザークが耳元で囁く。
その名前に「ん?」と首を傾げる。
(あれ?オズワルドだったっけ?)
オズ様といつも呼んでいたので一目惚れキャラだというのに正式名称をすっかり忘れてしまっている平常運転のポンコツぶりなリディアだった。
そんな事を考えている中、女性たちの悲鳴が上がる。
「きゃーっっ魔物よっ!!」
聖女候補たちが執事やメイドたちの後ろへ下がる。
皆の眼はリディアの後ろに立つイザークに集中していた。
「あれって開会式の時に居た…」
「どうして魔物がこの聖女試験の執事に?」
「王は何をお考えなのか…」
「気味の悪い…」
ボソボソとギャラリーが小声で口々にイザークを非難する言葉を発する中、気丈で厭味ったらしい声が響き渡った。
「あら?また下僕が一匹増えましたわ」
その言葉にギャラリーが私達の方を見て一瞬怯えるもクスクスと笑い出す。
イザークが顔を背ける。
「すみません、リディア様」
自分のせいでリディアに不快な思いをさせたと思ったイザークが謝罪の言葉を口にする。
(そう言えば、定番設定忘れてたわ、この容姿で嫌がられ虐められてたのよね)
「という事は、あなたが偽聖女のリディア・ぺルグランね」
全員が蔑んだ目で自分達を睨みつける。
(なるほど、ここでは私は偽聖女で皆この悪役令嬢派ね、やはりよくあるパターンだわ)
主人公が悪役令嬢や周りの者にいじめられるのはド定番のお約束だ。
「ああ、私としたことが、私の一流執事デルフィーノの従兄であったわね」
ざわざわとまた周りが騒ぎ始める。
「あの紅い眼の魔物かもしれぬものがローズ家の?」
「うわさに聞いたことがある…、ローズ家に呪われた子が生まれたと…」
「私が聞いたのは魔物が王に仕えるローズ家に魔物の子を産ませたってきいたぞ?」
「じゃ、やはりアレは魔物?」
「王に呪いが掛かってはいけないと、鎖に繋がれ幽閉されているとも聞いたぞ?」
「どうしてこんな所に…」
そんなざわめきの中、一人の男が上品にスッと一歩前に出る。
皆がその男に注目する。
この上品な身のこなし、そして皆が注目するという事はこの男がイザークの従弟デルフィーノだとリディアはすぐに理解した。
レティシアの前へ一歩出た王宮執事デルフィーノが蔑んだ眼差しでイザークを睨み見る。
「心配には及びません、紅い眼は魔物の眼、代々王家に仕える伝統あるローズ家にあのようなモノが我がローズ家の血が流れているなどあり得ません、アレは魔物が悪戯に子を産ませたのです、王家にそしてローズ家に呪いが掛からぬよう仕方なく殺さずに飼ってはいたのですが、殿下のいつものお戯れで表に出てきてしまったようです、ですが大丈夫です、この魔物は臆病にございます、それにローズ家で厳しくしつけておりますゆえ、人には近づくことはありません」
またざわめき出す。
「殿下が…」
「またあの殿下は…、本当にお戯れが過ぎる」
「国王代理になり図に乗っているのではないか?」
「いや、もしかしたら全実権を握ろうとして…」
「あのお騒がせで虚け者の殿下がか?」
「虚け者だから国王代理になって自分に力があると勘違いなさったんじゃ―――」
「しーっっ、王家のいる前ですよっ」
(ふーん、なるほど…)
耳をダンボにして聞いていたリディアは、状況を見守るように黙って淑女のように突っ立つ。
一通りのざわめきが済んだ後、レティシアが声を上げる。
「そう…アレは、魔物なの」
わざとらしく答えると、扇子で隠された口元をニヤ―っと引き上げた。
「ではアレは下僕以下かしら?」
レティシアの言葉に先ほどの続きだと気づいたギャラリーがデルフィーノの言葉に自分たちに危害がないと安心したのか、また小さくクスクスと笑い出す。
イザークが苦い顔をして俯く。
「でも偽聖女にはお似合いね、偽聖女と魔物執事、ぴったりな組み合わせだわ」
堪らないというようにドッと笑いが起きる。
「本当にお似合いですわ」
「偽聖女は心も穢れているから一緒に居ても呪われないのかしら?」
「いっそのこと呪われて聖女試験から外されればよろしいですのに」
「汚らわしい空気がこの神聖な場所を穢してしまいますわ」
「私も呪われたらと怖くて試験に集中できませんことよ」
口々に今度はリディアを標的に避難し始める。
「っ‥‥私のせいで…申し訳ありません」
自分だけでなく自分のせいでリディアまで悪く言われた事に悲痛な面持ちで胸をギュッと握りしめ謝罪を口にするイザーク。
「男爵と伺っていますがそれも嘘かもしれませんわね、平民用の住まいでこうして平然とされているなんて」
ギャラリーの一人が恐縮するイザークに痩せ細った大人しいリディアを見て強気な口調となる。それに釣られ他のギャラリーも更にレティシアを喜ばせるように煽りだした。
「あら?魔物なら人の住まいも必要ないのでは?」
「そうよね、ふふ、豚小屋でもいいんじゃないかしら?確か施設の隅に動物小屋があるとお聞きしましたわ」
「豚小屋でもダメよ、だって魔物でしょ?豚が怖がってしまいますわ」
「それにリディア嬢は人でしょ?」
「心が穢れているから、どこでも大丈夫なんじゃないかしら?」
「いいえ、もしかしたらリディア嬢も姿を変えた魔物かもしれませんわぁ、だってあんな魔物執事といられるなんて、聖女どころか人でないかもしれませんわ」
「きゃー怖い、近くに居るだけで私まで呪われてしまいそう」
皆の目がリディア達を見て嘲笑う。
「あら?まだいらしたの?ここは人間が集う場所よ?さっさと巣へお帰りなさい」
レティシアが止めを刺す言葉を吐く。
どっかへ行けと言う様にギャラリーも二人を睨みつける。
笑い声も止まりシーンと辺りは静まり返る。
「リディア様、行きましょう…」
イザークが眉を悲痛に歪ませリディアに声を掛ける。
「ふっ」
不意に淑女の様に突っ立っていたリディアが聖女のようなその顔で小さく吹く。
「何を笑っているの?気でも狂ったのかしら?」
レティシアが気に食わないと不機嫌な口調になる。
「リディア様、さぁ、こちらへ」
「イザーク」
ちょいちょいと人差し指を動かす。
「?」
イザークは首を傾げ何かと顔を近づけた瞬間、ぐいっと襟元を掴み引き寄せる。
「え…」
「「「「「「!」」」」」」
皆が驚き眼を見開く。
その見開く目の先に、イザークのその深紅の瞳に口付けるリディアがいた。
「あらやだ私ったらー、宝石の様にーあまりに美しくてー、ついうっかりキスしちゃったわー」
完全に棒読みで言葉にするリディア。
そうしてくるりとレティシアを見る。
「お茶の席を邪魔してしまい申し訳ございません、私達は去りますのでお茶をごゆるりお楽しみください」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「ああ、それと」
ぺこりと下げた頭を上げる。
「ついうっかり呪われちゃったので私にお近づきにならないようお気を付けくださいませ」
ニッコリ聖女の笑みを浮かべるとくるりと背を向けた。
「さ、イザーク、行きましょう」
「‥‥、は、はいっ」
皆が唖然としている中、優雅にゆっくりと厭味ったらしくその場を立ち去って見せる。
これじゃぁ、どちらが悪役令嬢だという感じに、厭味ったらしく優雅に去っていく。
東屋から随分離れた所で背後でキーっという甲高い声が聞こえた。
(悪役令嬢、いいわー♪ご馳走様っす!)
リディアは悪役令嬢の場面を味わい尽くし満足気に庭園を後にした。
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