Tantum Quintus

Meaningless Name

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1.Farewell to the Beginning

5:新たな生活

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新延暦 510年 8月 某日


 あれから4年。
まだまだ幼いユーキではあったが、最近になって理解し始めたことがあった。
あの痛ましい事件は、世界的同時多発テロの一部にすぎなかった、
と言うこと。
そして自分がその被害者であったということを。

彼は事件の前後数日の記憶を失っていた。
いや、正確には失ってはいないのだが・・・。

この世界では記憶といえば二種類ある。

一つは脳の記憶。
一つはバイオチップの記憶。

40歳以下の人間は90%以上が、生まれてすぐバイオチップを移植している。
20台以下となれば100%に近い。
逆に45歳以上になると一気に減り、10%前後に留まる。
移植技術が確立されたのが、50年ほど前になるのが諸々の要因だからだ。

"人の記憶は曖昧だ"

なんて言葉があるがそれを補完してくれるのがこのチップだ。
基本的にチップがあっても、
脳が知識や経験を記憶している事に変わりはないのだが、
脳には"忘れる"という能力がある。
それは精神的なものや脳への物理的ダメージ、
はたまた無意識下によるものだったりと様々だ。
しかしチップは脳とは別に、それら全てを記憶している。
この機能だけを見れば、超大容量SSDと言っても差支えないだろう。
これにより脳が忘れることによって失ったものを、
いつでも引っ張りだして閲覧可能というわけだ。
それが例えエロスな妄想の塊だったり、
世に出すのも 烏滸おこがましい黒歴史だったとしても。

「ここまでで何か質問はあるかね?ムルト君」

セイジはドヤ顔でこっちを見下ろしながら、
眼鏡なんて無いのにクイっと持ち上げてみせる。

4年の歳月は俺を変えた。いろんな面で。
ユーキの名をムルトに。
リーヴンの姓をイシダに変えさせていた。
今の俺のフルネームはムルト・イシダだった。
本当の名前なんて欠片も残っていない。
だけど残すことはできなかった。
自分の命と名前を天秤にかけること自体が馬鹿げた事だった。
そして目の前でドヤ顔しているいけ好かないおっさんは俺の父親になった。
養父というやつだ。
セイジの妹であるミツコとは叔母と甥の関係に変わりはなかったが、
ミツコ姉とか、姉さんと呼んでいた。
特に人前で"姉さん"と呼ぶと大抵のものは買ってくれた。
だが相変わらず"おばさん"の単語は御法度だった。
一度だけ、ちょっとしたイタズラのつもりで、
"おばさん"と言ってみたらおやつが出てこなかった。

いけ好かない親父のドヤ顔に、内心呆れながらも一つ質問してみた。

「じゃあなんで俺のあの日の記憶はないの?」

親父は顎の髭を撫でながら黙ってしまった。
髭をいじるのはいつもの癖だ。
考え事をすると自然と髭が恋しくなってしまうのだろう。
親父は徐に口を開く。

「おめぇのチップが、 特別スペシャルだからだよ」

さっきまでおちゃらけていた三枚目の先生は、
少し真剣な眼差しで俺に答えた。

「そもそもおめぇのチップは 第5世代フィフスっつー、
 この世に一個しかないシロモんだ」

そういえば前に、
今の最新チップは 第4世代フォースって話をしていたような。
Only oneと言われてちょっとうれしくなった。
先生は続ける。

「その 第5世代フィフスを開発したのはおめぇの両親だ。
 脳の忘れてる記憶でも、
 チップ経由で引っ張ってこれるのはさっき話したよな?」

俺が頷くと親父は話を続けた。
そうか、第5世代フィフスは父さんと母さんの形見みたいなものか・・・。

「多分その辺の機能に関しちゃ 第5世代フィフスも変わんねーと思う。
 ただプロテクトが尋常じゃねーから何が原因なのかわかんねーんだ。
 こじ開けようとして何かあっても困るし、
 そもそもこじ開けられるような軟なもんでもねぇからな。
 開けたところで中身を理解できないって可能性もあるしな」

「・・・そっか」

要は無理ってことらしい。
ただずっとこのままということでもないらしかった。

チップは大脳と小脳の間に移植され、成長と共に脳内に癒着していく。
7歳~10歳ごろに脳や体の発達状況をチップが自動で判断し、
それに合わせて個別通信チャネル
バイタルチェックといった機能を 解除アンロック
さらに埋め込まれている本人の経験、知識、身体能力、
性格に基づきチップの機能が 解除アンロックされていく仕組みだ。
なので偏った知識や経験があっても、
それに見合った身体能力がない一般市民は、
チップのほとんどの機能が解除されない。逆もしかりである。
とはいえ個別通信チャネルやバイタルチェック以外は、
日常生活においてほぼ使われない。
使われない理由は・・・長くなるのでまた今度とのことだった。

重要なのは機能の 解除アンロック
失った記憶へのアクセスが回復する可能性があるらしい、ということ。
ふと難しい顔で親父が聞いてきた。

「なぁ、ムルト。なんであの日の記憶にそんなにこだわるんだ?
 何があったか話したよな?」

俺が俯くと親父は庭に目を向けながら、
ばつが悪そうにシャカシャカと頭を掻いた。
別に信じてないわけではないし、
助けてくれた親父と姉さんには感謝してる。
ただ今となっては数少ない両親との記憶だ。
取り戻せるなら一つでも多く取り戻したい。
その思いだけだった。

両親が死んだことを聞かされたのは事件後、
目覚めてから1週間程のことだった。
体力的にも精神的にも疲弊していた俺に、
話すのは早いとセイジが判断したらしい。
このころの俺は人の死が何なのかまだ理解できてない節があった。
まだ3歳だったし。

「もう会えないんだよ」

と言われて事の重大さに、気づき号泣した。
あまりのショックに塞ぎ込んだ。
まだ幼い当時の俺には、
両親との思い出に涙を流すことしかできなかった。
来る日も来る日も泣いた。
泣き疲れて寝てしまい、起きては泣いた。
食事を用意されても悲しみで空腹を満たされていたのか、
食べる気になれなかった。
その重い事実に数日そんな調子だった。

そんな俺を献身的に面倒を見てくれたのがセイジとミツコ、
親父と姉さんだった。
泣くことしか能のない俺に、やさしく手を差し伸べてくれた二人。
そんな二人のやさしさに、俺も徐々に心を開いていった。
彼らがいなかったらとうの昔に死んでいたのだと思うと、
感謝してもしきれなかった。
それまで何度か遊んでもらったこともある二人だったが、
それも片手で数えるほどだ。
まして子供のいない二人にとって、
俺を育てるということは気苦労が絶えなかっただろう。
まあ気苦労が絶えないのは今も変わらないか。

「まぁ、なんだ。あんまり考え込んだって今はどうしようもねぇ。
 それよりそろそろ昼時だ、腹減ったろ?メシにしようや」

重苦しい雰囲気に耐えられない親父の事だ。
記憶へのアクセスもできない現状で、
これ以上この話をしても、と思ったのだろう。

こうして午前の授業を終え、姉さんの作った昼食を囲む。
できるだけ早く取り戻したい記憶ではあったが、
手の打ちようがない今に俺はやきもきしていた。



う~ん、うまい!
やはり姉さんの作る飯は最高だ。
食後の一杯を親父と啜りながら、
投射されたワイドディスプレイのニュースを眺めていた。

『―――・・・ルターナとフィスタールの国境付近で、―――』
『またメンフィード最西部の―――』

また反AI主義ヒューマジェストのニュースだ。
いまだに詳細のわからない謎の集団。
唯一わかっているのは、父さんと母さんの仇ということ、それだけだった。

ディスプレイが消えた。どうやら親父が消したらしい。

「腹ごしらえも済んだし午後の授業始めるか」

そう言って俺を一瞥した親父はすっくと立ちあがると、裸足で庭に下り立つ。
俺もつられて庭に出る。

午後からは護身術をメインに、素手での対人戦闘訓練だ。
夏休みに入ってからは午前に座学、
午後は戦闘訓練というサイクルが出来上がっていた。
学校に行っている間も家に帰ってきてからは
親父との訓練が日課だったので、さほど変わらない毎日を送っている。

こうして俺は毎日、世界各地の格闘技を親父から教わっていく。
そう、ありとあらゆる格闘技を、だ。
この親父はただの格闘技マニアではなかった。
人に教えられるくらいに格闘技を嗜んでいる人間なんて五万といると思うが、
どうもそこらのパパさんとは一線を画す性能を持っていた。
というのも彼はイシダ流暗殺術の使い手にして、
イシダ家第21代当主セイジ・イシダその人だった。
格闘技マニアどころの話ではなかった。

イシダ流と言えば裏の世界では、
かなりのネームバリューを誇っているそうだ。
一番得意としている戦闘、近接戦闘では無類の強さを誇る。
素手での戦闘はもちろんの事、多種多様な近接武器を自在に扱い、
大小様々な火器の使用も朝飯前だった。。
この何でも有なイシダ流だが、
最大の魅力は無音走法を使った隠密行動だった。
その名の通り暗殺はもちろん、諜報、索敵、護衛、etc...
これでもかというくらいに、隠密行動に長けている流派だった。
それに加え、通常戦闘においてもエキスパート中のエキスパートである。
もちろん 現実リアル 仮想バーチャル問わずである。
そんな引く手あまたの戦闘力。
今でこそ国家間の争いは少ないが、
昔はイシダ流同士で殺しあうなんて悲しいことも少なくなかった。
先々代の頃まではそれこそ、
殺しあった相手の顔を拝むと人生の伴侶だった、
なんてこともざらにあった。
最近は暗殺依頼もかなり減ってきたが、それでも0にはならなかった。

「シッ!シッシッ!」

習ったコンビネーションを叩き込むが、まずクリーンヒットはない。
拳を使った攻撃は全て人差し指一本で止められ、
足技も避けるか足裏で止められるか。
まだ6歳の子供と大の大人との訓練だ、こんなものだろう。

「ほら、また左足が棒になってんぞ~」

言いながら親父の脚に、軸足だった左足を刈られあっけなくダウンする。
事故で失った右手と左足には義手、義足がついていた。
痛覚を絞っているのが原因なのかどうもうまく扱えない。
最初は両足で立つのもやっとだったが、蹴りの軸足にできるのだ。
頑張ってるほうだ。

「も、もう一本!」

俺の一言で親父がニヤニヤしている。

「そういや来月おめぇの誕生日だったな、
 ここで一本取れたらなんでも買ってやるぜ?」

俺はそれに手足を動かして答えた。
と言ってもあのニヤニヤした顔の時は、大抵ギアを一段階上げる親父だ。
この状態だとラッキーパンチすらない。
案の定軽く流される。わかってはいたがちょっと悔しい。
それでも嬉しそうに俺の攻撃を受け止める親父を見て、
自分もご褒美の事を忘れこの一時に嬉しくなった。

日が暮れるまで訓練は続き一日を終える。
案の定一本もとれることはなかった。それもまあいつものことだ。

そんな日々がかれこれ5年続き、気づけば俺も12歳になっていた。
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