Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

6:新たな世界へ

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新延暦 516年 6月 某日

中学の入学式から2カ月。
知らない人間との集団生活もようやく慣れてきたころだった。
正直なところ、俺は集団での行動があまり好きではなかった。
自分の置かれた立場というか環境というか、
そういったものも影響していたと思う。
だけどそれを差し引いても好きにはなれなかった。
ボッチ、というわけではないが付かず離れず、
あまり深入りしないようにしていた。
そんな折、学校から帰ってくると、
珍しく親父と姉さんが真面目な顔で話をしている。

「ただいま、何やってんの?」

二人の顔を見比べていたが・・・間をおいて、

「おけぇり、ちょっとイイとこ行こうや」

そういうと親父は地下へ続く階段へと足を運んだ。
なんだその意味深な言葉のチョイスは。
ちょっとおませな中学生の俺には、
その意味の深い部分がなんとなく、先っちょだけ分かったが、
あえて突っ込まなかった。
姉さんもおかえりと一言、親父の後ろをついていく。
 個別通信チャネルでもしてるんだろうか?
二人は無言で歩を進める。
二人の真意は分からなかったが、
とりあえず荷物を置いて黙ってついていくことにした。

我が家には地下への階段がある、というのは知っていた。
ただ部屋にはロックがかかっており、聞いても物置小屋としか聞いていない。
まさか木製のお馬さんとか鞭とかローソクとか、いや流石に。
無いよな・・・・無いよね?
姉さんも一緒に来てるというのも、先程の意味深な発言に拍車をかけている。
いやだって、そんな。
姉さんは今年で・・・37歳?だった気がする。
確かに見た目年齢はもっと若い、
25歳と言われても納得できるくらいには美人である。
しかし年齢だけを見ればおばs・・・・いや、やめておこう。
この藪を突くには危険すぎる。

「赤くなったり青くなったり忙しいな、ムルト・・・」

親父の声で我に返ると、既に開かずの間の中にいた。
残念ながら木馬も鞭もローソクもなかった。
代わりに人一人入れるサイズのカプセルが10セット、静かに横たわっていた。
手前の3台は最近も使われていたようだが、奥の数台は少し埃をかぶっている。
そんなプレイ、俺は知らない。

「ムルト、あんた 仮想バーチャルへの 接続コネクト、したことないよね?」
「ないないって・・・え・・・これコンソールなの?」

姉さんが年齢を感じさせない笑顔で頷く。
マジかよ。話には聞いたことはあったが実物を見るの初めてのことだ。
たしか一台で高級マンション一棟くらいの値段と、聞いたことがある。
それが我が家の地下に10台あるんですが・・・。

「まぁ試しに 仮想バーチャル入って中でイイことしようや」

今年で42歳を迎える怪しいおっさんにこんなこと言われて、
深読みしないやつのほうが少ないと思う。
独身だからってやっていいボケと悪いボケがあるでしょう、パパ。

言われるがままにコンソールに座ると、首にチクっと痛みが走る。

「今おめぇにこいつを繋いだ、すぐ 仮想バーチャルに潜れるぞ」

親父が持っていたのは銀色のホースのような物で、
先端には足の短いズワイガニがくっついていた。
いや、正確にはズワイガニではないのだが。
6本の足の先端には細い針が付いている。
おそらくこの針が痛みの原因だろう。
後で聞いたがこのズワイガニみたいなものは、
メダーラケーブルという道具らしい。
簡単に言うと人間との接続専用のLANケーブルだ。
これが無いと 仮想バーチャルに潜れないとも話していた。
なんでも 仮想バーチャルの莫大な情報量とそれを処理する力が、
 第4世代フォースだけでは難しいらしい。
それでは俺の 第5世代フィフスはどうなのか。
・・・という話になるのだが、このブラックボックスの塊に頼るより、
ズワイガニがあるのならこれでいいだろう、という結論に至った。
まあ試したい気持ちも若干少々あったのは認める。

隣のコンソールでは既に姉さんが潜ったらしく、
瞳を閉じてゆっくりと呼吸している。
親父も俺の向かいのコンソールで潜る用意をしていた。
一つ深呼吸をして覚悟を決める。とはいえ少しビビってた。
恐る恐る目を閉じると、
あっという間に 仮想バーチャルに引き込まれていった。





【START CONNECT】




【WELCOME TO THE VIRTUAL WORLD】




ズー・・・ズ、ズー・・・・・



―――――いらっしゃい、ユーキ♪―――――



・・・・ズー、ズー・・・ズ・・・・



――――――――え、誰?―――――――――



ズー、ズー・・・ズ・・・・・




・・・何だ今のは・・・ただの演出・・・なのか?



瞼越しに光を感じる。どうやら 仮想バーチャルに入れたらしい。
目を開けると俺は見慣れない空間に立っていた。

「ユーキ?大丈夫?」

心配そうに姉さんが顔を覗き込む。

「あ、ああ。大丈夫。初めての事だったからね」

辺りを見回したが、地面や壁に六角形のタイルが張り巡らされている。
細く長い六角柱がいつくか立っており、
その先にも地面や壁と同じように、六角形のタイルが並んでいた。
姉さんの手を取り立ち上がった。相変わらず細い手だ。
そして外見は 現実リアルと何ら変わらない、いつもの姉さんだ。

「そんなにジロジロみられても困るんだけど・・・」

「ところでここは?」

色気を出しつつモジモジする姉さんをスルーして、
キョロキョロしながら聞いてみた。
答えたのは低い声、親父だった。
俺が 接続コネクトするときは目の前に立っていたはずだが。
いつの間に。

「ここは 出発地点デパーチャーつってな、
  接続コネクトしたときゃ必ずここにくんのよ」

ふふんっと鼻を鳴らしそうな親父が答えてくれた。
姉さんはしゃがみこみ、人差し指でタイルをグリグリしていた。

不思議な空間だ。
ここにあるのは 現実肉体リアルボディを元に構成された、
言わば仮初の肉体だ。
だけど5感をしっかりと感じ取れる。
軽くその場でジャンプしてみると、
いつもの3割増しくらい飛んでいる。
かといって着地の衝撃は 現実リアルと遜色がなかった。

「へー。で、今日はここで模擬戦?」

体を解しながら準備運動、は必要ないか 仮想バーチャルでは。

「残念ながら今日は、やらねーよ。それにお前のを見せて欲しいしな」

?なんだろう。 仮想バーチャルに足を踏み入れたのは今日が初めてだ。
俺のものを見せて欲しいって・・・。いや、まてまて。
いくら 仮想バーチャルだからって、
 現実肉体リアルボディを忠実に再現してるんだぞ?
ダメに決まってるだろ。アレだってしっかり再現されてるんだし。

「何赤くなってんのよあんたは。 擬人装甲マプスよ、マ・プ・ス♪」

・・・しょうがないだろう、そろそろ思春期に入るお年頃なんだから。
俺の頭の仲が見えていたのか、姉さんが助け舟を出してくれた。
が、すごいニヤニヤしている。兄妹揃ってこういうところは変わらなものだ。


・・・そういえば俺もこの遺伝子を継いでるんだった。

「具体的にどうすればいいの?」

「ほらよっ、こいつを左手で持って目ぇ閉じろ。
 海をイメージしてみな、海だったらどんな海でもいいぞ」

親父に手渡されたのはが黒い玉だった。
触っているとわかってきた・・・・なんだこれは。
見ていると妙に落ち着く。
少し力を入れるとゴムボールのような感触で、鈍い光を放っていた。
この何とも言えない"癒し"をもう少し味わいたい。
もう少し、もう少しだけ。
むにむにしていると、親父に早くしろと促されてしまった。
名残惜しかったが言われた通り、目を閉じ、海をイメージする。

湧いてきたビジョンは、月光がやさしく照らす静かな海だった。
浜辺に打ち寄せる穏やかな波。
波間からゆっくりと人影が・・・ん?こんなものイメージしてな・・・


母さんだった。


―――――フフッ♪―――――


え?


「か、母さん!」

思わず声に出したが、と同時に目を開けてしまった。
目の前には心配そうにこちらを見る視線が二つ、それだけだった。

「い、今母さんがいたんだ!」

二人を交互に見ながら必死に言い訳をする犯人。
のような口調で叫んでしまったが、二人は落ち着いていた。

「落ち着けってムルト。何があったか落ち着いて話せ」

親父に言われゆっくりと一言一言、確かめながら話す。
穏やかな海のビジョンが見えた事。波間の間から近づいてくる母さんの事。
意識して母さんをイメージしたわけではないこと。

「キョーコ姉さんが・・・・そう」

ミツコ姉さんは悲しそうな顔をして俯いてしまった。

「ん~インストール中にそんなこと、聞いたことねぇなあ」

親父も髭の感触を確かめながらビジョンについて考えてるって感じの顔。
を装ってはいたが、久しぶりに自分の妹の話が出たのだ。
思うところもあるだろう。少し悲しそうな眼をしていた。

ただ俺はビジョンの中の母さんに違和感を感じていた。
確かに見た目は母さんそっくり、
というかそのものなのだが・・・あんな笑い方だったか?
自分の 記憶領域ストレージを漁ってはみたが、
該当するような映像はなかった。
その話を吐露するが、親父は首を横に振って話しだした。

「 第5世代フィフスは存在自体が、
 ブラックボックスみてーねシロモンだからなぁ。
 正直 第5世代フィフスの絡みじゃねーかとは思うが。
 確証はねえな」

俺もここ2年ほどで 個別通信チャネルやバイタルチェックといった、
一般人でも使える機能は 解除アンロックされていた。
だが 第5世代フィフスのほとんどの機能は、
ロックされたままだった。
 
「まあ 擬人装甲マブスのインストールってのは、
 チップ性能を基盤に構成されるからな。
 具体的にはチップ性能、知識、経験、現実肉体リアルボディ
 性格の5つの要素で構成される。んだからその影響なのかもな」
 
あくまで推測だ、と親父は付け足した。


ん?インストール?
そういえば目を閉じてから、
左手に持っていたはずのその感触が無かったような。
周りを見渡しても落とした形跡はなかった。

「ムルト、 擬人化ニウマプスって言ってみ。
 別に声にださなくてもいいが」

親父がまたいつものニヤニヤした顔をしている。
聞きなれない単語だったが、言われたとおりにする。

「ニウ、マプス?」

語尾が疑問形になってしまったが問題なかった。
次の瞬間俺の体は光る粒子に包まれ、何か別の物へ構成されていく。
あまりに眩しかったので思わず目を瞑ってしまったが、
先程と何ら変わらない情景がそこに広がっている。
いや、二人の顔は明らかにニヤニヤを増していた。
3割増しといったところか。

「ほほう」
「なにこれやだかっこいー♪」

二人のよくわからない反応。
5感は何も変化は見られないが、首から下が自分ではないことに気が付く。
脳からの電気信号は受け取っているらしい。思うように動かすことができる。
 現実リアルで言うところのパワードスーツと言ったところか。
ネット上の映像で少し見たことがある。
触覚や痛覚を確認する為足踏みしたり、
自分の頬(の装甲)をつねってみたりしていると、
目の前に小さくウィンドウが開けた。



【NEW MAPS:Tantum Quintus】
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