Tantum Quintus

Meaningless Name

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1.Farewell to the Beginning

7:新たな世界へ2

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無機物が激しくぶつかり合い火花を散らす。

ダッシュからの左フックをを右手でガードしつつ、
カウンター気味に左ストレート!

ストレートを逸らされたがその反動を利用し上段回し蹴り!

相手の上段回し蹴りと相殺したところに線香花火のように火花が散る。

いったん間合いを取るため2,3バックステップ。

「フーッ」

一息つくとどこからかブザーが鳴った。
どうやら20分経ったらしい。
かなりきつかったが 仮想バーチャルの戦闘自体が初めてだったのだ。
こんなものだろう。

「ふふ♪やるようになったじゃないムルト」

先程から攻防をやり取りしていた擬人装甲マプスから、
お褒めの言葉を頂戴する。
訓練相手はミツコ姉さんが装備した 擬人装甲マプス
姉さんの 擬人装甲マプスは・・・・
思春期の男子には刺激の強いデザインだった。
紫を基調に暗めの赤と黒のラインが入った、
妖艶な 擬人装甲マプスだ。
この格好が人目にさらされるとなると、
まったくけしからんデザインである。

それにしても姉さんも親父同様、
イシダ流暗殺術の使い手だったのは知っていたが、
初の手合わせが 仮想バーチャルになるとは思いもしなかった。
そしてまだ本気を出してないようで、
まったく息が上がっていない。アホみたいに強い。
手加減してもらってはいるが、
ちょっとギアを上げれば反撃している暇など皆無だろう。
サンドバックまっしぐらだ。

しかし少ない時間での訓練だった割に、
色々と収穫はあった。
何よりありがたかったのが、俺の義手と義足だ。
この 仮想バーチャルでは、ハンデにはならないらしい。
生身の左手右足と何ら変わらない、
自分の反射神経にしっかりとついてきてくれる。
 現実リアルではどうしてもラグが発生し、
 コンマ数秒反応が遅れてしまう。
なのである程度次の動きを予測して、
アクションを起こす必要がある。

まあ生身ではない、ということを活かした戦い方もあるらしいが。

「じゃあ次は俺とだな」

まだ息も絶え絶えな俺に親父が畳みかける一言。
ああ、 擬人装甲マプス越しに親父のニヤけた顔が見えてくる。
・・・・ちょっと腹が立ってきた。

親父、セイジの 擬人装甲マプスは、
黒をベースとしたカラーリングだった。
パターン化された深緑の紋様が迷彩服を思わせる。
姉さんの 擬人装甲マプスもそうだったが、
やっぱりイシダ流暗殺術の使い手、
というのも影響しているのだろうか。
二人ともそう言った隠密行動向きな 擬人装甲マプスに思えた。

かく言う俺の 擬人装甲マプスは紺桔梗。
各部位ごとに白い縁取りがされている。目立って隠密には向かないな。
二人の 擬人装甲マプスとは方向性の異なるデザインな気がする。
気づくと目の前に立った親父は、
こちらの事などお構いなしでやる気満々だ。

「こっちは 仮想バーチャルじゃ 初心者ビギナーなんだぞ。
 ちょっとは手加減してくr!」

少しは休憩を挟みたい、
そんな願望を言い終わる前に親父の前蹴りがシャラップ!と言ってきた。

姉さんもそうだが 仮想バーチャルでの敏捷性は、
 現実リアルのそれとは一線を画す。
俺もいつもの3割増しで動けている。
が、二人は3割増しどころではなかった。

「くっ!」

前蹴りはギリギリ躱したが、躱すので精いっぱいだ。
速過ぎて目で追うのがやっとだ。
そして避けられた反動を使って回転した親父の追撃、
その裏拳はいつもの裏拳ではなかった。

あー無理、これは避けられないや。

常軌を逸した速度で、俺の顔にヒット!・・・しなかった。

「ザ、エ~ンド」

寸止めに冷や汗が流れる。
もし今の威力で寸止めでなければ、
俺の頭は今ここにあるのだろうか。
っていうか、そこは"ジ エンド"だろうが。
わざと言ってんのかこの親父は。

だがそんな親父にツッコミを入れる算段は、脆くも崩れ去った。
俺は目の前に止まっているはずの親父の拳が、拳でないことに驚愕した。

ハンドガンだった。

「え、どっから・・・」

親父は俺の眉間への王手を解くと、
無言で自分の頭を銃身でトントンと2回叩いた。
いつものドヤ顔である。

チップか。
おっと、講演会が始まるようだ。

「いいか、 仮想バーチャルの戦闘ってーのは 現実リアルとは全く別物。
 ってのはさっきまでの訓練で分かったはずだ。
 そして決定的な違いがこれだ。」

そう言って手に持っているハンドガンを、ポンポンと叩く。

どこかでそんな情報を見たことがあるな。
 仮想バーチャルでは自在に武器の出し入れができるとか。
確か親父の  秘蔵図書館シークレットライブラリを漁っていた時に、
透け透けドスケベな衣装に包まれたお姉さんのついでに見た気がする。
 具現化ヴィデートって書いてたかな。

「今俺が構成したこのハンドガン。この事を 具現化ヴィデートっつーんだが。
 このハンドガンを構成している物質、仕組み。
 これを理解してねえと 具現化ヴィデートは無理だ」

ってことはそうとうに正確な知識が無いと 具現化ヴィデートは難しそうだな。
シンプルな武器ならすぐできそうだが、
今親父が 具現化ヴィデートしたハンドガン。
こういう精巧なものは、少しでも違えば不良品しか出来ないだろう。
ネットで情報を得てもその正確性が問題か。
ガワだけ精巧に 具現化ヴィデートできれば、
ちょっとした脅しに使えるくらいか?
俺が考えている中、親父の講演会は続く。

「そして 具現化ヴィデートチップを介して構成、出力される。
  具現化ヴィデートした武器の性能もチップによってピンキリだ。
 いくら知識があってもチップの出力以上のものは 具現化ヴィデートできねぇし、
 逆にいくらチップの性能が良くても 具現化ヴィデートする武器への知識が無けりゃ駄目だ」
 
そう言うとと親父はハンドガンを床に落とした。
自分の制御を離れると維持できなくなるみたいだ。
手を離れたハンドガンは床で静かに溶けていく。

「さてここで問題です!
 兄さんの手を離れた 具現化ヴィデートした武器は消えてしまいました。
 それを踏まえて 具現化ヴィデートした銃が射出した弾は、
 遠距離の相手にあたるでしょーか?」

急にクイズ形式ですか、姉さん。

ん~弾は高速で射出されるとはいえ手元を離れることに変わりはない。
相手にあたる前に消えてしまうのでは?
それとも何か維持する方法があるのか?わからん。

「ぶぶー、じ・か・ん・ぎ・れ―♪」

わしゃわしゃと姉さんに頭をいじられる。嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど 仮想バーチャルの知識が少ない俺に、答えさせる気ないだろ。

「見ててねー♪」

姉さんはそう言って手から苦無を 具現化ヴィデートする。

そうですか、くノ一でしたか。

右手に 具現化ヴィデートした二本の苦無は、
スナップの効いた投擲で親父に放たれた。
まあ親父の事だ。
 具現化ヴィデートで維持されていようと、
難なく弾き落とすだろう。

と思って見ていたがそんなことはなかった。
トトンッとこ気味良いリズムで親父の頭に刺さる。
良いリズムだ。いや、そうじゃない。

「あ・・・」

呆気に取られた俺は顎が定位置に戻らなかった。
だが親父はお構いなしだ。
顔の苦無を取ろうともせず口を開く。

「ま、おめえはまだ 具現化ヴィデートが 解除アンロックされてねーだろうし。
 当分先の話ではあるが・・・こういうのもあるって予習だな。
 いい勉強になったろ」

いや、そうじゃなくて。

親父がやっと刺さった苦無を取ると、苦無は光を発しながら消えていった。
大丈夫なのはわかったが。

「今日はこれくらいにしましょう。久しぶりに動いたし、汗かいちゃったわ」

姉さんは 擬人装甲マプスを解除し、
そのワイルドな胸元をパタパタしている。
ああ、これが世に言うお色気の術か。

「それじゃ、お先に~♪」

白い光に包まれて姉さんが消えた。 接続解除ディスコネクトか。初めて見た。

いやだから違うって。
 具現化ヴィデートが維持出来るのは理解した。方法は分からないけど。
なんで親父は敢えて刺さって、しかも平然としてるんだ?
考えながらも顎は戻らなかった。
 擬人装甲マプスを解除した親父が、
腕を組んでドヤ顔の仁王立ちをしている。
ああ、説明してくれるのか。

「ま、今見てもらった通り
  具現化ヴィデートした武器が構成を維持し続けたのはわかったよな?」

「じゃなくて!」

「わーってるって。どうして苦無が刺さったのに平気なんだって事だろ?
 今から説明してやっから。あんまり早いと女の子に嫌われちゃうぞ?」
 
このエロ親父め。

「多分今のおめえにミツコの苦無が刺さったら、頭貫いて即死だろうなあ。
 おめえもそのうち 解除アンロック・・・できるかわからんが、
 チップの機能の一つだ。 結界アミナっつーな」

 結界アミナ。 擬人装甲マプス装着中の防御手段。
 結界アミナの性能も 具現化ヴィデート同様チップに左右されるが、
どちらかというと身体能力への依存度が高いと言う。
具体的にはチップ4:身体能力6ぐらいだとか。
人によってはハンドガンの弾を、蚊に刺された程度にしか感じないという。

しかし同時に、基本は回避。避ける事がなにより。
どんな兵装が出てくるかわからない 仮想バーチャルで、
 結界アミナで真正面から受け止める人間は数少ない。
過信してはならない。どちらかというと、
崖っぷちをギリギリで踏ん張るための、お守りと言ったところか。
肝に銘じておこう。

というかそもそも 具現化ヴィデートも 結界アミナも 解除アンロックできないんだよなあ。
一般人並みの 解除アンロックしかされてない俺のチップだ。
一抹の不安を覚える。

「このまま 解除アンロックされなければ、
 一生 具現化ヴィデートや 結界アミナはできないってことだよね?」

「そうだな。おめえの 第5世代フィフス
 何に起因して 解除アンロックしてくれるかもわかんねえし。
 まあ 具現化ヴィデートの使えない 傭兵マーセナリーも山程居るし気にすんな。
 たださっきも言ったが予習だ、
 こういう"知識があるから戦えることもある"ってのを覚えとけよ」

 具現化ヴィデートや 結界アミナが使えなくても戦えるように、か。
今日の俺は知らない知識を詰めすぎて、少々パンク気味だった。
さすがに疲れた。
 具現化ヴィデートの維持についても聞きたかったが、
出来るようになってからでも遅くないだろう。

「ところでおめえの 擬人装甲マプスはなんていうんだ?」

親父が 接続解除ディスコネクトをしようとしている俺を、
ジロジロ見ながら聞いてきた。
俺を、というより俺の 擬人装甲マプスを、だが。

「名前?」

ああ、あの小さいウィンドウの単語の事かな。

「たしか、Tantumタントム Quintusクィントスって書いてあったかな」

親父は別段驚きもしなかったが小声で何か言っていた。



「唯一の五番目・・・ね。
 まるで最初から 第5世代フィフスを、
  世界標準グローバルスタンダードにする気はないって言いたげだな」




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