Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

25:そして全ては策略のままに

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新延暦 520年 12月 7日


■セーシン学園内■

 空が白い。
舞う粉は音もなく俺の頬に触れ、
音もなく溶けていく。

「へっきし!」

・・・芸人かお前は。

レオのくしゃみがツッコミを誘発させる。
俺の脊髄反射と言う名の琴線に、ダイレクトアタックだ。

「雪が降ると一段と寒いねえ」

そういうジェナスは上はTシャツ、下はハーフパンツだった。

「その格好で言われてもなあ」

俺の呆れたツッコミにジェナスは少し小さくなった。
もちろん寒さの影響ではない。

そろそろ学期末。
そして年末を迎えるころ。
午後の授業が無いのをいいことに、俺達は3人は珍しく、
コンソールルームへ足を運んでいた。
屋外に出る渡り廊下は、容赦なく北風が吹きつけてくる。
さっさと風から逃げようと足早に部屋に入ると、珍しく先客がいた。

「どうした?フロス」

「あれ、ペイディ君は今日は一緒じゃないのね?」

レオが約束でもすっぽかしたのかと思ったが、違うらしい。
彼氏の問いかけに意外な答えが返ってきて、
俺とジェナスは何事かわからず顔を見合わせた。

「ペイディならまだ授業中じゃないか?2,3年は午後の授業ないけど」

「そうだったのね」

ペイディに用があるなんて珍しいな。
普段会話してるところなんて見ないし、まして学年も違うから余計だ。

「なんかあった?何なら一声かけておくけど」

「いいえ、急用ではないから大丈夫よ」

それではごゆっくり~と、言いそうな表情を残して、
フロスは部屋を後にした。

何の用事だったんだ?
珍しいこともあってか、少し気になった。
まあでも、急ぎならリングで呼んでるはずか。

「時間あるんだったら見学してもらえばよかったじゃんか」

「勘弁してくれよ、彼女の前でボコボコにするとか、ただの嫉妬じゃねーか」

ジェナスの提案はあっさり却下されてしまった。
俺としてもフロスが見に来てくれると助かるのだが。

と言うのも、以前に計画したフロスの模擬戦見学会。
2学期に入ってから実行に移したが、確実に成果を出していた。
最近ではジェナスとそこそこ渡り合えるくらいにはなっている。
まだ遠距離相手には手こずってはいるが、
ペイディともそのうち互角にやりあえるだろう。
レオにしてみれば罰ゲームをやらされてる感覚かもしれないが、
結果強くなるなら、使わない手はない。

その相乗効果なのか、
全員が確実に強くなっていくのが、日に日に実感できた。

レオは 肉体強化ビルドアップが以前に比べ強力になり、
模擬戦での 具現化ヴィデートの使用頻度の多さが起因してか、
生成までの速度が段違いだ。
相変わらず棒術自体は、ぼちぼちと言ったところだが。

ジェナスは最近になって 結界アミナを 解除アンロックしたらしく、
ただでさえ堅い防御をさらに強固に変えていった。
正直俺じゃ崩すことは不可能に近かった。
一時期 具現化ヴィデートの 解除アンロックにも試みたみたいだが、
本人も乗り気でなかったせいか、失敗に終わった。

最後にペイディ。彼に関してはあまり言う事が無い。
遠距離に関して俺が口を出せるような、低いレベルでもないし。
なんというか、戦闘におけるセンスが俺達とは段違いだった。
近接戦は完全に捨てたペイディは、
依然と比べ遠距離戦での手数が1.2倍程に増えた。
さらに 肉体強化ビルドアップも距離を取る為の手段として、
手を抜かずに鍛錬していた。

そんな3人を羨望の眼差しで見続けている俺は、
未だに 解除アンロックできないでいた。
まだレオに負けるほどではなかったが、
ジェナスの防御を突破する手段が無く、
ペイディには距離を詰め切れず。
最近はもっぱらレオの相手ばかりだった。

もちろん嫌々ではない。
日々強くなっていくレオを見るのは楽しかった。
同時にジェナスとペイディにおいていかれ、
そのうちレオにも、と考えると泣きたくなった。

現状で4人の戦闘力の序列は、

ジェナス≧ペイディ>>俺>レオ

こんな感じだろうか。
いつになったら 第5世代フィフスは、
永い眠りから覚めてくれるんだろうか。

「サクッとご飯食べて 接続コネクトしようよ」

「そうだな。そろそろムルトと互角にやれそうだし、今日こそは勝つぜ!」

去年の夏だったら、10年はえーんだよ!って言えたんだが。
肩身が狭い思いは、この先更に加速しそうだ。

ジェナスに催促され、
簡易テーブルを用意して、大量のパンを3人で口に押し込む。

それにしても、ここに来るのは久しぶりだ。
前回来たのは1ヶ月程前。
UMCが手に入ってからというもの、
徐々にこの部屋に来る回数も、少なくなって久しい。
ペイディに教えてもらった盗聴器の件もあるので、
時折訓練のついでで、覗きに来るようにはしていが。
もちろん4人でだ。
夏にペンションに泊まった際に、ペイディにもUMCを渡しておいた。

今日も午後の授業が1、2限残ってるだろうし、
1時間くらい一緒にできればいいほうかな。

パンを頬張り終えた俺たちは、
口を動かしながら、1カ月振りのメダーラケーブルで、
 接続コネクトを始める。

そして 仮想バーチャルに意識を持っていかれる寸前、
俺はあることに気づく。













盗聴器が無い。









■セーシン学園内  出発地点デパーチャー


「ジェナス!、レオ! 接続解除ディスコネクトだ!」

「え?」

「なんでだよ、今来たとこだぜ?しょんべんか?」

んなわけあるか!さっき連れションに誘ったの、お前だぞ?!

心のツッコミを口に出す暇はなかった。
 出発地点デパーチャーに下り立つなり声を張る俺を、
不思議そうに見る二人。
当然だ、盗聴器の件に関して、二人に話していない。
そして説明してる暇はない。

「わりい、説明する時間も惜しいんだ!
 今すぐ 接続解除ディスコネクトしてくれ!」

「ムルト、駄目だ」

食い気味に否定したジェナスの顔は、
初めて見る顔をしていた。
極度の緊張と恐怖から、血の気が引いているのがわかる。
ジェナスはこの後の展開が、予測できているようだ。

「 電磁妨害ジャミングが・・・貼られてる」

ちくしょう、遅かったか。
周りを見渡しても、いつもの 出発地点デパーチャーだ。
油断はできないが、すぐに生死を彷徨う状況ではない。

「 電磁妨害ジャミングって。
 それじゃ 接続解除ディスコネクトできねーじゃん!」

レオに言われるまでもなく、そんなことわかってる。
 接続解除ディスコネクトは諦めて、
上位権限も確認したが、リミッターが外されている。
既学園内のセキュリティは突破されて、丸々掌握されているんだろう。
 電磁妨害ジャミングのせいで、 個別通信チャネルも使えない。



最悪の展開だ。


何の為に部屋に顔を出していたんだ俺は。
盗聴器の有無が本命だろうに。
最近コンソールルームに行く機会も減っていたとはいえ。
事もあろうかそれを失念し、 接続コネクト直前に気づくとか。

だが余韻に浸っている暇はない。
もうすぐ戦場になるであろう、ここに留まるべきか。
別の 箱庭クラスに移動するべきか。

その前にやるべきことがあったのを思い出す。

一つ深呼吸して心拍数を下げ、
二人に現在俺たちの置かれている状況と、
盗聴器の件をかいつまんで説明した。

「なんでそんなもんが学園の中にあんだよ」

「俺が聞きてーよ」

わりい、レオ。 第5世代フィフスの事は流石に話せねえ。
巻き込んじまったら申し訳ないしな。
いや、既に遅いか。

「で、この後どうする?ムルト。
 このままここに残るか。
 それとも別の 箱庭クラスに移動するか」

学園TOP3の秀才はよくわかってらっしゃる。
1から10まで全部ひとりで解説するのは、流石に骨が折れる。

「よし。試しに隣の 箱庭クラスに移動しt」

言い切る前に怒号と爆風で俺の言葉がかき消される。

轟音と共に、
 箱庭クラスや 出発地点デパーチャーを繋ぐドアの一部が、吹き飛んだ。

二人か?

逆行から2つのシルエットが、こちらに歩いてくる。

「二人とも、 擬人化ニウマプスしろ。
 先手を取られたみたいだ」

俺の声に無言で頷く二人。
緊張で少し体は強張っていたみたいだが、
ジェナスもレオも、そして俺も。
戦闘への備えは出来ていた。

「さて、誰が 第5世代フィフス持ちか、答えてくれるかな?」

サングラスの下に痩せた頬を覗かせた男の第一声。
トレンチコート、皮手袋に革靴。
全身を漆黒を纏った男は、手に細い長剣を右手に握っている。
ご丁寧に刃まで真っ黒のレイピアだ。

もう一つのシルエットは既に 擬人装甲マプスを身に纏っていた。
全身が黄色く、黒いラインがいくつか入っており、
蜂を連想させる女性のフォルム。
右手に長剣。剣先がカーブを描いており、タルワール。
いや、あの剣幅だ。シャムシールのほうが近いか。
そして左手には丸型の小盾。バックラーの類だ。

二人とも強いのは肌で 犇々ひしひしと感じ取れる。
特にグラサン野郎は、
ヤバいの一言で片づけられるような、ヤバさではない。
俺は限られた脳細胞をフル回転させる。

「ジェナス、レオ。二人で男のほうを頼む。
 俺は女の方を」

「なんだよムルト、ビビっちまったのか?
 何なら変わってやってもいいんだぜ?」

この期に及んで軽口を。
お前だって膝が笑ってるじゃねえかよ、レオ。

「僕はムルトの方針に賛成だよ。多分黒服のほうが強いけど、
 レオと僕じゃ」

ジェナスは一瞬言葉を詰まらせる。

「彼女を殺す覚悟が無い」

「流石学園TOP3様。わかってるね」

そうだ、俺もあまり人の事は言えないが、
あの女性型の 擬人装甲マプスの相手は、二人にはできない。
優しい二人に女性へ攻撃するなんて出来ないもんな。
敵だとわかっていても、必ず心のどこかで無意識に手加減する。
そこに付け入れられて殺されるんじゃ、たまったもんじゃない。
斯く言う俺は姉さんを、本気で殴れるくらいには男女平等だ。
相手を殺す覚悟も、二人よりはあるはずだ。
今でも十分危険に晒してしまっているが、
ジェナスとレオに危害が及ぶなら。

全力で殺しにかかる。

二人に任せる黒服の戦闘力は、
間違いなく女型の 擬人装甲マプスより強い。
だが、日々培ってきたコンビネーションがある。
後は出たとこ勝負、運否天賦に任せるしかない。

「ふむ、話もできんか。仕方あるまい」

男の一言が運命のゴング、殺し合いの合図となった。
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