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1.Farewell to the Beginning
32:次へのステップ
しおりを挟むあの一件から2週間が過ぎようとしていた。
世間ではセーシン学園襲撃事件と称して、連日報道を繰り返している。
押しかるマスコミ連中はいまだその数を減らすことなく、
学園の前を占拠している。
学園も冬期休暇に入ったというのに、ご苦労な事だ。
「暇だねえ。他に報道することないのかね。
年末の特番なんてそっちのけじゃねえか」
炬燵で寝転がる中年男性。
最近は頭頂部も気持ち、薄くなってきた気もする。
年齢からくるものだけではないと思いたい。
何の気なしに毒を吐いたセイジは、今日も今日とて家でくつろぐ。
毎年見る事の叶わない年末のバラエティ番組を、
楽しみにしていたのにこの有様だ。
仕事もないわけではなかったが。
例年通りの年末ならば、仕事に追われ落ち着いて家にいる事などまずない。
誰しもが休みたい年末年始。
逆にイシダ家にとっては繁忙期である。
暗殺、諜報、そういった暗部の活動にはもってこいのこの時期。
今年もそのはずだった。
「しょうがないじゃない。規模が規模だし。
って言うか仕事、断っちゃって大丈夫なの?
コネは大事だーっていつも言ってるくせに」
目の前の仕事を不意にする御当主に、難癖をつける妹のミツコ。
彼女の指摘も至極当然だ。
イシダ家の収支を管理している身としては、猶更の指摘である。
言いながら洋菓子にフォークを入れているミツコに、
《ふ・と・る・ぞ》
と 個別通信で警告する兄。
それもむなしく栗のケーキを、美味しそうに頬張る妹。
局地的な 干渉波のせいで、警告は無念にも届かなかったようだ。
1時間後には昼食の時間だと言うのに、お構いなしに手を進める。
「中佐とは付き合いなげえから。それにあいつにも休息が必要だろ?」
甘い誘惑から救えなかった妹を見捨てて、言い訳をする。
「そうよ、ね」
ミツコは頬張ったケーキの甘い口溶けに、浸ることはなかった。
幼少の頃より付き合いのあった中佐。
ミツコにとって、もう一人の兄のように慕った存在だった。
それは歳を重ねた今も変わらない。
そんな中佐が初めて、自分の前で涙を流したのだ。
顔を歪めず流すそれは、ミツコの脳裏に深く焼き付いた。
2人の雇い主。中佐こと、ティグリス・アリクアーマ。
テルミット国軍の中核を担う一人だ。
そして言わずもがな、レオ・アリクアーマの父である。
ティグリスは平和ボケした汚職まみれの上層部とは、一線を画す存在。
セイジとは対照的に、聡明で策略家を地で行く人物。
性格は正義を具現化したようにまっすぐで、彼の人望は中々に厚い。
一介の佐官ではあるが前線に出ることも多く、巷で話題に上がる事も度々。
襲撃事件の際も、セイジからの報告を聞いた彼の行動は、風の如く。
上層部からの命令を待つことなく、先んじて現地入りしていた。
このあたりの行動力が腐った上層部と違い、
国民の支持を得ている理由の一つだろう。
ミツコ達と合流する少し前にセイジと合流。
状況の把握をしていく中、彼の息子の死を伝えなければならないセイジは、
また貧乏くじかよ、と自分の役回りにうんざりしていた。
「すまねえ。もう少し速く対処できていれば」
セイジの心よりの謝罪に、報告の完了を察した彼は何も言わずその場を離れた。
実の息子の死に何も感じないはずはない。
ところがその場は耳を傾けるだけ。何も言わなかった。
ようやくそのことについて触れたのは、ミツコと合流した後だった。
「済まなかったな、辛い役を押し付けたようで」
悲しい顔はしていたが、ムルトの肩を叩くと自分の仕事に戻っていった。
ムルトに掛けた言葉は、それだけだった。
つまるところ、人前でレオに触れたのはこの一言だけだ。
人によっては涙一つ見せない彼を、冷徹に感じた者もいるかもしれない。
だが人前では弱みを見せまいとした彼を、セイジとミツコ、
更には彼の側近は知っている。
息子の死をそう簡単に振り切れるわけもないだろう。
陣頭指揮に務める中、その顔に流れるものを誰も咎めなかった。
一方のムルトも、余程思いがけない一言だったのだろうか。
ティグリスの前で泣き崩れると、謝罪の言葉を繰り返していた。
事件から3日後。
そんな傷心中であるはずのティグリスから、指示された次の仕事。
それはテルミット政府の調査だった。
どうやらティグリスは、
この国の代表として息子の仇を取ろうとしているようだった。
いや、それは理由の一つであって全てではないのだと思う。
見かけだけの先進国であって、腐敗した政治は国民の関心の薄さからもわかる。
そうした中身を一新するだけの力をティグリスは持っている。
彼自身も周りからの期待から、わかっているはずだ。
だがセイジの答えは決まっていた。
ノーだ。
理由は二つ。
一つは仕事そのものについて。
調査したところで、腐敗しきった肥溜めの塊から出るもの。
そんなものわかり切っている。
平和と言う名の 茣蓙の上で踏ん反り返っている奴らなんて、
少し突いてやればすぐだ。
もちろん反AIを殲滅することには賛成だ。
だが金を貰ってまで自分達が手を出す仕事でもない。
セイジが手を貸さずとも、ティグリスの人望や性格なら時間の問題だ。
協力者として手を上げるものは多いだろう。
二つ目は塞ぎ込んだムルトの事。
どちらかと言えばこちらの比重が大きい。
レオの死を目の前に、
その後の記憶は 記憶領域にも残っていないようだった。
気を失っていた間の出来事をジェナスから聞いたムルトは、
放心したまま自室にこもってしまった。
無理もない。
自分の大切な人間が、目の前で自分を庇って死んだんだ。
さらに無意識だったとはいえ、敵として立ちはだかる友人の彼女を、
その手で殺めた事実。
挙句、一歩間違えばジェナスまで殺してしまうところだったのだ。
日頃そういったことに対しての”覚悟”について、幼少より話はしていた。
だがその覚悟の上を行く衝撃に、ムルトは耐えられなかった。
「ところであいつ、飯は食ってんのか?」
セイジはディスプレイの向こうに焦点を当てながら、
いつの間にかケーキを食べ終えたミツコに聞く。
「一応ね、旺盛とはとても言えないけれど」
「そうか。当分かかるかもなあ」
食べていれば肉体的には死なないかもしれない。
だが精神的なものは時間に頼らざるを得ない。
慰めたところで過去の結果は、何一つ変わらない。
それを糧に前進しなければならない。
セイジがそうだったように。
昔の事をを思い出し、感傷に浸るさなか。
ディスプレイに映し出されたティグリスは、高々とこぶしを突き上げていた。
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