出会いから付き合うまで。

葉月瞬

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付き合う

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 それから、バイト中にもメールをしていた小川さんにまたメールを打つ。小川さんはあたしの高校の頃の親友で、れっきとした女の子。そう。あたしは女子高に通っていたのだ。
――良かったね。ちゃんとメールした?
 女の子なのにギャル文字は使わず、絵文字も少なめのメールだ。几帳面さが窺える。
――いや、してないよ。メールする口実が無いし。
 って、書いてメールを送る。すると、
――せっかく交換したんだからメールしないと意味ないでしょ!
 と返って来た。
 小川さんも恋をしていて、バイト中にメールしたときにあたしが「好きなら行動しないと、上手くいくものも上手くいかないよ! 今やれることをしないと絶対後悔するよ!」と送ったので、小川さんの発言を無視できない。それに、友達だし。こういうときにこういうことを言ってくれる友達は正直ありがたい。
 あたしは小川さんとのメールをやり取りした直ぐ後で、草加君にもメールを打った。吉本君からお客さんゼロです、暇ですって返信メールが来てたから、心置きなくメールが打てる。
――アド教えてくれてありがとうございます。これから仲良くしてください。機会があったら遊びに行ったりしたいですね。
 そういった内容を打ち込んで、送信ボタンを押した。暫しの沈黙。緊張する瞬間。うん。あたし頑張った。これでもう、思い残すことは無い。と思っていると、着信音が鳴り響き、メールを受信したことを知らせた。早い。さすが。バイト中なのに直ぐに返信してくれるなんて。ちょっとだけ嬉しい。吉本君が言ったとおり、全然お客さんが来ないのかな。
――ありがとう。これからも仲良くしようね。遊びに行くのもいいですね。
 と言う内容だった。それ以降、メールは来なかった。バイトが終わって、家に帰って直ぐに草加君は寝てしまったようだ。仕方ない。あたしも寝るか。おやすみ。

 翌朝。朝一でメールが来た。結構まめなところがあるのね。そう思って携帯を開いて見ると、挨拶らしき文面が。バイトのこととか、自身のこととかに触れている。その後何通かメールのやり取りをして、夜になったら草加君が寝て、翌朝メールのやり取り、と続いた。
 その翌日。
 電話をしよう、と言うことになった。
 メールをしていて、実はお互い寂しがりやなんだという話になったから。その寂しさを埋めるために、肉声を聞こうと言うことなのだ。
 その日電話をした。勇気を出して。そしたら、友達が泊まりに来ているらしく、草加君はいつもと違う雰囲気だった。ちょっと酔っている?
「楽しそうだね。いいな、若いって」と私。
「いやいや、一つしか変わらないじゃん」と草加君。
「昭和と平成の壁は意外と厚いのよ」
 この電話は草加君からかけてくれたものなので、電話料金が気になった。だから切るね、と断りを入れてから切ることにした。時計を見たら一時間が経っていて、驚いた。一時間がこんなにも短いものだったなんて。時間て不思議。長く感じられるときもあれば、短く感じるときもある。それは主観によるところが大きいのだけど、体感時間って当てにならないよね。
 電話を切って数分後、またメールが来た。「やっほ(笑)」かわいい。そう思ってしまった自分はすでに重症だなって思う。完全に草加君に惚れてるって。でもそれを表面に出してしまうと、周りが煩いから出さないようにしてるの。アド訊いた時から知っていたことだけど、あの日以来草加君とはシフトが重なっていない。
 顔を見たくなった。ああなんだか、顔を見ていないと落ち着かない。このもどかしさ。恋する乙女って感じ? 電話が楽しかったから余計にそう、思えるのかもしれない。だから素直に返信してみた。
――声聞いたら会いたくなっちゃった。
――じゃあ、会う?(笑)
――草加君がいいなら。
――そっちまで行こうか? 迎えに行くよ。
 夜半過ぎ。だから深夜一時だね。日付が変わってるから翌日なんだけど、あたしの感覚では翌日ではない感じ。多分誰がどう考えても翌日と言う感覚ではないだろう。こんな夜遅くに外出するなんて初めてだった。しかも両親に内緒で。胸が高鳴り、動悸が止まらない。両親が起きて来ないか、不安な感情に押しつぶされそうになりながら家を静かに滑り出た。
 近くのコンビニに行くと、草加君が待っていた。なんだか急に気恥ずかしくなってきた。だって、こんな深夜に会うなんて……密会のようで周りを気にしないといけないんじゃないか、そう思えてくる。それに……実際に会うと羞恥が先走って声が出せなかった。メールや電話ではあんなに素直になれたのに。
「どこか座って、ゆっくり話せるところ無いかな?」
 草加君が切り出した。あたしがこの近辺には無い、と言うと、草加君がじゃあ自分の家の近所に行こう、と言った。そこならゆっくり話せるから、と。並んで自転車をこいだ。平行して自転車を走らせる様は、端から見てると恋人同士に見えるだろう。福岡に住んで五年目。通ったことの無い道。その道を、曲がりくねった道を、あたし達は走った。暫く進んでいくと、海岸線が見えてきた。草加君の言っていた話せる場所って、海岸だったんだ。来たことの無い海を見て、あたしは感動した。
 船が沢山停泊している岸辺にあたし達は座った。温暖化の影響で暖かいかと思ったけれど、海風が吹き付けてきて肌寒かった。髪が風に煽られて舞い上がる。
「寒い?」
 寒がっているあたしを見かねて、草加君がそっと手を差し出してきた。
「俺の手、めっちゃあったかいよ」
 あたしは逡巡した。ここは手を握るべきなのだろうか。躊躇しているあたしの手を黙って握ってくれる草加君。温もりが広がった。なんだか、暖かい気分になった。
「何でこんなに暖かいの?」
「んー、心が冷たいから」
 笑って答える草加君。いやいや、そうじゃないでしょと突っ込むあたし。和やかな空気が流れる。そのまま語り合った。顔が火照る。緊張のせいか、会話が頭に入って来なくなった。
「手、小さいね」
「そりゃ、男の子より小さいよ」
「指、細っ」
 あたしの心臓が激しく脈打つ。この心臓の音が草加君に聞かれやしないかと、心配で堪らない。気が気じゃないけど、離したくない。この相反する二つの感情に、あたしはどぎまぎしていた。
 身動ぎしたり、立ち上がったりして手を離してしまっても、どちらからとも無くまた繋いだ。
「――って、その友達がさぁ……って、聞いてる?」
「え? う、うん。聞いてるよ」
 にやけている草加君。この顔、何かたくらんでいるな。
「その友達が、今日泊まりに来ているんだ。呼んで良い?」
「え?」
 突然の申し入れに、驚いて言葉を紡ぐことができないあたし。なんて言ったらいいか、直ぐには出てこない。何で友達を呼ぶの? とか、何であたし達二人だけでいられないの? とか、いろいろ疑問が浮かんだけれど、それは口に出さず、あたしは笑顔で肯定の頷きをした。

 それから暫くして、草加君が言っていた友達が自転車に乗ってやって来た。三人で並んで座る。あ、もちろん、草加君とあたしは手を握ったまま。だからあたしと草加君は隣り合う形で座り、草加君の友達は草加君の隣に座った。顔は普通。特に特徴の無い人だった。けど、優しそう。優しく笑っていた。草加君と同じように。二人は本当に仲良しなんだろうなって思った。親しく声を掛け合って、息もぴったり。
 草加君の友達も交えて、話は尽きなかった。お互いの学校のこと、ドラえもんの話。あたしの話もそうなんだけど、あたしの話よりもむしろ草加君の話のほうが盛り上がった。いろいろ聴けて楽しい時間だった。ふと時計を見ると午前四時。こっそり出てきたから、家族が起き出す前に帰らないと。あたしはそわそわし始めた。
「何? 何か心配事?」
 草加君が気にして訊いてきてくれた。そんな、ちょっとした心遣いだけでも嬉しい。
「あぁー…………そろそろ帰らないと…………」
 あたしは申し訳なさそうに言う。申し訳ないことなんて無いんだけどね。
 本当は帰りたくなかった。話は弾むし、尽きることが無い。草加君のことをもっと知りたいと思っていた。でも……お互い、学校がある。あたしが帰ると言い出さない限り、この状況は続くと思っていた。でも、だからこそ、あえて切り出したのだ。
「……送るよ」
 草加君が紳士的に言ってきてくれた。
「いや、いいよ。近いし。道分かるし」
「ううん、だめ。送るから」
 草加君って、結構強情なところがあるんだな。新しい発見。
 結局送ってもらうことになった。
 自転車を併走して走る。こぐスピードが自然と遅くなる。二人とも無言でこいでいる。気恥ずかしさと、別れを惜しむ感情と。それが交互に押し寄せてきて、あたしの胸には複雑な波模様が描かれていた。その模様がだんだん広がっていく内に、目的地についてしまった。あたしは諦めとも悲しみともつかない感情を抱いた。
「ここの十一階が我が家なんだよ」
「本当に一焼から近いんだね」
「送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
 あたしがそう言うと、草加君は手を振って帰っていった。
 あたしは自宅に帰って、お風呂に入ることにした。体を洗って、湯船に浸かると冷えた体が芯まで温まっていくようだ。
「草加君、手、温かかったな……」
 手の温もりがまだ残っているようで、手のひらをじっと眺める。頬が紅潮していくのを感じた。あんなに男の人と接近したのって初めてで、まだ胸の奥がドキドキしてる。手を当てて、その胸の高まりを静かに感じた。
 お風呂から出て、ベッドに潜った。先程までの出来事が夢に思えて仕方が無かった。けれど、このまま眠ったら全部夢として消えてしまいそうで怖かった。そのままじゃ眠れないので、メールをしながら眠った。

 二時間ぐらいしか寝てなかったからなかなか起きられなかった。お母さんに怒鳴られてやっと起きた。お母さん、起してくれたありがとう。感謝してる。
 起きて枕元に置いてある携帯を見ると、メールが来ていた。草加君からだった。アドを訊いてから、メールが途絶えたことが無い。それほど日数が経っていないと言う話もあるけど、あたしがメールを送ると直ぐに返ってくるし、おはようメールは欠かさない。結構まめな人だなあと思った。
 さて、今日の講義は何があったかな。水曜日の講義は確か……二限目に地財会計論ⅠⅡ、三限目は韓国語Ⅱ、四限目は著作権法Ⅱだったはず。教科書やノートを鞄に入れると、部屋を出て食事もそこそこに眠たい目を擦りつつ家を出た。
「いってきまーす」
 大学で、やっぱりと言うか当たり前のように寝てしまった。しかも授業中に。二限目はそれでも頑張って起きていたんだけど、三限目、四限目は爆睡してしまった。寝ていても怒られないし、何とかなる講義だからいいけど、少し後悔した。
「花梨」
 キャンパス内を歩いていると、不意に声を掛けられた。振り向くと友達の加奈だった。
「あ、加奈」
「寝てたでしょ」
「昨日眠れなくて」
「いいよ。それより、大丈夫なの? バイト」
 そう、問題はバイトの時間である。あたしが勤務する時間帯は、十九時から二十二時の三時間。ホール勤務なので立ちっぱなしな上に接客までしなくてはならない。眠たい中の接客は正直きついものがある。殆どお客さんが来ないとはいえ、眠ってしまったら社員の天城さんに怒られる。

 でも、あたしは眠らなかった。
 あたしはその時間、メールをしていた。みんなと一緒にキッチンでジュースを飲みながら携帯の画面を見詰めていた。ちょうど草加君からメールが来ていた。
――忙しい?
――全然。草加君いないからつまんない。
――俺も更科さんに会いたい。
――早退しちゃうか! 会いに行きたい。
――うん。帰っちゃえ。
 私は思い切って天城さんに話しかけた。
「あの、すいません。検定の勉強をしたいので、早めに帰らせてもらえますか」
「お、検定か。頑張れよ。いいよ帰って」
 天城さんに言ってみたら、暫く難しい顔をしていたけどあっさりと許可してくれた。いいのかなぁ。
 あたしはそのままの格好で店を出た。秋も半ばを過ぎた頃、日も落ちるのがだんだんと早くなってきている。夜になると肌寒い。冷える、とまではいかないけれど、風は冷たさが加わったような気がする。二十一時半ごろだから、この頃にはもう星が瞬いている。一番星も遥か上の方に来ている。
 この前と同じコンビニで待ち合わせたから、あたしは真っ直ぐコンビニに向かう。コンビニの駐車場の輪止めに座って、草加君が来る方を見詰めながらじっと待つ。今度はあたしが待つ番。秋の寒空の下待つのは辛い。しかも今はバイト先の制服のままなのだ。だんだん待つのに疲れてきて、外にも関わらずうとうとし始めた。
 メールの着信音で目が覚める。
――着いたよ。
 外から店内を見渡す。いた。草加君だ。
――外にいるよ。
 そう、返信すると店から出てきてくれた。
「いつ来た?」
 草加君が訊ねる。
「十五分前くらい」
「嘘!」
「そこに座って、うとうとしてた」
 そこ、と言うところであたしは駐車場の輪止めを指差す。
「何やってんの。危ないだろ」
 草加君は穏やかに言ったが、表情を見るに本当に心配しているようだった。
 暫くして落ち着いて来た頃、どこ行く? と言う会話になった。あたしは徒歩。いける範囲は自ずと決まってくる。結局、あたしの自宅の裏にある小さな公園に行くことにした。
 徒歩で数分。公園に着くと、小さなベンチに座った。この前と同様、誰からとも無く手を繋ぎ、そのまま話し込んだ。あたしは凄く寒いのを我慢して。
 しかし、次第に疑問が湧いてきた。付き合ってもいない人と手とか繋いでも良いのだろうか? この疑問は直ぐに氷解することは無いだろう。堅いかも知れない。実際に、付き合ってもいない人と手を繋いだこともある。でも、こんなふうに当たり前のように繋いでも良いのだろうか。ひょっとしたら、あたしはこの人が好きなのかもしれない。
 そんな思いが交錯する中、まともに話が入ってくる筈もなかった。
 二人の関係をはっきりさせた方が良いのだろうか。でも……怖かった。何故だろう。凄く怖い。
 静かに公園のベンチに座る。公園は昼間の喧騒とは裏腹に、静寂(しじま)に満ちていた。夜中なので、誰もいない公園。不気味さもあって、あたしは草加君の手を握ろうとした。握ろうとしてはっとなった。
「手って、繋いでいいのかな?」
「え? 何で?」
「だって、普通付き合っている人が手繋ぐじゃん」
「そうだね……」
 暫し沈黙が続いた。口を開いたのは草加君の方だった。
「はっきりさせる?」
「え?」
「関係」
 公園の横の貨物列車専用線路を、長くて重い音を立てながら貨物列車が通り過ぎていく。長い貨物列車が通り過ぎていく間、どうしようかたくさん悩んだ。草加君とメールしていた時のこと、海岸で話したこと、様々な思い出が溢れてきて私の胸を包んだ。幸せだった。楽しかった。ずっと、いつまでもこのままでいたい……。手のことも触れなければずっと繋いでいられると思った。けど、曖昧なままでいていいはず無い。
 貨物列車が通り過ぎて、静寂が再び訪れると勇気を出して言った。
「一度しか言わないから、よく聞いてください」
「はい」
「……す、すきです。付き合ってください」
 声が少し上擦っている。鼓動が早い。こんなにも緊張するものだとは思わなかった。まるで入試のときのような、清々しい緊張感。
 草加君が大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。緊張を和らげるためなのだろう。
「俺も、一回しか言わないからちゃんと聞いてください」
「はい」
「……いいですよ」
「え? ぇえ!?」
 我の耳を疑った。横にいる草加君を見遣る。そこには恥ずかしそうに俯く草加君がいて。はにかんでいる草加君は可愛らしい。
「はぁ、……俺から言えばよかった」
「え? いや、信じられないんだけど」
 息を吐いてみると視界がぼやけてきた。目じりに熱いものが込み上げる。ヤバイと思って、草加君に背中を向けた。え? どうしたの? そう言って草加君が覗き込んでくる。咄嗟に隠したけれど、隠し切れなくて。目に溜まった涙を見られてしまった。
「何で泣くの?」
「いや……あの…………」
「ん?」
「…………嬉しすぎて。あたし、自分から言うの初めてだから。余計に」
 そう言ったら、草加君があたしの頭を撫でてくれて、抱き締めてくれた。彼の温もりがあたしの体の中に広がって、心が落ち着いていく。
 その後話しをしていたら二十五時を回ってしまった。帰らないといけない、という話になって草加君が徐に、
「ちょっと、目を瞑って」
 と言った。あたしは言われるがままに目を瞑った。唇に柔らかいものが触れる。心臓が一つ大きく脈打った。これって、唇と唇が……。顔から耳にかけて火照って紅潮するのがわかる。
 一瞬で離れて、五秒後にやっと理解した。
「ちょっと、今の……」
 信じられなかった。ついさっき付き合うってことになったばかりなのに、もう接吻キスするなんて。草加君って、意外と積極的なんだ。
 あたしは恥ずかしさのあまり暫く硬直していた。草加君の、もう帰ろうの声に我に返る。
 その日は家に着いても、どうしても接吻キスのことが頭から離れなかった。あんな事、初めてだったから。

 それからあたしと草加君は、正式に付き合うことになった。

 後日、草加君から、「ご飯食べに来るってなってたから、その時に言うつもりだった」と聞かされた。
 でも、自分から言って本当に良かった。
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