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十八話、蒼が赤に変わるまで
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*ヴェラノラ視点
ルミナリアの苑は静けさに包まれていた。
花々が、蒼から赤へ。
そしてわずかに、金へと移ろう。
夜の帳が降りるにつれ、空は墨を垂らしたように黒く染まっていく。
それとは対照的に、竜の加護を受けた国花たちは、いっそうその色を鮮やかに灯していた。
――珍しいな。
こんなふうに花の色が揺れる瞬間を見届けたのは、いつ以来だろう。
もとは赤い花。けれど王家が竜の祝福を得てからは、金へと変化していった。
今やその金もめったに見られない――私自身でさえ、目にすることは稀だ。青なんて尚更。
……それにしても。
まだ胸の高鳴りが収まらない。
指先に小さな炎を灯してみせる。
花弁と同じ、赤金の焔。
いつもならすぐ掻き消して執務に戻る。だが今日は――どうしても、この炎を手放せなかった。
(……私は、一体何を、彼に望んでいるのだろう)
始まりは、ほんの気まぐれと私のわがまま。
求婚など政略の一環でしかなかった。
断れば敵意を剥き出しにする者も多く、逆に受け入れれば、王国を乗っ取ろうと画策する者さえいた。
幾度となく、そんな“燃えるだけの婿”を見送ってきた。
送られてくる手紙も、もはや灰にするのすら飽きていた頃だった。
ふと目に留まったのが――
今日も、そしてあの時も、忠実に頭を垂れていた“彼”だった。
まっすぐな騎士。私の顔すら見ようとしない不器用さが、何故か引っかかった。
『おまえ、私の伴侶にならないか?』
あの言葉が、まさかここまで波紋を呼ぶとは。
……自分でも驚いている。
「しかし、やはり――気になるのだ」
レイ・バリストン。
バリストン左宰相の剣。それ以上の情報は、これまで持ち得なかった。
言葉を交わしたのも、あの謁見の時が初めてだ。
確か、郊外に現れた強力な魔物の報告だったか――
その対応は完璧だった。動揺を見せることもなく、毅然とした姿だった。
……だが、その直後に逃げるように去った。
それが、妙に印象に残っている。
確かに、彼の声はわずかに震えていた。
それでも、返答の言葉はきちんと「仰せのままに」と告げていた。
(……なぜ、そんなに心が揺れるのだ)
そして――あの瞳。
私は、耳元の片方だけのイヤリングにそっと指を添えた。
あれは、幼い頃のこと。
男の子に見えるように帽子を深く被り、髪を隠して城を抜け出していた。
私の守るべき街。王城とは違う、あの町に咲くルミナリアが、無性に愛おしかった。
けれど、そこで出くわしたのは――侵入者らしき暴漢。
連れ去られそうになった私を救ったのは、年の近い“少年”だった。
彼は小さな体で必死に暴漢にぶつかり、手を取って走ってくれた。
あのときの手の力は、骨が折れそうなほど強かった。
けれど、それだけ必死に守ってくれたのだと分かって、心から嬉しかった。
別れ際、私は国宝のイヤリング。その片割れを彼に渡した。
ヴァルディスには死ぬほど叱られたけれど――
それでも、あの時の決意に偽りはない。
彼が、いつか見つけてくれると信じていた。
「……叶うなら、また会いたいものだが」
ぽつりと零した言葉は、ルミナリアの灯に溶けて消えていく。
――蒼が残る一輪だけ。
その花のそばに立ち尽くしながら、私は想う。
忘れられない。あの、澄んだ青の瞳。
レイの瞳は違う。
紅が差した瞳だ。
それもまた美しいけれど――
あの“少年”とは少し違っていた。
少年は深海みたいな青。
しかし、銀髪。あの時の少年も、バリストン家の血筋も――
皆、白銀を宿していた。
(……確かめる価値は、あるだろうか)
イヤリングをもう一度、撫でる。
私が“選んだ”のだ。
ならば、いつでも確かめる機会はある。
(……気まぐれだったはずの婚約も、間違いではなかったかもしれない)
指先の炎が、そっと風に跳ねる。
消すつもりだったその火を、もう少しだけ――灯しておこうと思った。
「……また会いに来てくれ、レイ」
最後にそう囁いたとき、蒼く染まっていた一輪のルミナリアが、静かに赤へと色を変えた。
ルミナリアの苑は静けさに包まれていた。
花々が、蒼から赤へ。
そしてわずかに、金へと移ろう。
夜の帳が降りるにつれ、空は墨を垂らしたように黒く染まっていく。
それとは対照的に、竜の加護を受けた国花たちは、いっそうその色を鮮やかに灯していた。
――珍しいな。
こんなふうに花の色が揺れる瞬間を見届けたのは、いつ以来だろう。
もとは赤い花。けれど王家が竜の祝福を得てからは、金へと変化していった。
今やその金もめったに見られない――私自身でさえ、目にすることは稀だ。青なんて尚更。
……それにしても。
まだ胸の高鳴りが収まらない。
指先に小さな炎を灯してみせる。
花弁と同じ、赤金の焔。
いつもならすぐ掻き消して執務に戻る。だが今日は――どうしても、この炎を手放せなかった。
(……私は、一体何を、彼に望んでいるのだろう)
始まりは、ほんの気まぐれと私のわがまま。
求婚など政略の一環でしかなかった。
断れば敵意を剥き出しにする者も多く、逆に受け入れれば、王国を乗っ取ろうと画策する者さえいた。
幾度となく、そんな“燃えるだけの婿”を見送ってきた。
送られてくる手紙も、もはや灰にするのすら飽きていた頃だった。
ふと目に留まったのが――
今日も、そしてあの時も、忠実に頭を垂れていた“彼”だった。
まっすぐな騎士。私の顔すら見ようとしない不器用さが、何故か引っかかった。
『おまえ、私の伴侶にならないか?』
あの言葉が、まさかここまで波紋を呼ぶとは。
……自分でも驚いている。
「しかし、やはり――気になるのだ」
レイ・バリストン。
バリストン左宰相の剣。それ以上の情報は、これまで持ち得なかった。
言葉を交わしたのも、あの謁見の時が初めてだ。
確か、郊外に現れた強力な魔物の報告だったか――
その対応は完璧だった。動揺を見せることもなく、毅然とした姿だった。
……だが、その直後に逃げるように去った。
それが、妙に印象に残っている。
確かに、彼の声はわずかに震えていた。
それでも、返答の言葉はきちんと「仰せのままに」と告げていた。
(……なぜ、そんなに心が揺れるのだ)
そして――あの瞳。
私は、耳元の片方だけのイヤリングにそっと指を添えた。
あれは、幼い頃のこと。
男の子に見えるように帽子を深く被り、髪を隠して城を抜け出していた。
私の守るべき街。王城とは違う、あの町に咲くルミナリアが、無性に愛おしかった。
けれど、そこで出くわしたのは――侵入者らしき暴漢。
連れ去られそうになった私を救ったのは、年の近い“少年”だった。
彼は小さな体で必死に暴漢にぶつかり、手を取って走ってくれた。
あのときの手の力は、骨が折れそうなほど強かった。
けれど、それだけ必死に守ってくれたのだと分かって、心から嬉しかった。
別れ際、私は国宝のイヤリング。その片割れを彼に渡した。
ヴァルディスには死ぬほど叱られたけれど――
それでも、あの時の決意に偽りはない。
彼が、いつか見つけてくれると信じていた。
「……叶うなら、また会いたいものだが」
ぽつりと零した言葉は、ルミナリアの灯に溶けて消えていく。
――蒼が残る一輪だけ。
その花のそばに立ち尽くしながら、私は想う。
忘れられない。あの、澄んだ青の瞳。
レイの瞳は違う。
紅が差した瞳だ。
それもまた美しいけれど――
あの“少年”とは少し違っていた。
少年は深海みたいな青。
しかし、銀髪。あの時の少年も、バリストン家の血筋も――
皆、白銀を宿していた。
(……確かめる価値は、あるだろうか)
イヤリングをもう一度、撫でる。
私が“選んだ”のだ。
ならば、いつでも確かめる機会はある。
(……気まぐれだったはずの婚約も、間違いではなかったかもしれない)
指先の炎が、そっと風に跳ねる。
消すつもりだったその火を、もう少しだけ――灯しておこうと思った。
「……また会いに来てくれ、レイ」
最後にそう囁いたとき、蒼く染まっていた一輪のルミナリアが、静かに赤へと色を変えた。
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