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愛されし者

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 カインと仮面の男達の戦いが始まった横でブラドは危機に陥っていた。
 何のことは無い、相性の問題だ。

 ブラドは炎の精霊に愛されし者である。
 愛されし者はその名の通り特定の精霊、それも上位の精霊に気に入られた者だ。
 基本的に生まれつき特定の上級精霊に気に入られた者がこう呼ばれるが、中には後天的に上級精霊に気に入られる者もいる。
 ブラドは前者、つまり生まれたときから炎の上級精霊に気に入られ育ってきた。
 そのため精霊から魔力を分け与えられ人より遥かに魔力量が多く、また通常であれば力を借りることが難しく大量の魔力を必要とする炎の上級精霊の力を少ない魔力で借りることが出来る。

 反面愛されし者は、その特定の精霊にしか力を借りることが出来ない。
 つまり一種類の力しか行使することが出来ないのである。
 理由は諸説有るが今では下級の精霊は上級精霊が気に入っている者に近づいて目をつけられるのが怖く、同じく上級精霊からすれば他の上級精霊が気に入る魔力は不味くて近づかないと言うのが一般的だ。

 愛されし者は強力な力を持つがある点では応用が利かず、日常生活の中に魔法が浸透した現代において一種類の力しか行使出来ないのは苦労が絶えないため、妬みから唾付きなどと侮蔑して呼ばれることも少なくない。

 ブラドは今、愛されし者の応用が利かないという点で攻めあぐねていた。
 もし格下の相手がカルカンと同じ手でブラドの攻撃を防ごうとしたとしても、火力で無理矢理焼き殺すことは可能である。
 だが今ブラドが戦っている相手は魔神。
 腐っても神と呼ばれる存在、魔力量はカルカンの方が多い。
 それに加えブラドには10年前ガーラと共に龍皇と戦った際の後遺症、それに10年のブランク。
 何より年齢による衰えによって30年前にカルカンと戦ったときに比べ、実力は確実に衰えていた。
 そして30年前はブラドの横にはガーラがいたが、今はいない……。

 もしブラドが他の精霊の力を借りることが出来るのであれば、何らかの形でカルカンの防御を打ち破る方法があったかもしれない。
 だがそれは一つの属性に特化した愛されし者であるブラドには不可能なことであった。

 ライラが気絶している事に舌打ちしながら、カインはどうなっているのかと、ちらっと視線を移す。
 そこには5人の黒い男達に、半ば袋だたきにあっているカインがいた。
 ブラドは少し頭痛を覚えていると、

「どうしたブラドちゃん、よそ見してる余裕なんて無いんじゃないかい? 全く悲しいねぇ老いって言うのは。30年前はもう少し歯ごたえがあったって言うのに……」

 そうカルカンが嘲笑を込めた言葉を投げかけてきた。

「ふん、今まで隠れてた奴が調子に乗ってんじゃねぇ! 直ぐにぶっ殺してやるからせいぜいほざいてろ!」

 ブラドの一言にカルカンの表情が強ばる。
 そして徐々に顔が憎しみに歪んでいく。

「人間如き餌が調子に乗ってんじゃねえ! 良いだろう、じわじわ痛めつけてやろうと思ってたが止めだ。さっさと老いぼれた身体を引き千切ってやる!」

 長年の恨みを吐き出すかの様にカルカンが吠え、魔力が荒れ狂った。


※※※※※※

 ブラドの願い虚しくカインは防戦一方の展開に置かれていた。
 四方八方から攻撃の手は休むこと無く降り注いでくる。
 時折壁の様な巨剣が振るうが、それに当たってくれる様な相手は残念ながら存在しなかった。
 魔力放出障害の副産物である異常な迄の肉体強化、そしてガーラの置き土産である使い古されたコートの異質な丈夫さのお陰で、惨めなまでに丸まっているカインは未だ致命傷となる一撃は食らっていない。

「どうした! 大英雄の孫が惨めな姿を見せてくれるな、失望させないでくれ!」

 仮面の男の声がカインの耳に届く。
 致命傷こそないもののありとあらゆる方向から飛んでくる攻撃により、身体は痛みに悲鳴を上げていた。
 幾ら肉体が体内に溜まった魔力によって強化されていると言っても、今まで戦ったことの無いカインにとって自身を襲う他者からの攻撃はそのどれもが痛く、そして恐怖であった。
 初めての戦いによる痛みと恐怖によって、カインが生み出す魔力は無意識のうちに多くなっていく。
 体内に沈殿し穢れた魔力が新たに生み出された魔力によって活性化し、既に通常の人間では耐えられないほどの痛みを発生させている。
 しかし10年の月日をこの痛みと共に過ごしたカインは多少なりともそれに慣れており、それよりも生まれて初めての他者からの悪意に怯え上がっていた。

 カインは気付いていない。自身の振るう巨剣の速度が徐々に速くなっている事実を。
 寧ろ敵である男達が気付いていた。
 壁の様な巨大な物体の空気を叩く音が、徐々に凶悪さを増していることに。
 だが単調。幾ら振るう速度が速くなっていると言え、男達にとってそれは十分に目で追える速度であったし、選び抜かれた諜報員である彼らにとっては目を瞑っていても容易に躱すことの出来るものであった。

 男達が休むこと無くカインを攻め立てるのを仮面の男は少し離れたところで見ていた。
 カインを襲う部下達は弱くは無い。
 本来戦闘職では無い諜報員とはいえ、個々の実力で言えば平均的な探索者であれば単身で4,5人相手取っても悠々と殺すことが出来る程の力を持つ猛者ばかりである。
 そんな部下5人の攻撃を雨霰と食らっているにも関わらずカインの動きは鈍るどころか、徐々に鋭さを増していく。
 気付くと男の喉は愉悦によって鳴っていた。

「素晴らしいな! とんだ期待外れかと思っていたがこれなら楽しめそうだ」

 小さい、小さい声。
 だがカインの耳は、はっきりとその声を聞いていた。
 そしてその声を聞いた次の瞬間、カインの頬に今までで一番強い衝撃が走った。
 殴られたと気付いたのは顎にもう一撃食らって身体が少し浮いた後。
 今まで平然としていたカインの膝が揺らめく。だがそこで攻撃は終わらない。
 仮面の男が両の拳でカインを滅多打ちに殴る。殴っても殴ってもその暴力が止まることは無い。
 どうにか逃げようと手に持つ巨剣を振り回すが、同時に腕をしたたかに殴られ巨剣の重さも相まってカインがバランスを崩す。カインは倒れそうになるが、それを許さない拳により体勢は整えられ、そして再度殴られる。

「恐ろしいまでに頑丈だな……! 殴ってる俺の拳が痛くなってきた」

 どれだけ殴られたのだろうか、カインを殴る手が止まり仮面の男が呆れたかの様に話しかけてくる。
 巨剣を地に刺しそれにもたれ掛かってどうにか立っているカインは、男の声が聞こえているのか分からない程に目が虚ろ。
 そんなカインを見て仮面の男は部下の男達に言い放った。

「殴れば隠れた力でも発揮するかと思ったがもう駄目の様だな。お前等、カルカンの方も終わりそうだ。せめて苦しまない様に殺してやれ」

 その一言で男達の纏う魔力が一段と密度を増し、同様に手に持つナイフが魔力を注ぎ込まれ妖しい光を放つ。
 男達が立っていた地面が軋む。
 強力な踏み込みによって5カ所地面が弾け、目にも止まらない速度を持ってしてカインを葬ろうと襲いかかる。

 だが男達は気付いてしまった。
 カインのコートからはみ出た腕の血管が不気味に浮き上がり、その筋肉が勢いよく盛り上がるのを。
 コートの下に隠れた身体が怒張し、コートから悲痛な悲鳴が上がるのを。

 そして死にかけていると思っていた青年の瞳が、捕食者の光を発していることに。
 
 

 
 
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