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決着

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 ブラド・ヴァルフレンは英雄として有名だ。
 生まれながらにして炎の上級精霊に愛され仲間にも恵まれた。才能に溢れ環境にも恵まれた彼が、英雄と呼ばれるに相応しい強者となったのは当然の事だという者もいる。
 だが本当にそうなのか?
 否、彼が強者となれたのは炎の上級精霊が愛してしまうほどに、熱い魂を持った男だったからだ。
 どんな死地でも諦めず乗り越えていった先に、今の彼があると言っても過言では無い。

 つまりはカルカンが真っ先に殺すべきはブラド。
 ライラに意識を集中させた時点でカルカンの負けは決まっていたのだ。

「グゥウオオオオオォ!」

 カルカンの悲痛な叫び声が森に響き渡る。
 燃える。燃える。魔神の身体を中心として火が舞い踊る。
 カルカンがライラに近づいた一瞬の隙を突いて、回復した魔力を出し切る勢いでブラドが魔法を放つ。
 限界に近いカルカンを纏う風は既に無く、それまで当たる事の無かったブラドの炎は吸い込まれる様にカルカンに命中した。

「年寄り舐めんじゃねえぞ!」

 カルカンは自身の叫び声でブラドの声など聞こえておらず、身体を焼く痛みを消そうと躍起になっていた。
 ブラドはそんなカルカンをじっと見ている。
 これでカルカンが死ななければもう本当にどうしようも無いだろう。この場にブラドを含めて動ける者など誰もいないのだから。
 一番動けそうなライラは特殊な力を除けばそこいらの同年齢の娘と変わらない。つまり戦う力など皆無。

 ブラドはカルカンを見ながら祈っていた。
 徐々に炎が収まってゆく。ブラドが炎に込めた魔力とカルカンが身体を守ろうと発した魔力が鬩ぎ合い、相殺したからだ。
 身体から焦げ臭い匂いを放ち、煙を上げながらも魔神はその両の脚で地面を踏んでいた。
 カルカンが焦げて黒一色となった顔をブラドに向ける。薄らと開いた目だけが唯一白く、開いた口は周りの色との相違で艶めかしいほどに赤い。

「ブラドちゃん、してやられたよ……」

 その声は驚くほどに、とても落ち着いていた。

「悔しいが負けは負けだ。僕を倒したんだ、他の魔神にやられるなんて許さないよ」

 そう言ったカルカンはまるで笑っている様にブラドには見えた。
 地を踏みつけるその両足が徐々に風に流され消えてゆく。
 同時に残っていた腕も風に流される砂の様にさらさらと宙を舞いだした。

「ああ、そうそう。ネイって子は当然として、きっと近いうちにライラって娘さんとカインちゃんも追われる事になる。厳しい道だよ。今日僕に殺されてた方が良かったって思うくらいにはね……」

 宙に浮かぶ黒い球体が赤い穴を動かしながら告げた。

「待てカルカン! そりゃどういうことだ!?」

 ブラドの問いに帰ってくる言葉は無かった。
 残ったのは黒い灰だけ。
 それも直に風に巻かれて霧散した。

「ふー、どうしたものか……。皆生きてるかー?」
「私は大丈夫。でもネイが!」

 答えたのはライラだけ。

「心配するな、慣れない力を使ったから疲れて寝てるだけだ。それで、お前は動けそうか?」
「ううん、駄目。気絶してる間に何か薬でも打たれたのか動けない」
「困ったな……」

 何とか魔神を倒し、その結果魔獣に食い殺されたとなれば笑いものだ。
 どうしたものかとブラドが暫し思案していると、ネイ達が来た方向から歩いてくる音が聞こえた。

※※※※※※

「うわぁあああ!」

 ガバッとカインが身体を起こす。それと同時に身体全体に千切れる様な痛みが走った。
 暫くその痛みに目を瞑り歯を噛みしめ我慢した後、どうにか落ち着いて周りを見る。

「ど、どうなってるんだ?」

 カインの記憶では気が狂うほどの痛みの中カルカンと戦っていたはず。それがどうだ、起きてみればふかふかのベットの上にいるでは無いか。
 何が何だか分からず動こうとしても、指一本動かすだけで痛みに身体が硬直する。
 とはいえ痛いという事は生きている証拠だ。ホッと安堵の息をつくカイン。

 安堵したものの、カルカンの戦いで散々痛い目にあったカインは痛いのは懲り懲りとすぐ動くのを諦めた。
 そして目だけで辺りを見渡す。実際のところ、目を動かすだけでも少々の痛みが発生していたが。
 痛みを我慢し辺りを見渡すとどうやらブラドが経営している酒場の、以前泊まった部屋だと言う事が分かった。
 家宝のシンユ・ムグラムが無い事が気がかりではあるが、祖父の形見であるコートはベットの横にある椅子にかけられていた。
 そうして頭が冴えてくるにつれ、ライラ達がどうなったのか気になりだす。
 すると階段を慌てて上がってくる音が聞こえ、間を開けずに勢いよく扉が開く。

「カイン! 気が付いたの? おじいちゃーん!」

 扉を開けたのはライラで、カインが起きているのを確認すると大声でブラドを呼びながら再度階段をドタバタと下りていった。
 急な事で混乱するカインであったが、どうやらライラが無事の様でほっとする。
 少しして杖を突く音が階段を上がってくるのに気付いた。
 ライラが扉を閉めずに飛び出ていったので、直ぐにブラドの姿が現れた。その後ろにはライラがくっついている。

「おう、起きたか。それで、身体の調子はどうだ?」
「あ、えっと、とても痛いです。動けないくらいに」

 カインの答えを予想していたかの様にブラドはため息をついた。

「ライラ、ちょっと悪いが席を離れてくれるか?」
「なんでよ、私に聞かれちゃ不味い事でもあるの?」
「いやまあ、何と言ったら良いか……」
「ふぅん、まあ良いわよ。話し終わったら教えてね」

 そう言ってライラは出て行った。
 それを確認してブラドはカインに話しかけた。

「カイン、まずはライラの救出を助けてくれて礼を言う。途中色々あったが、お陰で誰も死ぬ事無く帰ってこれた。ありがとう」
「いえ、そんな。僕が自分の意思で行くって言ったんですから」

 カインがそう言うとブラドが少し笑う。

「それとカイン、嬉しい知らせがあるぞ。頭を触ってみろ」

 ブラドに言われてカインは痛みに耐えながら自分の頭に触れる。すると自身の右の額に生えている角が大きくなっている事に気付いた。

「ブラドさん、もしかして角大きくなってます?」
「ああ、仮定してた通りどうやら力を使えば超越者化するのは間違ってなかったみたいだな。喜べ」

 カインはそこで何も話す事が出来なくなる。自分を覚えてくれている人を助ける事が出来た上、寿命を延ばす仮定を一つ証明出来たからだ。
 苦しい思いをした以上に収穫はあった。嬉しさの余り飛び上がろうとして、身体が痛みに固まる。しかしその痛みは今まで感じていたただの苦痛とは違い、充実感を感じさせるものであった。

「力をあれだけ使ったのは初めてだろ? ガーラの奴も同じ様に、力を使った後は大抵痛みで動けなかったからな。ともかく今は休んでおけ、動ける様になったら他の奴らと一緒に話し合う事があるからな」

 そう言い残して部屋から出ようとするブラドをカインが止めた。

「あの、ブラドさん。僕途中から記憶が無いんですけど最終的にどうなったんですか? カルカンは倒せたんですか?」
「んん、ああカルカンはどうにかこうにか倒せたよ」

 ブラドの言葉にカインはホッと息をついた。

「アイツの事は嫌いだがやっぱり魔神と言われるだけある。大した奴だよ、本当にギリギリの戦いだった」

 へへへっ、と笑いながら事も無げにブラドが言う。

「まあどうにかこうにかカルカンの野郎はやったんだが俺とライラは動けないし、お前もネイもガヌートもぶっ倒れて生きてるか死んでるか分からん状態でな。そしたらネイとガヌートが出てった事に気付いた三馬鹿達が勢いで酒場の常連達連れて助けに来たって訳。そいつ等が俺等を連れて帰ってくれたんだ」
「やっぱりネイちゃんとガヌートさん来てたんですね。そこら辺の記憶は薄ぼんやりしてて夢かと思ってたんですけど……。しっかしネイちゃんのあの力は何だったんですか?」
「それは追々話す。とにかく今は寝ておきなさい」
「あ、あともう一つ。ライラさんを助けに行く奴がいないって言ってましたけど、いるじゃ無いですか」
「ふふん、本当だな。もう少しあいつ等を信じて頼りゃあ良かったな」

 ブラドは嬉しそうな顔をして部屋を出て行く。今度はカインがそれを止める事はしなかった。

「ああー、助かったんだな皆。それにライラさんを助けに来てくれる人たちがいるって分かって良かった」

 安心した途端にカインの瞼は知らぬうちに閉じ、いつの間にかまた深い眠りへと入って行きかけたところでまた扉が開く。
 少しぼんやりした頭で扉の方をカインが見るとそこにはライラが。
 何だか少し顔が赤い。

「あ、ごめん。寝てた? そりゃそうよね、魔神と戦ったんだもんね……。えっとね、なんて言ったらいいかな、えっとその……。ああもう、格好良かったわ。助けてくれてありがとう!」

 それだけ言うとライラは顔を真っ赤にさせながら扉を力任せに閉めて出て行った。
 異性と話した事が皆無と言って良いカインにはたまったものでは無い。
 一瞬で眠気が覚めてしまいしばらくの間寝られずに苦労する事となってしまった。
 

 

 
 
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