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五里霧中

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「森の子供達? それってトレント族の事じゃなくて?」

 初めて聞く単語に、ライラはブラドに尋ねた。

「違う違う。トレントはれっきとした亜人だ。確か巨人族の亜種だったかな? 何がどうなって、あんな風な見た目なのかは知らんがな。兎にも角にも森の子供達とトレント族は、全く別の種だ」

 ブラドが言い切る。
 ライラは少し思案した後、また尋ねた。

「でもトレント族の人って、種族単位で木の精霊との親和性が高いのよね。特別強い力を持ってる人が居れば、どうにかなるんじゃ」

 ブラドが深いため息をついた。

「あのなぁ、ライラ。そりゃあ不安な気持ちになるのは分かるが、転びそうになるような事言わないでくれ。さっきも言ったが、仮に今までの事が可能なほどに力を持ったトレントが居たとして、何が目的だ? 長い期間、行動を起こさずにいる大魔王エンテを刺激する可能性を無視してまで、それでも動く理由は?」

 馬鹿な事を言ってしまったと理解したライラが、顔を赤くして俯く。

「それに付け加えるとだ……。万が一末端の木々とはいえ、エンテの創り出した木々に干渉出来るほどのトレントが居たとしたら、間違いなく名前が知れ渡ってないとおかしい。まあ色んな点で、トレントが今回の首謀者である確率は殆ど無いと言って良いだろう」

 ブラドが説明を終えるも、ライラは未だ下を向いている。
 その時カインが口を開いた。

「ブラドさん、それじゃあ一体森の子供達って何なんですか?」
「うーん、正直言うと俺も詳しい事は知らん。分かってるのは大魔王の子供……? 分身という奴もいるな。殆ど人前に現れないから、情報が少ないんだ。俺も若い頃ガーラと色んな所飛び回ったが、エンテとは違う大魔王の子供に、一度しか会った事は無い」
「儂なんか長い事この森に住んでるが、見た事すら無いぞ」

 ボーガーが付け足す。

「それじゃあ、その森の子供達が主犯だとして、なんで今回の騒動を起こしてるんですか?」

 カインが尋ねる。

「うーん、ボーガーと話してみたがさっぱり分からん。話によれば森の子供達が表に現れる事は今まで無かったみたいだし、今回の件も何の前触れも無かったみたいだし……。何が原因なんだろな?」

 ブラドとボーガーでも、現在何が起きているのか分からない様だ。
 ただ一つ、この場にいる全員が理解している事がある。
 何かとんでもない事が起きていると。

 全員が難しい顔をしながら押し黙っていると、ライラが小さい声で話し始めた。

「と言う事は、お爺ちゃんとガヌートが森の中で、急に変な雰囲気になったのは今の話が原因?」
「俺はエンテが犯人だと思ってた……」
「俺もです……」
「なら当初考えてた状態よりはマシって事ね」

 事も無げにライラが言い放つ。
 ネイ以外の全員が、頭がおかしい人を見る様な目でライラを見た。

「楽観的といや聞こえは良いけどよ、ライラ。お前馬鹿だろ?」

 呆れた様にガヌートが言った。

「何よ! でも大魔王を相手するよりは楽なんでしょうが!」
「いや、そもそもまだエンテが裏で手を引いていないって確証はないし、寧ろ普通に考えればエンテが黒幕って考えねぇかなぁ?」

 そう言ってライラとガヌートが睨み合った。

「あのーすいません……」

 そんな中、カインが小さい声を出す。
 一同の視線が集まった事で、一瞬身体を竦ませたがどうにか次の言葉を口に出す。

「そもそも相手せずに、そのまま僕たちは目的地まで行けば良いんじゃ無いんですか? 何だか戦う事前提で、話してる様に思いまして……」

 ふー、とブラドが息を吐く。

「ボーガーが言うには、ここから中央国まで速度によるが真っ直ぐ行っても、2,3ヶ月はかかるそうだ。その期間、何時どこから襲ってくるかも分からない状態で行くつもりか? 行き方はネイの事情話して教えてくれたが、ハッキリ言ってこんな状態で辿り着けるとは思えん。全く、どうしたもんか……」

 そう言ってブラドは再度ため息をついた。
 重い沈黙が場を満たす。
 考えたところで、どうすれば良いかなど分かるはずも無く、暫く誰も話し出さなかった。

 どれだけ静寂が続いていたのだろうか。
 微かにではあるが、一同が居る大きな部屋に食欲を刺激する匂いが漂ってきた。
 匂いをかいでカインは、ようやく長い事食事を取っていない事に気付く。

「どうやら食事ももうすぐ出来そうじゃな。この話は一旦止めにして、食事にしよう。昨晩から食べとらんのじゃろ」

 ボーガーがそう言うと、匂いに釣られてか、一同のお腹から音が鳴った。

「どんなときでも腹は減るか。悪いなボーガー、迷惑かける」
「初めから迷惑かけるつもりじゃった奴が何を言うか」

 ブラドとボーガーが軽口を言い合った後、一同は立ち上がろうとする。

「ええよ、動かんで。疲れとるじゃろ、曾孫が用意してくれるから、座って待っときなさい。儂はちょっと見てくる」

 ブラドが視線で座っていろと指示したため、カイン達は椅子に座って待つ事となった。

「しっかし、本当にどうするのお爺ちゃん?」
「あー、どうしたもんかなぁ。相手の目的はさっぱり分からんからなぁ……。全く、さっさと行かなきゃならんのに、何か糸口でもあればなぁ」

 ライラの質問に、半ば愚痴の様な返答を返すブラド。
 さっきまで俯いていたガヌートやカインも、お腹の音が鳴った事で少し気が緩んだのか、重い空気は無くなっている。

「ガヌート! お客さんは良いとして、何であんたが手伝いに来ない! さっさと来なさい!」

 突然の大声。ボーガーが移動した場所から、女性の大声が鳴り響く。
 名前を呼ばれたガヌートの肩が、大きく跳ね上がった。

「ちょっとほっといてくれよ! 俺だって寝ずに走ってきて疲れてんだから」

 ガヌートがそう言うのと同時に、大きな鍋を持った女性が奥から現れた。
 180センチを超えるブラドと変わらない身長の、大きな女性だった。
 筋肉質ではあるが、同時に女性らしい丸みも帯び、非常にスタイルが良い。
 ライラはその女性の豊満な胸を見た後に、自分の胸を見て落ち込んでいた。
 オーガ族の特徴である赤黒い肌はきめが細かく、2本の角はガヌートより一回り小さい。

 癖のある長い髪を揺らしながら、いささか性格のキツそうな目でガヌートを睨み付けて歩いてくる。

「ふーん、偉そうな口をきくわね? 何年も帰って来なかったんだから、私より強くなったとでも思ってんの?」
「いや、そんなわけじゃ……。疲れてるんだから、余り無茶言わないでくれよ……」

 どうもガヌートの語気が弱い。
 どうも会話の端々から、ガヌートと女性の立場がうかがい知れる。

「ああ、ごめんね。お客さんの前で私ったら。はらガヌート、さっさと手伝いなさい!」
「分かったよ。分かったから、怒らないでくれよ、イリ姉……」

 渋々という感じで席を立つガヌート。
 どうにもいたたまれなくなったカイン達が、席を立って手伝おうとすると、

「良いのよ。お客さんなんだから、座っていてちょうだい。それにこれは長い間、私の事ほったらかしてたあの馬鹿に対するお仕置きなんだから。手伝われるとお仕置きの意味が無くなっちゃうわ」

 そう言って口の端を上げて、カイン達に笑いかけた。

「あ、は、はい……」

 綺麗な年上の女性に笑いかけられ、カインは顔を真っ赤にさせながら席に座り直した。
 それをライラは不満そうな顔で睨んでいる。

 イリと呼ばれた女性はそんな2人を面白そうに見た後、また奥へと歩いて行った。

「どいつもこいつも、女の尻に敷かれてるなぁ……」

 ブラドの小さな呟きは、幸いライラの耳には届かなかった様であった。

 
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