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情けは人の為ならず

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 ライラは少し不満げではあったが、イリオーネに促され渋々と言った形で、外に出ることを了承した。
  カインも正直なところ、昨日の自分達を見る視線を思い出し外に出るのは嫌だったが、ライラに睨まれ諦めた。
  一応何かあった時の為に家宝の巨剣を担ぎ、フードを深めに被る。
  ネイもボーガーに正体は知られているものの、他の亜人にハーフであることがバレた時の事を考え、ライラは念入りにフードを深く被らせていた。

  イリオーネが先頭に立ち、続いてガヌートとネイの手を握ったライラ。最後尾にカインとが続き、扉を開いた。
  まだ朝早い時間帯だが、既に住民達は起きて働いていた。
  ただどうにも元気が無い。

 「ホントならもっと活気があるんだけどね。あの変なのが出てきて何人も怪我人が出るし、襲われた他の集落から来た人達も落ち込んでるし……。早くどうにかなって欲しいわ」

  イリオーネが小さく呟いた。
  確かに外に出ている亜人達の中には包帯を巻いている者や、添え木で折れてるであろう腕や脚を固定している者がちらほら確認出来た。
  そんな者達が朝早くから働いているのだ、より酷い怪我を負った者が家で伏せている可能性も十分にあり得る。

 「ち、治療出来る方は居られないんですか……?」

  カインが意を決してイリオーネに尋ねる。

 「残念だけど……。私たちオーガ族は怪我や病、要は治療関係の精霊とは殆ど波長が合わないの。ここに逃げてきた他の種族の人達も同じ……。幸い命に関わる様な怪我を負った人がいないのだけが救いね」

  イリオーネが悲しそうに言った。

 「もっと奥の集落に連絡は出来ないのか? 治療師程じゃ無くても、多少使える種族がいただろ?」

  ガヌートが不思議そうに尋ねた。

 「それは考えたわよ。でも奥の方に行けば行くほど、あの化け物の数が増えていくのよ。お陰で集落の中からも怪我人が出たわ。フィルシーの探索者達に助けを求めようって意見が出たんだけど、その後直ぐこの集落も襲われて……」
 「そこで俺等が来たって訳か」

  ガヌートが呟いた。
  怪物の正体が大魔王エンテの子供達である可能性が高いと分かった今、フィルシー大迷宮都市に助けを求めてもそう簡単に事は進まないだろう。
  カイン達が助けを求めに行くのはネイの一件で不可能だ。
  戻れば戻ったで帝国に襲われるのが目に見えている。
  とはいえ幸い怪我をしていないオーガ族や他の亜人達が救援を求めに行っても、上手く辿り着けるか分からないし、まして一度襲撃に遭っているこの集落が手薄になるのは危険だ。
  八方塞がりと言って良いだろう。

  一同が歩くのを止め、立ち尽くしていると声が聞こえてきた。
  カイン達がそちらを振り向くと、昨日の門番2人が手を振りながら近づいてくる。

 『おーい、ガヌート兄ちゃーん』

  2人はカイン達の前で止まった。
  どちらもガヌートよりは小さいが、1人はカインとそう身長は変わらず、もう1人は少しばかり高い様に思われた。多分年の頃も変わらないだろう。
  魔獣の皮で作ったと思われる簡素なレザーアーマーをどちらも来ており、服装と見た目が変わらないため判別を付けるのが難しい様にカインには思われた。

 「おう、ポルタ、それにオルカス。今日は門番は良いのか?」

  ガヌートが2人に尋ねる。

 「今日は非番だよ。それでちょっと……」

  そう言って2人は気まずそうにカイン達を見た。

 「あの、昨日は悪かったな……。人間ってだけで怒鳴ったりして……」

  下を向いてカイン達に小さく謝罪の言葉を述べるポルタとオルカス。
  すると、

 「謝るならハッキリと言いなさい! まったく情けない」

  イリオーネがウジウジと謝る2人を怒鳴りつける。何故かガヌートもビクッとしている。

 「イリオーネさん、そんなに怒鳴らないでよ。気にしてないから」

  余りの剣幕にライラが仲裁として間に入った。

 「そう? まあライラちゃんがそう言うなら、私は何も言わないけど……」

  怒られてそのまま下を向いている2人。

 「ちょうど良いわ。ガヌート、カイン君とその2人連れて行動しなさい。私たちは女同士で動くから。折角戻ってきたんだから、知り合いにも会ってきなさいよ」

  そう言ってイリオーネはライラとネイの手を取って歩き出した。
  急にそんな事を言われ、カインとガヌートが反応出来ないうちに女3人は離れていった。

 「なんか釈然としないがまあ良いか。カイン、この2人はポルタとオルカス。俺がここで暮らしてた時によく遊んでたんだ。おい、イリオーネもどっか行ったしいい加減頭を上げろよ」

  ガヌートに言われて頭を上げる2人。
  イリオーネが去ったからか、心なしか安堵の表情を見せる。

 『カインだっけ。さっきも言ったけど、昨日は悪かったな。あの変な化け物の襲撃があって直ぐに人間が来たから、ピリピリしちまって』
 「ライラさんも言ってましたけど、気にしてないんで。そんなに気に病まないで下さい」
 『そうか、お前等良い奴だな。正直人間は嫌な奴って思ってたけど、以外とそうじゃない人間もいるんだな』

  そう言ってカインに笑顔を向けた。

 「それで、何でこんな所まで来たんだ? 探索者でもここまで来ることはまず無いけど。後何でガヌート兄ちゃんもいてるんだ?」

  ポルタが不思議そうに聞いた。

 「どうでも良いだろ、そんなこと。それよりここから移動しようぜ。お前等がイリオーネに怒鳴られたから、どいつもこいつもこっち見てやがる」

  カインが辺りを何気なく見渡すと、確かに幾人かが興味深そうに見ている。
  視線に身体が縮こまるカイン。
  その為カインは、ガヌートの言葉に何も言わず従うことにした。
  ゴブリン族の集落に比べ広いとはいえ、所詮森を切り開いて出来た集落だ。
  騒動を見ていた亜人達から離れたとしても、他の集落から逃げてきた亜人達で通常より人口が増えているこの集落で、他人の目から逃げるのは不可能と言って良い。
  それらの条件を無視したとしても、普段見ることの無い人間が集落の中を歩いているのだ。嫌が応にも目立つことは避けられなかっただろう。

  暫く歩いて集落の端の方に辿り着いたカイン達。
  先ほどに比べるとカインに向けられる視線は少なくなったものの、未だ気になる程度には視線が集まっていた。

 「まだ見てる奴らがいるが、まあ集落の中にいてるんだからこれ位が限界だろう。悪いなカイン、あんまり居心地が良くないだろうが勘弁してくれ」
 「大丈夫ですよ、昨日に比べて嫌な感じはしませんし。それにしてもボーガーさん、一体何を皆さんに話したんですか? どうも雰囲気が違いすぎて……」

  カインは昨日と今日で、集落の人達が向けてくる視線のあからさまな違いに、驚きを隠せずにいた。
  昨日の視線は殆ど敵意しか無い様なものだったのに、それが一転敵意など一切感じられなくなっている。

 「ああ、その事か。お前がガーラさんの孫だって、あの後爺が皆に話したんだよ。ライラとネイは、ブラドさんの孫だともな」

  カインは自身の祖父が有名なのは知っているし、ブラドも同じように有名であることは知っている。
  ただ、何故それが視線の雰囲気の変化に繋がったのかさっぱり分からなかった。

 「ん? 何だかよく分からないって顔してるな。それじゃあ20年程前に起きた、北の帝国の属国と亜人の戦争は聞いたことがあるか?」
 「えっと、簡単な概要は知ってます。確か帝国の中で一番西側にあった属国が、この森に入り込んだんですよね?」

  ガヌートの質問にカインは少しばかり自信無さ気に答えた。

 「そうそう。それでここも含めて浅い領域に暮らしてた亜人達が結構被害に遭って、少なくない死人が出たみたいだ。まあ俺もその時には生まれてなかったから、あんまり詳しくは知らねえがな」

  ガヌートの話を聞いてカインの表情が少し曇った。

 「浅い領域ではあったけど結構攻め入られてな。森の奥で住んでる奴やら、森を抜けた先の部族が助けに来てくれたらどうとでも為ったんだが、いかんせん距離が遠すぎて……。そんな時真っ先に助け船を出してくれたのが、ガーラさんとブラドさんが暮らしていたヴァンデンバーグ王国だ。確かお前もそこで生まれたんだろ?」
 「そう聞いてます」

  ガヌートの質問にカインは頭を縦に振る。

 「フィルシー大迷宮都市が助けを出してくれりゃあ良かったが、あそこは外のいざこざには手を出さない。まあ探索者個人で動く分には何も言われないが、迷宮に何かあったらそれこそ一大事だからな。でだ、ヴァンデンバーグ王国は理由は知らんが、人間国家では比較的亜人と仲が良かったみたいでな。幾らか兵を出して、亜人の土地に攻め入ってる奴らと戦ってくれたんだ。その時に活躍したのが……」
 「僕の祖父とブラドさんですか?」
 「そういう事だ」

  ガヌートが地べたに直に座りながら、カインの言った事を肯定した。

 「帝国は関与してないって言ってたらしいが、どう考えても関与してる兵隊の量だったみたいでな。まあそんな兵隊をガーラさんとブラドさんがバッタバッタとなぎ倒していったそうだ。相手の兵も結構な使い手揃いだったみたいだが、相手が悪いわな。全盛期時代の英雄2人が相手だ。お陰で森の奥からの援軍も間に合って、傷は浅くないものの、どうにかこうにか為ったって訳だ。そんな事もあって亜人は人間嫌いが多いが、その時助けてくれたヴァンデンバーグ王国の人間は嫌っていない。特にお前の爺さんとブラドさんは、その戦いぶりからある種憧れみたいになってるんだ」
 「それで住民の皆さんの雰囲気が変わったんですね」

  そうだ、とガヌートは頷いた。


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