【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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使用人たち

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「フローレンとシモンズがより長く繁栄する結婚です。僕らが手を取り合い…幸せになりましょう」

 社交界一の美男子と人気の高いレイモンド・フローレンと突然決まった婚約に笑顔で顔合わせをした日、彼が私に言った言葉は確かに幸せを感じさせたわ。 


『父上、レイモンド・フローレンはずいぶんな役者ですね。フェリシア男爵令嬢と仲良く歩く姿は街でも見かけましたが』 

『バロン、エルマリアに話すな。あれは何も知らずに嫁げばいい。フローレン侯爵家は男爵令嬢を大事にしていると聞く…特に使用人がな。エルマリアは冷遇される…必ずな』 

『すぐにシモンズへ戻ると泣きますよ』 

『私から言い含める。微笑み…耐えるよう教育したんだ。シモンズの恥になるような行動はしない』 

『しかし…フェリシア男爵令嬢が居候していることは知っている』 

『侯爵が死んだランド男爵と幼馴染みだった。その遺児を預かっているだけ、大した令嬢ではない…それだけは話してある。バロン、話は終わりだ。出ていけ』

 異母兄が出ていく音が聞こえた。 

『イーゴ』 

『はい、旦那様』 

『鉱山採掘の準備は?』 

『進んでおります』 

『…半年…エルマリアは半年後どれだけ傷ついているか…』 

『わかりません。フローレン侯爵令息はフェリシア男爵令嬢に執心。邸内では使用人の目など気にせず寄り添い愛を語るほどです。エルマリア様は使用人の間で評判が悪く…二人を裂こうとする邪魔者』 

『くく…早々に傷でもつけてくれるかもしれんな』 

『すぐに対応を?』 

『いや…フローレン侯爵が言い逃れできないほどエルマリアが打ちのめされるまで待つ。フローレン侯爵家から情報を得るのは止める。こちらは何も知らずにいたと胸を張りたいからな。だが、侯爵は使用人の口を止めることはできない。いずれ聞こえてくる話に反応すればいい』 

『エルマリア様が不審な死にかたをしたら…』 

『侯爵家は誤魔化すだろうが使用人に金を積めば話す。鉱山はシモンズがもらう』 

『最高級の石ですからね』 

『だな。イーゴ…採掘はゆっくりでいい…手にしてから迅速に動けばいい』

 声を出さずにいた自分を褒めたわ。私は運がいいのか悪いのか…結婚式の前日に知ることができた真実。 

レイモンド・フローレンがシモンズから私を救い上げてくれると…少し期待したのに… 

『国王が参席する結婚式か…くだらんな…貴族とは阿呆の集まりだ』

 イーゴが消えた執務室から聞こえた父の独り言。父の独り言は珍しかったからよく覚えている。

 金にしか関心を持たないアイザック・シモンズ…私の母が死んでからは金への執着が増した。

 私は足音を立てずに時間をかけて部屋に戻る。隠し通路は真っ暗でも何度も歩いた暗闇に転ぶことはない。

 綺麗な笑顔で私に嘘を吐いた男と結婚しなければならない現実。逃げることもできない無力な私。でも…シモンズから出ることができる…この冷たい邸からとうとう離れることができる。父の目が届かぬ場所でどう生きるか… 

揺れる…ゆりかご?…母様…会いたい…母様…



「か…あさ…ま」 

「ん?エルマリア様?寝言か?ザザ、もう少し待て。早く寝台を整えなさい!こちらを見るな」

 一階にある貴賓用客室の寝台のシーツを整えるため使用人が忙しく動く。エルマリアはザザに抱かれたまま眠っている。 

「エルマリア様を寝かせたら荷物をまとめてこい。多くないだろうから隣の居室に置いておけ」 

ザザは黙ったまま寝台を見つめる。不躾な視線が注がれても無表情のまま待っている。

 整えられた寝台にエルマリアを寝かせたザザは騎士棟に荷物を取りに行かず、寝台脇に立ち尽くしている。 

「ザザ、行っていいぞ」

 ハウンドの言葉は聞こえていてもザザは動かない。 

「おい」

 ハウンドがザザの肩を掴んでも動かなかった。 

「エルマリア様はお前になにを言った?」

 なにも答えないザザにハウンドは深く息を吐いた。 

「レイモンド様からひどい仕打ちを受けた…奥様は卑しいと声を上げた…誰か信用できる者がほしいか…」

 薄ら笑う使用人たちの不躾な視線はハウンドの視界の端に映っていた。

「…アプソが動いているといいが…」

 エルマリアにつけられた使用人を見つけなければならない。 




「フェリシア様」 

「…はい」 

「若奥様につけた使用人はあなたが知っていると奥様が言いました。私はその者らと話があります。覚えていますか?」

 フェリシアはアンジェルがエルマリアの使用人を決める場にいた。使用人の名など覚えていないアンジェルに自分の親しい使用人を指差し薦めた。 

「お…覚えていません」 

アプソは眼鏡を取りハンカチでレンズを拭く。 

「信じられません。ルイスの名も知っていたフェリシア様がアンジェル様に薦めた使用人を覚えていない?」

 フェリシアはうつむき黙る。 

「旦那様の命令で動いています」 

「わ…私が話したと言わないでください」

 フェリシアは両手で顔を隠し体を震わせた。 

「もちろんです」

 頷いたフェリシアは小さな声で使用人の名を出した。 使用人を探すためアプソがフェリシアの部屋を出るとレイモンドが廊下の壁に凭れて待っていた。 

「フェリシアは?」 

「部屋にいます」 

「違う。様子を聞いている」 

「…落ち込んでおります」

 レイモンドの表情は険しくなる。それでもフェリシアの部屋に入ろうとしない。 

「レイモンド様、フェリシア様は純潔を疑われるような行動をしました」 

「…なんだと?」 

「レイモンド様と一晩過ごしたのです」 

「なにもなかったと言った…黙れ…アプソ」

 レイモンドはフェリシアに聞こえないよう声を落としてアプソに言う。 

「そうですか」 

馬鹿にしたようなアプソの顔にレイモンドの頭に血がのぼる。 

「レイ…?」

 扉がわずかに開きフェリシアが顔を出し、青い瞳を見開いた。 

「レイ!」 

レイモンドの姿を見たフェリシアは走り出し飛び込む。 

「フェリシア…」

 抱き締めたくなる思いを抑えたレイモンドはアプソの腕を掴み共にフェリシアの部屋に入った。 

「レイモンド様、私を巻き込まないでください」 

「黙れ…アプソ」 

「レイ!ハウンドさんが…シモンズ子爵令嬢と一緒にいたわ…私を無視したのよ…なぜなの…う…う…」 

「ハウンドが…?フェリシア…ハウンドは父上の命令で動く。シモンズ子爵令嬢と共にいたなら父上の指示だ…それだけ…」

 ハウンドを連れているエルマリアを見た者は重要な存在と周知され、フェリシアの立場が揺らぐとレイモンドは苛立つ思いが湧いた。どこに行ったのか気になったが静かに泣き始めたフェリシアにどこで見たのか聞くことができなかった。 

「レイ…顔…赤いわ…痛いわよね…私が殴られればよかったわ」 

「なに言ってるんだ…父上は激昂しても女性に手などあげないよ」

 レイモンドは愛しいフェリシアの頭を撫でながら言いにくいことを告げなければならなかった。 

「少し…会いに来ることができない…父上の怒りが鎮まるまで大人しくしなければならない」

 レイモンドの言葉にフェリシアの体は揺れる。 

「シモンズ子爵令嬢のところへ行くの?今夜も私の部屋に来てくれると言ったじゃない!」 

「すまない…フェリシア…これ以上父上を怒らせると…君をランド領地へ戻すと…力ずくでも…」 

「いや!離れたくないわ…ランド領地はいや…怖いの」

 レイモンドは涙を流す瞳に唇をつける。 

「それを阻止したい…だから少し我慢してくれ」 

「レイ…いや…シモンズ子爵令嬢と会うの?…夜を共に……うっうっ…」 

「泣くな…フェリシア…あの女には会わない。だから泣くな」 

「約束して」 

「ああ」

 レイモンドは誓うようにフェリシアの額に唇をつけた。 

「レイモンド様、私は忙しいのです。使用人に解雇を伝えなければならない!こんなものを見ていたくはない!」

 アプソは扉を開け出ていった。レイモンドもそれに続きフェリシアの部屋を出る。 一人残されたフェリシアは床にうずくまり泣いた。 

「うっ…どうして…どうして私の幸せを奪うの…?どれだけ苦労したと…」

 そのとき扉が鳴りフェリシアは起き上がる。レイモンドが戻ったと、やはりそばを離れないと抱きしめに戻ったと思い扉を開けるとエルマリアの使用人にと薦めたメイドたちがいた。 

「フェリシア様」 

「入って!早く!」

 アプソに見られては困るとフェリシアはメイドたちを入れる。 

「あなたたち…シモンズ子爵令嬢になにをしたの?おじ様がとても怒って…レイを殴ったわ!」 

「私たちは!……シモンズ子爵令嬢の支度を手伝い…その後…放っただけです」 

「それだけで解雇を言い渡す?」 

フェリシアの言葉にメイドたちは戸惑う。 

「解雇…?そんな!」 

「おば様から名前を聞いてアプソが探しているわ…本当にそれだけ?罰を受けるようなことはしていないのね?」

 メイドはうつむきエルマリアに対して行ったことを話した。 

「そんな…ベルも?布団も?彼女はおじ様に泣きついたのね…だからあなたたちを罰すると言ったのね…」

 フェリシアの言葉にメイドらは恐怖する。侯爵家当主の怒りを買い、次期侯爵夫人にしでかしたことの大きさに今さら震え始めた。 

「推薦状なし…退職金も…もしかしたら…騎士に」

 フェリシアの言葉にメイドたちは立っていられずひざまずく。 

「フェリシア様!旦那様に温情をと話してください!」 

「…おじ様は命令を聞かなかったルイスをその場で解雇したわ…推薦状は書かないと…あなたたち…逃げて」

 フェリシアの言葉にメイドたちは首を振る。侯爵家は稼げる職場だった。 

「アプソに見つかったら…なにをされるかわからないわ…待って」

 フェリシアは棚へ向かい宝石箱からブレスレットを取り出す。 

「これを持っていきなさい…レイからの贈り物だけど…これから石を取り出して分けて売ればいいわ…あなたたちは私のためを思って動いたのでしょう?」 

「フェリシア様…こんな高価な…」 

「いいの!宝石よりあなたたちのほうが大切よ…早く…行くのよ…」

 フェリシアはメイドたちを部屋から出し、見つからないよう祈る。




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