【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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エルマリア

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「エル…父様が来るわ…こちらの部屋に近づかないで眠っていてね」

 闇のような長い髪を床に着きそうなくらい屈んで私の額に口づけをくれて寝台から離れていく母様を見送り目蓋を下ろした。

 どのくらい眠っただろうか…悲鳴のような声に目覚めたら暗闇が怖くて母様を探した。 

「母様…母様」

 真っ暗な部屋を歩いて板にぶつかり転んだ。尻を打って泣いている私に淡い光が差し込み、揺れる視界に父が映った。 

「静かに寝ることもできないか?」

 裸にガウンを羽織っただけの父は乱れた髪をかきあげてから私を持ち上げ寝台に投げた。 

「下りるな」 

「母様…」 

「お前の母親のために静かに寝ていろ」

 再び訪れた暗闇に自然と眠りに落ちていた。 

「エル…」

 母様の声が聞こえても夢の中のようで私の目蓋は上がらない。

「大切なエル」

 母様は私を愛していた。父より私を愛していた。だから隠し扉を教えてくれて金貨も蓄えていた。全て私のため…狭い空間が母様と私の全てだった。閉じ込められていた幼少期…それでも母様がいたから…寂しくなかった。 

アイザック・シモンズ…母様に執着と狂気的な愛を向けた男…私の父親… 


「おはようございます、エルマリア様」

 カイナがカーテンを開けながら私に朝を報せる。 

「ん…おはよう…カイナ」

「ザザは夕方から騎士団のほうに用事があるみたいです」 

「そう…夕食はカイナと二人ね」 

「はい!」

 食堂に向かうことが面倒で最近は部屋で食事をしている。なにが面倒か…アンジェル・フローレンが私を他家の茶会に誘うからだ。笑顔で嘘を吐くなんて簡単なことだけど私は見世物じゃないわ。短い付き合いの馬鹿な女に合わせることはしたくない。 

「カイナが食べ過ぎると私が大食だと思われるのよね…カイナ、身長が伸びた?」

 そばに置いて一月が経ってカイナの体は貧弱な様子からずいぶん健康的になった。 

「…エルマリア様が少食のせいですよ!」 

「ふふ…カイナはまだまだ成長するのね」

 寝室の扉が静かに開きザザが湯の入った盥を机に置いた。 固く絞ったタオルで私の顔を拭くのはなぜかザザの仕事になっている。優しく押さえるように拭かれ心地がいい。ザザは人形を持つように私を立たせ夜着を脱がせていく。 

「手際がよくなったわね、ザザ」 

私がドレスに着替えている間にカイナが寝台のシーツを替えて整え洗濯かごを廊下に出す。 

「また新しいドレスね…父はどれだけ贈るのかしら?」

 私を溺愛している、シモンズを離れても想っていると伝わるようにフローレン侯爵家に届く。侯爵は届く度に震えているわね。 

「デザインも最新ね」

 背中ではなく胸側で締めるものははじめてでザザの動きがぎこちないわ。 

「待ってね」

 私は乳房を持ち上げ位置を直す。 

「いいわ、締めて」 

ザザは私の裸を見ても顔色を変えずにいる。これには安心したわ。私はザザの好みではないのかも… 

「ザザ、風呂の前には戻ってね」

 カイナだけでは時間がかかるのよね。 


「一月って長いわ」 

「そうですか?私はエルマリア様と出会っていろいろありましたからあっという間に感じます」 

「弟と妹は元気にしている?」 

「はい!必要な薬を数年飲み続けていれば…弟は健康になると…医師から説明がありました」

 私が消えたらカイナはどうなるのかしら…なにか聞いていなかったかと責められる…ことは確実ね。出ていく前に話さなければならないわ。金貨を多めに渡して弟妹と首都を離れるよう言い含めなければ…ザザは?私の知るザザは家族もなく…特に守るものもなさそう。カイナと同じように金貨を渡す。 

「無駄遣いしないでね。子供にはお金がかかるわ」 

「はい!最近はお腹が満たされて元気になったからか私に会いに侯爵家に来ると言ったり」 

「カイナ」

 私はカイナの言葉を遮る。 

「弟と妹…この邸に近づけないで」 

「…エルマリア様?」 

「忘れた?私に鉢を落とした者がいるの。カイナ…あなたの弱みを相手に握られたら?私に…」

 嘘をついて裏切ることもするわ。 

「エルマリア様」

 カイナは私の膝に落ちた本を拾った。いつの間にか落としていた。 

「わかりました。二人には近づかないよう話します。今度半日休みをもらえますか?」 

「ええ…ザザと話して。カイナ…お願い…用心して…あなたの替えはいないのよ」

 今から誰かと関係を作るのは危険だわ。カイナの待遇が知れ渡って…下人のなかにその座を狙っている者がいるはずよ。そんな人たちは信じられない。 

「はい…もし…エルマリア様がシモンズ子爵家へ戻るときは連れていってくれますか?」

 私はどんな顔をしているかしら?微笑みを保てているかしら?私はシモンズへ戻らないの…ごめんなさい…カイナ。 

「父の許しを得たら…ね」

 私の計画は誰にも言えないのよ。父の虚をついて首都を離れる。母様の遺言どおり…父から逃げるの。 

「はい!」

 嬉しそうな顔をしないで…ああ…これが罪悪感ね…本当の罪悪感…胸が軋む…痛いわ。私に情があるなんて知らなかった。シモンズの邸では私と必要以上の会話をする使用人はいなかった。冷たい静寂が私の日常だった。バロン…バロンだけだわ…異母兄だけが私に感情をぶつけていたわね。 




「ザザ、こっちだ」

 騎士棟の陰からダダが手を振りザザを呼ぶ。ザザは懐から袋を取り出しダダに渡す。 

「ん。で、金を受け取っておいて悪いが鉢を落とした犯人は見つかっていない…そんな顔で睨むなよ。嘘じゃねえよ。ただな…下級使用人ならなんとなく噂はたつんだよ…それが一切無い…俺は上級使用人が怪しいと思っているが…トラッカーも一応聞き取りはしたんだぜ…なにも見てない、知らないで終わったけどな」

 ザザは用は終わったと体を傾けダダから離れようとしたが腕を掴まれ止まる。 

「ザザ、長い付き合いだから話す…お前のことを聞かれて俺は答えた。フェリシア様に仕えている下級使用人の女だったがお前が金で抱いていたことが事実かと確認にきた。事実だから…俺はそうだと…それとこの前レイモンド様が子爵令嬢にお前のことを言っただろ?あのときの会話もどんなものか聞かれたから教えた。あれに意味があったのかわからないが銅貨三十を渡された。それと逃げた使用人は見つからない。首都の端にある質屋が最後の目撃場所だ。着の身着のまま…三人は三方向に別れて逃げたってよ。俺の知ってる情報はこんなもんだ」

 ザザは頷きダダを見下ろす。 

「お前がいないから俺が相手をするしかなかった…物足りないと言われて傷ついたぞ。お前より俺の値は高いのにな」

 ザザは懐に手を入れ再びダダに袋を渡す。 

「え?」

 ダダはひもをゆるめて中を見る。 

「銅貨が…百はある…なんで俺に渡す?」 

「いらん」 

「いらん…て…なんかこえーな…いや…子爵令嬢からもっともらってるか?銅貨なんていらないって?」

 ザザは空を見上げ夕暮れが始まると思い歩き出す。 

「なんかあったら手伝うぞ!金はもらうけど」 

ダダの声を背で聞きながら足早に邸の外へ向かった。





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