【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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悪魔の泉

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ケリーの叫びに反応したのはアプソだった。 

「悪魔の泉を?お前…エルマリア様に悪魔の泉を盛ったのか!?」

 常に冷静沈着なアプソの荒げた声に皆が驚いている。 

「あ…う…」

 ケリーは頭が混乱して口が滑ってしまったことに気づき、迫るアプソから逃げようと後ずさる。それをハウンドが背後から止めた。 

「悪魔の泉…そんな厄介で卑猥なものをエルマリア様に?」 

「待て!ハウンド、アプソ…悪魔の泉?なんの話だ?」

 ハウンドとアプソは視線を絡ませ、ため息を吐く。 

「娼館の女に使う媚薬です…売られたばかりの女は仕事を嫌がります…そういう女に使う媚薬です」 

ハウンドの説明にアプソが足す。 

「解毒薬のない媚薬、火照る女は子種を受けなければ十日は苦しむ…解毒薬がないので厄介と言われておりますが娼館の主は重宝している…ケリーが嘘をついていないなら…エルマリア様が今朝落ち着いていた状態だとすると…」 

レイモンドはケリーの胸ぐらを掴み上げる。 

「貴様!本当のことを言え!エルマリアに媚薬を盛ったなら騎士隊につき出す!主に嘘を吐いても騎士隊につき出す!」 

「レイモンド様!私は…嘘など…」

 ケリーがこの場で吐いた嘘は廊下まで聞こえた喘ぎ声だった。実際はケリーがどんなに耳を澄ましても声は聞こえなかった。 

「フェリシア様は関係ないのです…本当です!フェリシア様はなにも知りません!私の…私の独断です!」

 ソロモンはめまいを感じソファに座り込む。 

「旦那様!」

 ソロモンに駆け寄るハウンドに押されたレイモンドはケリーを間近で見下ろす。 

「フェリシアの専属の使用人だろう…ケリー…フェリシアが知らなかった?それを信じろと言うか?」 

「レイモンド様!フェリシア様はひどく傷つき憔悴しています!慰めないのはなぜですか!?」

 自暴自棄になったケリーの叫びはソロモンにも届いた。 

「それでエルマリアに媚薬を盛った?盛るならレイモンドがいる部屋で盛ってくれ!」

 ソロモンの本音が出てしまった。床に向かって叫んだ言葉を聞いたケリーはソロモンに向かい叫ぶ。 

「これで!シモンズ子爵令嬢の有責になります!不義をしたのですから!持参金を返さなくてもいいのです!あの女を追い出せます!」

 ケリーの言葉を聞いたレイモンドは感情が高ぶり拳で殴った。 

「エルマリアはフローレンに嫁いだ!シモンズには帰らない!」 

レイモンドは倒れるケリーをそのままに執務室を飛び出した。 

「レイモンド!」

 ソロモンの叫びはレイモンドに届かなかった。 



「エルマリア!!」

 レイモンドは貴賓室の居室の扉を勝手に開け寝室に向かう。突然現れたレイモンドの目に入ったのはドレスを寝台に広げるカイナだった。 

「エルマリアはどこだ!?」

 異様な雰囲気のレイモンドにカイナは答えられず浴室に視線を送る。その視線を追ったレイモンドは浴室に向かい駆けた。 

「エルマリア!!」 

「え?レイモンド様…」

 エルマリアは湯に浸かっていた。金色の髪は布で巻き湯に入らないよう上げ、ザザが桶で湯をすくっては晒された肩に落としている。 

「貴様!どけ!」

 レイモンドは浴槽へ近寄りザザの肩を掴んでエルマリアから離そうとするが、いくら力を入れても大きな男はわずかも動かなかった。 

「ザザ」

 エルマリアの声にザザは立ち上がり、一歩下がる。 

「エル!…マリア…」

 ザザの消えた視界には湯に浸かる裸のエルマリアがいる。豊かな胸は白く乳首は淡い桃色で股間には輝く秘毛があった。 

「レイモンド様、なにかありましたの?」

 エルマリアの両手は下腹に置かれ、裸を隠しもせずに尋ねた。 

「あ…あく…あ」 

「あくあ?」 

顔を赤らめ口ごもるレイモンドにエルマリアは首を傾げる。 

「違う!」

 レイモンドは何度も深く呼吸をして落ち着かせる。 

「…使用人の一人が…お前に…媚薬を盛ったと白状した」

 エルマリアはレイモンドの言葉に紫色の瞳を見開き頬を染める。 その反応を見てレイモンドは拳を握り高ぶる感情を耐える。 

「媚薬ではなく…は…はら」 

「エルマリア…正直に言え」

 エルマリアはうつむき、湯のなかで下腹を撫でる。 

「…腹下しの毒では…?食事のあとから腹を…下して…痛くて…」

 白いうなじが赤みを増す様を見たレイモンドは浴室の床に膝を突き、エルマリアに顔を寄せる。 

「本当か?」 

「信じられませんわ…女性に腹を下したと何度も言わせるなんて…」 

「エルマリア、風呂の世話は女にやらせろ…この男では誤解を招く」

 レイモンドの言葉にエルマリアは返事をせずにうつむいたまま動かない。 

「腹が痛いなら今日の茶会は無しにしよう」 

レイモンドは頷いたエルマリアを確認して浴室から出ていった。寝室にいるカイナを過ぎて居室に入るとアプソが待っていた。 

「ケリーは本当に悪魔の泉を入れたと思うか?」 

「わかりません。エルマリア様はなんと?」 

「食事のあと、腹を下したそうだ…俺が言わなければただの体調不良と思ったかもしれない」

 アプソは状況が理解できず首を傾げる。 

「意味がわかりません。ならばケリーは我らに媚薬と嘘を吐きエルマリア様に下剤を盛ったのですか?悪魔の泉は安価ですが娼館の主だけが取り扱える媚薬です…入手先は知れています。ケリーに尋問を…真実を探します…もし…ケリーが正しく…エルマリア様がとぼけているなら…大問題です」 

「ああ…アプソ…ケリーは死んでもいい…全て吐かせろ」 

「お任せください」 



「出ていった?」 

「ああ」 

「びっくりしたわ」

 エルマリアは湯のなかで膝を抱える。 

「ザザ…ありがとう」 

「礼はいらない。お前には金を貰っている」 

「そうだけど…あんなことをさせるために雇ったわけじゃないもの」 

「…覚えているのか?」

 ザザの言葉に耳まで赤くさせたエルマリアは首を振る。 

「お…お尻に…違和感があるの」 

「…子種を尻の穴から入れて放置すると腹を下す」 

「知らなかったわ…なら…私は嘘をついてないわね…ふふっ」

 ザザはレイモンドが気づかなかったエルマリアの背中の模様を見つめる。昨夜のエルマリアの背中にも模様は現れていた。背中を彩る花を消えるまで見つめていた。 

「これからどうなるかしらね」

 ザザはエルマリアのうなじから湯をかける。 

「…私…なにか言った?」 

「…俺の名だけだ」 

「そう…」 

エルマリアはおぼろげな記憶が怖かった。なにを口走ったかわからず気になっていた。 

「ザザの言うとおり飛び込んできたわね。後始末までザザに任せてしまったわ…」

 ザザはエルマリアに子種を注ぎ終え、体を拭ったあと汚れたドレスと吐瀉物、香油と愛液に濡れたシーツを焼却炉へ運び、燻る灰の奥へ入れた。 

「侯爵は白状した使用人をどうするかしら?」 

「わからん」

 エルマリアは予想よりも早く行動する必要があるかもしれないと考える。





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