【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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アンジェル

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「それで?自白したと聞きましたわ。本当ですの?私に媚薬を与えてどこかの男に純潔を奪わせようと?」 

「媚薬を買ったと言い張るが売り手は偽薬を渡したと話した…それが下剤だったんだろう」

 もう…限界かもしれない。父が動き出す理由が重なっていくだけだわ。 

「男爵令嬢の専属だと聞きました」 

「…ああ」 

彼女は数か月も待てないのかしらね。 

「エルマリア…俺は…俺は…」 

レイモンドの表情から悩ましさが見えた。 

「フェリシアの言うことが…」 

「レイモンド様、男爵令嬢のことを私に相談するのは止めてくださいな」

 そんなことを話されても困るわ。腹が立つことはないけど親身になるのも私の立場ではおかしいことだし、怒ることも演技といえ疲れるのよね。 

「そ…そうだよな…すまない。ただ…父上はフェリシアをランド領地へ戻すつもりだったが…道が閉ざされたらしい」 

「道?」 

「ああ…山が崩れて道をふさいだ。使えるようになるまで一月だそうだ」

 北へ行く道が…シモンズとフローレンの領地は南と西…逃げるなら北と…一月…この状況なら父は半月で動き出すかもしれない…やっぱり…国外… 

「エルマリア?」 

「…はい」 

「ぼぅとしていたぞ。まだ具合が悪いか?」 

結局、腹は下さなかったけど… 

「…少し」

 鉢を落とされて毒まで…父の思いどおりに動くわね。愚かなフローレン… 

「…エルマリア…アイザック・シモンズから手紙が届いている」

 驚きで体が揺れてしまったわ。レイモンドは意図しなかったでしょうけど…父はなんて日に… 

「父上から渡すよう言われた」

 レイモンドは懐から手紙を取り出しテーブルに置いた。 

「ここで読めと?」

 手に取り眺めると封蝋は割られていない。そのくらいの節度はあったみたいだけど、手紙の内容は私への心配と新しい暮らしを尋ねるものだと思うわ。 

「そんなことは…」 

「ふふ、別に構いませんわ」

 私は封蝋を割って手紙を取り出し広げる。 案の定、私が恋しい…侯爵家では楽しく過ごしているかと書かれてあった。けれどフローレン家の人たちが震える言葉が最後にある。それは私の期限でもある。 

「…私の心配を…一月後に会いに行きたいと…フローレン侯爵閣下に許可をもらいたいとあります」 

レイモンドに微笑んで伝えるとその顔は力み歪んだ。 一月後…男爵令嬢がランド領地へ戻る日と近い… 

「わかった。俺から父上に話しておこう」 

「はい。よろしくお願いいたします」

 一月…やっぱり国外かしらね。




 夕暮れも終わり闇が広がる夜にアンジェル・フローレンは邸に戻った。

険しい顔のままソロモンの執務室へ向かう主を使用人らは見ないように頭を下げる。 小さく叩かれた扉をハウンドが開くとアンジェルがゆっくりとソロモンに近づく。 

「なんだ?その顔は…」 

ソロモンは椅子から腰を上げてアンジェルに向かう。 

「金は?頭を下げてきたんだろう?陛下はなんて言った?」

 アンジェルの体は震えだした。 

「…お父様に笑われたわ…爵位も領地も与えたのに…まだ足りないかって…顔で夫を選ぶからこうなるんだと…笑いながら…わたくしを…馬鹿にするように」 

「陛下はそういう性格なんだ」

 ソロモンの言葉にアンジェルはうつむいていた顔を上げる。 

「ソニー…なにを言っているの?」 

「人を操り弄ぶ…アンジェル…美しい姉たちより可愛がられていたのは陛下の遊びなんだよ」 

「なに…言っているの…?」 

「陛下は人の心を歪ませる…それがどんな方向へ行くか頂点から見て楽しむ」

 ソロモンは天井を指差し微笑む。その微笑みはアンジェルが愛した顔だった。 

「でも…困ったことになったら頼れと言ったのよ?」 

「その困ったことの話が聞きたかったんだろう。根掘り葉掘り聞かれて答えたのか?」

 アンジェルの顔は肯定していた。 

「はは、いつかこうなると…陛下に楽しい話をしに行っただけだな…はあ…フローレン侯爵家が没落しようと陛下には関係ない。持っていたものが戻るだけ…」

 フローレン侯爵領地は鉱山の権利だけはシモンズへ渡り、他は王家所有地に戻る。両家の契約書には王宮印まで押された正式なものであり国王とてシモンズに何も言えない。

 ソロモンは国王の返事をだいたい予想していたが手のひらで転がされているような自分の人生に呆れていた。 アンジェルはソロモンの胸にもたれ震える。 

「わたくし…どうなるの?」

 しおらしいアンジェルは珍しくソロモンは考えが過る。 

「陛下はなにを言った?」

 ソロモンはアンジェルの背中を撫でながら尋ねる。 

「シモンズに奪われておしまいだと…あの男がまた勝ったと…アイザック・シモンズの娘はこの家に嫁いだのに…意味がわからなかった…そんなわたくしを見て…お父様は鼻で笑ったの…馬鹿にしたように」 

「シモンズとの契約には鉱山の共同事業…それはレイモンドとエルマリアの結婚と同じようなもの…なのにレイモンドはエルマリアを裏切り…お前は卑しいと罵り…鉢まで落とした」

 ソロモンの腕のなかでアンジェルの体は跳ねた。 

「…ソロモン…」

 涙目で見上げる自身の妻に対してなにも感情が動かないソロモンは微笑みを消していた。 

「私はレイモンドの代わりにエルマリアに気を使う必要があったからそうしたまでだ。アンジェル、一時の怒りと鬱憤をエルマリアにぶつけたな?そばにはジェイコブもいた…お前にはジェイコブが見えなかったのか?」

「誰が…子爵令嬢がそんな馬鹿なこと…わたくしがあんな重いものを持てると思う?」 

「あんな?まるで一度持ったことがあるような言い方だな?」

 ソロモンの冷たい表情にアンジェルは首を振る。 

「重かったか?だから使用人に落とさせたか…アンジェル…お前の浪費がフローレンを終わらせたんだ」 

「浪費って…茶会に絵画…宝石を時々買っただけよ」 

「茶会は毎日のように開いていたろう?絵画や宝石は売れるからまだいいが茶会はなにも戻ってこない。エルマリアに近づくな…わかったな?他家の茶会に連れていこうともするな」 

「ソニー…」

 アンジェルの瞳からは涙が流れ頬を伝い落ちていく。 

「その呼び名も好きじゃない…阿呆みたいだろ…アンジェル…他家の茶会で商人から買ったものの代金は宝石やドレスを売って支払え。私は払わない」

 ソロモンはアンジェルから体を離し執務机に向かう。その背中にアンジェルは飛び込む。 

「ソロモン…わたくしが悪かったわ…子爵令嬢に近づかない…謝る…彼女が残れば持参金は使える…でしょう?」 

「…鉢の件は下級使用人に罪を着せる…離れろ」 

「ソロモン!許してくれる?ついイライラしてしまったの…いつものように過ごせなくて…あなたの上着を着る子爵令嬢が憎くて…ごめんなさい」 

アンジェルはソロモンの言葉を聞いて安心した。下級使用人にアンジェルの罪を着せるほど大切にされていると勘違いをした。 

「確信はなかった」 

ソロモンは背中に張り付くアンジェルを振り払う。 

「え?」 

「一つの可能性だったが…アンジェル…お前の仕業だった」 

「ソニー…?」 

「ジェイコブがいたんだぞ…」 

「当たらなかったでしょう!?もともと当てるつもりはなかったわ!」

 ソロモンは振り向き様にアンジェルを殴った。突然の衝撃にアンジェルは床に倒れる。事態を飲み込めずソロモンを見上げ痛む頬に触れる。 

「お前の息子だろう!怖がらせるなど…最低な母親だな」 

「殴ったのね!?ソニー!なんてことを!お父様に!……」 

「言ってこい。鉢を落としたことも言えば楽しそうに話を聞いてくれるだろう」

 アンジェルは愛しい男を泣きながら見つめるしかできなかった。




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