拝啓 あなたを殺します。

からんころん

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拝啓 あなたを殺します。

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 人は生まれながらに死ぬ事が決まっている。その時期が早いか、遅いか。自ら死ぬか、やむを得ず死ぬか。



 ひとり。



 1人だった。

 いつも隣にいたお母さんも、仕事終わりによれよれで会いに来たお父さんも、どこにもいない。


 あぁ。死んだんだ。

 何も無い空間で、それだけが分かった。





 春、受験生としての1年が始まった。部活も引退して、「卒業」も「受験」もましてや「死」なんて意識になかった。

 夏、夏休み前、突然体調が悪くなった。悪性の貧血だ、と聞いてすぐに入院した。夏休みにみっちり入ってた夏期講習が休めてラッキーなんて、思ってた。

 秋、体調は戻らない。学校にも行けない。何よりみんながおかしかった。新しい薬の副作用が余りにもひどい。考えたくなかったが、白血病という言葉が頭から離れなかった。

 冬、最後に家に帰ったのはいつだろう。もう私立高校の受験は始まってるのに。私だけ高校浪人になるのだろうか。そして、やはり私は白血病だった。


末期の。


 春、高校には行けなかった。そんな場合じゃない。身体中が痛い。動けない。辛い。痛み止めで痛みは止んだものの、意識はほとんどなかった。



 死んだときの記憶はない。苦しんだ記憶もない。すんなりと死んだなら結果オーライだ。
 不思議と涙はない。あぁ。死んだんだ。それだけ。お母さんとお父さんにごめんって気持ちと、なんで私だったんだろう。っていう単純で陳腐な疑問が何も無い空間にこだまする。


 愚問だな。自分でも笑ってしまう。運が無かっただけなのに。


 悔しかった。人より短い人生が。「でも中身は濃かった」なんて、ふざけるな。濃くなんかない。こんな短い人生だなんて知らなかった。知らなかったからこそ、みんなと同じだけ笑って、みんなと同じだけ泣いた。

 なんで。







 どれだけ泣いただろう。周りは暗い。底なしの闇。恐怖を感じさせるような闇ではない。布団の中に居るような、暖かい安心感。

「落ち着きましたか。」

 ふと顔を上げると私がいた。


 言葉を失う。


「私はあなたではありません。形を持っていないので、こうしてあなたの形を借りた、神です。」

 死んだんだからそりゃ神もいるだろうって納得している自分と、目の前の光景に呆然としている自分がいる。

 構わずに神は話す。

「死んだものにはふたつの権利が与えられます。
ひとつは誰かひとりを殺すことができる権利、もうひとつは誰かひとりを生き返らせることができる権利。
但し、あなた本人にはこのふたつの権利は適応されません。」


 頭がついて行かない。

「以上で説明を終わりにしますが、質問はありますか。」

「えっと、どうしたらその力を扱えるんですか。」

 自分に敬語で話すなんて、不思議な気分。

「あなたは今から、現世へと、つまりあなたが死んだ後の世界へと行くことになります。
そこで、この人は生きている価値がない。そう感じた人間を殺そうと願えば、死因はどうであれ必ず死にます。三分以内に。」

 人を、ころす。合法的に。
 にわかには信じ難い話。だけど、今目の前にある。それだけは、変えようのない事実。

「あの、私にはできません。人を殺すなんて、やりたくないです。」

「あなたは殺すという言葉に縛られているようですけど、そういう訳ではないんです。
こんな例もあります。

ある、年配の女性はご主人を介護しながら生きていました。しかし、彼女は死んでしまいました。右も左も分からない、赤子同然のご主人を残して。

彼女はご主人の行先を案じて、彼を殺しました。

娘夫婦は遠い所にいる。孫もまだ小さい。そんな時に介護なんて、迷惑がられる。実際、医療費も馬鹿になりませんから。」

 唖然とした。死んだ方が幸せになる人も、いる。

 自殺をする人は、きっとそういう人たちなんだろう。

「誰かを生き返らせる権利については、先程の説明と同様に、誰か生き返らせたいひとを願えば、生き返ります。
但し、それは転生として。どこの家庭に生まれるか、どうやって育つか。それによっては全く違う人物になりかねません。」

「わかりました。現世に行きます。」

 神がふっと笑った。それは私の笑顔ではない。顔は同じでも明らかに違う人の笑顔だった。

 悔しいけど、その笑顔はとても綺麗で少し嫉妬した。


「あなたの心に幸せがありますことを、祈ります。」
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