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第1話-目覚めた奴ら
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会議も終わり、それぞれの対応に追われる職員たち。僕も同じだ。
傍らで書類の束を差し出すのは黒猫型の獣人。僕の秘書を務めている女性で、
キャラ名はケイト。
書類を受け取り中身を確認。今度は気を失うことは無かった。中身はユーザーからの報告だ。
一つ目は不具合発見の報告。
ペット禁止のアパートに動物を持ち込むことができた、と記載されている。その下には発見した場所や再現手順が記されていた。
「よし、これは品質管理部門に連絡。デバッグ会社に検証してもらって」
すぐに再現が可能な不具合はこちらで対処するが、ある程度の検証が必要な場合は基本的にデバッグ会社に依頼する。再現確認が取れれば、すぐに公式サイトで告知する流れだ。
今回の不具合はユーザーへの影響が小さいし、明後日のメンテナンスに間に合わなくてもいいかな。
二枚目の書類を手に取る。次はユーザーからの要望だった。内容に目を通し、何とも言えない気持ちになり唇を尖らせた。
見なかったことにしようと、次の書類を手に取る。が、こちらにも似たような文字の羅列。背中に悪寒が走る。
パラパラ漫画のように書類を素早くめくり、衝撃の事実を叩きつけられた。
「どうしたの?」
ケイトが書類をのぞき込んできた。
「同じ性別のキャラで結婚できるようにしてほしい、だってさ。この書類の束の九割が、その手の要望だよ」
「あらま! また来たのね」
ミグラトリ―では、結婚のシステムが導入されている。プレイヤー同士だけでなく、相手がNPCでも可能だ。性別が異なればね。
「これは、いつも通り検討中ってことにしておこう」
昔のゲームなら問題ないだろう。モニターに映る自分の分身を操作していた時代なら、心理的な影響は小さいと思う。
けれど、体感型ゲームで実際に同性と愛し合った結果、「あ、こういうのもいいかも」なんて考えに至る可能性は十分に存在するのだ。ミグラトリ―で得た新しい感性が現実世界へ与える影響など考えたくもない。というより責任を負いたくない。
書類をケイトに突っ返し、次の仕事へ向かう。スタッフルームの奥に目当ての人物を見つけた。
雑然とした机の間を抜けていく。相手の方も僕に気付いた。
「トーマス、いいタイミング。最新情報よ」
出迎えたのは褐色肌の美女。銀の長髪に瞳、左右に尖る耳を持つダークエルフだった。
「何かあったの? アビー」
彼女のキャラ名はアビゲイル、通称アビー。カスタマーサポート班の一人だ。
手近な椅子を引いて、アビーの隣に座る。
「タクシー運転手ギルドの代表から要求が届いたの」
「要求? プログラムが僕らに?」
「そう。タクシーの利用客が離れるから、移動用スキルを減らす。それから自動車保険と健康保険も作成してほしいそうよ。あと制服も」
「制服?」
「制服がほしいんですって。市民が敬意を表するようなやつ」
NPCから依頼を頼まれるイベントは数多く実装されている。特定のアイテムを譲ってくれとか、洞窟へ薬の材料を取りに行くから護衛してくれとか。いわゆるお使いクエストだ。何れもプレイヤーが対象となる。
それが今回はどうしたことだ。僕らに要求をたきつけてくるなんて。
「それで、どうするの?」
「プログラムと交渉するなんて馬鹿げてるよ」
「じゃあ、交渉は決裂ってこと?」
そんなのは決まっている。
役割を与えられただけの人形と話し合うことなんてない。NPCの暴走の原因さえ突き止めれば、すべて解決するのだ。
「交渉なんて――」
言葉に詰まった。決裂だよ、の一言が出ない。
微動だにしない喉の奥、僕の胸中を満たすのは不安。
もし、このまま原因の特定ができなければどうなるのか。タクシー運転手はストライキを続けるかもしれない。いつまでもそんな状態が続けば、ヴィオコルポスでも誤魔化せないぞ。
最悪の事態を見越して対策を練るのが上司の務めだよな。非常に滑稽なことになるかもしれないけど、出来ることはやっておくか。
「スキルの調整は厳しいけど、保険の作成をやってみるか」
「意外な返答でびっくり。外注で依頼しておくわ」
「よろしく」
お次はヴィオの“お話”の手伝いでも行くか。あの男なら援護の必要はないかもしれないけど。
傍らで書類の束を差し出すのは黒猫型の獣人。僕の秘書を務めている女性で、
キャラ名はケイト。
書類を受け取り中身を確認。今度は気を失うことは無かった。中身はユーザーからの報告だ。
一つ目は不具合発見の報告。
ペット禁止のアパートに動物を持ち込むことができた、と記載されている。その下には発見した場所や再現手順が記されていた。
「よし、これは品質管理部門に連絡。デバッグ会社に検証してもらって」
すぐに再現が可能な不具合はこちらで対処するが、ある程度の検証が必要な場合は基本的にデバッグ会社に依頼する。再現確認が取れれば、すぐに公式サイトで告知する流れだ。
今回の不具合はユーザーへの影響が小さいし、明後日のメンテナンスに間に合わなくてもいいかな。
二枚目の書類を手に取る。次はユーザーからの要望だった。内容に目を通し、何とも言えない気持ちになり唇を尖らせた。
見なかったことにしようと、次の書類を手に取る。が、こちらにも似たような文字の羅列。背中に悪寒が走る。
パラパラ漫画のように書類を素早くめくり、衝撃の事実を叩きつけられた。
「どうしたの?」
ケイトが書類をのぞき込んできた。
「同じ性別のキャラで結婚できるようにしてほしい、だってさ。この書類の束の九割が、その手の要望だよ」
「あらま! また来たのね」
ミグラトリ―では、結婚のシステムが導入されている。プレイヤー同士だけでなく、相手がNPCでも可能だ。性別が異なればね。
「これは、いつも通り検討中ってことにしておこう」
昔のゲームなら問題ないだろう。モニターに映る自分の分身を操作していた時代なら、心理的な影響は小さいと思う。
けれど、体感型ゲームで実際に同性と愛し合った結果、「あ、こういうのもいいかも」なんて考えに至る可能性は十分に存在するのだ。ミグラトリ―で得た新しい感性が現実世界へ与える影響など考えたくもない。というより責任を負いたくない。
書類をケイトに突っ返し、次の仕事へ向かう。スタッフルームの奥に目当ての人物を見つけた。
雑然とした机の間を抜けていく。相手の方も僕に気付いた。
「トーマス、いいタイミング。最新情報よ」
出迎えたのは褐色肌の美女。銀の長髪に瞳、左右に尖る耳を持つダークエルフだった。
「何かあったの? アビー」
彼女のキャラ名はアビゲイル、通称アビー。カスタマーサポート班の一人だ。
手近な椅子を引いて、アビーの隣に座る。
「タクシー運転手ギルドの代表から要求が届いたの」
「要求? プログラムが僕らに?」
「そう。タクシーの利用客が離れるから、移動用スキルを減らす。それから自動車保険と健康保険も作成してほしいそうよ。あと制服も」
「制服?」
「制服がほしいんですって。市民が敬意を表するようなやつ」
NPCから依頼を頼まれるイベントは数多く実装されている。特定のアイテムを譲ってくれとか、洞窟へ薬の材料を取りに行くから護衛してくれとか。いわゆるお使いクエストだ。何れもプレイヤーが対象となる。
それが今回はどうしたことだ。僕らに要求をたきつけてくるなんて。
「それで、どうするの?」
「プログラムと交渉するなんて馬鹿げてるよ」
「じゃあ、交渉は決裂ってこと?」
そんなのは決まっている。
役割を与えられただけの人形と話し合うことなんてない。NPCの暴走の原因さえ突き止めれば、すべて解決するのだ。
「交渉なんて――」
言葉に詰まった。決裂だよ、の一言が出ない。
微動だにしない喉の奥、僕の胸中を満たすのは不安。
もし、このまま原因の特定ができなければどうなるのか。タクシー運転手はストライキを続けるかもしれない。いつまでもそんな状態が続けば、ヴィオコルポスでも誤魔化せないぞ。
最悪の事態を見越して対策を練るのが上司の務めだよな。非常に滑稽なことになるかもしれないけど、出来ることはやっておくか。
「スキルの調整は厳しいけど、保険の作成をやってみるか」
「意外な返答でびっくり。外注で依頼しておくわ」
「よろしく」
お次はヴィオの“お話”の手伝いでも行くか。あの男なら援護の必要はないかもしれないけど。
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