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コーヒーとCEOの秘密 (完)
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「はじめましてーー」手を差し出し迎え入れる。
「九条会長、ご立派になられて。昔、お父さまにお会いしたことがありますのよ」
「そうですか」
「よく似ていらっしゃるわ」
さすがの貫禄でホテルの個室に現れた。淡い藤色のツートーンスーツに低いパンプス。静かに引かれた椅子に着席し、扇型に畳まれたナプキンを手に取る。
テーブルに前菜が並び、円山園子はチラと会長の横の三津子に目配せした。
「…綺麗な方ねえ、私もあなたのような容姿だったら、こんな道に進んでなかったでしょう」
話を振られ三津子は小さな声で「いえ」と視線を下げる。
円山園子……実際会うのは初めてだ。
歴代首相や名だたる議員と国会で討論を繰り広げた女性猛者だ。
穏やかな表情の奥に潜んだ生命力。オーラがすごい。
白髪を前側だけ薄いグリーンに染め、皺の寄る表情は闘争を重ねた年月を語る。
「最初にお断り申し上げておきます。お恥ずかしい話ですが、未だ日本語の言い回しに慣れない無礼をお許しください」
「ほほほ、構いませんのよ。ご丁寧にどうも。英語の方が慣れてらっしゃるのね」
「ええ、多少は」
……うまい言い訳があったわね。
ーー流石にいつもの高圧的な態度は影を潜めるでしょう。先生、ぜひ熱い討論をお願いしますわ。
「英語、といえば……」
円山園子はコキーユにナイフを入れた。
「今更なんだけど、英語を習ってみようと思っているのよ」目を細めて、「自分の名前を英語で説明することがよくあってね」
フォークで押さえ具の帆立貝を小さく刻んだ。
「円ていう漢字がねえ、円=yen…お金の単位だと知ってる人が多くて…『それ、日本の通貨でしょ』ってよく言われるの…『名前がお金なの、いいわね』って。アメリカで dollar と名のるようなものなのかしら」
「どうでしょうか…元々は dale でしょうが」
「もっと別な表現はないものかしらね」
すると彼は少し考えて、
「そうですね……、円満の円、ハーモニーと説明されてはどうでしょう」
「あら」
その提案に女史は手を休め感嘆した。
「失礼ながら、下のお名前の園、=garden、と合わせて表現されると印象は変わるのではありませんか」
「まあ」
女史の目が丸くなり輝く。
「……いいじゃない。響きがいいわ。garden 、harmony……私の名前の中にこんな言葉が隠されてたなんて。……素敵じゃない」
―――先生ったら。苦笑。前置きが長くなくて?
三津子は少しだけ訝る。
「いいわぁ~、いつも円の説明で終わってしまって。せいぜいcircleどまり。一つ意味が違えばガラッと全体の雰囲気も変わるのね」
「漢字圏以外では漢字に複数の意味があることは理解しにくいかもしれませんね」
そうねえ、と園子は微笑んだ。
「harmony、…調和、円満ともつながりますね」彼は静かに続ける。
「ほほ、円満だなんて……。気づかなかったわ。……円満。……私も随分丸くなってしまったものですわ。昔はあんなに尖っていたのに。つくづく思いますわ。歳とるとねえ…。男だ女だどうでもよくなってしまって。この頃はトランスジェンダーなんて言葉も出てきて……」
ーー……ん?
「……女はこうあるべきと決めつける、男尊女卑を無くそうと、踏ん反り返る男どもを目の敵にしてきたけれど、私自身が行き過ぎた…誇張された虚構の中にいた、そう思うのです。叩くほど叩かれる」
「なるほど」
「若い頃はね、特に洋画の中の強い女性に憧れたものだけど…所詮はアメリカでの話。日本では合わないのよ」
ーー先生、どうなさったの?
三津子は内心たじろいだ。
円山園子といえば女傑、日本初の女性総理候補筆頭とも言われ、
男に食ってかかる様は多くの女性が勇気付けられたものだが。
ーーいつもの勇ましさはどこへ?
「そろそろ引退かしらねえ、この歳になって夢が広がるの。やってみたいことが山ほどあって……」
――夢? はぁ?
「スキーでしょ、山登りに……旅行も行きたいし……」
「いいですね」
「何かおやりになるのかしら」
「ええ、スキー、ゴルフ、・・・釣りなら多少」
「まあ、いいわね」
それからは討論になんてなりそうにない。
ただの日常会話がつらつらと続く。
「harmony,garden,いいわね。まさしく、園は公園の園ですわ。私、実家がゴルフ場をやってましてねーー。お父様もよくいらしてくださったわ」
「それはどうも、父がお世話になりました」
「これでも政務で海外に行くと、大抵そこの名門クラブに招待されるんですよ。例えばーーー」
─────……何なの、どうしちゃったの。まるで少女のような表情ですわ?
「あ」
ーーーまさか、先生も?
ホテルの部屋にしっとり馴染む眉目秀麗な姿。
三津子はそれを見て察した。
ーーー先生もイケメンには弱いのかしら。大人しくしてりゃ高貴な貴族様ですものね。しかもアメリカ帰りとくれば、バブル期以前のおばさまには大好物…。英語ペラペラですもの。加えてお父様似のこの顔。
―――そうね、憎ったらしいけど、顔面偏差値! 違いすぎるわ。かつて討論に明け暮れた英語も話せないおじさまがたとは。
「実は・・・先生とお会いすると父に伝えましたところ、『是非一緒にコースを回りたい』と申しておりました」
「・・・まあ、お父様が、そんな、うれしいわぁ・・・ほほほ」
―――うまいこと言いかえるわね。実際はお父様に『伝えた』のではなくて、『ぼやいた』でしょうに!
「おほほほほほ・・・・・」
やり込められるどころか。
能面のように整った顔はその後も崩れることはなかった。
「九条会長、ご立派になられて。昔、お父さまにお会いしたことがありますのよ」
「そうですか」
「よく似ていらっしゃるわ」
さすがの貫禄でホテルの個室に現れた。淡い藤色のツートーンスーツに低いパンプス。静かに引かれた椅子に着席し、扇型に畳まれたナプキンを手に取る。
テーブルに前菜が並び、円山園子はチラと会長の横の三津子に目配せした。
「…綺麗な方ねえ、私もあなたのような容姿だったら、こんな道に進んでなかったでしょう」
話を振られ三津子は小さな声で「いえ」と視線を下げる。
円山園子……実際会うのは初めてだ。
歴代首相や名だたる議員と国会で討論を繰り広げた女性猛者だ。
穏やかな表情の奥に潜んだ生命力。オーラがすごい。
白髪を前側だけ薄いグリーンに染め、皺の寄る表情は闘争を重ねた年月を語る。
「最初にお断り申し上げておきます。お恥ずかしい話ですが、未だ日本語の言い回しに慣れない無礼をお許しください」
「ほほほ、構いませんのよ。ご丁寧にどうも。英語の方が慣れてらっしゃるのね」
「ええ、多少は」
……うまい言い訳があったわね。
ーー流石にいつもの高圧的な態度は影を潜めるでしょう。先生、ぜひ熱い討論をお願いしますわ。
「英語、といえば……」
円山園子はコキーユにナイフを入れた。
「今更なんだけど、英語を習ってみようと思っているのよ」目を細めて、「自分の名前を英語で説明することがよくあってね」
フォークで押さえ具の帆立貝を小さく刻んだ。
「円ていう漢字がねえ、円=yen…お金の単位だと知ってる人が多くて…『それ、日本の通貨でしょ』ってよく言われるの…『名前がお金なの、いいわね』って。アメリカで dollar と名のるようなものなのかしら」
「どうでしょうか…元々は dale でしょうが」
「もっと別な表現はないものかしらね」
すると彼は少し考えて、
「そうですね……、円満の円、ハーモニーと説明されてはどうでしょう」
「あら」
その提案に女史は手を休め感嘆した。
「失礼ながら、下のお名前の園、=garden、と合わせて表現されると印象は変わるのではありませんか」
「まあ」
女史の目が丸くなり輝く。
「……いいじゃない。響きがいいわ。garden 、harmony……私の名前の中にこんな言葉が隠されてたなんて。……素敵じゃない」
―――先生ったら。苦笑。前置きが長くなくて?
三津子は少しだけ訝る。
「いいわぁ~、いつも円の説明で終わってしまって。せいぜいcircleどまり。一つ意味が違えばガラッと全体の雰囲気も変わるのね」
「漢字圏以外では漢字に複数の意味があることは理解しにくいかもしれませんね」
そうねえ、と園子は微笑んだ。
「harmony、…調和、円満ともつながりますね」彼は静かに続ける。
「ほほ、円満だなんて……。気づかなかったわ。……円満。……私も随分丸くなってしまったものですわ。昔はあんなに尖っていたのに。つくづく思いますわ。歳とるとねえ…。男だ女だどうでもよくなってしまって。この頃はトランスジェンダーなんて言葉も出てきて……」
ーー……ん?
「……女はこうあるべきと決めつける、男尊女卑を無くそうと、踏ん反り返る男どもを目の敵にしてきたけれど、私自身が行き過ぎた…誇張された虚構の中にいた、そう思うのです。叩くほど叩かれる」
「なるほど」
「若い頃はね、特に洋画の中の強い女性に憧れたものだけど…所詮はアメリカでの話。日本では合わないのよ」
ーー先生、どうなさったの?
三津子は内心たじろいだ。
円山園子といえば女傑、日本初の女性総理候補筆頭とも言われ、
男に食ってかかる様は多くの女性が勇気付けられたものだが。
ーーいつもの勇ましさはどこへ?
「そろそろ引退かしらねえ、この歳になって夢が広がるの。やってみたいことが山ほどあって……」
――夢? はぁ?
「スキーでしょ、山登りに……旅行も行きたいし……」
「いいですね」
「何かおやりになるのかしら」
「ええ、スキー、ゴルフ、・・・釣りなら多少」
「まあ、いいわね」
それからは討論になんてなりそうにない。
ただの日常会話がつらつらと続く。
「harmony,garden,いいわね。まさしく、園は公園の園ですわ。私、実家がゴルフ場をやってましてねーー。お父様もよくいらしてくださったわ」
「それはどうも、父がお世話になりました」
「これでも政務で海外に行くと、大抵そこの名門クラブに招待されるんですよ。例えばーーー」
─────……何なの、どうしちゃったの。まるで少女のような表情ですわ?
「あ」
ーーーまさか、先生も?
ホテルの部屋にしっとり馴染む眉目秀麗な姿。
三津子はそれを見て察した。
ーーー先生もイケメンには弱いのかしら。大人しくしてりゃ高貴な貴族様ですものね。しかもアメリカ帰りとくれば、バブル期以前のおばさまには大好物…。英語ペラペラですもの。加えてお父様似のこの顔。
―――そうね、憎ったらしいけど、顔面偏差値! 違いすぎるわ。かつて討論に明け暮れた英語も話せないおじさまがたとは。
「実は・・・先生とお会いすると父に伝えましたところ、『是非一緒にコースを回りたい』と申しておりました」
「・・・まあ、お父様が、そんな、うれしいわぁ・・・ほほほ」
―――うまいこと言いかえるわね。実際はお父様に『伝えた』のではなくて、『ぼやいた』でしょうに!
「おほほほほほ・・・・・」
やり込められるどころか。
能面のように整った顔はその後も崩れることはなかった。
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