90 / 153
5話 天敵
14
しおりを挟む
「わあ、すごい」
ドアの向こうは絶景――。ぐるりと太平洋。
長いカウンターキッチンの背後はガラス張りでそれが丸見えなのだ。
「いいですねえ、素敵」
波がキラキラしてる。
キッチンに近づくと裏に畑が広がってるのが見えた。
「うわあ、広いお庭ですねえ」
お洒落な草木が茂ってる。
うちの実家の畑も広いがこんな感じじゃない。
広い床をシュッー。何かが横切った。
「えっ」
ストッ。るりかさんの肩に小さな物体が。
「これ…」
「ふふ、ハリネズミよ。飼ってるの」
「えーー……」
びっくりキュートな生き物がそこにいた。
薄いグレーとお腹は白くって、ハリネズミ…。動物園とかで見たことあるはずなのに、こんなに可愛かった?
「か、かわいい、これ、実物のが何倍も可愛いですね。ぬいぐるみとかより」声が震える。それくらい可愛い。
最近、雑貨屋さんでよく見るハリネズミのチャーム、すごい可愛くて手にとって見たりするけど、断言できるわ、
ーー実物のが数千倍かわいい!!
「ふふふ、そう? 実はこの子、ネズミよけに来てもらったのよ」
「ネズミよけ?」
「ええ。ここね、ひどい廃墟で、ネズミが住み着いちゃっててね。もう私心が折れちゃうくらいショックだったんだけど、アランが、ハリネズミを飼ったらネズミが出て行ってくれるんじゃないかって言い出して」
「ええーー?」
何その謎理論。
「不思議よね。よくそんな発想になるわ。でもまあお任せしたら、見事にハリネズミの縄張りになっちゃったみたい。不思議よねー」
るりかさんは微笑む。
「名前どうするって言われて、ハリーって適当に言っちゃったらそれになっちゃった」
目をくりっとおどけてみせた。
「そうなんだ。ハリー、こんにちは」
私が手を伸ばすとこっち向いた。
そおっと触ってみる。
はぁ~柔らか~。
「うふふ、市川さんは大丈夫そうね。機嫌悪いとフーッて針立てるの」
「わあ、それも見てみたいです!」
あははと笑ってカウンターの中に入った。
白いキッチン。手作りなのかな。扉が木だ。
フロアも木の匂いが充満してる。
いいなぁ~。
「立派なキッチンですねー。ピザが何枚でも仕込めそう」
「ふふ、お任せするわ」
るりかさんは棚から粉を出してきた。
隣の棚も手作りっぽくてカッコいい。
天井からライトが下がってて、お店みたいだ。
「お店でもやるんですか?」
つい言ってしまった。するとるりかさんはちょっと顔を曇らせた。
「……そうなのよねえ…最初は仲間を呼んでワイワイやろうって言ってたのに、これならカフェとしてもやっていけそうだねえ、なんて言うのよ」
「へえ」
アランさんは外交的なようだ。
…誰かいたなあ、おんなじようなこと言ってたの。
……室長だ。旦那さんがカフェしたがっているとかなんとか。
「でも私…料理があんまり……苦手なのよね…お花育てるのは好きなんだけど」
ああ、そういえば会長が言ってたような?
ほんのちょっと前、5月の頃かな。
色んなことがあって随分と昔に思えるわ。
「大丈夫ですよ! ピザなら生地仕込むだけでいいし」
「う……ん、私じゃうまく発酵しないのよ」
「え? そうなんですか? 」
「アランの方が上手なの。パンを膨らませるのもね」
へえー、そんなことってあるのかな。
あ、そうだ。
「私、酵母持ってきたんですけど、よかったら、置いといたらどうかな」と持ってたバッグをガサゴソ……。
「酵母?」
「ええ。部屋で勝手に育っちゃったんですよ。こういうタネ菌があると少し変わるかもしれませんよ。あの、味噌蔵の麹菌みたいな感じで」瓶入りの自家製酵母を差し出した。
「そっかー、いいの?」るりかさんは手にとってまじまじと見つめる。干し葡萄色のとミルキーなのと色々あるけど、今日のはねっとり納豆色だ。
「ええ、もちろん。パンの発酵にはドライイーストの方がよく膨らみますけどね」
「そうなんだ」
「でもピザだとそんなに気にしなくていいんじゃないですか?」発酵なしのピザ生地だってあるし。
「そうよねえ。……だけどカフェだとそのうちケーキだのサンドイッチだのメニュー欲張らないかしら」
「そんなこと……」
もうカフェは決定路線なの? 旦那、ノリがいいな。
「大丈夫ですよ。こんなに景色がいいんだもの、それ売りにすれば」
「ええ、そうよね。アランもそう言うわ。ただ私自信がないだけ」
るりかさんの表情がさっきと違う。この人本当に料理が……アレなんだな。
そうそう、たしかに会長言ってたわ。
そんなに嫌なら旦那が全部やればいいのに……って、私、無責任?
自信ないなら他に発注するとか。
ハリーがぴゅっとるりかさんの肩を降りてキッチンの隅に駆けて行った。こ奴、意外と素早い。
「るりかさん」
「は、はい」
「難しく考えないで。何も完成度高いケーキ出せって言ってるわけじゃないんでしょう? そういうのは都内の有名店に任せちゃいましょう。マイペースにできるものを出せばいいじゃないですか」
「……そっか、そうね、ありがとう、市川さん」
「私も協力します」
ドアの向こうは絶景――。ぐるりと太平洋。
長いカウンターキッチンの背後はガラス張りでそれが丸見えなのだ。
「いいですねえ、素敵」
波がキラキラしてる。
キッチンに近づくと裏に畑が広がってるのが見えた。
「うわあ、広いお庭ですねえ」
お洒落な草木が茂ってる。
うちの実家の畑も広いがこんな感じじゃない。
広い床をシュッー。何かが横切った。
「えっ」
ストッ。るりかさんの肩に小さな物体が。
「これ…」
「ふふ、ハリネズミよ。飼ってるの」
「えーー……」
びっくりキュートな生き物がそこにいた。
薄いグレーとお腹は白くって、ハリネズミ…。動物園とかで見たことあるはずなのに、こんなに可愛かった?
「か、かわいい、これ、実物のが何倍も可愛いですね。ぬいぐるみとかより」声が震える。それくらい可愛い。
最近、雑貨屋さんでよく見るハリネズミのチャーム、すごい可愛くて手にとって見たりするけど、断言できるわ、
ーー実物のが数千倍かわいい!!
「ふふふ、そう? 実はこの子、ネズミよけに来てもらったのよ」
「ネズミよけ?」
「ええ。ここね、ひどい廃墟で、ネズミが住み着いちゃっててね。もう私心が折れちゃうくらいショックだったんだけど、アランが、ハリネズミを飼ったらネズミが出て行ってくれるんじゃないかって言い出して」
「ええーー?」
何その謎理論。
「不思議よね。よくそんな発想になるわ。でもまあお任せしたら、見事にハリネズミの縄張りになっちゃったみたい。不思議よねー」
るりかさんは微笑む。
「名前どうするって言われて、ハリーって適当に言っちゃったらそれになっちゃった」
目をくりっとおどけてみせた。
「そうなんだ。ハリー、こんにちは」
私が手を伸ばすとこっち向いた。
そおっと触ってみる。
はぁ~柔らか~。
「うふふ、市川さんは大丈夫そうね。機嫌悪いとフーッて針立てるの」
「わあ、それも見てみたいです!」
あははと笑ってカウンターの中に入った。
白いキッチン。手作りなのかな。扉が木だ。
フロアも木の匂いが充満してる。
いいなぁ~。
「立派なキッチンですねー。ピザが何枚でも仕込めそう」
「ふふ、お任せするわ」
るりかさんは棚から粉を出してきた。
隣の棚も手作りっぽくてカッコいい。
天井からライトが下がってて、お店みたいだ。
「お店でもやるんですか?」
つい言ってしまった。するとるりかさんはちょっと顔を曇らせた。
「……そうなのよねえ…最初は仲間を呼んでワイワイやろうって言ってたのに、これならカフェとしてもやっていけそうだねえ、なんて言うのよ」
「へえ」
アランさんは外交的なようだ。
…誰かいたなあ、おんなじようなこと言ってたの。
……室長だ。旦那さんがカフェしたがっているとかなんとか。
「でも私…料理があんまり……苦手なのよね…お花育てるのは好きなんだけど」
ああ、そういえば会長が言ってたような?
ほんのちょっと前、5月の頃かな。
色んなことがあって随分と昔に思えるわ。
「大丈夫ですよ! ピザなら生地仕込むだけでいいし」
「う……ん、私じゃうまく発酵しないのよ」
「え? そうなんですか? 」
「アランの方が上手なの。パンを膨らませるのもね」
へえー、そんなことってあるのかな。
あ、そうだ。
「私、酵母持ってきたんですけど、よかったら、置いといたらどうかな」と持ってたバッグをガサゴソ……。
「酵母?」
「ええ。部屋で勝手に育っちゃったんですよ。こういうタネ菌があると少し変わるかもしれませんよ。あの、味噌蔵の麹菌みたいな感じで」瓶入りの自家製酵母を差し出した。
「そっかー、いいの?」るりかさんは手にとってまじまじと見つめる。干し葡萄色のとミルキーなのと色々あるけど、今日のはねっとり納豆色だ。
「ええ、もちろん。パンの発酵にはドライイーストの方がよく膨らみますけどね」
「そうなんだ」
「でもピザだとそんなに気にしなくていいんじゃないですか?」発酵なしのピザ生地だってあるし。
「そうよねえ。……だけどカフェだとそのうちケーキだのサンドイッチだのメニュー欲張らないかしら」
「そんなこと……」
もうカフェは決定路線なの? 旦那、ノリがいいな。
「大丈夫ですよ。こんなに景色がいいんだもの、それ売りにすれば」
「ええ、そうよね。アランもそう言うわ。ただ私自信がないだけ」
るりかさんの表情がさっきと違う。この人本当に料理が……アレなんだな。
そうそう、たしかに会長言ってたわ。
そんなに嫌なら旦那が全部やればいいのに……って、私、無責任?
自信ないなら他に発注するとか。
ハリーがぴゅっとるりかさんの肩を降りてキッチンの隅に駆けて行った。こ奴、意外と素早い。
「るりかさん」
「は、はい」
「難しく考えないで。何も完成度高いケーキ出せって言ってるわけじゃないんでしょう? そういうのは都内の有名店に任せちゃいましょう。マイペースにできるものを出せばいいじゃないですか」
「……そっか、そうね、ありがとう、市川さん」
「私も協力します」
1
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる