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1話 会長にコーヒーを
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私の浮かれ気分に引き換え、室長の反応は相変わらずだ。
いや、室長だけじゃない。秘書室にいくと秘書のみんなが遠巻きに私を見る。心配そうに。
――私全然平気ですけど?
そう言おうとしてはまた口篭もる私。
どうやら『大変』だって思い込んでるみたいだからわざわざ明るく払拭するのも気がひける。今の所はまだ『秘密の空間』って感じだろうか。
実際の所、
「おはようございます!」
声も日ごとに朗らかになっていってる筈。
この部屋マジ住みたいくらい素敵……。
大きなガラス窓の向うには新宿副都心が丸見えで。ここ倒産してもホテルとして十分復活できそうだ。
「おはよう」
その前に座ってる男の人は(ちょっと年いってるけど)超カッコよくって。
そして乙女(?)の料理心をくすぐるお洒落なシステムキッチン……。洗練されたデザインで、最初に見たときから私は気になっていた。
これって、どこかのお店で見たのと似てるな。
――TCにあったキッチンセットじゃないの? コレ。
でもあれって200万くらいするよね?
『お店のシンクがこうだったらいいね』なんてかつてバイトの子同士で言ってた覚えがある。
……すごい、たかだか会社の給湯設備にあんなインテリアのお店のシステムキッチンいれるかな?
つくづくリッチな会社だ。
カウンタートップは木製で下は全て白い引き出し式の収納になってる。
ちょっとしたマンションのよりもリッチな気分。
しかも私一人で好きに使えるしー。
マジこんな楽な職場ないって。
さー、昨日からの行事。カメラマン気取って料理の写真を携帯に納める。
今日の一品は手まり寿司のセット。
ランチに4、5万かけるという話をしたからなのか、少し手の込んだものしようかとこれにした。
っていっても自前の土鍋でご飯炊いてすし飯にして具を合せるだけだけどね。楽チンなのに見栄えがする奥の手メニューだろうか。
「あのぅ、すみません。お昼お寿司にしたいんですけど、お飲み物は日本茶でもいいですか? あそこにあったお茶の葉湿気てたんで家から新しいの持ってきたんですけど」
朝のうちに聞いておいた。この人コーヒー党だって言うから確認しておかないといけない。
「ああ、どうぞ。お任せします」
あっさりイエスのお返事が出た。
お昼。小さな鞠の形をした茶巾寿司その他を彼は黙って口に運んでいた。
食後もコーヒーを催促することもなくお茶をすすって。
うん、和食もいいねえ。ちゃーの匂いも癒される。
――なんて思ってると、
「……君は日本茶をいれるのも上手なんだな」
不意に誉められる。
「……え。と、とんでもないです」
手を振って否定する。
――単に飲み慣れてるだけだ。ウチ家族揃ってお茶飲みだから。小さい頃から『お茶っ葉に熱湯かけちゃイカン!』と言われ続けてるからもう染み込んでいるのだ。っていっても大したことしてないけどね。
「美味いよ。本当に」
「はは、いや、私の田舎、お茶所なんですよね。だからかな?」
私は照れくさくってそんな風に言った。まあ真実ではある。
「……そうか。君は出身はどこだったかな?」
「え」
ちょっとビクる。それは……あんまり言いたくなかったりして。
「……ま、松江です」
それでも言わないわけにいかなくて、小さな声でそう言うと、
「ああ」
と会長さんは何回か頷いた。
「お茶所か。確かに。―――いい所だね」
――え?
ちょっと驚く私。この手の会話をしてこんな反応返ってきたのははじめてだったからだ。
―――今までのケースだと、
『田舎どこ?』
と聞かれて、
『松江』
って言うと、まず殆どが『ふうん』で終わる。
たまーに、
『松江ってどこ?』
などと突っ込まれるが、
『島根県』
そう答えると、
『島根ってどこだっけ?』
『……山陰よ』
『山陰って??』
『…………』
そんな感じなのよ。ちなみに『山陰』の箇所を『中国地方』と差し替えても反応はさほど変わらない。
そうそう、何を隠そう松江市は日本一存在感のない県庁所在地であるらしい。
東京に出てきてそのことに気付いた私は自分から故郷の話をすることはめったになくなったのだ。
―――それが。
「いい所だね。仕事以外では昔祖父に連れられて行ったことがあったな」
……なんて言われたらそりゃ驚きますって。
――ま、大企業の会長なんだから、『松江ってどこ?』じゃ困るんだけどさ。
チョット嬉しいじゃん。素直に。
「足立美術館があるだろ? 何度か行った覚えがある」
ああ、あの田んぼの真中のどでかい美術館。山陰じゃ割と有名な美術館だ。……地元の若者はあんまし行かないけどね。
「あと皆生温泉かな。蟹が美味いね」
「は、はあ……」
島根県じゃないけど近所だ。こんな所で地元の地名聞くとはちょっと照れくさい。
「君はいい所で育ったんだな」
えーー? あまりにも意外なお言葉。やっぱこの人の感性ちょっと変?
だってねえ、お茶と和菓子が美味しい以外あんまり自慢できる所ないんだもん。和菓子食べつけてたせいか私は東京来るまでダイエットとは無縁だった。小さい頃からおやつといえば決まってまんじゅう。ちび○こか私は。
「どうでしょうか。お茶はまあ好きですけど」
母親が定期的に送ってくるんだ、地元の銘柄茶葉。それ飲みつけてるから他所のはよくわかんない。
「でも会長はコーヒーの方がよろしいでしょう?」
私は話を切ろうとした。
「いや。別にそれほどでもない」
「え?」
――コーヒー党じゃないの? 室長が言ってたけど、そうだって。
「レーベルを指定した覚えもないしね」
「え?」
――それじゃブルマンとかエスプレッソマシンとかあのものたちは何?
「あのー。コーヒーがお好きで私を呼ばれたんじゃないんですか?」
私は正直に尋ねた。
会長はふふ、と軽く笑う。
「……話せば長くなるかな。でも話そうか」
そう言って、姿勢を少し正して。
「確かにタバコを止めてから飲む回数は増えたが、別にこだわってるわけじゃない。給湯室にあるものは全て秘書室の白本君が揃えたんだよ」
え、室長が?
「……秘書の入れたコーヒーをまずいと言った覚えもない。一口だけ口をつけてそのまま飲まずにいて……それで『入れなおしてくれ』と言ったことは何度もあるがね」
「え、そうなんですか……」
それが皆が口篭もる緊迫のシーン?
「―――口をつけて離してそのまま忘れてしまうようなそんな入れ方だったんだろうな。熱すぎたり、ぬるすぎたり、薄すぎたり……。味は微妙に変わるから。別にまずくて飲まなかったわけじゃない。ただ忘れてたんだよ。仕事に集中してるとついそうなるんだ」
「はあ……」
まあカフェでもそうだものな。どんなにちゃんと入れても残す人は絶対いる。
「――だが、コーヒーはそんなところだが、日本茶にいたってはまるでなってなくてね。まずいとは面と向かって言えないが飲めないんだよ。あれほど秘書が揃っていて珍しいものだが誰一人。唯一飲めたのは、たまたま清掃に入っていたパートの婦人の入れたものだったな。私はいつも私がいる前でクリーニングさせるんだが、たまたま日本茶を入れようとしていた私に、『よかったら煎れましょうか』と話し掛けてきた。やり方にしても別に普通だと思ったが、そのときが唯一飲めたな」
えーー。会長自らお茶を入れようとしてたの? やっぱ『うるさい』んじゃん。
「とやかく言うつもりはないが、マナー以前に『基本』だと思わんか? 他の重役にも出してるんだからそう悪くはないんだろうが、どの者もなじんでないように思う。私にもできることが何故出来ないのか不思議だよ。白本くんがあれこれ気を使ってやってるんだが、それも鬱陶しくなってある日言ったんだ」
『茶ひとつ満足に入れられない秘書はこの部屋に入れるな! 気が散る』
……すご。それってやばくないすか、会長。
「……ふ、それからしばらくして君のことをどこかで聞きつけてきたんだろう。それで君が私の前に現れた」
そうなんだ。
たまたまこの人の舌に合っていたのか、私。やっぱ超ラッキーだったんだ。秘書室の人も大変だな。
「そうだったんですか。……それじゃご自宅では奥様がされてるんですか?」
何も考えず私は頭に浮かんだままを尋ねた。普通はそうだろうから。
私の問いに会長の表情が少しだけ揺らぐ。ふっと息だけで笑う。
そして、
「……結婚しているように見えるか?」
「え」
そんな言い方って。
「は、はあ。そうかなと思います」
年齢からして、地位からしてそれが普通なんじゃないかと。
「……してないよ。しかけたことはあったけどね」
―――え?
胸が鳴った。
「……あ、す、すみません、失礼なことを言って」
「いや。……君は私のことを何も聞かされてないんだな」
「は、はあ……」
バツが悪くなってうつむく私。
「ふ、どうせとっつきにくいだの言ってるんだろう。事実そうだから仕方あるまいが」
「い、いえ。そんなことは……」
「仕事に入ると何をされても気が向かなくてね。どうにもきつく当たってしまうんだ」
……。何を言えばいいの。私。
「こんな性分だから……。私は一生結婚なんてしないだろうな」
って……。
―はぁ―――……。
ランチと間食の片づけをして私はしばらく予備室でぼーっと宙を眺めていた。
何でそうしてたのかわからないけど、何だか気が抜けて。
――独身なんだ。
あ、もしや。
あの人、女嫌いなのでは?
そんなことばが浮かんだ。
ピリピリした雰囲気はそういうところからきてるんじゃないかな。
それで秘書にきつく当たるのかも。
――それならほぼ納得できる。今までの素朴な疑問。
―ふ――ん……。そっか……。
ぼーっとして、昨日あんなにのめりこんでたブログ更新する気にもならない。
ようやく見ようという気になったのは終業時刻が近づいて、
『帰っていいよ』
そう言われた後だった。
それでも別に見たいって気はなくって、何となく、そうした。まだボ―ッとしてて立ち上げてアクセスして。
はっとした。
「……ん? えっ」
コメントが1、とある。
――誰か来たの? こんなに早く。
……想定してなかっただけに正直驚く。
『はじめまして。こんにちは。みなみんと申します。おひるごはんで検索してきました。kofiさんはカフェで働かれてたんですね~。今は専属でご奉仕中って。。つまりご結婚されてるってことですかぁ? vip様と……』
「はい?」
ドキン。
なんかまた胸が鳴った。
いや、室長だけじゃない。秘書室にいくと秘書のみんなが遠巻きに私を見る。心配そうに。
――私全然平気ですけど?
そう言おうとしてはまた口篭もる私。
どうやら『大変』だって思い込んでるみたいだからわざわざ明るく払拭するのも気がひける。今の所はまだ『秘密の空間』って感じだろうか。
実際の所、
「おはようございます!」
声も日ごとに朗らかになっていってる筈。
この部屋マジ住みたいくらい素敵……。
大きなガラス窓の向うには新宿副都心が丸見えで。ここ倒産してもホテルとして十分復活できそうだ。
「おはよう」
その前に座ってる男の人は(ちょっと年いってるけど)超カッコよくって。
そして乙女(?)の料理心をくすぐるお洒落なシステムキッチン……。洗練されたデザインで、最初に見たときから私は気になっていた。
これって、どこかのお店で見たのと似てるな。
――TCにあったキッチンセットじゃないの? コレ。
でもあれって200万くらいするよね?
『お店のシンクがこうだったらいいね』なんてかつてバイトの子同士で言ってた覚えがある。
……すごい、たかだか会社の給湯設備にあんなインテリアのお店のシステムキッチンいれるかな?
つくづくリッチな会社だ。
カウンタートップは木製で下は全て白い引き出し式の収納になってる。
ちょっとしたマンションのよりもリッチな気分。
しかも私一人で好きに使えるしー。
マジこんな楽な職場ないって。
さー、昨日からの行事。カメラマン気取って料理の写真を携帯に納める。
今日の一品は手まり寿司のセット。
ランチに4、5万かけるという話をしたからなのか、少し手の込んだものしようかとこれにした。
っていっても自前の土鍋でご飯炊いてすし飯にして具を合せるだけだけどね。楽チンなのに見栄えがする奥の手メニューだろうか。
「あのぅ、すみません。お昼お寿司にしたいんですけど、お飲み物は日本茶でもいいですか? あそこにあったお茶の葉湿気てたんで家から新しいの持ってきたんですけど」
朝のうちに聞いておいた。この人コーヒー党だって言うから確認しておかないといけない。
「ああ、どうぞ。お任せします」
あっさりイエスのお返事が出た。
お昼。小さな鞠の形をした茶巾寿司その他を彼は黙って口に運んでいた。
食後もコーヒーを催促することもなくお茶をすすって。
うん、和食もいいねえ。ちゃーの匂いも癒される。
――なんて思ってると、
「……君は日本茶をいれるのも上手なんだな」
不意に誉められる。
「……え。と、とんでもないです」
手を振って否定する。
――単に飲み慣れてるだけだ。ウチ家族揃ってお茶飲みだから。小さい頃から『お茶っ葉に熱湯かけちゃイカン!』と言われ続けてるからもう染み込んでいるのだ。っていっても大したことしてないけどね。
「美味いよ。本当に」
「はは、いや、私の田舎、お茶所なんですよね。だからかな?」
私は照れくさくってそんな風に言った。まあ真実ではある。
「……そうか。君は出身はどこだったかな?」
「え」
ちょっとビクる。それは……あんまり言いたくなかったりして。
「……ま、松江です」
それでも言わないわけにいかなくて、小さな声でそう言うと、
「ああ」
と会長さんは何回か頷いた。
「お茶所か。確かに。―――いい所だね」
――え?
ちょっと驚く私。この手の会話をしてこんな反応返ってきたのははじめてだったからだ。
―――今までのケースだと、
『田舎どこ?』
と聞かれて、
『松江』
って言うと、まず殆どが『ふうん』で終わる。
たまーに、
『松江ってどこ?』
などと突っ込まれるが、
『島根県』
そう答えると、
『島根ってどこだっけ?』
『……山陰よ』
『山陰って??』
『…………』
そんな感じなのよ。ちなみに『山陰』の箇所を『中国地方』と差し替えても反応はさほど変わらない。
そうそう、何を隠そう松江市は日本一存在感のない県庁所在地であるらしい。
東京に出てきてそのことに気付いた私は自分から故郷の話をすることはめったになくなったのだ。
―――それが。
「いい所だね。仕事以外では昔祖父に連れられて行ったことがあったな」
……なんて言われたらそりゃ驚きますって。
――ま、大企業の会長なんだから、『松江ってどこ?』じゃ困るんだけどさ。
チョット嬉しいじゃん。素直に。
「足立美術館があるだろ? 何度か行った覚えがある」
ああ、あの田んぼの真中のどでかい美術館。山陰じゃ割と有名な美術館だ。……地元の若者はあんまし行かないけどね。
「あと皆生温泉かな。蟹が美味いね」
「は、はあ……」
島根県じゃないけど近所だ。こんな所で地元の地名聞くとはちょっと照れくさい。
「君はいい所で育ったんだな」
えーー? あまりにも意外なお言葉。やっぱこの人の感性ちょっと変?
だってねえ、お茶と和菓子が美味しい以外あんまり自慢できる所ないんだもん。和菓子食べつけてたせいか私は東京来るまでダイエットとは無縁だった。小さい頃からおやつといえば決まってまんじゅう。ちび○こか私は。
「どうでしょうか。お茶はまあ好きですけど」
母親が定期的に送ってくるんだ、地元の銘柄茶葉。それ飲みつけてるから他所のはよくわかんない。
「でも会長はコーヒーの方がよろしいでしょう?」
私は話を切ろうとした。
「いや。別にそれほどでもない」
「え?」
――コーヒー党じゃないの? 室長が言ってたけど、そうだって。
「レーベルを指定した覚えもないしね」
「え?」
――それじゃブルマンとかエスプレッソマシンとかあのものたちは何?
「あのー。コーヒーがお好きで私を呼ばれたんじゃないんですか?」
私は正直に尋ねた。
会長はふふ、と軽く笑う。
「……話せば長くなるかな。でも話そうか」
そう言って、姿勢を少し正して。
「確かにタバコを止めてから飲む回数は増えたが、別にこだわってるわけじゃない。給湯室にあるものは全て秘書室の白本君が揃えたんだよ」
え、室長が?
「……秘書の入れたコーヒーをまずいと言った覚えもない。一口だけ口をつけてそのまま飲まずにいて……それで『入れなおしてくれ』と言ったことは何度もあるがね」
「え、そうなんですか……」
それが皆が口篭もる緊迫のシーン?
「―――口をつけて離してそのまま忘れてしまうようなそんな入れ方だったんだろうな。熱すぎたり、ぬるすぎたり、薄すぎたり……。味は微妙に変わるから。別にまずくて飲まなかったわけじゃない。ただ忘れてたんだよ。仕事に集中してるとついそうなるんだ」
「はあ……」
まあカフェでもそうだものな。どんなにちゃんと入れても残す人は絶対いる。
「――だが、コーヒーはそんなところだが、日本茶にいたってはまるでなってなくてね。まずいとは面と向かって言えないが飲めないんだよ。あれほど秘書が揃っていて珍しいものだが誰一人。唯一飲めたのは、たまたま清掃に入っていたパートの婦人の入れたものだったな。私はいつも私がいる前でクリーニングさせるんだが、たまたま日本茶を入れようとしていた私に、『よかったら煎れましょうか』と話し掛けてきた。やり方にしても別に普通だと思ったが、そのときが唯一飲めたな」
えーー。会長自らお茶を入れようとしてたの? やっぱ『うるさい』んじゃん。
「とやかく言うつもりはないが、マナー以前に『基本』だと思わんか? 他の重役にも出してるんだからそう悪くはないんだろうが、どの者もなじんでないように思う。私にもできることが何故出来ないのか不思議だよ。白本くんがあれこれ気を使ってやってるんだが、それも鬱陶しくなってある日言ったんだ」
『茶ひとつ満足に入れられない秘書はこの部屋に入れるな! 気が散る』
……すご。それってやばくないすか、会長。
「……ふ、それからしばらくして君のことをどこかで聞きつけてきたんだろう。それで君が私の前に現れた」
そうなんだ。
たまたまこの人の舌に合っていたのか、私。やっぱ超ラッキーだったんだ。秘書室の人も大変だな。
「そうだったんですか。……それじゃご自宅では奥様がされてるんですか?」
何も考えず私は頭に浮かんだままを尋ねた。普通はそうだろうから。
私の問いに会長の表情が少しだけ揺らぐ。ふっと息だけで笑う。
そして、
「……結婚しているように見えるか?」
「え」
そんな言い方って。
「は、はあ。そうかなと思います」
年齢からして、地位からしてそれが普通なんじゃないかと。
「……してないよ。しかけたことはあったけどね」
―――え?
胸が鳴った。
「……あ、す、すみません、失礼なことを言って」
「いや。……君は私のことを何も聞かされてないんだな」
「は、はあ……」
バツが悪くなってうつむく私。
「ふ、どうせとっつきにくいだの言ってるんだろう。事実そうだから仕方あるまいが」
「い、いえ。そんなことは……」
「仕事に入ると何をされても気が向かなくてね。どうにもきつく当たってしまうんだ」
……。何を言えばいいの。私。
「こんな性分だから……。私は一生結婚なんてしないだろうな」
って……。
―はぁ―――……。
ランチと間食の片づけをして私はしばらく予備室でぼーっと宙を眺めていた。
何でそうしてたのかわからないけど、何だか気が抜けて。
――独身なんだ。
あ、もしや。
あの人、女嫌いなのでは?
そんなことばが浮かんだ。
ピリピリした雰囲気はそういうところからきてるんじゃないかな。
それで秘書にきつく当たるのかも。
――それならほぼ納得できる。今までの素朴な疑問。
―ふ――ん……。そっか……。
ぼーっとして、昨日あんなにのめりこんでたブログ更新する気にもならない。
ようやく見ようという気になったのは終業時刻が近づいて、
『帰っていいよ』
そう言われた後だった。
それでも別に見たいって気はなくって、何となく、そうした。まだボ―ッとしてて立ち上げてアクセスして。
はっとした。
「……ん? えっ」
コメントが1、とある。
――誰か来たの? こんなに早く。
……想定してなかっただけに正直驚く。
『はじめまして。こんにちは。みなみんと申します。おひるごはんで検索してきました。kofiさんはカフェで働かれてたんですね~。今は専属でご奉仕中って。。つまりご結婚されてるってことですかぁ? vip様と……』
「はい?」
ドキン。
なんかまた胸が鳴った。
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