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1話 会長にコーヒーを
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週明け。私はいつもよりちょっとわくわくしていた。もちろんそれは新調したファンデのせいもあるけど―――。
「おはようございます」
「おはよう、市川さん。今日も早いのね」
一体どんな手土産が? なぁんて、室長には私が思ってることなんてわかんないだろう。足取りも軽やかに上のフロアへ向かう。
「おはよう」
といつもの調子で会長。特にお言葉なし。しかも『手ぶら』だ。
「お、おはようございます」
―――何だ。釣れなかったのかな?
幾分がっかりしかける私。かなり期待してたって? いやいや、すぐにイマドキの釣り事情というものを思い知らされる。
「会長にお届けものです」
「はい」
それはコーヒータイムの後だった。会長と同じくらい無表情な秘書の人が持ってきた二つの発砲スチロールの箱。もしかして!?
「開けてみなさい」
「はい」
言われて開ける。まずはちょっと大きい方から。
「!! ぎゃ~~~!」
同時に、とんでもない奇声をあげてしまった。開けてびっくり玉手箱? 中からはモクモクと白い煙が……じゃない、もっとリアルな物体がもぞもぞとうごめいてる。そして、にょきっと鋭い枝のようなものが突き出して。
―――え、えいりあん?
生理現象なのか一瞬背筋がぞくっとする。
「……えびっ?」
だがよく見るとそれは。おがくずにまみれた……海老!? しかもでかい。その色からして毛がにのようにも見える、私の目には。どちらにしても貧乏人にはあまりお馴染みではない。
―――はあ? 海老?
「伊勢海老だよ」
と会長は冷静に私のおたけびに答えた。
「ええ?」
それを聞いてもっとびっくりする私。
―――イセエビ? い・せ・え・びっ!?
「……い、伊勢海老って、会長、銚子に行かれたんじゃないですか?」
「そうだよ」
って。何で銚子で伊勢海老? 伊勢海老って名古屋の方にいるんじゃないの? マグロでもびっくりなのに。ていうか、釣れるものなの? こんなでっかい海老。養殖とかじゃなくて?
目を丸くする私。会長の言葉は続く。
「……いや、初日に目当てのものが釣れてね。カツオの群れにも当たって思いもよらない大漁だったんだ。それで『明日は陸に上がりましょうか』と言う話になって。堤防で海老が釣れるんだよ」
「えーーー?」
頭がくるくる回る……。カツオ? この時期に? マグロも釣れたの? ナニこの人たち。大漁って。マジ釣り師ですか~~?
驚いて手の止まった私に代わって会長はもうひとつの平べったい箱を開ける。その中には真空パックされた切り身がずらずらあった。
「これがカツオでこっちがマグロ。もちろん本マグロじゃないがな。それとヒラメだ」
淡々と説明してくれて。
「えーーー?」
こんなにたくさん? ヒラメまで? しかも全部綺麗に処理されて……。これってクール宅急便のチルドパックですか? オイオイ、楽天のおとり寄せかよ? すげーー……。釣りったって別にクーラーボックスに入れて持って帰るわけじゃないんだ?
でも。船出して宅配して、下手するとその辺のデパートで買ってきた方が安くないかい? とついそんな心配までしてしまう庶民派の私。手巻きにするのがもったいないくらいの品揃えと言うか。
いや、切り身はいいとして海老はどうするの? コレ、生きてますけど?
「生でもいいし、焼くか茹でるか、キミの好きなように調理しなさい。低温状態だからまだ大人しいよ」
と会長はさらっと簡単そうに言う。
「えーー? 茹でる? 焼く? それはちょっと……」
コワイじゃん、そんなの。持つだけでもコワイ。暴れて指はさまれちゃったらどうするの? 正直私には出来そうにない。せめて〆てくれないとーーー。
「ん。なら生でいくか?」
だからー。そんな簡単に言わないでくださいよっ。
「はあ……。でも、どうすればいいんでしょうか?」
料理一通り、魚の下ろし方まで鍛えられた私だけども、さすがにこれはさばけませんよ?
「それは私がやろう」
「へ?」
半分驚き、半分慄く私の目の前を箱持ってキッチンに向かう会長。
「タオルと、包丁と、あとはさみがあったよな」
「は、はい」
慌てて言われたものを揃える。オペじゃないんだから。でもそんな雰囲気あったりして。会長はもうひとつの箱の中から氷を出してきてシンクに氷水を張り、海老をひょいと掴んでそこにどぼんと浸けた。しばらくして動かなくなるとさっと水で流してまな板の上に置き、海老の頭をタオルで押さえる。
「え……?」
私が持ってきたマイ包丁をちょいとかざし、胴体との境目に入れて。
……グシャリ。
「きゃ~~」
―――南無っ。私は思わず目を閉じた。会長は慣れてらっしゃるのかまるで動じず、「よく切れるな。キミのか」とか呟きつつ包丁を置くと、元々ここにあったキッチンばさみに持ち替え、真っ二つになった海老さんの胴体側の周囲をじょきじょき切っていく。
えーー? じょきじょき?
言っておくが会長はスーツ姿のままだ。しかし『スーツ汚れちゃいますよ』と言う隙がない。しかも素手っすよ。痛くないの? この不思議な空気どうよ。何この光景。私は呆気にとられていた。見とれていたのかもしれない。鮮やかなその手の動きに。
はさみで伊勢海老さばく人はじめて見ましたよ?
蟹ならアリだけど?
殻堅そうなのにOK?
このはさみって業務用なの?
魚屋さんならわかるけどスーツ着たまま??
しかし見る見る海老は殻と中身とに分けられてしまい、ラスト各々の部位が綺麗にまな板の上に並んで。ボウルに用意した氷水に身を入れるとプリンと引き締まる。
「すごーーい」
私は思わず感嘆の声をあげた。
「後はキミの好きなように調理して。頭のところはみそが詰まってるよ」
「は、はあ……」
お見事! と言うしかないこの綺麗な分別状態。まるで調理師専門学校講師の模範調理だ。会長って……何者?
「か、会長、海老なんて下ろせるんですか」
変な言い方になってしまうじゃないの。誉めてるつもりなのに。
「釣りをやる人間が魚を下ろせなくてどうする」
会長はフフと笑った。
「そ、そうですか。そうですよね。はは」
そしてささっと手を洗って出て行く。マジ板さんみたいじゃないですか。私、魚下ろせる男の人には弱かったりして……。
そう。私、魚下ろせる人って好き。それに、高校時代はじめてバイトしたのは魚屋さんだった。思い出しちゃった。ものすごく遠い昔だ。
「では、どうぞ。手巻きにしてみました」
初めてごはん丸でお米炊いて寿司飯にして、カツオ、マグロ、ヒラメ、伊勢海老、と具を載せたお皿と共に運んだ。付け合せは海老の殻とみそがベースのお味噌汁。豪華な手巻きセットだ。伊勢海老の刺身なんて私初めてかもしれない。どーよ、このピカピカぶり。氷で冷やしていたのでまるでお寿司屋さんのケースに並んでるネタ状態に鮮度バッチシ。
しかし……。会長の手は動かない。
「あ、お刺身だけの方がよろしかったですか?」
「手巻きって何?」
って。――へ?
「えーと、好きな具とご飯を海苔で巻いて食べるんですよ」
幼稚園児に教えてあげるみたいな説明をする私。
「私が巻くのか?」
―――は。
「……――も、申し訳ありませんっ、私が巻かしていただきますっ!!」
うっかりしてた! この人ってばボンボンだから、手巻き寿司なんてするわけないんだーー。
その原点に気付いてうろたえる私。
釣りはするが(魚は下ろせるが)、寿司は寿司職人が握るものだって?
わーお。
「ん」
と会長はさも当然と言わんばかり、何もせずに私の手順を見守って。
やだー。緊張するじゃん? もうこれだから金持ちってヤツはーー。どこまでズレてるんだ? 自分で巻くからこそ楽しいのに。と内心ぶつぶつ。
「まずは海老でよろしいですか? シソをおつけします」
と言ってお渡しする。旅館の仲居か。確かこの人小海老ダメだった筈だが? 伊勢海老はいいのね。まあ何て贅沢な。
「それじゃ失礼して。頂きまーす」
続いて私もパクリ。何せさっきまで動いていた海老さんだ。そりゃもう甘いの何のって。しっかもぷりぷり! 口の中に初めての触感と味覚が広がる。披露宴の料理で出てくるグリル系海老さんとは全然違いますよ。
「美味しいですっ。伊勢海老の刺身なんて初めて食べました」
興奮気味だ。
「そうか。海老は傷みも早いからな。まずその場で〆なければ刺身は無理だろう」
それでわざわざ生きたまま送ったの?
「いいんですかね? 私だけご馳走になっちゃってー」
なんて言いつつバクバク進んで。会長よりも私の方がハイペースだ。手巻き寿司なんて1人暮らしじゃまずしないメニューだし。
食べてる内にまたまた記憶が蘇ってきた。よく家族で囲んで食べてた。具の種類は随分違うけども。伊勢海老なんてヒラメなんて並ばないけど皆でわいわい食べると何でも美味しいものだ。変なところにこだわるウチの母は絶対スーパーの手巻きセットじゃなく、魚屋さんのお刺身用を買ってきて出してたっけ。私も時々下ろすの手伝わされた。
「もしかして魚の処理をされたのも会長なんですか?」
「ん、まあ。私はさばくの専門だからな」
「えーー? じゃあ釣りの方はしないんですか?」
「時々力を貸す程度だな」
へー、そうなんだ? って、それじゃあ釣りバカ日誌と言うより『さかなくん』じゃないですか。あの手さばき……。
「キミは釣りに興味があるのか?」
とまた聞かれる。こんな話に食いつく女ってよほど珍しいのだろうか。そりゃ私は海の側と言えば海の側で育ちましたけど? 釣りったって友達同士浜辺でバーベキューのついで程度だ。
「友達に誘われれば行く程度ですよ。あんまり詳しくないです。日本海とこの辺りじゃお魚の種類も違うかもしれませんね」
「沿岸ものはあまり大差ないよ。沖合いだと……カツオは日本海じゃ無理かな」
お?
「いやー、そりゃまあカツオはそうかもしれませんけど、同じ魚でも微妙にお味は違ってたりしますよ。特にイカは。向こうのがやわらかくって絶対美味しいです」
何対抗意識燃やしてるの? 何故かお国自慢をしてしまう私。恥ずかしいっての。しかし事実そう思ってたりする。イカはやっぱ日本海の水イカに限るのさ。
「……ウチ、母親が冷凍ものの魚絶対出さないんですよね。毎日魚屋さんでその日に揚がったの買ってきてました。そういうのでずっと育ってきてるものだから、今でも冷凍ものには抵抗あります」
力まで入るし。田舎者根性出し。ハズカシー。会長はゆっくりと一回頷いた。
「フフ、そうか。……それでキミは肌が綺麗なのかな」
「……そうですよ!―――……えっ!?」
びっくり驚きな一言だった。
「おはようございます」
「おはよう、市川さん。今日も早いのね」
一体どんな手土産が? なぁんて、室長には私が思ってることなんてわかんないだろう。足取りも軽やかに上のフロアへ向かう。
「おはよう」
といつもの調子で会長。特にお言葉なし。しかも『手ぶら』だ。
「お、おはようございます」
―――何だ。釣れなかったのかな?
幾分がっかりしかける私。かなり期待してたって? いやいや、すぐにイマドキの釣り事情というものを思い知らされる。
「会長にお届けものです」
「はい」
それはコーヒータイムの後だった。会長と同じくらい無表情な秘書の人が持ってきた二つの発砲スチロールの箱。もしかして!?
「開けてみなさい」
「はい」
言われて開ける。まずはちょっと大きい方から。
「!! ぎゃ~~~!」
同時に、とんでもない奇声をあげてしまった。開けてびっくり玉手箱? 中からはモクモクと白い煙が……じゃない、もっとリアルな物体がもぞもぞとうごめいてる。そして、にょきっと鋭い枝のようなものが突き出して。
―――え、えいりあん?
生理現象なのか一瞬背筋がぞくっとする。
「……えびっ?」
だがよく見るとそれは。おがくずにまみれた……海老!? しかもでかい。その色からして毛がにのようにも見える、私の目には。どちらにしても貧乏人にはあまりお馴染みではない。
―――はあ? 海老?
「伊勢海老だよ」
と会長は冷静に私のおたけびに答えた。
「ええ?」
それを聞いてもっとびっくりする私。
―――イセエビ? い・せ・え・びっ!?
「……い、伊勢海老って、会長、銚子に行かれたんじゃないですか?」
「そうだよ」
って。何で銚子で伊勢海老? 伊勢海老って名古屋の方にいるんじゃないの? マグロでもびっくりなのに。ていうか、釣れるものなの? こんなでっかい海老。養殖とかじゃなくて?
目を丸くする私。会長の言葉は続く。
「……いや、初日に目当てのものが釣れてね。カツオの群れにも当たって思いもよらない大漁だったんだ。それで『明日は陸に上がりましょうか』と言う話になって。堤防で海老が釣れるんだよ」
「えーーー?」
頭がくるくる回る……。カツオ? この時期に? マグロも釣れたの? ナニこの人たち。大漁って。マジ釣り師ですか~~?
驚いて手の止まった私に代わって会長はもうひとつの平べったい箱を開ける。その中には真空パックされた切り身がずらずらあった。
「これがカツオでこっちがマグロ。もちろん本マグロじゃないがな。それとヒラメだ」
淡々と説明してくれて。
「えーーー?」
こんなにたくさん? ヒラメまで? しかも全部綺麗に処理されて……。これってクール宅急便のチルドパックですか? オイオイ、楽天のおとり寄せかよ? すげーー……。釣りったって別にクーラーボックスに入れて持って帰るわけじゃないんだ?
でも。船出して宅配して、下手するとその辺のデパートで買ってきた方が安くないかい? とついそんな心配までしてしまう庶民派の私。手巻きにするのがもったいないくらいの品揃えと言うか。
いや、切り身はいいとして海老はどうするの? コレ、生きてますけど?
「生でもいいし、焼くか茹でるか、キミの好きなように調理しなさい。低温状態だからまだ大人しいよ」
と会長はさらっと簡単そうに言う。
「えーー? 茹でる? 焼く? それはちょっと……」
コワイじゃん、そんなの。持つだけでもコワイ。暴れて指はさまれちゃったらどうするの? 正直私には出来そうにない。せめて〆てくれないとーーー。
「ん。なら生でいくか?」
だからー。そんな簡単に言わないでくださいよっ。
「はあ……。でも、どうすればいいんでしょうか?」
料理一通り、魚の下ろし方まで鍛えられた私だけども、さすがにこれはさばけませんよ?
「それは私がやろう」
「へ?」
半分驚き、半分慄く私の目の前を箱持ってキッチンに向かう会長。
「タオルと、包丁と、あとはさみがあったよな」
「は、はい」
慌てて言われたものを揃える。オペじゃないんだから。でもそんな雰囲気あったりして。会長はもうひとつの箱の中から氷を出してきてシンクに氷水を張り、海老をひょいと掴んでそこにどぼんと浸けた。しばらくして動かなくなるとさっと水で流してまな板の上に置き、海老の頭をタオルで押さえる。
「え……?」
私が持ってきたマイ包丁をちょいとかざし、胴体との境目に入れて。
……グシャリ。
「きゃ~~」
―――南無っ。私は思わず目を閉じた。会長は慣れてらっしゃるのかまるで動じず、「よく切れるな。キミのか」とか呟きつつ包丁を置くと、元々ここにあったキッチンばさみに持ち替え、真っ二つになった海老さんの胴体側の周囲をじょきじょき切っていく。
えーー? じょきじょき?
言っておくが会長はスーツ姿のままだ。しかし『スーツ汚れちゃいますよ』と言う隙がない。しかも素手っすよ。痛くないの? この不思議な空気どうよ。何この光景。私は呆気にとられていた。見とれていたのかもしれない。鮮やかなその手の動きに。
はさみで伊勢海老さばく人はじめて見ましたよ?
蟹ならアリだけど?
殻堅そうなのにOK?
このはさみって業務用なの?
魚屋さんならわかるけどスーツ着たまま??
しかし見る見る海老は殻と中身とに分けられてしまい、ラスト各々の部位が綺麗にまな板の上に並んで。ボウルに用意した氷水に身を入れるとプリンと引き締まる。
「すごーーい」
私は思わず感嘆の声をあげた。
「後はキミの好きなように調理して。頭のところはみそが詰まってるよ」
「は、はあ……」
お見事! と言うしかないこの綺麗な分別状態。まるで調理師専門学校講師の模範調理だ。会長って……何者?
「か、会長、海老なんて下ろせるんですか」
変な言い方になってしまうじゃないの。誉めてるつもりなのに。
「釣りをやる人間が魚を下ろせなくてどうする」
会長はフフと笑った。
「そ、そうですか。そうですよね。はは」
そしてささっと手を洗って出て行く。マジ板さんみたいじゃないですか。私、魚下ろせる男の人には弱かったりして……。
そう。私、魚下ろせる人って好き。それに、高校時代はじめてバイトしたのは魚屋さんだった。思い出しちゃった。ものすごく遠い昔だ。
「では、どうぞ。手巻きにしてみました」
初めてごはん丸でお米炊いて寿司飯にして、カツオ、マグロ、ヒラメ、伊勢海老、と具を載せたお皿と共に運んだ。付け合せは海老の殻とみそがベースのお味噌汁。豪華な手巻きセットだ。伊勢海老の刺身なんて私初めてかもしれない。どーよ、このピカピカぶり。氷で冷やしていたのでまるでお寿司屋さんのケースに並んでるネタ状態に鮮度バッチシ。
しかし……。会長の手は動かない。
「あ、お刺身だけの方がよろしかったですか?」
「手巻きって何?」
って。――へ?
「えーと、好きな具とご飯を海苔で巻いて食べるんですよ」
幼稚園児に教えてあげるみたいな説明をする私。
「私が巻くのか?」
―――は。
「……――も、申し訳ありませんっ、私が巻かしていただきますっ!!」
うっかりしてた! この人ってばボンボンだから、手巻き寿司なんてするわけないんだーー。
その原点に気付いてうろたえる私。
釣りはするが(魚は下ろせるが)、寿司は寿司職人が握るものだって?
わーお。
「ん」
と会長はさも当然と言わんばかり、何もせずに私の手順を見守って。
やだー。緊張するじゃん? もうこれだから金持ちってヤツはーー。どこまでズレてるんだ? 自分で巻くからこそ楽しいのに。と内心ぶつぶつ。
「まずは海老でよろしいですか? シソをおつけします」
と言ってお渡しする。旅館の仲居か。確かこの人小海老ダメだった筈だが? 伊勢海老はいいのね。まあ何て贅沢な。
「それじゃ失礼して。頂きまーす」
続いて私もパクリ。何せさっきまで動いていた海老さんだ。そりゃもう甘いの何のって。しっかもぷりぷり! 口の中に初めての触感と味覚が広がる。披露宴の料理で出てくるグリル系海老さんとは全然違いますよ。
「美味しいですっ。伊勢海老の刺身なんて初めて食べました」
興奮気味だ。
「そうか。海老は傷みも早いからな。まずその場で〆なければ刺身は無理だろう」
それでわざわざ生きたまま送ったの?
「いいんですかね? 私だけご馳走になっちゃってー」
なんて言いつつバクバク進んで。会長よりも私の方がハイペースだ。手巻き寿司なんて1人暮らしじゃまずしないメニューだし。
食べてる内にまたまた記憶が蘇ってきた。よく家族で囲んで食べてた。具の種類は随分違うけども。伊勢海老なんてヒラメなんて並ばないけど皆でわいわい食べると何でも美味しいものだ。変なところにこだわるウチの母は絶対スーパーの手巻きセットじゃなく、魚屋さんのお刺身用を買ってきて出してたっけ。私も時々下ろすの手伝わされた。
「もしかして魚の処理をされたのも会長なんですか?」
「ん、まあ。私はさばくの専門だからな」
「えーー? じゃあ釣りの方はしないんですか?」
「時々力を貸す程度だな」
へー、そうなんだ? って、それじゃあ釣りバカ日誌と言うより『さかなくん』じゃないですか。あの手さばき……。
「キミは釣りに興味があるのか?」
とまた聞かれる。こんな話に食いつく女ってよほど珍しいのだろうか。そりゃ私は海の側と言えば海の側で育ちましたけど? 釣りったって友達同士浜辺でバーベキューのついで程度だ。
「友達に誘われれば行く程度ですよ。あんまり詳しくないです。日本海とこの辺りじゃお魚の種類も違うかもしれませんね」
「沿岸ものはあまり大差ないよ。沖合いだと……カツオは日本海じゃ無理かな」
お?
「いやー、そりゃまあカツオはそうかもしれませんけど、同じ魚でも微妙にお味は違ってたりしますよ。特にイカは。向こうのがやわらかくって絶対美味しいです」
何対抗意識燃やしてるの? 何故かお国自慢をしてしまう私。恥ずかしいっての。しかし事実そう思ってたりする。イカはやっぱ日本海の水イカに限るのさ。
「……ウチ、母親が冷凍ものの魚絶対出さないんですよね。毎日魚屋さんでその日に揚がったの買ってきてました。そういうのでずっと育ってきてるものだから、今でも冷凍ものには抵抗あります」
力まで入るし。田舎者根性出し。ハズカシー。会長はゆっくりと一回頷いた。
「フフ、そうか。……それでキミは肌が綺麗なのかな」
「……そうですよ!―――……えっ!?」
びっくり驚きな一言だった。
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