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2話 恋の神様
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『……それで、気が早いのですが指輪見てきました♪』
『わ~おめでとうございます』
『いいなあ。おめでとうございます』
『おめでとうございます』
みなみんさんへの短いお祝いコメントが続く。
『彼氏と花見に行くので弁当のメニュー探りにきました』
『うちはダンナが弁当係なんですよ♪』
『お花見BBQ行ってきました~。結婚式場のイベントで、参加条件が恋人同伴&ピンク色のもの身に着ける、なんですよ。ピンクのベスト着たおっさんがいた』(九州方面の人)
などなど。ここんとこ、みんなのコメントもすっかり春。
『で式はいつ?』
『10月10日です。指輪もM101010Mでばっちりお願いしてきました~。ちょっと長いんですけど、ぞろ目に弱いの(笑)』
『あ、そっか。2010年10月10日ね』
『それはめでたいですね!』
『へー最近は日付入れるのか。あ、年がばれる(笑)』
『今年の10日ってお休みでしたっけ』
『日曜ですよ。しかも大安。気合入れて押さえました!』
『すごい!よくとれましたねえ』
『MとMなの?イニシャル一緒なんだ』
『そうなんです~。正広くんなんで。中居くんと一緒♪ちなみに私はみなみじゃないですよ(笑)』
『じゃ、まーくんとも呼べますね。友達の彼氏がまーくんだ』
『まーくんって男の人結構多いでしょ。だからヒロくんなの』
これって誰のブログよ?
皆さん愛称で呼べる彼氏がいらっしゃって羨ましいこと。
正広くん→ヒロくんなの? へー。
なら高広くんもヒロくんだね。
会長は……ナルくん。
かわいいな。幼稚園のお子ちゃまみたい。
緑川さんの話じゃ九条兄弟は兄弟揃って変人らしい。でもお母さんが生きていたら違っていたかもしれない。
『ナルくん、ヒロくん、ちょっとおいで~』って優しく抱っこしてくれるお母さんがいたら。
会長のあの性格はマザコンの逆……自立心が強すぎる所以なのかも……。
そのナルくんご本人は急な外出でまた不在だ。
ランチタイムいきなり見慣れない人が上がってきて、難しい話をした後慌しく出て行った。
弁護士がどうのこうの、訴訟がどうのこうのと。
ポツンと残された私。
中途半端な時間帯だ。また下に降りちゃえ。
本日分の軽食を用意するかどうか迷う。もちろん帰れない。
ふと思いついてホールのケーキを焼くことにした。多めに作って秘書室に持って行こう。会長が帰ってきたら1ピースだけ出せばいい。
生クリームとサワークリームを混ぜ、あるだけのフルーツと、窓際で勝手に成長しちゃってるチャービルとミントの葉を散らして、春の丘っぽい見た目に仕上がる。
「わ~い、今日はケーキだ」
「ケーキも焼けるの? すごいわね」
「お店で出してたものは何でも……。大した腕じゃないですよ」
ふふ、この程度のものならどこの店でも出してますわ。
リクエストで今日は紅茶を入れた。
アールグレイの香りが部屋に充満する。
「いいねえ~。この匂い」
「あ~、お店みたい」
「何かBGM欲しいね」
しばしティータイム。
「うふふ。見て見て。この間の子達よ」
吉永さんが携帯をかざした。吉永さんを真ん中に若いホスト君ふたり。あのお店のだ。
「撮ってたんですか?」
いつの間に。
「ふふ。久しぶりにカワイー子相手して楽しかった~」
相手してって。堂々と見せるところが何とも。勤務中よ?
社長秘書って一番忙しそうな気がするけど吉永さんって一体。
……社長も出かけてるんだそうな。なるほど。
いや、だからといって決して暇なわけじゃない。
電話はしょっちゅうかかってくる。
ささっとPCに打ち込んで、要領いいんだろうな。さすが。
中々の食べっぷり。何と2ピースぺロリだ。
「市川さんのお陰で接待費も大幅削減ね」
「どうしてですか?」
「山元興商の社長さん。あそこの接待費なんて今までと桁違いよ」
あのおじいちゃん? 釣りバカ仲間の…。
うまくいったって、そっちの意味?
何でも取引額に応じた接待費の取り決めがあるらしく(単純に%ではなく、ちと面倒な計算をするらしい)、その上限ギリギリだった例の釣り接待。それが、 ホームパーティ並みの金額で収まったのだから利益還元率は半端ない。厳密な金額は私だけが知っているが。とても言えたもんじゃない。そんなケチケチ度だ。
驚くことにあのゴージャスなテーブル買っても有り余るほどの接待費だったと。
あれが会社の経費なのかどうか知らないけど。へえー。
「気持ちいいわよねー。エコってわけじゃないけど、夜の会食も少し減ってきてるし」
それでもゴルフは減ってない。
会長、ゴルフ好きなのかな。
ゴルフしてるところ一度見てみたいな。あのかっこいいメガネかけてするのかな。
それこそ写メってくれればいいのに。
ふと私は気付いた。お片づけの時間。
そうだ、写メればよかったんだ、吉永さんみたいに。
あの不破さんて人の写メ、動画。
ついでに声もとれれば完璧だ。
それを会長か緑川さんに見せればよかったんだ!
そうしたら毎度毎度もやもやしなくてすむーー。
洗ってた皿をシンクに落っことしそうになった。
5時前に帰ってきた。
何だか顔が険しい。
それでも食べるものは食べる。さっきのケーキの残りね。
私は黙って指示されるのを待った。触らぬ神にたたりなし。
「ありがとう。今日はもう帰っていいよ」
「はい」
今日も会食兼ねたパーティだ。お忙しいこと。他の重役が年寄りな分、会長が出席してるのかもね。
何て思いながら髪を留めたピンを外してると言われた。
「今晩はキャンセルだ。今から横浜に行ってくる」
「そうなんですか」
「いい腹ごなしになったよ」
ぽんと肩を叩かれて出て行った。
忙しいこと。何かあったのかな?
私はここまで。吉永さん達には伝えてあるんだろうけど。
その足で新宿駅へ向かう。
またあの店へ。
ドラッグストア通り過ぎていよいよ早足になる。
私なんかにも声かけてくるんだもん、キャッチの兄ちゃんたち。
あー、この雰囲気苦手~。
あの時写メってりゃもう解決してたのにー。チキショー。
いるかどうかわからないけど、会ったのは確かこの時間帯だったはず。
出勤するところをキャッチするのよ!
お店に近づいて、足が止まった。
店の横で男の人が話をしている。
あの人だ!
ラッキー。
急いでケータイを出す。
彼の後姿と、もう1人の人が液晶に映る。
もちろん近距離じゃない。
めいっぱいズームして、彼に照準合わせようとして、どきっとした。
真正面に捉えるもう1人の男の人の顔がくっきりと。
え?
思わず声出そうになった。
思わず、カシャ。
ケータイ持つ手が震える。
液晶画面見て目を疑った。
そこに写った人がとびきりの美形だからじゃない。
この人――…。
あの人じゃん!
かつての隣人。
隣人ながら会ったこともない私を助けてくれた鳥取出身の彼。
この美しいお顔。
絶対そうだ。
保存して、マジマジ見つめる。
どうしてここに?
あの人もホストなの?
?で一杯な頭の中。
携帯から目を離し実際のお姿を見つめる。
間違いないわ。
何喋ってるんだろう。
雑踏で聞こえない。
目が合いそうな気がして、慌てて建物の陰に身を隠した。
そろっと覗き込む。
あの人――…。
えーーと、名前なんだったっけ。
忘れた。
顔の印象がとにかく強くて。
ドキドキして見てると、女の子がすごい勢いで彼らに近づいてきた。
「りょうっ」
声が私の耳にも届く。あの子だ。
前と同じく彼の腕を取り強引に引っ張って、店に消えてく。
一方の彼は、2人がいなくなった後腕組みして、私とは反対側に歩いて行った。
私……何やってんだ?
部屋に戻って、携帯眺めてブツブツ。
なんてキレイな顔なの……。
薄暗いながらも識別できる美人顔。
撮ったのこれ1枚っきり。
これじゃまるであの人撮りに行ったみたい。
どうしよう。また失敗しちゃった。
でも思わぬ縁だよね。この鳥取の彼とは。
また見ることになるなんて。
思い起こせば引越しのとき。
お世話になったからってクッキー焼いて持って行ったのにいなくてポストに入れておいた。
相変わらずお美しいわー。
この人鳥取県民男子の顔面偏差値おもいっきり上げてるよ。
白バラの君とでも呼ばせてもらおうか(ローカルな牛乳のメーカー名より)。
こんなハンサムと隣同士だったのに知らずに過ごしてたなんて。しかも変人扱いまでして。
損しちゃったかな……。
そんなこと思ってる場合じゃない。
この人もホストだったのかな。
シャツにジャケット、雰囲気同様落ち着いた身なりだけど。
この時間帯に私服ってことは少なくともサラリーマンじゃないよね? 平日だし。
いやだからそんな話じゃなくって!
仕切り直しーー。
またあの界隈に行くの気が引ける……。
ん、待てよ。
この人に聞けば何か知ってるかも?
彼が本当に不破さんなのかどうか。
そわそわして落ち着かない。
会長、昨日の事態が解決したのか、いつものPC作業中だ。
本日のランチを持っていく。
アラビア風薄いパンを油揚げみたいに割ってマッシュポテトや野菜やロースとビーフなど好みの具を入れて食べるのよ。最近は軽いものがお好みのようだから。
会長は不思議そうな顔してる。
「どうやって食べるんだ?」
って。あらー、具を別にしたの失敗だった。はいはい、やらせて頂きますよ、どうせ働き猫ですもの。具を入れて差し上げる。
「どうぞ」
「面倒だから盛り付けたものを出してくれ」
むっ。
珍しく(怒)マークの私。
も~。誰のせいで気を揉んでると思ってるの。
あの時マツキヨに現れてりゃ今頃すっきり過ごせてるのにーー。
仕方ないか。
来ないよね。やっぱり自力で確かめなきゃ。
きれいになくなった。
「午後はどうされます?」
今日はずっといるんだよね?
「ブリオッシュが食べたいな。出せる?」
珍しい、そんなバターたっぷりのパンリクエストするなんて。
「はい。他はよろしいですか」
「そうだなー、適当に」
本当に適当に出しちゃいますよ?
「かしこまりました」
早速ネクタイしてきてくれて。
コーディネート完璧……。
ブリオッシュって夏には苦労するパンだ。
何がって、作るのが。
クーラーガンガン効いた部屋ならともかく、練りこんでるとバターがすぐに溶けてきちゃうから、ベタベタになる。
ところがこの部屋ならそんな苦労することもない。
いつもより濃厚なバターの香り。
焼きあがった形見てつい微笑んでしまう。
かわいいよね。雪だるまの変形みたいな。
高島屋で仕入れた手づくりサラミをバラの形に巻いたものを付け合せに持っていく。ブルーチーズのソースに葉っぱの代わりはルッコラ。
「ありがとう」
ぽちっとでっぱったてっぺんをかじりつく、なんて真似はされるわけなく、しずしずひと口大にちぎってお召し上がりになる。ハムもナイフとフォークでキレイに処理して。半分くらいなくなったところで手が止まった。
「すまんな。急に」
「お好きだったんですか? ブリオッシュ」
「時々食べたくなるんだ。前はどこでも売ってたように思うが、最近見かけんな」
そういえばあんまり売ってないかも。
新宿だと小田急かな。あとジョアンのも美味しい。
会長、自分で買ってたりしたのかな?
「食べたくなれば君に言えばいいのだな」
「まあ、おっしゃっていただければ何とか」
好物なのね! 研究しときますわ。
空になったコップに手を伸ばした。
手が触れそうになって、視線がかち合った。
「髪を……留めてるんだな」
ジュースサーバーを持つ手が微かに揺れた。
「あまり気を遣わなくていいよ」
注ぎきってサーバーを置いて、つい前髪をいじる。
留めてるというか、最近よくあるカチューシャの変形のようなものでまとめて、サイドをピンで留めているだけだ。髪をほどかれちゃったから……その方がいいのかなと思いまして。
「君は髪を結うとより幼く見える」
ドキ。
「学生と言っても通りそうだ。逆に自分の年齢を感じるな」
学生は……言いすぎでしょうに。基準がどこか変よ。
「子供っぽいですかね」
「……幼く見える割にはしっかりしてると思うよ。バブル期や高度成長期の栄華が忘れられないのかどうか知らんが、年配になるほど派手なことをしたがる傾向 がある。うちの社にいてもよそでも感じる。むしろ若い世代の方が慎重だ。全てに当てはまるわけじゃないがね。君を見てると特にそう思う」
それが言いたかったの……。
ええ、そうですよ。氷河期末期のど貧困どケチ世代ですとも!
自慢じゃないが家のクローゼットは夏も冬もあったもんじゃない、常にすっかすか。靴はわずか3足のみ。バッグは……言わずもがな。
家が田舎なせいか非常時でも何とかなるさ根性だ。
「きちんと育ってる証拠だね」
ほめてるんだよ? みたいな表情で。
浪費家のくせにそんなこと言うなんて……。
キッチンに戻って携帯を眺める。
今日のメニューの画像と、その前の昨日のあの人の画像。
会長に負けず劣らずハンサムだ。
この人に聞けば……わかるだろうか、不破さんの正体。あの店に行かなくても。
まだあのアパートに住んでるのかな。
あれ以来会ってないからな。
行ってみようか。
あまり気が進まないけど……。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
結婚指輪の所、時間軸がおかしいですがお見逃しください。(^_^;)
書いた当初は2010だったのです。
『わ~おめでとうございます』
『いいなあ。おめでとうございます』
『おめでとうございます』
みなみんさんへの短いお祝いコメントが続く。
『彼氏と花見に行くので弁当のメニュー探りにきました』
『うちはダンナが弁当係なんですよ♪』
『お花見BBQ行ってきました~。結婚式場のイベントで、参加条件が恋人同伴&ピンク色のもの身に着ける、なんですよ。ピンクのベスト着たおっさんがいた』(九州方面の人)
などなど。ここんとこ、みんなのコメントもすっかり春。
『で式はいつ?』
『10月10日です。指輪もM101010Mでばっちりお願いしてきました~。ちょっと長いんですけど、ぞろ目に弱いの(笑)』
『あ、そっか。2010年10月10日ね』
『それはめでたいですね!』
『へー最近は日付入れるのか。あ、年がばれる(笑)』
『今年の10日ってお休みでしたっけ』
『日曜ですよ。しかも大安。気合入れて押さえました!』
『すごい!よくとれましたねえ』
『MとMなの?イニシャル一緒なんだ』
『そうなんです~。正広くんなんで。中居くんと一緒♪ちなみに私はみなみじゃないですよ(笑)』
『じゃ、まーくんとも呼べますね。友達の彼氏がまーくんだ』
『まーくんって男の人結構多いでしょ。だからヒロくんなの』
これって誰のブログよ?
皆さん愛称で呼べる彼氏がいらっしゃって羨ましいこと。
正広くん→ヒロくんなの? へー。
なら高広くんもヒロくんだね。
会長は……ナルくん。
かわいいな。幼稚園のお子ちゃまみたい。
緑川さんの話じゃ九条兄弟は兄弟揃って変人らしい。でもお母さんが生きていたら違っていたかもしれない。
『ナルくん、ヒロくん、ちょっとおいで~』って優しく抱っこしてくれるお母さんがいたら。
会長のあの性格はマザコンの逆……自立心が強すぎる所以なのかも……。
そのナルくんご本人は急な外出でまた不在だ。
ランチタイムいきなり見慣れない人が上がってきて、難しい話をした後慌しく出て行った。
弁護士がどうのこうの、訴訟がどうのこうのと。
ポツンと残された私。
中途半端な時間帯だ。また下に降りちゃえ。
本日分の軽食を用意するかどうか迷う。もちろん帰れない。
ふと思いついてホールのケーキを焼くことにした。多めに作って秘書室に持って行こう。会長が帰ってきたら1ピースだけ出せばいい。
生クリームとサワークリームを混ぜ、あるだけのフルーツと、窓際で勝手に成長しちゃってるチャービルとミントの葉を散らして、春の丘っぽい見た目に仕上がる。
「わ~い、今日はケーキだ」
「ケーキも焼けるの? すごいわね」
「お店で出してたものは何でも……。大した腕じゃないですよ」
ふふ、この程度のものならどこの店でも出してますわ。
リクエストで今日は紅茶を入れた。
アールグレイの香りが部屋に充満する。
「いいねえ~。この匂い」
「あ~、お店みたい」
「何かBGM欲しいね」
しばしティータイム。
「うふふ。見て見て。この間の子達よ」
吉永さんが携帯をかざした。吉永さんを真ん中に若いホスト君ふたり。あのお店のだ。
「撮ってたんですか?」
いつの間に。
「ふふ。久しぶりにカワイー子相手して楽しかった~」
相手してって。堂々と見せるところが何とも。勤務中よ?
社長秘書って一番忙しそうな気がするけど吉永さんって一体。
……社長も出かけてるんだそうな。なるほど。
いや、だからといって決して暇なわけじゃない。
電話はしょっちゅうかかってくる。
ささっとPCに打ち込んで、要領いいんだろうな。さすが。
中々の食べっぷり。何と2ピースぺロリだ。
「市川さんのお陰で接待費も大幅削減ね」
「どうしてですか?」
「山元興商の社長さん。あそこの接待費なんて今までと桁違いよ」
あのおじいちゃん? 釣りバカ仲間の…。
うまくいったって、そっちの意味?
何でも取引額に応じた接待費の取り決めがあるらしく(単純に%ではなく、ちと面倒な計算をするらしい)、その上限ギリギリだった例の釣り接待。それが、 ホームパーティ並みの金額で収まったのだから利益還元率は半端ない。厳密な金額は私だけが知っているが。とても言えたもんじゃない。そんなケチケチ度だ。
驚くことにあのゴージャスなテーブル買っても有り余るほどの接待費だったと。
あれが会社の経費なのかどうか知らないけど。へえー。
「気持ちいいわよねー。エコってわけじゃないけど、夜の会食も少し減ってきてるし」
それでもゴルフは減ってない。
会長、ゴルフ好きなのかな。
ゴルフしてるところ一度見てみたいな。あのかっこいいメガネかけてするのかな。
それこそ写メってくれればいいのに。
ふと私は気付いた。お片づけの時間。
そうだ、写メればよかったんだ、吉永さんみたいに。
あの不破さんて人の写メ、動画。
ついでに声もとれれば完璧だ。
それを会長か緑川さんに見せればよかったんだ!
そうしたら毎度毎度もやもやしなくてすむーー。
洗ってた皿をシンクに落っことしそうになった。
5時前に帰ってきた。
何だか顔が険しい。
それでも食べるものは食べる。さっきのケーキの残りね。
私は黙って指示されるのを待った。触らぬ神にたたりなし。
「ありがとう。今日はもう帰っていいよ」
「はい」
今日も会食兼ねたパーティだ。お忙しいこと。他の重役が年寄りな分、会長が出席してるのかもね。
何て思いながら髪を留めたピンを外してると言われた。
「今晩はキャンセルだ。今から横浜に行ってくる」
「そうなんですか」
「いい腹ごなしになったよ」
ぽんと肩を叩かれて出て行った。
忙しいこと。何かあったのかな?
私はここまで。吉永さん達には伝えてあるんだろうけど。
その足で新宿駅へ向かう。
またあの店へ。
ドラッグストア通り過ぎていよいよ早足になる。
私なんかにも声かけてくるんだもん、キャッチの兄ちゃんたち。
あー、この雰囲気苦手~。
あの時写メってりゃもう解決してたのにー。チキショー。
いるかどうかわからないけど、会ったのは確かこの時間帯だったはず。
出勤するところをキャッチするのよ!
お店に近づいて、足が止まった。
店の横で男の人が話をしている。
あの人だ!
ラッキー。
急いでケータイを出す。
彼の後姿と、もう1人の人が液晶に映る。
もちろん近距離じゃない。
めいっぱいズームして、彼に照準合わせようとして、どきっとした。
真正面に捉えるもう1人の男の人の顔がくっきりと。
え?
思わず声出そうになった。
思わず、カシャ。
ケータイ持つ手が震える。
液晶画面見て目を疑った。
そこに写った人がとびきりの美形だからじゃない。
この人――…。
あの人じゃん!
かつての隣人。
隣人ながら会ったこともない私を助けてくれた鳥取出身の彼。
この美しいお顔。
絶対そうだ。
保存して、マジマジ見つめる。
どうしてここに?
あの人もホストなの?
?で一杯な頭の中。
携帯から目を離し実際のお姿を見つめる。
間違いないわ。
何喋ってるんだろう。
雑踏で聞こえない。
目が合いそうな気がして、慌てて建物の陰に身を隠した。
そろっと覗き込む。
あの人――…。
えーーと、名前なんだったっけ。
忘れた。
顔の印象がとにかく強くて。
ドキドキして見てると、女の子がすごい勢いで彼らに近づいてきた。
「りょうっ」
声が私の耳にも届く。あの子だ。
前と同じく彼の腕を取り強引に引っ張って、店に消えてく。
一方の彼は、2人がいなくなった後腕組みして、私とは反対側に歩いて行った。
私……何やってんだ?
部屋に戻って、携帯眺めてブツブツ。
なんてキレイな顔なの……。
薄暗いながらも識別できる美人顔。
撮ったのこれ1枚っきり。
これじゃまるであの人撮りに行ったみたい。
どうしよう。また失敗しちゃった。
でも思わぬ縁だよね。この鳥取の彼とは。
また見ることになるなんて。
思い起こせば引越しのとき。
お世話になったからってクッキー焼いて持って行ったのにいなくてポストに入れておいた。
相変わらずお美しいわー。
この人鳥取県民男子の顔面偏差値おもいっきり上げてるよ。
白バラの君とでも呼ばせてもらおうか(ローカルな牛乳のメーカー名より)。
こんなハンサムと隣同士だったのに知らずに過ごしてたなんて。しかも変人扱いまでして。
損しちゃったかな……。
そんなこと思ってる場合じゃない。
この人もホストだったのかな。
シャツにジャケット、雰囲気同様落ち着いた身なりだけど。
この時間帯に私服ってことは少なくともサラリーマンじゃないよね? 平日だし。
いやだからそんな話じゃなくって!
仕切り直しーー。
またあの界隈に行くの気が引ける……。
ん、待てよ。
この人に聞けば何か知ってるかも?
彼が本当に不破さんなのかどうか。
そわそわして落ち着かない。
会長、昨日の事態が解決したのか、いつものPC作業中だ。
本日のランチを持っていく。
アラビア風薄いパンを油揚げみたいに割ってマッシュポテトや野菜やロースとビーフなど好みの具を入れて食べるのよ。最近は軽いものがお好みのようだから。
会長は不思議そうな顔してる。
「どうやって食べるんだ?」
って。あらー、具を別にしたの失敗だった。はいはい、やらせて頂きますよ、どうせ働き猫ですもの。具を入れて差し上げる。
「どうぞ」
「面倒だから盛り付けたものを出してくれ」
むっ。
珍しく(怒)マークの私。
も~。誰のせいで気を揉んでると思ってるの。
あの時マツキヨに現れてりゃ今頃すっきり過ごせてるのにーー。
仕方ないか。
来ないよね。やっぱり自力で確かめなきゃ。
きれいになくなった。
「午後はどうされます?」
今日はずっといるんだよね?
「ブリオッシュが食べたいな。出せる?」
珍しい、そんなバターたっぷりのパンリクエストするなんて。
「はい。他はよろしいですか」
「そうだなー、適当に」
本当に適当に出しちゃいますよ?
「かしこまりました」
早速ネクタイしてきてくれて。
コーディネート完璧……。
ブリオッシュって夏には苦労するパンだ。
何がって、作るのが。
クーラーガンガン効いた部屋ならともかく、練りこんでるとバターがすぐに溶けてきちゃうから、ベタベタになる。
ところがこの部屋ならそんな苦労することもない。
いつもより濃厚なバターの香り。
焼きあがった形見てつい微笑んでしまう。
かわいいよね。雪だるまの変形みたいな。
高島屋で仕入れた手づくりサラミをバラの形に巻いたものを付け合せに持っていく。ブルーチーズのソースに葉っぱの代わりはルッコラ。
「ありがとう」
ぽちっとでっぱったてっぺんをかじりつく、なんて真似はされるわけなく、しずしずひと口大にちぎってお召し上がりになる。ハムもナイフとフォークでキレイに処理して。半分くらいなくなったところで手が止まった。
「すまんな。急に」
「お好きだったんですか? ブリオッシュ」
「時々食べたくなるんだ。前はどこでも売ってたように思うが、最近見かけんな」
そういえばあんまり売ってないかも。
新宿だと小田急かな。あとジョアンのも美味しい。
会長、自分で買ってたりしたのかな?
「食べたくなれば君に言えばいいのだな」
「まあ、おっしゃっていただければ何とか」
好物なのね! 研究しときますわ。
空になったコップに手を伸ばした。
手が触れそうになって、視線がかち合った。
「髪を……留めてるんだな」
ジュースサーバーを持つ手が微かに揺れた。
「あまり気を遣わなくていいよ」
注ぎきってサーバーを置いて、つい前髪をいじる。
留めてるというか、最近よくあるカチューシャの変形のようなものでまとめて、サイドをピンで留めているだけだ。髪をほどかれちゃったから……その方がいいのかなと思いまして。
「君は髪を結うとより幼く見える」
ドキ。
「学生と言っても通りそうだ。逆に自分の年齢を感じるな」
学生は……言いすぎでしょうに。基準がどこか変よ。
「子供っぽいですかね」
「……幼く見える割にはしっかりしてると思うよ。バブル期や高度成長期の栄華が忘れられないのかどうか知らんが、年配になるほど派手なことをしたがる傾向 がある。うちの社にいてもよそでも感じる。むしろ若い世代の方が慎重だ。全てに当てはまるわけじゃないがね。君を見てると特にそう思う」
それが言いたかったの……。
ええ、そうですよ。氷河期末期のど貧困どケチ世代ですとも!
自慢じゃないが家のクローゼットは夏も冬もあったもんじゃない、常にすっかすか。靴はわずか3足のみ。バッグは……言わずもがな。
家が田舎なせいか非常時でも何とかなるさ根性だ。
「きちんと育ってる証拠だね」
ほめてるんだよ? みたいな表情で。
浪費家のくせにそんなこと言うなんて……。
キッチンに戻って携帯を眺める。
今日のメニューの画像と、その前の昨日のあの人の画像。
会長に負けず劣らずハンサムだ。
この人に聞けば……わかるだろうか、不破さんの正体。あの店に行かなくても。
まだあのアパートに住んでるのかな。
あれ以来会ってないからな。
行ってみようか。
あまり気が進まないけど……。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
結婚指輪の所、時間軸がおかしいですがお見逃しください。(^_^;)
書いた当初は2010だったのです。
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王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
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