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7話 シドニーの休日
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会長は気分を害しそれは表情に現れている。
「いつも憎たらしいけど、さすがね、理詰めではかなわないわ。カンガルーをシドニー動物愛護センターに引き取ってもらったの。」エリザベスは彼に礼を言った。
「ほう、それはそれは」レオは肉を受け取り使用人に渡した。
「俺はオーストラリアの動物愛護法なんて知らないからな。傷害未遂で責めただけだ」立派な水栓で手を洗いリネンでぬぐう会長。
「助かったわね」
「ありがとう、ナルアキ。あの男、ああ言えばこう言うで話し合いにならなかったんだ」
めずらしく穏便に終わり、そうして帰りの時間。まず柚木と御堂を乗せた車が空港に出発。エリザベスと会長がお別れのハグを交わす。その際、
「早く子供を作れよ」
成明の言葉に、エリザベスはふと目を伏せた。
そして、次の瞬間、涙が頬を伝った。
「私も…あなたにそう言いたかったわ」
成明は言葉を失った。
エリザベスは、静かに、しかし確かに言った。
「なるあき…どうしてあの人と結婚しなかったの」
「え?」
「今のあなた、痛々しくて…見ていられないわ」
光が、二人の間に静かに降り注いでいた。
痛々しい?俺が???
会長は何が何やらわからず、立ったまま。レオは妻のそばに寄った。
「今も一緒よ。あの時も、大きなペットが侵入してきて、おじさまが撃ち殺したの。そして、フレディが犠牲になった。エドワードが大事にしていた犬が…何もしてないのに。そして、二度と会うことはなかった…」
大泣きだ。「おお、エドワード……」
「エドワード?フレディ??はじめてきくぞ」会長はわけがわからない。
「ああ、エリザベスのトラウマだ。ようやく意味がわかった」
「何が?」
「もういい、お前はもう行け。あとは私が対処する」
レオの言葉に、会長は頷き、車に乗り込んだ。
エリザベスの涙が、バックミラーに揺れていた。
トラウマ——そうか。
ようやく、レオの頭に一つの記憶が浮かんだ。
エリザベスのとぎれとぎれの記憶。
エドワード。
日系の少年。
エリザベスが子供のころ、ひそかに恋していた相手。
可愛がっていた犬が誤射された。
その事故のあと、彼は何も言わずに引っ越してしまった。
それが、彼女の心に深く残った。
そして——その面影を、成明に重ねていた。
でも、成明とエドワードは中身が全然違う。
それが、彼との軋轢になっていたのだ。
レオナルドは、ようやくそれが解明したことにほっとし、
そっと妻の肩に手を置いた。
「…ごめん。今まで、気づけなくて」
一方、会長は・・・帰りのフライトにて。
『本日のメインメニューはジビエの燻製です。乗務員が切り分けて回りますので、どうぞお申し付けください』
成明は、顔が真っ青になった。
なんで今日に限ってジビエなんだ。
いつもなら子牛か子羊なのに…。
塊を切り分ける乗務員の手元が、隣人宅で見た“とさつ”の記憶を呼び起こす。もちろんエミューも含まれている。
ハンカチで口と鼻を押さえ、必死に匂いに耐えた。個別席だが完全密室ではないのが幸いだ。
「九条様、お飲み物をお持ちしましょうか…」
申し訳なさそうな乗務員の声に、首を横に振る。
代替メニューにも、食指は動かなかった。
とにかく、気を紛らわせなければ。
成明は、タブレットを取り出し、帰国後のtodoリストを書き始めた。
一番は、『ゴードン』だな。さっさと丸投げしてしまおう。
ゴードン…?
えーと俺は何をしにここへ来たんだっけ。集中力がパチンと弾けた。
ゴードンにカンガルー…またエリザベスとやりあってしまった。
『どうしてあの人と結婚しなかったの』
そんなこと言われてもな…。すでにどんな顔だったか忘れかけているのに。
先日ホテル帰りに話しかけられて、一瞬誰だか分らなかった。
赤石くんもそうだな…あんな顔だったか?
東京に戻りたい? 家庭に入るからか。
それも伝えなくては…驚くだろうな。
いや、だから俺は何をしに行ったんだ??
ああ、もう出張はたくさんだ。
早く東京に帰りたい。
部屋から出たくないんだよ、俺は。
「 やったあ、ゴードンが実写化されるなんて! 」
御堂と柚木は盛り上がって食事を楽しんでいた。ワインも進んでいるようだ。
「知事、お喜びになられますよーー」
「かんぱーい」
「君たち…それは誰にも言ってはいけないよ。まだ何も決まってないんだ」会長は戒めたが、
「はーい」二人は元気に答えた。
「いつも憎たらしいけど、さすがね、理詰めではかなわないわ。カンガルーをシドニー動物愛護センターに引き取ってもらったの。」エリザベスは彼に礼を言った。
「ほう、それはそれは」レオは肉を受け取り使用人に渡した。
「俺はオーストラリアの動物愛護法なんて知らないからな。傷害未遂で責めただけだ」立派な水栓で手を洗いリネンでぬぐう会長。
「助かったわね」
「ありがとう、ナルアキ。あの男、ああ言えばこう言うで話し合いにならなかったんだ」
めずらしく穏便に終わり、そうして帰りの時間。まず柚木と御堂を乗せた車が空港に出発。エリザベスと会長がお別れのハグを交わす。その際、
「早く子供を作れよ」
成明の言葉に、エリザベスはふと目を伏せた。
そして、次の瞬間、涙が頬を伝った。
「私も…あなたにそう言いたかったわ」
成明は言葉を失った。
エリザベスは、静かに、しかし確かに言った。
「なるあき…どうしてあの人と結婚しなかったの」
「え?」
「今のあなた、痛々しくて…見ていられないわ」
光が、二人の間に静かに降り注いでいた。
痛々しい?俺が???
会長は何が何やらわからず、立ったまま。レオは妻のそばに寄った。
「今も一緒よ。あの時も、大きなペットが侵入してきて、おじさまが撃ち殺したの。そして、フレディが犠牲になった。エドワードが大事にしていた犬が…何もしてないのに。そして、二度と会うことはなかった…」
大泣きだ。「おお、エドワード……」
「エドワード?フレディ??はじめてきくぞ」会長はわけがわからない。
「ああ、エリザベスのトラウマだ。ようやく意味がわかった」
「何が?」
「もういい、お前はもう行け。あとは私が対処する」
レオの言葉に、会長は頷き、車に乗り込んだ。
エリザベスの涙が、バックミラーに揺れていた。
トラウマ——そうか。
ようやく、レオの頭に一つの記憶が浮かんだ。
エリザベスのとぎれとぎれの記憶。
エドワード。
日系の少年。
エリザベスが子供のころ、ひそかに恋していた相手。
可愛がっていた犬が誤射された。
その事故のあと、彼は何も言わずに引っ越してしまった。
それが、彼女の心に深く残った。
そして——その面影を、成明に重ねていた。
でも、成明とエドワードは中身が全然違う。
それが、彼との軋轢になっていたのだ。
レオナルドは、ようやくそれが解明したことにほっとし、
そっと妻の肩に手を置いた。
「…ごめん。今まで、気づけなくて」
一方、会長は・・・帰りのフライトにて。
『本日のメインメニューはジビエの燻製です。乗務員が切り分けて回りますので、どうぞお申し付けください』
成明は、顔が真っ青になった。
なんで今日に限ってジビエなんだ。
いつもなら子牛か子羊なのに…。
塊を切り分ける乗務員の手元が、隣人宅で見た“とさつ”の記憶を呼び起こす。もちろんエミューも含まれている。
ハンカチで口と鼻を押さえ、必死に匂いに耐えた。個別席だが完全密室ではないのが幸いだ。
「九条様、お飲み物をお持ちしましょうか…」
申し訳なさそうな乗務員の声に、首を横に振る。
代替メニューにも、食指は動かなかった。
とにかく、気を紛らわせなければ。
成明は、タブレットを取り出し、帰国後のtodoリストを書き始めた。
一番は、『ゴードン』だな。さっさと丸投げしてしまおう。
ゴードン…?
えーと俺は何をしにここへ来たんだっけ。集中力がパチンと弾けた。
ゴードンにカンガルー…またエリザベスとやりあってしまった。
『どうしてあの人と結婚しなかったの』
そんなこと言われてもな…。すでにどんな顔だったか忘れかけているのに。
先日ホテル帰りに話しかけられて、一瞬誰だか分らなかった。
赤石くんもそうだな…あんな顔だったか?
東京に戻りたい? 家庭に入るからか。
それも伝えなくては…驚くだろうな。
いや、だから俺は何をしに行ったんだ??
ああ、もう出張はたくさんだ。
早く東京に帰りたい。
部屋から出たくないんだよ、俺は。
「 やったあ、ゴードンが実写化されるなんて! 」
御堂と柚木は盛り上がって食事を楽しんでいた。ワインも進んでいるようだ。
「知事、お喜びになられますよーー」
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「君たち…それは誰にも言ってはいけないよ。まだ何も決まってないんだ」会長は戒めたが、
「はーい」二人は元気に答えた。
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