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第10話 闇の獣人、人助けしてMPを上げる方法に切り替える
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王都の中にも貧民街はある。それも一箇所じゃない。二箇所だ。かつては一箇所だったそうだが、内部抗争が原因で東と西の二つに分かれてしまったそうだ。場所は王都の中でも南西の区画だ。そこで更に二つに分かれている。他の街で言うところのスラムだ。
そこで俺は最初の東地区でボスを鑑定のスキルで探し出して、金貨1000枚を渡すから病気の者を全員集めるように言った。もちろん俺だけだと門前払いなので10歳くらいの病気の女の子を事前に探して金貨をちらつかせて案内させたのだが…やはり胡散臭い目で俺を見ているな。
それも当然だろうな。今の俺は仮面で顔を隠しているし、漆黒のローブで体を隠している。さらに背後から襲われた時の用心のために竜王のマントも装備済みだ。
はっきり言って怪しい。怪しすぎる。俺がボスでなくても警戒するだろう。
「誰だお前は。リュンナ。知らない奴に付いていっては駄目だとあれほど言っただろ?」
「違いますよ、ボス。この人はね、私達を助けにきてくれたんです。ウソじゃないですよ。ですよね? 黒い旅人さん」
「それは本当だ。この子供は風邪が原因で肺の病…専門用語で言うのなら気管支炎にかかっている。これは肺の中が病んでいるせいで咳が止まらなくなる病気だ。特に専用の薬を何度か投与しないと眠ることさえ難しくなる。ただでさえここは衛生的に良くない環境だ。放っておけば悪化して肺炎になるぞ?」
俺は鑑定アビリティの最上位、竜王の叡智で読み取った情報をほとんどそのまま言ってみる。
「それほんとだよ! あたし寝ようとしても咳が勝手に出てきてね、ほとんど夜は眠れないの。薬買おうとしても高くて買えないし…この旅人さんの言う事は嘘じゃないよ!」
タイミングよくリュンナが同意してくれたおかげでボスは困ったようにハゲた頭に手を置いて俺とリュンナを交互に視線を巡らせている。
「信用してもらえないのなら、俺が今からこの子を治療する。例え治らなかったとしても金貨をやるから、それで薬を買えばいい。そちらに損はない。むしろ得にしかならないと思うが?」
と、言いながら懐から袋を出す。闇魔法を使えば時間の問題で俺がラフィアスだとバレるから、あくまでもポーズだ。
目の前の机にドスン、と音を立てて置かれた金貨が沢山入った袋。それに目を奪われているボスは夢でも見ているんじゃないかといわんばかりに大きく目を開いている。
「これは金貨…ほ、ほんとに1000枚あるのか? それならこの子の薬も買えるし、怪我した奴に包帯も買ってやれる。それだけじゃない。家屋の修理にだって…」
金貨の入った袋を手にして何やらブツブツと呟いているボス。結構、苦労してきたんだな。金がないばかりに病気になった連中を助けられなかったことも多かったことだろう。
俺はボスが金貨の袋に夢中になっている間に、リュンナに竜王の息吹をかけてやった。光に包まれた彼女の目は睡眠不足で赤くなっていたが、今では元気一杯の女の子になっている。血色もいい。アビリティによる治療を受けた彼女はクルクルと体を回転させて、部屋の中をスキップしはじめた。
「わーい、体が軽いわ! それだけじゃない。胸の苦しさが消えてる! ありがとー旅人さん。ね、ボス! あたし言ったでしょ? この人はあたし達を助けにきてくれたんだって」
ボスは俺が只者じゃないとわかったんだろう。目の前の机に置かれた金貨の入った袋を見たのもあるが、彼が部屋から飛び出してから一時間ほど待っただろうか。
ボスのいる集合住宅(アパート。古い木造建築の5階建てだった)の前に怪我をしている者や病気の者が200人ほど集まった。俺は竜王の息吹を何度もかけてやった。
もちろん全ての病気が治るわけじゃない。それでも治せる者は治してやりたかった。この事は事前にボスに言っておいてある。それでも頼む、とハゲ頭のボスは俺に頼んできた。
幸いなことに四肢の欠損や重度の病にかかったものはいなかったので、俺は全員を治療することができた。
着ている服も垢まみれだったので、クリーンの魔法を連続してかけてやると全員綺麗になって大変、感謝された。
一応、範囲変更のアビリティで範囲拡大してから竜王の息吹をかけてみた。中にはエリアヒールだと言った奴もいたが、俺のこれは回復魔法じゃない。竜王の持っていた回復系のアビリティだ。クリーンの魔法も範囲変更のアビリティで全員まとめて浄化した。すると2レベルも上がった。
「信じられないわ…見て! あかぎれが消えてるわ! 薬局に行って薬剤の入ったクリームを塗らないとすぐに肌が荒れて血が出ていたのに…」
「俺の動きを見てくれ! ダンジョンで化け物にやられてから足が思うように動かなかったのに、ちゃんと屈伸も足踏みも、ジャンプもできる! また冒険者に復帰できるんだ!」
「あたしの肌の皺がほとんど消えているねぇ…。もしかしてこれは手の込んだ手品か幻の術かね? その割にはいくら触っても撫でても肌がツヤツヤなんだけどねぇ…おまけに杖がなくても歩けるなんて…これは夢でも見ているのかねぇ?」
治療を受けた貧民街の住人達はほとんど全員が歓喜と興奮に満ちた表情をしていた。東地区のボスがハゲ頭を下げながら両手を組んで謝罪しはじめた。
「あんたを疑ったりしてすまなかった。リュンナだけじゃない。この東地区の病気や怪我に悩む連中はみんな、あんたのお陰で癒された。本当に感謝してもしきれない。ありがとう、いやありがとうございました!」
「話はまだ終わっていないぞ? まだ西地区の連中が残っているだろうが。あんたはあいつらと面識があるんだったよな? なら話は早い。今から西地区に行くから西のボスに俺の事を説明して西地区のけが人や病人を集めるようにしてほしい」
「それは全く構わないが…その…余計なことかもしれないが、魔力は大丈夫か? かなりの大人数を治療したから少しは休んだ方がいいんじゃないか?」
どうやら心配してくれているらしいな。いや、途中で倒れられたら困るから確認しているのだろう。それでも休んだ方がいい、という言葉は聞いていて悪くない。
俺は手をひらひらと振って問題ないというジェスチャーをする。
「心配するな。魔力切れになったらMP回復ポーションがある。それを飲むから問題はない。それじゃ西地区に行こうか」
「待ってぇ! あたしも一緒に行く! あたしが何度も咳してるの、西地区の子たちも知っているから、あたしが治ったの見れば信じてもらえるだろうし!」
どういうわけかリュンナも付いてきた。別にいいが一回の治療で元気出すぎだと思うのは俺だけか?
と、思ったら東地区のボスも呆れた顔でスキップして先行するリュンナを見てため息をついている。
こちらでも生活するのに苦しいらしく、東のボスが俺の代わりに交渉役をやってくれたおかげですぐに治療行為に入ることができた。確かに見ず知らずで顔を仮面で隠している俺に渡されるより、顔見知りの男に金を渡された方が信用できるからな。それが金貨1000枚だったら尚更だろう。
西のボスはやつれた顔の老人だったが、金貨の入った袋を見て、すぐに病気の住人達を招集してくれた。部下達が主に集めてくれたが、その鋭い眼光はボスを名乗るのにふさわしい物だった。
30分ほど待って集められたのは120人ほどだ。だが人々の憔悴しきった顔や服装などを見ていると、西地区の人々の方が東地区に住む連中よりも酷い生活をしているのは、はっきりとわかった。
意外だったのは、黒いローブに仮面を装備している俺なんて怪しさ大爆発なのに、誰も俺に敵意や悪意、猜疑心の込められた視線を向けようとしないことだった。一人くらいはそういうのがいてもおかしくないし、そういう視線を向けられてもおかしくないので、気にしないようにしているんだが、一人もいないというのは不自然だな。
だが俺の疑念も、西のボスが解説してくれて氷解した。
東の方から謎の光が連続して見えたという知らせがあったらしい。その知らせのお陰か俺がこの西地区に来たとわかった西地区の住民達は全員が俺を歓迎してくれた。だから猜疑心の込められた視線を向ける奴がいなかったのか。
ここでも四肢の欠損は治せない。重度の病気は治せないと、西のボスに告げた。
そして竜王の息吹をここでも連続してかけてやっている内に、アビリティに変化が起きた。
光の量が増したというのだろうか。とにかく竜王の息吹をかけた時に出る光の質が明らかに変化した。うまく表現できないのだが、全てを癒す光…そう、心も体も全てを治療する暖かい光、と言えばいいのだろうか? もちろん竜王の息吹にも限界はあるのだが、そういう表現がピッタリの光が出るようになったのだ。
治療を依頼した者達の中には老婆や老人を背負った若者も何人かいたが、全員が治ったようだった。
老婆や老人の皺の八割が消えて、全員にこやかに笑い、孫と思われる若者達の背中から降りて、談笑したり背負ってくれた若者達の手をとって互いにうれし涙を浮かべている。いやこの場合はうれし泣きだろうか?
中には失明が治ったとか、足が動くとか、腕が生えたとかいう者もいたが、皆、本気で言っているようだったので違和感を感じた俺はステータス・ボードを見てみることにした。
すると竜王の息吹のレベルがマックスになっていた。
鑑定・竜王の叡智を使ってみると解説文が変わっていた。
「竜王の息吹。レベルマックスになると四肢の欠損や、腐敗・損傷した臓器の完全治療・及び再生が可能。さらに致死性の毒や感染率や死亡率の高い疫病すらも治せる。術者の魔力の強さによるが、損傷した脳や脳細胞すら再生し、肉体的な怪我や病だけでなく心の病も完全に治療する事も可能。ただし呪術の場合は呪詛をかけている術者を倒すか無力化しない限り、完全には治らない。あるいは治っても再度病が発症することがある」
マックスになるとこうなるのか。だったら最初からそういうメッセージにしておいてくれればよかったのに…。
俺はため息をつくと、マックスレベルになった記念に竜王の息吹をまた範囲を拡大して東、西を含めた貧民街全体にかけてやった。
すぐに魔力切れになる。だが俺はローブのポケットに入れていたMP回復ポーションを一気飲みする。
もちろんただのMP回復ポーションじゃない。ダンジョンで入手した最上級のMPポーションだ。宝箱に10本セットで入っていたので最初はガッカリしたが、鑑定したらいいものだったので今までとっておいたのだ。決して貧乏性なんかじゃないぞ?
MPが完全回復した俺は、今度は東西併せた貧民街全体にクリーンをかけてやる。これもレベルマックスになったのか、一度使っただけで綺麗になった。範囲拡大すると消費するMPが増えるだけあってレベルが上がりやすくなるんだな。
「おお…奇跡じゃ…儂は今、神の使徒が起こした奇跡の場に立ち会っているのか…」と西地区のボス。
振り向けば、東のボスも涙を流しながら両手を組んで俺を拝んでいる。そしてその隣では西地区の子供達と一緒に
両膝を地面について真摯な顔で両手を組み、俺を拝んでいるリュンナがいた。
よく見ると、子供達が全員感動か歓喜かわからないが、うっすらと涙を目に宿らせて俺を拝んている。
全員、綺麗になっている上に血色もいい。うん、やっぱり子供はこうでないとな。
どうもリュンナがこの場にいる子供達に俺の事や治療のことを説明して代表者のような存在になったらしい。
彼女は俺から視線を逸らさないまま言った。「ありがとうございます。黒の聖者さま…!」
そして周囲を見ると、子供達だけでなく視界に入る全ての人々が俺の前で跪いて両手を組んで祈っていた。
老若男女という言葉があるが、男女や年齢の区別なく、そして一人残らず感謝の表情を浮かべている。
普通は老人や精神病の人間がいると俺を見ていない事が多いのだが、この場合は違った。
老人や老女も、車椅子に座っていた中年の女も立ち上がって、涙を流しながら両手を組んでいる。
彼等の家族と思われる人達から「おじいちゃんのボケを治してくれてありがとうございます!」とか
「またこうして光をこの目に宿せるようになりました。おかげであなたの仮面もその黒いローブもはっきりと見えます! そして耳もちゃんと聞こえる。あなたこそ我々の救世主さまです…!」と車椅子に座っていた女が言った。
どうも目と耳が悪くてかなり不便な生活をしていたらしい。
俺は驚愕に満ちた貧民達の前で軽く手を挙げると、時空魔法を使って、次の瞬間にはダンジョンの地下100階層に戻っていた。
ステータス・ボードを見るとMPが21000。LPが26000に増えていた。結構上がったな。
それにしてもMPの上昇がすさまじいな。これは…もしかして竜王の息吹とクリーンがマックスになったのも関係しているのかもしれないな。
やっぱり貧民街全体に範囲拡大してアビリティを使ったのがよかったみたいだ。
そりゃそうだろうな。あれだけの範囲を浄化したんだから。今度はこの王都全体に竜王の息吹をかけてみようかと考えているが、さすがにそれをやったら局長に殺されそうな気がするな。貧民街だけとはいえ、東西の両方の地区に竜王の息吹とクリーンを使ったのだ。かなり派手にやらかしたので、これは局長に怒られるだろうな。
あの人のことだからいきなり全力で殴るようなことはしないだろう。それでもシルバーゴーレム40体を一人で一分以内に、しかも素手で全て破壊した人だ。通称・歩く暴力とか陰で局員達に言われてるし。あの人を怒らせたら俺でもやばい。実際に怒った彼女の顔はすごく恐ろしい。人喰い鬼と呼ばれるオーガやトロールでさえも、激怒した彼女の顔を見て、あまりの恐怖に小便を漏らしたという伝説もあるくらいだ。
うん。調子に乗って王都全体にクリーンや竜王の息吹をかけるのは止めておこう。一ブロックだけでこれだけ上がったから次は南西と南東の両方だけを、ってそんな事したらやっぱり局長に撲殺されるだろうな。そんな悪寒、もとい予感がする。
と思いながらも俺は竜王のマント以外の服を闇の中の空間に仕舞うと、そのまま敷かれている布団の上で眠りについた。
そして俺が黒の聖人とか、毛むくじゃらの聖者様と街の貧民達(特に子供達)から呼ばれていると知ったのは大分後になってからだった。
そこで俺は最初の東地区でボスを鑑定のスキルで探し出して、金貨1000枚を渡すから病気の者を全員集めるように言った。もちろん俺だけだと門前払いなので10歳くらいの病気の女の子を事前に探して金貨をちらつかせて案内させたのだが…やはり胡散臭い目で俺を見ているな。
それも当然だろうな。今の俺は仮面で顔を隠しているし、漆黒のローブで体を隠している。さらに背後から襲われた時の用心のために竜王のマントも装備済みだ。
はっきり言って怪しい。怪しすぎる。俺がボスでなくても警戒するだろう。
「誰だお前は。リュンナ。知らない奴に付いていっては駄目だとあれほど言っただろ?」
「違いますよ、ボス。この人はね、私達を助けにきてくれたんです。ウソじゃないですよ。ですよね? 黒い旅人さん」
「それは本当だ。この子供は風邪が原因で肺の病…専門用語で言うのなら気管支炎にかかっている。これは肺の中が病んでいるせいで咳が止まらなくなる病気だ。特に専用の薬を何度か投与しないと眠ることさえ難しくなる。ただでさえここは衛生的に良くない環境だ。放っておけば悪化して肺炎になるぞ?」
俺は鑑定アビリティの最上位、竜王の叡智で読み取った情報をほとんどそのまま言ってみる。
「それほんとだよ! あたし寝ようとしても咳が勝手に出てきてね、ほとんど夜は眠れないの。薬買おうとしても高くて買えないし…この旅人さんの言う事は嘘じゃないよ!」
タイミングよくリュンナが同意してくれたおかげでボスは困ったようにハゲた頭に手を置いて俺とリュンナを交互に視線を巡らせている。
「信用してもらえないのなら、俺が今からこの子を治療する。例え治らなかったとしても金貨をやるから、それで薬を買えばいい。そちらに損はない。むしろ得にしかならないと思うが?」
と、言いながら懐から袋を出す。闇魔法を使えば時間の問題で俺がラフィアスだとバレるから、あくまでもポーズだ。
目の前の机にドスン、と音を立てて置かれた金貨が沢山入った袋。それに目を奪われているボスは夢でも見ているんじゃないかといわんばかりに大きく目を開いている。
「これは金貨…ほ、ほんとに1000枚あるのか? それならこの子の薬も買えるし、怪我した奴に包帯も買ってやれる。それだけじゃない。家屋の修理にだって…」
金貨の入った袋を手にして何やらブツブツと呟いているボス。結構、苦労してきたんだな。金がないばかりに病気になった連中を助けられなかったことも多かったことだろう。
俺はボスが金貨の袋に夢中になっている間に、リュンナに竜王の息吹をかけてやった。光に包まれた彼女の目は睡眠不足で赤くなっていたが、今では元気一杯の女の子になっている。血色もいい。アビリティによる治療を受けた彼女はクルクルと体を回転させて、部屋の中をスキップしはじめた。
「わーい、体が軽いわ! それだけじゃない。胸の苦しさが消えてる! ありがとー旅人さん。ね、ボス! あたし言ったでしょ? この人はあたし達を助けにきてくれたんだって」
ボスは俺が只者じゃないとわかったんだろう。目の前の机に置かれた金貨の入った袋を見たのもあるが、彼が部屋から飛び出してから一時間ほど待っただろうか。
ボスのいる集合住宅(アパート。古い木造建築の5階建てだった)の前に怪我をしている者や病気の者が200人ほど集まった。俺は竜王の息吹を何度もかけてやった。
もちろん全ての病気が治るわけじゃない。それでも治せる者は治してやりたかった。この事は事前にボスに言っておいてある。それでも頼む、とハゲ頭のボスは俺に頼んできた。
幸いなことに四肢の欠損や重度の病にかかったものはいなかったので、俺は全員を治療することができた。
着ている服も垢まみれだったので、クリーンの魔法を連続してかけてやると全員綺麗になって大変、感謝された。
一応、範囲変更のアビリティで範囲拡大してから竜王の息吹をかけてみた。中にはエリアヒールだと言った奴もいたが、俺のこれは回復魔法じゃない。竜王の持っていた回復系のアビリティだ。クリーンの魔法も範囲変更のアビリティで全員まとめて浄化した。すると2レベルも上がった。
「信じられないわ…見て! あかぎれが消えてるわ! 薬局に行って薬剤の入ったクリームを塗らないとすぐに肌が荒れて血が出ていたのに…」
「俺の動きを見てくれ! ダンジョンで化け物にやられてから足が思うように動かなかったのに、ちゃんと屈伸も足踏みも、ジャンプもできる! また冒険者に復帰できるんだ!」
「あたしの肌の皺がほとんど消えているねぇ…。もしかしてこれは手の込んだ手品か幻の術かね? その割にはいくら触っても撫でても肌がツヤツヤなんだけどねぇ…おまけに杖がなくても歩けるなんて…これは夢でも見ているのかねぇ?」
治療を受けた貧民街の住人達はほとんど全員が歓喜と興奮に満ちた表情をしていた。東地区のボスがハゲ頭を下げながら両手を組んで謝罪しはじめた。
「あんたを疑ったりしてすまなかった。リュンナだけじゃない。この東地区の病気や怪我に悩む連中はみんな、あんたのお陰で癒された。本当に感謝してもしきれない。ありがとう、いやありがとうございました!」
「話はまだ終わっていないぞ? まだ西地区の連中が残っているだろうが。あんたはあいつらと面識があるんだったよな? なら話は早い。今から西地区に行くから西のボスに俺の事を説明して西地区のけが人や病人を集めるようにしてほしい」
「それは全く構わないが…その…余計なことかもしれないが、魔力は大丈夫か? かなりの大人数を治療したから少しは休んだ方がいいんじゃないか?」
どうやら心配してくれているらしいな。いや、途中で倒れられたら困るから確認しているのだろう。それでも休んだ方がいい、という言葉は聞いていて悪くない。
俺は手をひらひらと振って問題ないというジェスチャーをする。
「心配するな。魔力切れになったらMP回復ポーションがある。それを飲むから問題はない。それじゃ西地区に行こうか」
「待ってぇ! あたしも一緒に行く! あたしが何度も咳してるの、西地区の子たちも知っているから、あたしが治ったの見れば信じてもらえるだろうし!」
どういうわけかリュンナも付いてきた。別にいいが一回の治療で元気出すぎだと思うのは俺だけか?
と、思ったら東地区のボスも呆れた顔でスキップして先行するリュンナを見てため息をついている。
こちらでも生活するのに苦しいらしく、東のボスが俺の代わりに交渉役をやってくれたおかげですぐに治療行為に入ることができた。確かに見ず知らずで顔を仮面で隠している俺に渡されるより、顔見知りの男に金を渡された方が信用できるからな。それが金貨1000枚だったら尚更だろう。
西のボスはやつれた顔の老人だったが、金貨の入った袋を見て、すぐに病気の住人達を招集してくれた。部下達が主に集めてくれたが、その鋭い眼光はボスを名乗るのにふさわしい物だった。
30分ほど待って集められたのは120人ほどだ。だが人々の憔悴しきった顔や服装などを見ていると、西地区の人々の方が東地区に住む連中よりも酷い生活をしているのは、はっきりとわかった。
意外だったのは、黒いローブに仮面を装備している俺なんて怪しさ大爆発なのに、誰も俺に敵意や悪意、猜疑心の込められた視線を向けようとしないことだった。一人くらいはそういうのがいてもおかしくないし、そういう視線を向けられてもおかしくないので、気にしないようにしているんだが、一人もいないというのは不自然だな。
だが俺の疑念も、西のボスが解説してくれて氷解した。
東の方から謎の光が連続して見えたという知らせがあったらしい。その知らせのお陰か俺がこの西地区に来たとわかった西地区の住民達は全員が俺を歓迎してくれた。だから猜疑心の込められた視線を向ける奴がいなかったのか。
ここでも四肢の欠損は治せない。重度の病気は治せないと、西のボスに告げた。
そして竜王の息吹をここでも連続してかけてやっている内に、アビリティに変化が起きた。
光の量が増したというのだろうか。とにかく竜王の息吹をかけた時に出る光の質が明らかに変化した。うまく表現できないのだが、全てを癒す光…そう、心も体も全てを治療する暖かい光、と言えばいいのだろうか? もちろん竜王の息吹にも限界はあるのだが、そういう表現がピッタリの光が出るようになったのだ。
治療を依頼した者達の中には老婆や老人を背負った若者も何人かいたが、全員が治ったようだった。
老婆や老人の皺の八割が消えて、全員にこやかに笑い、孫と思われる若者達の背中から降りて、談笑したり背負ってくれた若者達の手をとって互いにうれし涙を浮かべている。いやこの場合はうれし泣きだろうか?
中には失明が治ったとか、足が動くとか、腕が生えたとかいう者もいたが、皆、本気で言っているようだったので違和感を感じた俺はステータス・ボードを見てみることにした。
すると竜王の息吹のレベルがマックスになっていた。
鑑定・竜王の叡智を使ってみると解説文が変わっていた。
「竜王の息吹。レベルマックスになると四肢の欠損や、腐敗・損傷した臓器の完全治療・及び再生が可能。さらに致死性の毒や感染率や死亡率の高い疫病すらも治せる。術者の魔力の強さによるが、損傷した脳や脳細胞すら再生し、肉体的な怪我や病だけでなく心の病も完全に治療する事も可能。ただし呪術の場合は呪詛をかけている術者を倒すか無力化しない限り、完全には治らない。あるいは治っても再度病が発症することがある」
マックスになるとこうなるのか。だったら最初からそういうメッセージにしておいてくれればよかったのに…。
俺はため息をつくと、マックスレベルになった記念に竜王の息吹をまた範囲を拡大して東、西を含めた貧民街全体にかけてやった。
すぐに魔力切れになる。だが俺はローブのポケットに入れていたMP回復ポーションを一気飲みする。
もちろんただのMP回復ポーションじゃない。ダンジョンで入手した最上級のMPポーションだ。宝箱に10本セットで入っていたので最初はガッカリしたが、鑑定したらいいものだったので今までとっておいたのだ。決して貧乏性なんかじゃないぞ?
MPが完全回復した俺は、今度は東西併せた貧民街全体にクリーンをかけてやる。これもレベルマックスになったのか、一度使っただけで綺麗になった。範囲拡大すると消費するMPが増えるだけあってレベルが上がりやすくなるんだな。
「おお…奇跡じゃ…儂は今、神の使徒が起こした奇跡の場に立ち会っているのか…」と西地区のボス。
振り向けば、東のボスも涙を流しながら両手を組んで俺を拝んでいる。そしてその隣では西地区の子供達と一緒に
両膝を地面について真摯な顔で両手を組み、俺を拝んでいるリュンナがいた。
よく見ると、子供達が全員感動か歓喜かわからないが、うっすらと涙を目に宿らせて俺を拝んている。
全員、綺麗になっている上に血色もいい。うん、やっぱり子供はこうでないとな。
どうもリュンナがこの場にいる子供達に俺の事や治療のことを説明して代表者のような存在になったらしい。
彼女は俺から視線を逸らさないまま言った。「ありがとうございます。黒の聖者さま…!」
そして周囲を見ると、子供達だけでなく視界に入る全ての人々が俺の前で跪いて両手を組んで祈っていた。
老若男女という言葉があるが、男女や年齢の区別なく、そして一人残らず感謝の表情を浮かべている。
普通は老人や精神病の人間がいると俺を見ていない事が多いのだが、この場合は違った。
老人や老女も、車椅子に座っていた中年の女も立ち上がって、涙を流しながら両手を組んでいる。
彼等の家族と思われる人達から「おじいちゃんのボケを治してくれてありがとうございます!」とか
「またこうして光をこの目に宿せるようになりました。おかげであなたの仮面もその黒いローブもはっきりと見えます! そして耳もちゃんと聞こえる。あなたこそ我々の救世主さまです…!」と車椅子に座っていた女が言った。
どうも目と耳が悪くてかなり不便な生活をしていたらしい。
俺は驚愕に満ちた貧民達の前で軽く手を挙げると、時空魔法を使って、次の瞬間にはダンジョンの地下100階層に戻っていた。
ステータス・ボードを見るとMPが21000。LPが26000に増えていた。結構上がったな。
それにしてもMPの上昇がすさまじいな。これは…もしかして竜王の息吹とクリーンがマックスになったのも関係しているのかもしれないな。
やっぱり貧民街全体に範囲拡大してアビリティを使ったのがよかったみたいだ。
そりゃそうだろうな。あれだけの範囲を浄化したんだから。今度はこの王都全体に竜王の息吹をかけてみようかと考えているが、さすがにそれをやったら局長に殺されそうな気がするな。貧民街だけとはいえ、東西の両方の地区に竜王の息吹とクリーンを使ったのだ。かなり派手にやらかしたので、これは局長に怒られるだろうな。
あの人のことだからいきなり全力で殴るようなことはしないだろう。それでもシルバーゴーレム40体を一人で一分以内に、しかも素手で全て破壊した人だ。通称・歩く暴力とか陰で局員達に言われてるし。あの人を怒らせたら俺でもやばい。実際に怒った彼女の顔はすごく恐ろしい。人喰い鬼と呼ばれるオーガやトロールでさえも、激怒した彼女の顔を見て、あまりの恐怖に小便を漏らしたという伝説もあるくらいだ。
うん。調子に乗って王都全体にクリーンや竜王の息吹をかけるのは止めておこう。一ブロックだけでこれだけ上がったから次は南西と南東の両方だけを、ってそんな事したらやっぱり局長に撲殺されるだろうな。そんな悪寒、もとい予感がする。
と思いながらも俺は竜王のマント以外の服を闇の中の空間に仕舞うと、そのまま敷かれている布団の上で眠りについた。
そして俺が黒の聖人とか、毛むくじゃらの聖者様と街の貧民達(特に子供達)から呼ばれていると知ったのは大分後になってからだった。
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探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
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カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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