転生少女は大戦の空を飛ぶ

モラーヌソルニエ

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北の空フォッカーは飛ぶ

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 他の大多数の第24戦隊の隊員たちと同じく私はフォッカーD.XXIの複葉機とは比べ物にならない高性能の虜になった。
 まず速度、ブルドッグ戦闘機がどうあがいても時速300キロ少々までしか出ないところをフォッカーは軽く400キロは出る。
 それに加えて身軽で小回りも効き上昇性能も目を見張るものがあった。

「ヒャッホーウ!最っ高!」

 良い気になってスロットルを押し込み旋回上昇する私の操縦にもフォッカーは難なく追従しその癖のない乗り心地にさらに気を良くした私は垂直にループする。
 フルスロットルで操縦桿を手前に引き付けると重いGで身体が固い座席に押し付けられる。

「す…ごい!息切れしない!」

 フォッカーは宙返りの頂点付近でも完全には失速せず綺麗な弧を描いて背面降下に入る。馬力の貧弱なブルドッグじゃこうはいかない。頭の上に地面が広がるという普通に生きていればまず体験しない光景に臆することなく操縦桿を握る力を緩めはしない。
 背面飛行から垂直降下を経て降下角度が徐々に緩やかになりやがて水平に戻る。間髪入れずに操縦悍を斜めに引き時計回りにバレルロールする。天と地が激しく回転しバレルロールの名の通り樽の内側をなぞるような綺麗な螺旋飛行を2.3回繰り返した後、機を水平に戻した。

「ふう、良い子ね」
『テューネ!貴様一発目の慣熟飛行でなんちゅう動きをしてるんだ!機体の癖を掴むまでアクロバットは控えろと離陸前に言ったろうが!』

 同じくフォッカーに乗り上空で補充兵の慣熟飛行を見守っていたグスタフ・マグヌッソン大尉が無線越しに怒鳴った。大隊長として一機たりとも事故などでは失えない彼にとって私の飛行はあまり胃に優しくなかったようだ。

「こんなの準備運動ですよ」
『やかましい。その油断が事故の元になるんだぞ』

 そう言われると反論しにくい。しかしこんな高性能機を与えられて気持ちの高揚を完全に抑えろというのが土台無理な話だ。第一、簡単な旋回と緩い上昇降下だけしかできないなんて戦闘機パイロットとして到底我慢できない。

「むぅ…」
『かわいくないぞ。さっさと着陸体勢に入れ』
「了解」

 長時間の慣熟飛行をしていて燃料をかなり消費していたこともあり大尉に言われるがまま滑走路に正対しフラップを展開して揚力を稼ぎつつ減速する。
 この機は一度飛び立ってしまえば非常に素直なのだが離着陸には少々難があり、着陸時にエレベータの効きが悪くなり着陸直前に尾輪を接地させるための機首上げ角度が少しでも大きいと極端に失速して落下してしまう特性があった。脚が止まるまで何があるか分からないとは先輩方の談である。
 私は細心の注意を払いながらスロットルを絞り主翼下の主脚と尾翼近くの尾輪が同時に接地するように機首をほんの少しだけ上げる。

「焦るなあたし、最後まで冷静に」

 父から教えられた生きて帰るためのコツを呟き着陸の瞬間まで気は抜かない。強めの衝撃が下から伝わり私に自分が地表に帰り着けたことが分かった。
 機体が前に転倒しないように気を付けながら慎重にブレーキを掛け減速させる。速度計の針が徐々に100キロを切り乗用車と同じくらいの速さでしばらく滑走路を走った後、駐機場に機体を停めた。
 エンジンを止めると整備兵たちが機体に駆け寄り機体にダメージが無いかチェックしていく。
 私はそれを尻目に機体を降りるとフライトキャップを脱ぎ帽子の中で団子にしていた髪を解きほぐした。冷たい風が頬を撫で背中の中ほどまで伸びた私のシルバーブロンドをたなびかせる。

「髪切っちゃおうかな。これ以上伸びたらうざったいし」

 そう一瞬思ったが、それはそれでこれからの季節には寒そうだとひとまず延期した。同時に機械に巻き込まないように短く刈り上げている整備兵たちの頭を見て「寒くないのかな」などとひどくどうでもいいことを考えた。

「じゃ、あとはよろしくね。みんな頑張って」
「はいテューネさん。見事な操縦でした」
「ありがと」

 濃緑の迷彩塗装と黄色の識別ライン、そしてスオミ空軍所属機であることを示す幸運の青いスワスティカを描き込まれたフォッカーとそれを宥めるアーポたち整備兵に手を振って別れ、私は指揮所とパイロットの待機所を兼ねた掘建て小屋に小走りで向かう。中では訓練を終えたパイロットたちが先輩たちとストーブの火に当たりながら反省会を開いていた。

「寒かったぁ。ねえ聞いてよ、ちょっと宙返りしただけで大尉がめっちゃおこでさ」
「無線で聞こえてた。フォッカーは貴重なんだから無茶やらかして怒られても無理はないよ」

 まあ、防げるはずの事故で第一線の作戦機を失ったらこの貧乏空軍にとっては致命的な大損害だ。
 スオミはお金が無いのである。資金さえあれば今頃もっと最新の戦闘機メッサーシュミットBf-109やホーカー ハリケーンに乗れたのかなとも思うが所詮は絵に描いた餅。それに大多数のスオミ空軍パイロットが型落ちも型落ちのブルドッグやグラディエーターに乗っていることを考えれば、フォッカーのパイロットに選ばれた私は幸運と言ってもいいだろう。
 その幸運を噛み締め待機所のポットに淹れられたコーヒーで身体の芯を温める。
 うん、苦い。アーポ君のコーヒーは美味しく感じるのに淹れ方ひとつでこんなに変わるなんて不思議だなぁ。

 11月の初め、雪の気配はまだない。


 モスクワ
 クレムリン

 特徴的な髭を蓄えた男が東欧を中心に据えて描かれた世界地図をしげしげと見つめていた。視線の先には自身が導く祖国の十分の一にも満たぬ矮小な国土しか持たないかつての旧領。

「この国は我が国の都市と近すぎる」

 彼我を隔てる国境線を上から下になぞり下端に達したところで止まる。次に指を西に滑らせ海岸線の諸都市を撫でる。

「我々はここを取り戻す。旧領を全て手中に収めたときに初めて我が国は悪しきかつての帝国を超えることが出来る。そうは思わんか?」

 男はそれまで部屋の傍らで石のように佇んでいたもう一人の男に言葉を投げかけた。数千を超す航空機を束ねる空軍の長ノヴィコフ将軍である。
 彼はカツッとかかとを鳴らし姿勢を正すとその問いに大げさに答えた。

「その通りであります。同志書記長閣下。そして今の我々には強大な空軍という帝国が持ちえなかった武器があります。必ずやご期待に沿うことが出来るでしょう」

 その力強い返答に髭の男、ヨシフ・スターリンは大きく頷いた。そして地図の上にある一点を指差し告げた。

「私はここが欲しい」

 スオミの首都ヘルシンキである。
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