転生少女は大戦の空を飛ぶ

モラーヌソルニエ

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到着イモラ空軍基地

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 私がカウハバの訓練航空団の格納庫を隅々までピカピカにしているころ、世界情勢は悪化の一途を辿っていた。
 中央ヨーロッパの軍事大国が隣国を攻め落とし、東のボリシェヴィキが付近の小国たちを飲み込み併合を繰り返した。西欧諸国はとりあえずのところは分割された亡国と交わしていた同盟に従って連合国陣営を結成、侵略を続ける枢軸に宣戦布告を行ったが、いずれの国も火中の栗を拾う役目を嫌い積極的に戦火を交えようとはしなかった。
 列強がまやかしの戦争を続ける中、私たちの国を取り巻く状況にも暗雲が立ち込め始めていた。
 新聞や周りのパイロット候補生たちの噂話によれば国境を接する東の共産大国、ルーシ連邦が国境線の後退やこちらの首都ヘルシンキ近くにルーシ軍の駐留を認めるなど、とにかく無茶苦茶な要求ばかりしてきているようだった。

「ルーシは広いのになんでまたこんな辺鄙な土地が欲しいんだろ」
「ガキ大将と同じだよ。目に見えるものは全部自分の物にしたいんだきっと」

 床をモップで磨きながら独り言ちる私に訓練航空団に新しく入って来た下士官候補生ニルス・カタヤイネンが同じくモップを床に擦り付け答えた。
 カタヤイネンはヘルシンキの生まれで私と違いきちんとしたパイロット養成学校出身の候補生だった。
 ただこの男、事故で訓練機を壊すことが多く本人の態度も悪いのでこうして私と一緒に罰を受けることがたびたびあった。
 悪い人ではないのだが自分が彼と同じくらいの問題児として見られていることはあまりうれしくない。
 しかし、『ニルス・カタヤイネン』か、どこかで聞いた気がする。将来とても有名人になるような予感がした。

「お前たち、無駄話していないで手を動かせ」
「「はーい」」

 監督していた教官に注意され私たちは床磨きに集中する。油シミを一心不乱に擦り落とし飛行訓練に出る同期たちを恨めしい視線と共に送り出す。

 そうして一週間の罰掃除を終え、飛行訓練に復帰した時期には軍靴の足音は耳を塞いでも聞こえるほどに近づいていた。
 戦争の影が段々と濃くなっていく中でも私たちの訓練課程は滞ることなく進み、ブルドッグ戦闘機を手足のごとく扱えるようになったころ私は練度十分と評価を下され訓練航空団から移りスオミ南東部のカレリア地峡を守る第24戦隊に配属となった。
 なったのだが。

「寒い…何もない…」

 イモラ空軍基地。しかし基地とは名ばかりで比較的平坦な空き地から障害物を取り除き指揮所の掘っ立て小屋と兵員が寝泊まりするテントを並べただけの粗末な飛行場であった。
 周りを見ても飛行機はただの一機もおらず私を含めた数人の飛行機搭乗員や整備兵が立ち尽くしているだけだった。
 不意に強い風が吹きその冷たさにぶるりと肩が震えた。今年は例年より少し暖かいとはいえ温帯出身の元日本人にスオミの冬はキツイ。
 飛行服の上に羽織ったトレンチコートの襟を立て巻いていたマフラーを口元までずり上げる。

「もう日本よりここで暮らした時間の方が長いけどまだこの寒さは慣れないな」

 まだ辛うじて覚えている日本語で呟いた独り言は風に飛ばされて消えた。とりあえず空いているテントに少しばかりの私物と着替えを置かせてもらい私はドラム缶で作ったストーブを囲む集まりに加わった。
 見慣れない女性飛行士の新顔に整備兵や飛行士がざわつくけれど当の私は寒さが勝り反応を返す余裕はなかった。

「あーさむ。コーヒー飲みたい」
「コーヒーミルならありますよ」

 寒さのあまり私の口から転がり出た言葉に年下に見える整備兵が申し出た。しかし私は苦笑いを浮かべて首を横に振った。

「いや、いいよ。あたしコーヒー淹れるの下手だし」
「自分が淹れましょうか?」
「いいの?」
「はい、どうせ仕事もないですし」
「ありがとう。えっと…」

 名前がわからず言葉に詰まった私に若い整備兵は敬礼して名乗った。

「アーポです。アーポ・ハーパニエミ」
「ありがとうアーポ。あたしはテューネ・ピーリ。いちおう下級軍曹」
「よろしくお願いします。…て、いちおう?」
「いやぁ、訓練終わったばっかりであんまり下士官になった実感なくてさ。階級章のありがたみ?とかも無いし」

 ははは、と頬を掻く私にアーポは「そんなものなんですか?」と首を傾げた。だってそうだろう。どこに格納庫の掃除を命じられる戦闘機パイロットがいるというのか。

「ところでなんで、戦闘機が一機もいないの?私パイロットとして派遣されてきたんだけど」

 ここに来てから気になっていたことを尋ねると彼はあっけらかんと答えた。

「機体の調整に手間取ったそうですよ」
「そっかー」

 その後、アーポの淹れてくれたコーヒーでとストーブで身体を温めていると人より鋭い私の耳が微かなエンジン音を捉えた。

「ん?」
「どうしたんですか?」
「なにか飛行機の音が聞こえたような気がして、ほらあそこ」

 私が音のした方向に目を凝らすと雲の合間に黒い点がいくつも見えてきた。10や20では効かない数の黒点はみるみるうちに古めかしい固定脚を備えた単葉機のシルエットになる。

「フォッカーD.XXIだ!」

 オランダ、こっちの言葉ではネーデルランド製の前近代的な戦闘機でこの国では一番新しい航空機になる。やった複葉機も良いけどやっぱりWW2の戦闘機といえば支持架や張り線のない片持ち構造の単葉機でなくっちゃ。

 感動に打ち震える私の眼前、地面を均しただけの滑走路に次々と頑丈な着陸脚を接地させるフォッカーD.XXI。その数は実に30機。田舎空軍の虎の子航空隊が今、私の目の前に降り立ったのである。
 先陣を切って着陸した機体の密閉式コクピットが開きパイロットがエンジンを切ったフォッカーから降りてくる。

「イモラ空軍基地で間違いないな?」
「はいそうであります」

 先任の整備兵が答えて敬礼する。それに頷くとパイロットは私たち搭乗員の方に顔を向けた。

「君たちが補充要員だな。私はリク・ロレンツ。この第24戦隊の隊長をしている。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!大佐殿」
「ああ、君は?」
「テューネ・ピーリ軍曹です!早速ですがあたしの機はどれでしょうか!」

 食い気味に言う私にロレンツ戦隊長は若干仰け反りながら答えた。

「まだ無い」
「え⁈」

 驚く私にロレンツは伝える。なんでも残りの6機はエンジンのオーバーホールが済んでいないので後から陸路で運ばれてくるそうだった。

「そ、そんなあ」

 しばらくお預けを喰らった私はガクリと肩を落とした。
 結局、私のフォッカー初飛行は3日後になった。
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