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59.離宮②
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陛下はあれでいて賢王で有名だ。
若い令嬢の口を割らすなんて百戦錬磨の陛下にとっては造作もないことだった。
「……てっきり陛下は新しい子にコロッと行ったと思ってました。私が猶予を与えたって言ってますけど、一週間は殿下がご自分で区切った期限ですよね」
「一週間以上会えないと死ぬと思ったからそれより長くは設定出来なかった」
「じゃあ、私はお妃クビになってないんですか?」
「なってない。何でそんなこと考えた?」
王子は……何だろう、すごく情けなさそうな、失望したような変な顔してた。
「王子はクラリッサ様のこと、好きじゃなかったってことですか?」
そう尋ねると王子は嫌悪をあらわにした。
「人の心を薬で操ろうとする者を好むと思うか?」
それはそうか。
「じゃあ、私、失恋してないんですか?」
口に出してようやく気付いた。
私、王子のこと好きだったんだ。
だから王子がクラリッサ様のこと好きだと思って、あんなにショックだったんだ。
「失恋というのは何だ?誰に失恋した?」
「えーと、私、王子に失恋したと思ってました。だから失恋して、ちょっとやけになって、でも皆に慰めてもらって、立ち直ってよーし、田舎で心機一転頑張ろうとしてたんですよ。だって私は偽物のお妃候補で、クラリッサ様が本物のお妃様だから」
だが、失恋してなかったのか?
額に手を当て王子ははーっと深くため息を吐いた。
「あのー、大丈夫ですか?」
「……もういいから黙れ。一週間したら絶対お前は俺を見限ると分かっていたから死ぬ気で働いたというのに」
と王子は言った。
「見限るつもりはなかったんですよ。それ以上は待ってても無駄だなと思っただけで」
「だから、黙れ……」
そう言うと、そのまま王子は私の唇を塞いだ。
***
翌朝、アラン様が王子を訪ねてきた。
私を見て、アラン様は微笑み、少しおどけて胸に手を当て、もう片方の手は斜め下に流し、頭を深く下げる。
アラン様はお姫様にするような礼をしてみせた。
「エルシー様、お帰りなさいませ」
「おっ、お邪魔してます」
アラン様は一週間前、私に顔を逸らしたのが嘘みたいに晴れ晴れしている。
あれも香の効果だったらしい。
「あれ、王子、元気ないですね。仲直りのセックスさせてもらってないんですか?」
アラン様は王子に身も蓋もないこと聞いた。
「した。だが、エルシーは俺を許してない……」
王子は肩を落としている。
「あーあ、やっぱり。あのタイミングで実家帰すのは駄目ですよ」
人聞き悪いこと言われたので私は反論した。
「許してます。お仕事だったのは王子に聞いて分かりましたから。怒ってませんよ」
「……また俺のことを王子と呼ぶし、指輪もはめてない」
と王子はサメザメと顔を覆い、泣く。
「あっ、指輪。そういえば家に忘れてきました」
「忘れるな。婚約指輪だ」
「でも婚約指輪ってずっとはめているものではないんじゃないですか?」
王子がくれた指輪は美しく豪華な金とサファイアの指輪だった。
子爵令嬢的には日常付けるような指輪ではない。
「婚約している間は、はめているものなのだ。俺と婚約している証だ」
「はい。じゃあ実家に取りに行きます」
「駄目だ。お前の家にはジェロームを行かせた」
と王子が首を振る。
「えっ、でも……」
「もう子爵家には戻さない。確かにお前を家に帰したのが間違いだった。エルシーの家はここだ」
王子は珍しく、ハッキリそう言い切った。
「うーん」
朝ご飯の後、いつもなら王子は仕事に行く。
竜舎に行くか、自分の執務室で書類を書いたり読んだりするお仕事か、それ以外に王宮のどこかに行くこともある。
とにかくお仕事の時間なのだが、王子は今日は私の側を離れる気がないらしい。
アラン様はそれで王子を呼びに来たのだ。
王子は「エルシーが来ないなら行かない」ときっぱり言い切ったので、仕方ないから王子の執務室に一緒に行った。
王子は椅子に座ってデスクで何か書き物している。
私は、アラン様に促されそばの椅子に腰掛けた。
アラン様は手持ち無沙汰な私に声を掛けてくれた。
「あの、エルシー様、王子、こんな人ですが、エルシー様お迎えするのに頑張ったんですよ。香を吸って酩酊状態にならず、クラリッサ・ファーノンの色香に負けなかったのは、ひとえにエルシー様に対する愛なんですよ」
「うーん、でも……」
あの時のクラリッサ様を見る王子の目。
あれがクラリッサ様に向けたものではないと言われても、衝撃を受けた気持ちはまだ拭えない。
「一週間前、早期解決しないと捨てられると見抜いた王子は即座に陛下の元に行き、助力を乞うたのです。この王子が、陛下にですよ」
アラン様はまたとっても人聞きの悪いことを言った。
「へー」
「エルシー様、へーじゃなくて、ここ感動するところです。王子、陛下のことずっと苦手だったのに、自分から頭を下げるとは何とご立派になったことかと、テレンスさんも涙ぐんでましたから」
難しいことは良く分からないが、一部署で対応しきれない時は、関係各所に連絡を取って共同で作業するのは普通ではないだろうか。
そう言うとアラン様も肩をすくめる。
「まあ、そうなんですけどね。その普通のことが王子と陛下では出来てなかったんです。王子も陛下もお互い割に優秀で、我が国、国難と言えるほどのピンチはなかったですからそれでも何とかはなってたんですけど」
そしてアラン様は私の顔を覗き込んだ。
「エルシー様、王子、見限っちゃいました?」
アラン様の声に王子がピクッと反応して顔を上げてこっちを見てくる。
仕事しろ。
「そういうわけではないんですけど、失恋して、一週間してようやく立ち直ったところなんですよ。だからどうしていいのか自分でもちょっと分からなくて」
「えっ、一週間で失恋して立ち直るとこまでいっちゃいましたか?早いですね」
とアラン様はちょっと呆れたご様子だ。
「はい。家族とママ様のおかげです」
「それにまたあんなことがあるのではとつい考えてしまって……」
そもそもゲルボルグが認めたしょうがない結婚。
今回は違ったけど、いつまたゲルボルグが私のことを認めなくなるのか分からない。
また好きになってもいつまた失恋するか分からない。
だから王子のこと、好きになるのが怖い……。
若い令嬢の口を割らすなんて百戦錬磨の陛下にとっては造作もないことだった。
「……てっきり陛下は新しい子にコロッと行ったと思ってました。私が猶予を与えたって言ってますけど、一週間は殿下がご自分で区切った期限ですよね」
「一週間以上会えないと死ぬと思ったからそれより長くは設定出来なかった」
「じゃあ、私はお妃クビになってないんですか?」
「なってない。何でそんなこと考えた?」
王子は……何だろう、すごく情けなさそうな、失望したような変な顔してた。
「王子はクラリッサ様のこと、好きじゃなかったってことですか?」
そう尋ねると王子は嫌悪をあらわにした。
「人の心を薬で操ろうとする者を好むと思うか?」
それはそうか。
「じゃあ、私、失恋してないんですか?」
口に出してようやく気付いた。
私、王子のこと好きだったんだ。
だから王子がクラリッサ様のこと好きだと思って、あんなにショックだったんだ。
「失恋というのは何だ?誰に失恋した?」
「えーと、私、王子に失恋したと思ってました。だから失恋して、ちょっとやけになって、でも皆に慰めてもらって、立ち直ってよーし、田舎で心機一転頑張ろうとしてたんですよ。だって私は偽物のお妃候補で、クラリッサ様が本物のお妃様だから」
だが、失恋してなかったのか?
額に手を当て王子ははーっと深くため息を吐いた。
「あのー、大丈夫ですか?」
「……もういいから黙れ。一週間したら絶対お前は俺を見限ると分かっていたから死ぬ気で働いたというのに」
と王子は言った。
「見限るつもりはなかったんですよ。それ以上は待ってても無駄だなと思っただけで」
「だから、黙れ……」
そう言うと、そのまま王子は私の唇を塞いだ。
***
翌朝、アラン様が王子を訪ねてきた。
私を見て、アラン様は微笑み、少しおどけて胸に手を当て、もう片方の手は斜め下に流し、頭を深く下げる。
アラン様はお姫様にするような礼をしてみせた。
「エルシー様、お帰りなさいませ」
「おっ、お邪魔してます」
アラン様は一週間前、私に顔を逸らしたのが嘘みたいに晴れ晴れしている。
あれも香の効果だったらしい。
「あれ、王子、元気ないですね。仲直りのセックスさせてもらってないんですか?」
アラン様は王子に身も蓋もないこと聞いた。
「した。だが、エルシーは俺を許してない……」
王子は肩を落としている。
「あーあ、やっぱり。あのタイミングで実家帰すのは駄目ですよ」
人聞き悪いこと言われたので私は反論した。
「許してます。お仕事だったのは王子に聞いて分かりましたから。怒ってませんよ」
「……また俺のことを王子と呼ぶし、指輪もはめてない」
と王子はサメザメと顔を覆い、泣く。
「あっ、指輪。そういえば家に忘れてきました」
「忘れるな。婚約指輪だ」
「でも婚約指輪ってずっとはめているものではないんじゃないですか?」
王子がくれた指輪は美しく豪華な金とサファイアの指輪だった。
子爵令嬢的には日常付けるような指輪ではない。
「婚約している間は、はめているものなのだ。俺と婚約している証だ」
「はい。じゃあ実家に取りに行きます」
「駄目だ。お前の家にはジェロームを行かせた」
と王子が首を振る。
「えっ、でも……」
「もう子爵家には戻さない。確かにお前を家に帰したのが間違いだった。エルシーの家はここだ」
王子は珍しく、ハッキリそう言い切った。
「うーん」
朝ご飯の後、いつもなら王子は仕事に行く。
竜舎に行くか、自分の執務室で書類を書いたり読んだりするお仕事か、それ以外に王宮のどこかに行くこともある。
とにかくお仕事の時間なのだが、王子は今日は私の側を離れる気がないらしい。
アラン様はそれで王子を呼びに来たのだ。
王子は「エルシーが来ないなら行かない」ときっぱり言い切ったので、仕方ないから王子の執務室に一緒に行った。
王子は椅子に座ってデスクで何か書き物している。
私は、アラン様に促されそばの椅子に腰掛けた。
アラン様は手持ち無沙汰な私に声を掛けてくれた。
「あの、エルシー様、王子、こんな人ですが、エルシー様お迎えするのに頑張ったんですよ。香を吸って酩酊状態にならず、クラリッサ・ファーノンの色香に負けなかったのは、ひとえにエルシー様に対する愛なんですよ」
「うーん、でも……」
あの時のクラリッサ様を見る王子の目。
あれがクラリッサ様に向けたものではないと言われても、衝撃を受けた気持ちはまだ拭えない。
「一週間前、早期解決しないと捨てられると見抜いた王子は即座に陛下の元に行き、助力を乞うたのです。この王子が、陛下にですよ」
アラン様はまたとっても人聞きの悪いことを言った。
「へー」
「エルシー様、へーじゃなくて、ここ感動するところです。王子、陛下のことずっと苦手だったのに、自分から頭を下げるとは何とご立派になったことかと、テレンスさんも涙ぐんでましたから」
難しいことは良く分からないが、一部署で対応しきれない時は、関係各所に連絡を取って共同で作業するのは普通ではないだろうか。
そう言うとアラン様も肩をすくめる。
「まあ、そうなんですけどね。その普通のことが王子と陛下では出来てなかったんです。王子も陛下もお互い割に優秀で、我が国、国難と言えるほどのピンチはなかったですからそれでも何とかはなってたんですけど」
そしてアラン様は私の顔を覗き込んだ。
「エルシー様、王子、見限っちゃいました?」
アラン様の声に王子がピクッと反応して顔を上げてこっちを見てくる。
仕事しろ。
「そういうわけではないんですけど、失恋して、一週間してようやく立ち直ったところなんですよ。だからどうしていいのか自分でもちょっと分からなくて」
「えっ、一週間で失恋して立ち直るとこまでいっちゃいましたか?早いですね」
とアラン様はちょっと呆れたご様子だ。
「はい。家族とママ様のおかげです」
「それにまたあんなことがあるのではとつい考えてしまって……」
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だから王子のこと、好きになるのが怖い……。
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