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第三章
10.竜の珍客②
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飛んでる?
と思った瞬間にリーン君が気付いて悲鳴を上げた。
「姫様!」
リーン君の声がした後、すぐに頭上に閃光が輝いた。
「うわっ!?」
翼竜達は、その光が眩しかったのか、それともやっぱりちょっと私が重かったのか、
「グギャャー」
と声を上げると、空中で私を離してしまった。
「ええええーー!」
空中である。
バルコニーは要塞の四階にあるのだ。
落っことされた私は、ものすごいスピードで地面に落下していく。
「ぎゃゃー」
これは絶対死ぬ。
そういえばゲルボルグにも落っことされたことがあったが、あの時下は池だった。
だが今、私の下にあるのは、固い地面だ。
やっぱり、これ、死ぬんだろうか。
下からマルティアの人々だろう。
「きゃー、女の子が」という悲鳴も聞こえて、思わず、私は、目を閉じた。
ボスン。
と私は、柔らかい感触の上に落ちた。
「えっ……」
見回すと、周りを今度は緑色した竜達に囲まれている。
この竜達もさっきの翼竜と同じくらいの大きさだ。中型か小型か、良く分からないが、翼がなく、もっとグレイトドラコン達よりトカゲぽい。
目も黒い。
十匹近いこの竜達が折り重なって空から落っこちた私を受け止めてくれたようだ。確か近くの沼地に飛べない種類の竜達が生息していると聞いた。
「たっ、助けてくれたの?」
と言うと、彼らは返事するように喉を鳴らす。
「グリリリュ」
可愛い。
目が合った一匹をそっと撫で撫ですると、違う竜も頭を突っ込んでくる。
撫で撫でしているうちに、竜達は互いに顔を見合わせる。
「ヒュリュー」
「ヒュルル」
と声を掛け合うと、竜達は私を一頭の背に乗せ、前後左右をがっちり囲み、そのまま駆け出そうとした。
「えっ?」
今度は何だ?
だが、力強い、聞き慣れた羽ばたきが近づいてくる。
「エルシー様!」
「アラン様」
竜に乗ったアラン様だ。
「グオオオッ!」
アラン様の竜がビリビリと空気を震わす咆吼を上げると、竜達は私を背中から降ろし、さっと逃げていく。
「エルシー様、お怪我は?」
竜から降りて、アラン様が駆け寄ってくる。
最近見かけない竜騎士の制服を着た男の人バージョンである。
「はっ、はい。大丈夫です。ちょっとびっくりしました」
「それは俺もです」
「キュルル」
さっきの威嚇が嘘のようにアラン様の竜は甘えて鳴いて近寄ってくる。
「助けてくれてありがとう」
撫でるとアラン様の竜は可愛く目を細める。
「一体何だったんでしょう……」
とアラン様に尋ねると、
「珍しい匂いのするエルシー様を沼地に運んで皆で鑑賞しようとしたみたいです。一言で言うと気に入られたみたいです」
という答えが返ってきた。
「あ、そういうのですか」
翼竜や沼地の竜達は珍しいもの好きらしい。
「姫様。うわーん」
と、あわてて四階から駆け下りてきたのだろう、リーン君が抱きついてくる。
アラン様が呆れたようにリーン君に説教した。
「あわてたのは分かりますが、リーン様、あそこで閃光弾炸裂させるのはなしです。驚いて翼竜がエルシー様、落っことしました。沼地の竜達が助けないとエルシー様、死ぬところでしたよ」
「ごっ、ごめんなさい」
「まあ、俺はあれで気付きました。結果オーライですが、次はよく考えてから行動して下さい」
「はい……気を付けます」
「あの光はリーン君の魔法でしたか」
「はい。あっ、あの、姫様お怪我は?」
「大丈夫ですよ。ちょっと腰が抜けただけです」
「あはは、お手をどうぞ、エルシー様」
と笑ってアラン様が手を差し出してくる。
「もしや、あなた様がエルシー様ですか。グレン王太子殿下の妃殿下様……」
とマルティアの人がおそるおそる尋ねてくる。
一部の人とはお話ししたが、一般の人とは城壁の上からのご挨拶のみだ。
多分、初めて私を見た人なのだろう。
気付くと私は大勢の人に取り囲まれていた。
四階から閃光と悲鳴と共に落ちるという誤魔化しようのない状況だ。本当はもっとビシッした恰好が良かったが、仕方ない。
私は、ヨレヨレのまま、アラン様とリーン君につかまりつつ、挨拶した。
「はい。王太子妃エルシー・ヴィーヴルです」
「おおっ、エルシー様」
「妃殿下様だ」
と皆様がどよめく。
***
すぐにジェローム様や護衛の騎士様が回収に来て、私はまた部屋に戻ったが、四階の部屋からも、外のざわめきが聞こえてくる。
私をまた見たいと集まった人達らしい。
「駄目よ、エルシー様、もうあなたのことバルコニーには絶対出さないから」
と何も言わないうちにジェローム様に怒られてしまった。
マルティアも我が国同様、魔法は盛んではない。
だから居合わせたマルティアの人々はリーン君の魔法には驚いたらしい。
更にマルティアの人々は、あまり竜を目にする機会はなく、いきなり空から振ってきた私にはすごくびっくりしたようだ。
「いや、僕らも驚きましたけどね」
とネイト様は言った。
「エルシー様、ちょっとマズイことになりました」
とアラン様は珍しく、真面目な声でそう言った。
「何がでしょうか?」
「例のマルティア国の第一王子ですが、目的はどうもエルシー様のようです」
「……私、ですか?」
私は、自慢ではないが何も出来ないただの人妻だ。
そんな私を目的にしてどうするのだろう?
「はい、エルシー様は神竜水竜の慈悲を乞い、マルティアの民を救った聖女。その聖女を妃にすればマルティアの民の信を得られ、水竜の加護も得られるだろうと、第一王子はそう考えていました」
「……すっごい無理な気がしますが。特に私が王子の奥さんというところが無理だと思います」
そもそも聖女からして全然違う。
「ですがいずれマルティアの王となる自分が言い寄れば、エルシー様もこのようなひなびた田舎国の王子など捨て自分になびくだろうと自信満々です。少なくとも俺はそんな感じで口説かれました」
アラン様は何か思い出したのか、ゲンナリした口調だ。
「……ちょっと見た感じですが、王子の方が、かっ、格好いいと思います。だから第一王子サマはないです」
「王子、顔だけはいいからね」
とジェローム様も同意した。
「そういう各個人の趣味は置いておいて、我が国も王太子妃手込めにされて黙っているわけはない。第一王子が王位に就くなんざ、何がなんでも阻止しますよ。ただの嫌がらせですよ、カンデュラ国の」
アラン様の口からいきなり第三国の名が飛び出した。
「カンデュラって、あの西方の国ですか」
我が国は西方をカンデュラともう一国と国境を接している。この二つの国は友好国のはずなのだが、その実、この竜の国を虎視眈々と狙っている……とも聞く。
「はい。第一王子を使って我が国の攪乱を狙っているのでしょう。カンデュラ国こそが、マルティアを狙ってマルティアの王達を取り込んだ。だが最新の情報では、どうもその王も第三王子も既に熱病で亡くなったそうです」
とネイト様が言う。
ちなみにマルティアの第二王子はもう亡くなっている。
この人が、王家の聖なる弓で水竜を射た人だ。
「数名の王女がまだ存命らしいですが、カンデュラ国は熱病を怖れて彼女らを放逐することにしたようです。さっきの騒ぎの中、第一王子の側近達を見かけました。彼らはあなたが本物のエルシー様と気付いたでしょう。ここに居ては危険です」
「で、エルシー様、明日にもあなたにはもっと安全な南部の首都に移って頂くわ」
とジェローム様は言った。
「えっ、でも、明日にはさすがに王子も帰ってくるんじゃあ……」
「そうね。でも第一王子の目的が分かった今、王子の帰りを待つわけにはいないの。第一王子に何が出来るのかは分からないけど、カンデュラが噛んでいる以上、油断は禁物よ。ワタシ達はエルシー様を少しでも危険な目に会わせられないわ」
「四階のバルコニーから落っことしましたが」
とネイト様が茶化すようにジェローム様に言った。
ジェローム様は渋い顔でネイト様をにらむ。
「それもコミで反省したわよ。ここじゃあ護衛の数が少なすぎるのよ。それに今はお付きの侍女もいないし、エルシー様も不便でしょう」
「いえ、別にそんなこと……」
ちょっと抵抗したのだが、もうこれは皆様の中で決定事項らしい。
翌朝、私の南部の首都行きが決まってしまった。
と思った瞬間にリーン君が気付いて悲鳴を上げた。
「姫様!」
リーン君の声がした後、すぐに頭上に閃光が輝いた。
「うわっ!?」
翼竜達は、その光が眩しかったのか、それともやっぱりちょっと私が重かったのか、
「グギャャー」
と声を上げると、空中で私を離してしまった。
「ええええーー!」
空中である。
バルコニーは要塞の四階にあるのだ。
落っことされた私は、ものすごいスピードで地面に落下していく。
「ぎゃゃー」
これは絶対死ぬ。
そういえばゲルボルグにも落っことされたことがあったが、あの時下は池だった。
だが今、私の下にあるのは、固い地面だ。
やっぱり、これ、死ぬんだろうか。
下からマルティアの人々だろう。
「きゃー、女の子が」という悲鳴も聞こえて、思わず、私は、目を閉じた。
ボスン。
と私は、柔らかい感触の上に落ちた。
「えっ……」
見回すと、周りを今度は緑色した竜達に囲まれている。
この竜達もさっきの翼竜と同じくらいの大きさだ。中型か小型か、良く分からないが、翼がなく、もっとグレイトドラコン達よりトカゲぽい。
目も黒い。
十匹近いこの竜達が折り重なって空から落っこちた私を受け止めてくれたようだ。確か近くの沼地に飛べない種類の竜達が生息していると聞いた。
「たっ、助けてくれたの?」
と言うと、彼らは返事するように喉を鳴らす。
「グリリリュ」
可愛い。
目が合った一匹をそっと撫で撫ですると、違う竜も頭を突っ込んでくる。
撫で撫でしているうちに、竜達は互いに顔を見合わせる。
「ヒュリュー」
「ヒュルル」
と声を掛け合うと、竜達は私を一頭の背に乗せ、前後左右をがっちり囲み、そのまま駆け出そうとした。
「えっ?」
今度は何だ?
だが、力強い、聞き慣れた羽ばたきが近づいてくる。
「エルシー様!」
「アラン様」
竜に乗ったアラン様だ。
「グオオオッ!」
アラン様の竜がビリビリと空気を震わす咆吼を上げると、竜達は私を背中から降ろし、さっと逃げていく。
「エルシー様、お怪我は?」
竜から降りて、アラン様が駆け寄ってくる。
最近見かけない竜騎士の制服を着た男の人バージョンである。
「はっ、はい。大丈夫です。ちょっとびっくりしました」
「それは俺もです」
「キュルル」
さっきの威嚇が嘘のようにアラン様の竜は甘えて鳴いて近寄ってくる。
「助けてくれてありがとう」
撫でるとアラン様の竜は可愛く目を細める。
「一体何だったんでしょう……」
とアラン様に尋ねると、
「珍しい匂いのするエルシー様を沼地に運んで皆で鑑賞しようとしたみたいです。一言で言うと気に入られたみたいです」
という答えが返ってきた。
「あ、そういうのですか」
翼竜や沼地の竜達は珍しいもの好きらしい。
「姫様。うわーん」
と、あわてて四階から駆け下りてきたのだろう、リーン君が抱きついてくる。
アラン様が呆れたようにリーン君に説教した。
「あわてたのは分かりますが、リーン様、あそこで閃光弾炸裂させるのはなしです。驚いて翼竜がエルシー様、落っことしました。沼地の竜達が助けないとエルシー様、死ぬところでしたよ」
「ごっ、ごめんなさい」
「まあ、俺はあれで気付きました。結果オーライですが、次はよく考えてから行動して下さい」
「はい……気を付けます」
「あの光はリーン君の魔法でしたか」
「はい。あっ、あの、姫様お怪我は?」
「大丈夫ですよ。ちょっと腰が抜けただけです」
「あはは、お手をどうぞ、エルシー様」
と笑ってアラン様が手を差し出してくる。
「もしや、あなた様がエルシー様ですか。グレン王太子殿下の妃殿下様……」
とマルティアの人がおそるおそる尋ねてくる。
一部の人とはお話ししたが、一般の人とは城壁の上からのご挨拶のみだ。
多分、初めて私を見た人なのだろう。
気付くと私は大勢の人に取り囲まれていた。
四階から閃光と悲鳴と共に落ちるという誤魔化しようのない状況だ。本当はもっとビシッした恰好が良かったが、仕方ない。
私は、ヨレヨレのまま、アラン様とリーン君につかまりつつ、挨拶した。
「はい。王太子妃エルシー・ヴィーヴルです」
「おおっ、エルシー様」
「妃殿下様だ」
と皆様がどよめく。
***
すぐにジェローム様や護衛の騎士様が回収に来て、私はまた部屋に戻ったが、四階の部屋からも、外のざわめきが聞こえてくる。
私をまた見たいと集まった人達らしい。
「駄目よ、エルシー様、もうあなたのことバルコニーには絶対出さないから」
と何も言わないうちにジェローム様に怒られてしまった。
マルティアも我が国同様、魔法は盛んではない。
だから居合わせたマルティアの人々はリーン君の魔法には驚いたらしい。
更にマルティアの人々は、あまり竜を目にする機会はなく、いきなり空から振ってきた私にはすごくびっくりしたようだ。
「いや、僕らも驚きましたけどね」
とネイト様は言った。
「エルシー様、ちょっとマズイことになりました」
とアラン様は珍しく、真面目な声でそう言った。
「何がでしょうか?」
「例のマルティア国の第一王子ですが、目的はどうもエルシー様のようです」
「……私、ですか?」
私は、自慢ではないが何も出来ないただの人妻だ。
そんな私を目的にしてどうするのだろう?
「はい、エルシー様は神竜水竜の慈悲を乞い、マルティアの民を救った聖女。その聖女を妃にすればマルティアの民の信を得られ、水竜の加護も得られるだろうと、第一王子はそう考えていました」
「……すっごい無理な気がしますが。特に私が王子の奥さんというところが無理だと思います」
そもそも聖女からして全然違う。
「ですがいずれマルティアの王となる自分が言い寄れば、エルシー様もこのようなひなびた田舎国の王子など捨て自分になびくだろうと自信満々です。少なくとも俺はそんな感じで口説かれました」
アラン様は何か思い出したのか、ゲンナリした口調だ。
「……ちょっと見た感じですが、王子の方が、かっ、格好いいと思います。だから第一王子サマはないです」
「王子、顔だけはいいからね」
とジェローム様も同意した。
「そういう各個人の趣味は置いておいて、我が国も王太子妃手込めにされて黙っているわけはない。第一王子が王位に就くなんざ、何がなんでも阻止しますよ。ただの嫌がらせですよ、カンデュラ国の」
アラン様の口からいきなり第三国の名が飛び出した。
「カンデュラって、あの西方の国ですか」
我が国は西方をカンデュラともう一国と国境を接している。この二つの国は友好国のはずなのだが、その実、この竜の国を虎視眈々と狙っている……とも聞く。
「はい。第一王子を使って我が国の攪乱を狙っているのでしょう。カンデュラ国こそが、マルティアを狙ってマルティアの王達を取り込んだ。だが最新の情報では、どうもその王も第三王子も既に熱病で亡くなったそうです」
とネイト様が言う。
ちなみにマルティアの第二王子はもう亡くなっている。
この人が、王家の聖なる弓で水竜を射た人だ。
「数名の王女がまだ存命らしいですが、カンデュラ国は熱病を怖れて彼女らを放逐することにしたようです。さっきの騒ぎの中、第一王子の側近達を見かけました。彼らはあなたが本物のエルシー様と気付いたでしょう。ここに居ては危険です」
「で、エルシー様、明日にもあなたにはもっと安全な南部の首都に移って頂くわ」
とジェローム様は言った。
「えっ、でも、明日にはさすがに王子も帰ってくるんじゃあ……」
「そうね。でも第一王子の目的が分かった今、王子の帰りを待つわけにはいないの。第一王子に何が出来るのかは分からないけど、カンデュラが噛んでいる以上、油断は禁物よ。ワタシ達はエルシー様を少しでも危険な目に会わせられないわ」
「四階のバルコニーから落っことしましたが」
とネイト様が茶化すようにジェローム様に言った。
ジェローム様は渋い顔でネイト様をにらむ。
「それもコミで反省したわよ。ここじゃあ護衛の数が少なすぎるのよ。それに今はお付きの侍女もいないし、エルシー様も不便でしょう」
「いえ、別にそんなこと……」
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